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しおりを挟む箱の中に並んだ小瓶の数を確認すると、丁度一ダース。
「じゃ、兄さん。
これ材料代」
持って来た封筒を診療所のリビングのテーブルに置く。
「……確かに」
中身を確認して兄貴はそれをしまいこんだ。
「いつも悪いな、材料費だけで」
「まさか、お前から加工料までとれないよ」
兄貴が笑みを浮かべる。
「にしたって、これの売値、材料費の五倍だろ?
相当損してないか? 」
知らない人が聞いたらぼったくりもいいところの値段だ。
ただもちろんそれには理由があって、材料を合わせて攪拌する鍋とかそういった特殊な道具の値段が半端ない上に調合に時間が掛かる。
それを知っているからこそ、申し訳ないとは思うのだが、兄貴はなんとしても材料費以上の金額を受け取ろうとはしなかった。
もっとも特殊な材料を必要とするため、材料費だって半端ない金額だが。
「その代わり、配達の手間はないからな」
「そりゃ、薬の追加欲しければ取りに来いって毎回兄さんが言うからだろ? 」
正直なところ、こうして兄貴の診療所に薬を取りに来るたびにお茶に付き合わされる訳で、忙しい時には面倒に思えることもある。
ただ物が物だけに、誰に任せる訳にもいかない。
兄貴が配達してくれなければ、自分で取りに来るほかない。
俺が訪ねてくるのを待っていたように用意された菓子を横目に、カップのお茶を流し込んでいると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「急患か? 」
俺はカップを置くと半ば腰を上げた。
商売柄そんなの常だ。
「いや、私だ。
邪魔をするよ」
男の声がエントランスから響き、次いで初老の男が部屋の入り口に立つ。
「叔父上、珍しいですね。
何か用事でも」
兄貴が立ち上がると、男を招きいれた。
「いやお前さんにじゃない、エジェオに用があってな。
酒場の方へいったんだが、こっちだと聞いてな」
言いながら叔父はソファに腰を下ろした。
「どうだ? 商売のほうは? 」
向かい合った俺の顔を覗き込んで訊いてくる。
「おかげさまで、まぁ程々に……
叔父上には便宜を図ってもらって感謝してます」
俺は軽く頭を下げる。
店で扱っている国外産の酒の殆どはこの叔父が経営している貿易会社が卸している酒屋から仕入れている。
何処も高級品ばかり扱うことで有名なところだが、この叔父の口利きか破格の値で譲ってもらえている。
「そうか、それは良かった。
ところで、エジェオ。
お前に頼みがあるんだが」
「俺に? なんです? 」
この叔父が兄貴じゃなく俺に頼みごとをしてくるなんて初めてだ。
「実は、な。
隣国のとあるシャトーが閉めることになってな、クラレットを大量放出するって話を耳にしたんだ」
「クラレット! 」
思わず俺は喉を鳴らす。
野イチゴ色の透き通ったワインは色同様に度数も低く、ご婦人達にはうってつけ。
これならもう少し店の酒の売り上げが伸びそうだ。
「もちろん買わせてもらう! 」
「そう来ると思ったんだが、あいにくと私は他の用事があってな、その買い付けに行けないんだ。
それで、エジェオ。お前が買い付けに行かないか? 」
叔父上が身を乗り出す。
「もしかして、俺に勤まるとか思ってる? 」
さすがに貿易の勉強なんかしてない。
クラレットには興味はあるが買い付け交渉なんかどうすればいいのかわからない。
「心配するな、私の会社の従業員をつける。
お前は酒の良し悪しだけ目を光らせてくれればいい。
毎日酒を扱っているんだ、できるだろう? 」
「まぁ、それくらいなら…… 」
俺は視線を泳がせた。
行きたいのは山々だ。
交渉事は同行人がしてくれるとなれば、俺でも何とかなるとは思う。
何より、質のいいクラレットなら、今の店には絶対欲しいところだが、俺の返事如何では、叔父上この買い付けに手を出さないつもりだろう。
問題は……
「仕入れに行っている間くらいなら、店のことは誰かに任せられるだろう。
私も目を配ってやるくらいのことはできる」
兄貴が俺の思考を読み取ったかのように言う。
「頼んでいいか? 」
だったら心配は要らない。
店自体は古株のサヴェリオに任せれば間違えないだろう。
「行ってくれるか! 」
叔父上が身を乗り出した。
「早速だが、出発は明日だ」
「はぁ? いくらなんだって、俺にも予定がある」
「そう言わないで頼むよ。
なるべく早く行かないと、誰かに先を越されてしまう。
無駄足は踏みたくないんだ」
「う~ん」
俺は思わず唸る。
ここで俺が頷かなければ、クラレットは手に入らないってことで。
そしたらまた何か別の酒を探すか、他から卸値の高いクラレットを仕入れるはめになる。
「仕方ないな」
呟いて俺は立ち上がる。
「じゃ、叔父上失礼しますよ。
留守にするんじゃその前にいろいろ手配しておかないといけないんで。
俺にかまわずゆっくりしていってください」
型どおりの挨拶をして、俺は兄貴の屋敷を出た。
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