14 / 26
- 13 -
しおりを挟む「喧嘩でもできれば、まだ、まし、なんだけど、ね」
両手で握りこんだグラスの中身を見つめたまま、グリゼルタは呟いた。
「無理にとは言わないけどな、良かったら話してみ?
もしかしたら力になれるかも知れないし」
その反対に何もしてやれないかもしれない。
なにしろ、夫婦間の問題に他人が口なんか突っ込むこと事態がマナー違反だ。
が、少なくとも抱えた何かを吐露してしまえば、少しは胸が軽くなるはずだ。
こんな顔のままのグリゼルタを放っては置けない。
「……侯爵様、ね。
愛人が居たの…… 」
絞り出すようにグリゼルタが呟いた。
「よくある話だろ?
貴族同士の結婚なんて、家同士の結婚なんだからさ」
だから、平気でお互い同士が愛人を作る。
俺もこんな商売でそれに手を貸していることになるのだが。
グリゼルタだって子爵家の生まれだ。
本人同士の意思なんて全く関係ないことを理解していないわけがない。
俺は遠慮なく単刀直入に言う。
「そんなのわかってるわよ。
わたしね、結婚してからこの方。
侯爵様のエスコートで夜会に出たこと一度しかないの」
「はぁ?
そんなことで拗ねてたのかよ?
あれだろ? 若い美人の新妻、他人に見せたくないって奴。
たまに居るよな、そういう独占欲の強い男」
俺はなんともないように笑い飛ばす。
「侯爵様の邸の執事もそう言うわ。
だけど、そうじゃないの。
何故だかわからないけど、わたし出席していない筈の夜会に必ず顔を出しているって、この間親友に言われて。
ついでにその親友が言うのに結婚してからわたしそっけなくなって侯爵様にくっついてばかりで古くからの知り合いとかお友達と会話や挨拶どころか目を合わせることも避けるようになったって」
「なんだよ?
その妙な話」
「不思議でしょ?
だからね、わたし親友に協力してもらって確かめたの。
そしたらどうだったと思う」
話しているうちに少し気が落ち着いたのか、グリゼルタの口調や顔つきがいつものものに戻り始めた。
「侯爵は夜な夜な夜会に愛人をエスコートしていたって? 」
まぁ、その程度は予想がつく。
さすがに一年未満の新婚夫婦ではめったに目にしないが、ある程度年齢を重ねた夫婦ではたまにある。
時には夫は夫の愛人、妻も自分の愛人を伴って夜会の席でばったりなんてこともある。
「そこまでは良くある話って言うか。
まぁ、なきに越したことはない話なんだけど、たまに夜会とかで噂話になるでしょ。
問題はその後よ。
侯爵様がエスコートしてたのってわたしだったの! 」
グリゼルタは目を大きく見開いて身を乗り出す。
「はぁ?
ちょっと待った、意味がよくわかんね。
それじゃおまえ侯爵と夜会行っているってことだよな? 」
「正確にはね。
わたしと同じ髪と瞳の色の同じ位の背格好の女。
それがお嫁に来る時にお父様が作ってくださったわたしのドレス着て、お母様のお形見のわたしのパリュール身につけて、わたしがよく結う髪型に髪を結って、わたしの名前で侯爵様にエスコートされていたの」
「それ、なんだよ? 」
グリゼルタの言っている意味がわからない。
政略結婚で他人に押し付けられた馬の合わない妻を袖にして、愛人を連れ歩くまでならわかる。
なのに、何故愛人を妻に似せさせて連れ歩かなければならないのか、全く疑問だ。
むしろ、そう言う一部の貴族は愛人を持つことがステータスシンボルの一つになっているから愛人の存在を隠そうとはしないはずだ。
「不思議でしょ?
だから、我慢できなくて聞いちゃったのよね。
侯爵様に」
「相変わらずせっかちだな。
普通はこういう時じっくり考えるだろう」
「だって、気持ち悪いじゃない。
煮え繰り返った腸抱えて黙ってるのって」
俺の言葉にグリゼルタは口を尖らす。
「で? なんだって? 」
「はっきり言われたわ。
その女、侯爵様との間にもう男の子を産んでいるんですって。
だから、わたしとの間の子供は要らないって。
家督はその子に継がせるそうよ」
自棄を起こした様子でグリゼルタはさっき俺が手渡したグラスを仰ぐ。
「げっ、何よこれ。
エジェ、こんなものお客さんに出してるの?
よく悪い評判立たないものね」
余程口に合わなかったのか、グリゼルタは眉間に皺を寄せると舌を出す。
「そうか?
確かシュガーオレンジ風味とかで女性に飲みやすい低アルコールだって、出入りの酒屋が…… 」
何気なく確認しようと、俺は瓶を持ち上げる。
「……悪い。
間違えた」
手にした瓶を一目見て、俺は頭を下げるしかなかった。
とにかくグリゼルタが常連の太客でなかったことに感謝するしかない。
「何飲ませたのよ? 」
「それが、その…… 」
俺は口篭もる。
まさか、『マジックアイテムをうっかり手にした時に吸い取られた魔力や体力を補うための強壮剤』だとは言えない。
あれ以来、何時誰が昏倒してもいいようにこの部屋の戸棚には常に何本かのこれが用意してある。
実際使ったことも度々だ。
「まぁいいわ。
味は酷かったけど、なんだか元気が出たし」
気持ちを切り替えたようにグリゼルタは立ち上がる。
「具合悪かったのか? 」
勢いはいつものグリゼルタだったし、この暗闇じゃ顔色まではわからなかったからそんなこと気がつかなかった。
「たいしたことないの。
すこぉし眠れなかっただけだから、心配しないで」
言いながら空になったグラスを返してくる。
グラスを差し出したグリゼルタの左手の指を目に俺は違和感を覚えた。
「だから、おまえ早々に指輪はずしたのか? 」
あるべきはずのマリッジリングがその薬指にない。
「指輪?
ああ、最初からないの。
それがね、作る時にサイズを間違えたみたいで太すぎてゆるゆるだったのよね。
それで侯爵様が治しに出してくださったんだけど、まだ戻ってこないんですって」
「んな、いくらなんでももう結婚式から半年だぞ? 」
「侯爵様、出入りの宝石商にはこだわっているみたいだから。
その代わりにって、これ…… 」
グリゼルタは結い上げる時に残して巻いたこめかみの上の髪をかきあげる。
片方の耳だけに鈍い色をした紅い宝石が光って揺れる。
「侯爵様と片方ずつなの。
指輪が戻ってくるまでこれで我慢してくれって」
ふわりと微笑むとグリゼルタはドアへ向かう。
「帰るのか? 」
ドアに向かうグリゼルタの背中に声をかけた。
「うん。
そろそろ帰らないと、侯爵家の家令さんがいい顔しないし。
家にも帰れないし。
泊めてって言ってもエジェ泊めてくれないでしょ」
少し淋しそうな笑みを浮かべる。
「じゃあ、送ってく」
俺も慌てて腰を上げた。
「いいよ。
エジェ、仮にもわたしの元婚約者さんだもの。
もし侯爵家の使用人にでも見られたら、騒ぎになるから」
「わかった、じゃぁ。
家のメイドに送らせるから。
ちょっと待ってろ」
俺は慌てて屋根裏に引っ込んだ皿洗いの女を起こしに階段を上った。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる