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しおりを挟むおあつらえ向きに客が切れたこともあり、少し早めに店を閉め俺は裏に引っ込む。
「お帰りなさい! 」
寝室のドアを開けるとグリゼルタが嬉しそうな笑顔で飛びついてくる。
「ったく……
何しているんだよ? 」
その唇に軽くキスを落としてから俺は呆れたように呟いた。
「だって暇だったんだもの。
それに旦那様の働いているお店、どんなところか見ておきたかったの」
グリゼルタは不服そうに言う。
「こんな高い酒ばかり振舞って。
おまえ自分はほとんど飲んでいないんだろ?
しかもナンバーワンのアーネストなんか指名して、この指名料だけでもいくらになると思ってんだよ? 」
俺はさっきの勘定書きをグリゼルタの目の前に広げた。
「オーナー権限でチャラにならない? 」
グリゼルタは上目遣いにかわいく訊いてくる。
う……
正直この目には弱い。
弱いけど、現実問題、経営とは別だ。
「な・ら・な・い」
「エジェのケチっ!
じゃ、いいわ。働いて返すから」
「は? 」
「いいでしょ、ホストのお仕事は無理でも裏方くらいできるわよ」
最初からそれが目的だったのだろう。
グリゼルタは全く躊躇う様子なく言う。
「あのな、俺働いてもらうつもりで嫁さん貰ったんじゃないんだけどな」
「ま、いいわ。
お湯沸かしておいたから、躯洗ってね」
グリゼルタはくるりと背中を向けると俺から離れる。
「いいよ、別に。
それより先に一眠り…… 」
言いかけて身動きした途端、甘い脂粉の匂いが漂う。
女性客の纏っていた香水の匂いが複数入り混じって衣服どころか身体にまで染み付いている。
ここで「面倒だ」などと抜かしたら、絶対グリゼルタは臍を曲げるだろう。
「ありがとな。
そうする。
お前はもう寝ろよ」
言い置いて部屋を出ようとしたら、突然ノックの音が響く。
「何だ? 」
こんな時間に俺の部屋をノックするのは従業員以外にない。
その音に応えてドアを開く。
何故かサヴェリオにアーネスト、それから数人の従業員が顔を揃えている。
「給料あげろってか? それとも休みを増やせ?
どっちにしても明日にしてくんない?
明日ゆっくり…… 」
落ちる髪をかきあげながら言う。
正直店の引けた後だから多少なりとも酒が入っている。
酔った状態でする話じゃない。
「なぁに? 」
グリゼルタが不思議そうに俺の背後から覗き込んできた。
「あの……
ご結婚おめでとうございます! 」
その顔を見るなり、皆で声を揃え頭を下げた。
「あ、おい、駄目だって」
グリゼルタの頭を無理に押しやるが完全に遅く、しっかり見られている。
「わかってます。
お客様には内緒なんですよね」
アーネストが意味ありげな笑顔を浮かべた。
「参ったな。
何処で知ったんだよ? 」
俺は顔を顰める。
今回の話は従業員には誰にも言わなかったはずだ。
ホストの耳になんか入ると、ひょんな事から客の耳にも入ってしまう。
「駄目ですよ。
こんなところに花嫁さん置いといたら。
見つけてくださいと言っているようなものじゃないですか? 」
「それに、神殿で結婚式挙げましたよね」
口々に言われる。
そうだった。
確かアーネストの弟の一人がこの春から神官見習いで神殿にいる。
グリゼルタには気の毒だったけど、俺の仕事のこと、それからグリゼルタの例の一件があるから郊外の小さな神殿で、見届け人だけの立会いでひっそりと上げた式。
ただし、いくら式を挙げたのが小さな神殿でも、宗派がこの街で一番大きな神殿と同じだったことは失念していた。
「今夜、店に来ていただいた時のオーナーの反応で、しっかりバレてました」
「ごめんなさい!
そんなつもりじゃなかったのよ」
「いいよ、グリゼルタのせいじゃない」
俺はあからさまにため息を吐く。
何もかも詰めが甘かった俺の落ち度だ。
「これ僕たちからの結婚祝いです」
そんな俺の前を素通りして、アーネストがグリゼルタに大きな包みを差し出した。
「ありがとう。嬉しい! 」
グリゼルタが顔をほころばせながらそれを受け取る。
「いいのか? 」
思いもかけないことに俺はすこし戸惑った。
「僕たちの気持ちです」
居合わせた皆で頷く。
「ね? 開けてみてもいい? 」
グリゼルタの方は興味しんしんで貰った包みに目を輝かせている。
アーネストに頷かれてグリゼルタは包みを開く。
「わぁ…… 」
そして、包みの中から現れた純白のレースに感嘆の声をあげる。
「これ、アルダーレースじゃない。
しかもベッドカバー?
いいのこんなに高価い物」
それを手にとり確認して、はしゃいでいたグリゼルタが心配そうに声を落す。
真っ白で緻密に手織りされたベッドカバーはレースにおいては何処にも引けを取らないことで有名な異国製で最高級品。
しかもベッドカバーのサイズとなると、前世で言うところの高級車が買えるほどの値がつく。
「気にしないで下さい。
お客様に貰ったものなんですけど、僕の趣味には合わなくて」
アーネストが笑顔を浮かべた。
「おい、そればらしたら駄目だろ」
傍らでサヴェリオがその肘を突っついた。
「あの、その……
もらい物で申し訳ないのですが…… 」
しどろもどろに、アーネストが付け加える。
「そんなの、全然気にしないから。
むしろ高価すぎて、いただくこっちのほうが申し訳ないかも」
グリゼルタがアーネストに笑いかける。
その幸せそうな笑顔が俺の方を向いていないのになんだか少し腹が立った。
「くれるって言うんだから、貰っとけよ」
俺の声がぶっきらぼうになる。
「? なに拗ねてんのよ?
そうじゃなくて、エジェもお礼言って」
グリゼルタが俺を見上げて目を見開いた。
「悪かったな、気を使わせて」
「とんでもない、気が付いてしまったので黙っていられなかっただけです」
サヴェリオが言う。
「このこと知っているのはここに居るメンツだけですから。
後はばれないように巧くやってください」
そういい残して連中は帰っていった。
従業員を送り出したあと、匂いを落として寝室へ戻る。
新しい住まいに疲れたのか、グリゼルタはレースのベッドカバーに包まって寝息を立てていた。
起こさないようにそっとベッドの端に腰を下ろし、俺はその顔を覗き込む。
真っ白な肌に、彫りの深い顔立ち、金色の柔らかな巻き毛に長い睫。
目を開けばその睫に縁取られた瞳は深い青。
こうして高級レースに包まっている姿は、俺の前世で言うところの御伽噺の姫君のようだ。
それだけで儚くて今にも消えてしまいそうなイメージを抱かせる。
下手をしたら、このまま消えてしまうんじゃないかと思えてしまう。
眠るグリゼルタの頬にそっとキスを落す。
ベッドに潜り込み、そっと起こさないようにその華奢な躯を抱き寄せ目を閉じた。
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