37代目の魔女にされたので、

弥湖 夕來

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20・大切なことを思い出したので、 

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 もらったお礼は確か…… 
 
「ちょっと待ってて」
 言い置いてわたしはホールを飛び出すと、自室へ向かう螺旋階段を上がる。
 ドアを開けると真直ぐにベッドへ向かった。
 そしてヘッドボードとマットレスの間に手を差し込む。
「あった! 」
 マットレスの奥、指先に触れた固くて冷たいものをわたしは握りだす。
 どうしてこんな場所に押し込んだのか、そこらへんの記憶はない。
 だけど、ここに入れておいたことだけは思い出せた。
 掌のなかのそれは銀色のガラス細工のように繊細な光を内から放っていた。
 
「ユニコーンの角って、これ? 」
 大急ぎで螺旋階段を駆け下り、ホールへ飛び込むと、わたしはベッドの下から取り出したねじれた角をキューヴに差し出した。
 あの不思議な生き物に出会ったあの日、お礼にもらったこれを何故か誰にも言うことができずに、ベッドの下に押し込んだまま、わたし自身も忘れていたものだ。

「珊瑚様、これ! 
 どこで! 」
 不意にキューヴの顔つきが変わると今にも食いつきそうな勢いでわたしに詰め寄った。
「ん? もらったの」
「もらったって誰に! 」
 更に詰め寄るキューヴの勢いにわたしは身を竦める。
「その…… 
 持ち主。
 ……角の」
 いつも穏やかなキューヴのあまりの豹変振りにわたしは動転してしまいうまく言葉が出てこない。
「遭ったんですか、ユニコーンに? 」
「うん。多分…… 」
「馬に似た、馬よりもかなり小ぶりで白銀の額にこの角が一本だけ生えている生き物のことですよ? 」
「だったら、多分。
 間違えないと思う…… 」
「まさか…… 」
 角を手にしたままキューヴは頭を抱え込む。
「何時のことですか? 」
「えっとね、ここに来てすぐ…… 
 ほらキューヴと酵母をとる葉っぱを集めてた時。
 そのときに罠に掛かっていた子供のユニコーンを助けて…… 」
「……どうりで。
 今年は『聖なる乙女』を申し出る娘がいないわけです。
 まさか、角を託していたなんて…… 」
「ごめんなさい。
 隠していたんじゃないのよ。
 ただ、なんていうか。
 すっかり忘れていたって言うのか、記憶が抜け落ちていたって言うのか…… 」
 こういうケースを何て言っていいのかわからないでわたしは戸惑う。
「……珊瑚様のせいじゃありませんよ」
 キューヴはようやく何時ものように穏やかに言った。
「ですよね? 殿下」
 側にあった殿下の顔を見上げた。
「ああ…… 」
 殿下が大きな息を吐く。
「ユニコーンが人間に角を託す時には近いうちに必ず災いが降りかかる時だと言われています。
 ただ、この角は小国一つの国家予算に匹敵するほどの価値があるんです。
 もしも心無いものの手に渡れば、人々の命を救うためではなく私服を肥やすために使われてしまう。
 それを防ぐ為にか、この角を託された人間は角が本当に必要になる時まで記憶の一部を封印されると言われているんです。
 まさかその言い伝えが本当だったなんて…… 」
「じゃ、わたしって、故意に記憶を消されていたってこと? 」
「そうなりますね」
「まさか、わたしの魔女が角を託されるほどユニコーンに気に入られていたとは…… 」
 何故か殿下は渋い顔をして呟く。
「とにかく、キューヴ。
 それを大至急王都の魔女の元へ届けてくれ」
「はい」
 キューヴはわたしの手から角を受け取ると、ポケットから出した布に大切そうに包み、早足で部屋を出てゆく。
「送ってくる」
 殿下に言い置いてわたしはキューヴのあとを続く。
 何故かわたしが託された物である以上見届けなくちゃいけない気がした。
「角は、確かにお預かりしました。王都の魔女殿の所にお届けします」
 さっきまで苦痛でもあるかのようにしかめられていたキューヴの顔が少し柔らんでいる。
「お願いね、キューヴ。
 それと、あんまり休んでないんでしょ? 大丈夫? 
 道中気をつけてね」
 中庭で馬に乗り上げたキューヴを見上げて言った。
 地方の視察に出てからこっち、キューヴは休みなしなのだ。
「ありがとうございます。
 まだ、すこしくらいの無理はできる体力は残っていますよ」
 わたしを心配させまいとするかのように微笑んでくれた。
 
「魔女様! 助けてください。
 家の息子が! ラリマーが! 」
 駆け去るキューヴの馬が中の城門を抜けるのを見送っていると、外の城門の辺りで悲痛な声が響いた。
 聞き覚えがあるその声にわたしはその足で城門へ急ぐ。
 門番に入ることを止められ必死に叫んでいるのはやっぱりティヤの元飼い主の男だった。
「ラリマーが、どうしたの? 」
「もう意識が…… 」
 わたしの問いに男は顔を伏せ呟くように言う。
 将軍が言うように、重症者が出始めているんだ。
 その中にラリマーも居るなんて…… 
 わたしは息を呑む。
「様子、みさせて。
 すぐに行くから…… 」
 男に言い置いてわたしは一旦砦の中に戻るとエプロンのリボンを締めキッチンへ向かう。
「おばさん、何か少し食べ物分けてくれる? 」
 ドアを開けると、ここに居る人も悲痛な面持ちで沈み込んでいた。
「ああ、殿下が何かご所望かい? 」
 顔を上げると、ゆっくり立ち上がるながらおばさんは言う。
「ううん、そうじゃなくて、村に行ってこようと思って…… 」
「珊瑚ちゃん! 」
 おばさんの目が見開かれた。
「何言っているんだい。
 殿下は何て? 」
「ん、忙しそうだし、何も言ってないけど。
 ラリマーが悪いみたいだから様子を見に、ね」
 卵とかバターとか滋養のつく食べ物を籠に詰めながらわたしは言う。
「珊瑚さま、そんな! 
 もし病が移ったりしたらどうなさるんですか? 」
 何時の間にかキッチンの入り口に来ていた、アゲートが慌てて声をあげた。
「珊瑚さまはご存知ないかも知れませんが、本当に危険な病なんですよ」
 言い聞かせるようにアゲートが言った。
「ん、でも。
 わたしだけ何もしないの落ち着かないし。
 もしかしたらわたしの能力で何かできることあると思うの」
 殿下の手元で時間ごとに増えてゆく書付の人数。
 それをただ黙って見ているなんてできない。
 しかも顔見知りの子供が重態だなんてきいたら、少しでも力になりたい。
「行かせて。
 様子をみたらすぐに戻ってくるから」
 その顔を真直ぐに見据えて言うわたしに、アゲートはあからさまにため息をついた。
「仕方ありませんね、お供します」
 
「……本当に顔を見るだけですよ」
 村に通じる坂道を降りながらアゲートがまた息を吐いてわたしに言い聞かせるように言う。
「ね、アゲート。
 そんなに危険な病なら、アゲートは戻っていて。
 わたしは一人で大丈夫だし。
 もしわたしに付き合ってアゲートまで感染しちゃったら、どうしていいかわからなくなるし」
「そのお言葉、そっくりお返しします。
 わたしは殿下から珊瑚さまの身の回りの一切を任されているんです。
 ですから、もし珊瑚さまに何かあったら、わたしの責任になりますから」
「わたしなら、多分大丈夫だと思うの…… 」
「どうしてそんなことが言い切れるんですか? 」
 アゲートが目を丸くする。
「だって、予防接種してあるはずだし」
「なんですか? それ」
「毒性を弱めた病原菌をわざと身体の中に入れて免疫をつけるの」
 確か子供の頃できるのは全部受けたってママからきいてる。
 その中には麻疹もあったはず。
 うん。
 だから絶対大丈夫。
 アゲート達の異常な不安がり様に、多少の不安がなかったわけじゃないけど、わたしはそう言い聞かせた。
 
 
「魔女様、こちらです」
 村の外れにあるラリマーの家までは徒歩で数十分。
 たどり着くと早速敷地の傍らに立つ、粗末な小屋に案内された。
「なん、で? 
 酷い、どうしてこんなところに寝かせて…… 」
 倉庫か何かに使われていたらしい、いいかげんに板を貼り付けただけの粗末な小屋に藁を敷いて一人寝かされているラリマーの姿にわたしは愕然とする。
 犬のティヤだって玄関先とはいえ母屋に寝かせてもらっていたのに…… 
「駄目ですよ。珊瑚さま! 」
 男に抗議してやろうと開きかけた口をアゲートに塞がれた。
「言いましたよね。
 この病はものすごく感染力が高いって。
 同じ屋根下に寝かせておいたら他の家族にも必ず、伝染するんです。下手をしたら一家全滅になるんです。
 ですから、一人でも感染者を少なくするにはこうして隔離するしかないんです…… 」
 アゲートは辛そうに言って一人横になるラリマーから視線を反らせた。
 唯一救いだと思えるのは今が寒風吹きすさぶ真冬でないってこと。
 ここの冬がどのくらい寒いのかはわからないけど、少なくとも今の気温ならほとんど戸外に近いこんな状況でも辛くはないはずだ。
 わたしは一つ息を吐くと、ラリマーの隣にそっと膝をつく。
 全身の皮膚を真っ赤な発疹に覆われ呼吸がかなり荒い。
「ラリマー? 」
 呼びかけてみたけど返事がない。
 だけどただ眠っているのとは違うみたい。
 もう返事をする気力がないのか、意識がないのかどっちか。
 そっとその手を握るとかなりの熱を帯びていた。
 目蓋を落とすと、その裏側に浮かぶ何時もの紅い流れを探す。
 あちこちからつながっているラリマーの流れはどれもものすごく細くなっていて今にも途切れてしまいそうに見える。
 それは、ラリマーの命がもう尽きそうになっている事を物語っていた。
 
 ……どうしたらいいんだろう? 
 
 わたしは目蓋を落としたまま途方に暮れた。
 
 わかってしまう。
 わたしの能力じゃ無理がある。
 怪我をした人ならば、断ち切られた個所もしくは断ち切られた命の糸をつなぎ直せばいい。
 だけど病は、そもそも糸が断ち切れるというよりも、細く華奢になったような枯れたような状態。つなぐこと自体も困難なら、つないでもつないでもその糸が切れてしまう。
 根本的に病原菌を叩かないと治すことはできない、わたしの能力じゃ一時的にその時間を延ばすことしかできない。
 
 ……あれ? 
 それを自覚して落胆しながら目を開けると同時に視界が歪んで傾いた。
 
 なんだろう? 
 もしかして寝不足の状態で能力なんか使ったから、貧血でも起こしたんだろうか? 
「珊瑚さま? 」
 異変を察したようにアゲートがわたしの顔を覗き込んで訊いてくれる。
「ううん、なんでもない」
 わたしは大慌てで首を横に振る。
 ただでさえ皆不安がっているのに、こんなときにわたしが貧血なんて言えない。
「とりあえず、戻りましょう。
 手配した薬が届いているかも知れませんし…… 」
「うん…… 」
 何故か身体が重くなったような気がしながらわたしは立ち上がる。
「ごめんね。
 もう少しがんばっていて、ラリマー」
 意識のない少年に声をかけ、わたしはその家を後にした。
 
 砦に戻ると、なんだか異常なほど身体が重い。
 喉の奥がひりひりとして腫上った感覚と共に軽い咳が出る。
 躯中が熱っぽく関節が痛い。
 
 わたしはその重くなった身体を抱えて螺旋階段を上ると自室のベッドに突っ伏した。
 
 
「珊瑚さま、お夕食の時間で…… 」
 着替えるのもしんどくて、そのままベッドの上に転がっていると、アゲートが部屋の入り口から声をかけてくる。
「え? 珊瑚さま!? 」
 悲鳴に似たアゲートの声が頭に響く。
「ごめん、アゲート。
 少し寝かせておいて貰っていい、か、な…… 」
 なんだか、身体を起こすのもしんどくて、うめくように言うとわたしはそのままベッドにうずもれた。
 
 
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