37代目の魔女にされたので、

弥湖 夕來

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21・枕があがらなくなったので、 -前-

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「見舞いに行った、だと? 」
 どこからか、殿下の声がする。
 妙に怒りと不安を含んだ今まで聞いたことのない声だ。
「確かに、引き止めておかなかった私にも落ち度はあるが。
 アゲート、何故止めなかった? 」
 怒りの矛先は明らかにアゲートに向いている。
「違うの、そうじゃないの。
 アゲートはちゃんと止めてくれたもん」
 言いたいけど、喉が腫れて言葉が出てこない。
 そもそも目も口も開けるのがしんどい。身体が動かない。
「アゲートのせいではありませんよ。
 もし見舞い先で感染したのなら発病が早すぎます。
 恐らく珊瑚様もあの祭りの最中に例の楽団員と接触をしたのではないかと…… 」
 殿下の言葉を受け、キューヴの声が言う。
「潜伏期間には個人差があると言う話ですから…… 」
 
 ……そっか、キューヴ戻ってきたんだ。
 薬、ちゃんと持ってきてくれたのかな? 
 
 確かめたいけど…… 
 動けない…… 
 
 みんなの会話から今自分がどうなっているのか、なんとなくわかった。
 ……抜かった。
 症状がおんなじでも全く違う病気だったのか、それともワクチンが効かなかったのかは定かじゃないけど…… 
 
 少しばかり見通しが甘かった。
 何やってるんだろう、わたし。
 いいかげんな考えで皆に迷惑かけて…… 
 
 謝りたいけど、やっぱり動けない。
 胸が圧迫されて息が苦しい。
 あえぐように口をあけ大きく息を吸ってみるけど、肺の中に空気が入ってこないような気がする。
 まるで自分の身体じゃないみたいで、どこに身を置いていいのかわからない。
 躯中が熱を帯びて熱く火照り、関節という関節が、皮膚が酷く痛い。
 手足が重くて身体を起こすどころじゃない。
 
「珊瑚様、これ…… 」
 キューヴがわたしの背中を支え起こして口元にカップを運ぶ。
 煎じ薬らしい苦味と青臭さを含んだ独特の匂いが鼻をつく。
 それだけで吐き気がこみ上げる。
「飲んでください。
 陛下の魔女様の調合した薬ですので、珊瑚様に効くかどうかはわかりませんけど」
 そう言ってカップを傾けてくれるけど、あまりの匂いのせいか喉を通るどころか口にも入らない。
 こぼれた液体が喉を伝って胸元に滴ってゆくのがわかる。
「珊瑚様? 」
 キューヴがわたしの顔を覗き込んでいるようだ。
「貸せ」
 殿下の声がして、わたしの肩を支える腕ががっしりとした感覚のものに差し替えられる。
 ややして、誰かの息遣いがわたしの顔の間近でする。
 重い瞼をうっすらと開けると触れそうなほど近くに殿下の顔があった。
 殿下の唇がわたしの唇に重なる。
 
 駄目だよ…… 
 伝染っちゃう…… 
 
 拒否しようとしたけど、重すぎる手足は動かすこともできなくて、抱きかかえられた腕から身体を離す力も出ない。
 
 重ねられた口から甘くて苦いそして青臭い液体が移ってくる。
 腫れ上がって何も受け付けないと思っていたわたしの喉がこくんと動く。
 
「いい子だ」
 わたしの額に頬をつけてあやすように殿下は囁くと優しく髪を撫でてくれた。
 
 殿下はわたしの頭を枕の上にそっと置くと、肩口まで毛布を引き上げてくれた。
 
「あとはわたしが看ますから、殿下はお休みになってください」
 アゲートの声がする。
「いや、いい…… 」
「では、何かありましたら、お呼びください」
 殿下の声に重なるアゲートの声を耳にしながら、わたしは眠りに引き込まれていった。
 
 目が覚めると、夜なのか部屋の中は闇が広がっていた。
 枕元の傍らで蝋燭の小さな炎がかすかな光を投げかけている。
 静まり返った部屋で何かが動いたような気がして視線を向けると、ベッドの端に寄せられた椅子に腰掛けて、アゲートがうつらうつらしている。
 起き上がろうとすると、アゲートが目を開きわたしの顔を覗き込んだ。
「ご気分はいかがですか? 珊瑚さま」
 できるだけ刺激しないようにとの配慮なのか、低く抑えた声でアゲートは訊いて、わたしの額に手を伸ばす。
「良かった。熱、少し下がったみたいですね」
 アゲートの顔が綻んだ。
「ごめ、ん、迷、惑か、けて…… 」
 乾ききった喉に声が張り付き思うように喋れない。
「喉、渇いてます? 
 お水飲みますか? 」
 立ち上がると傍らの水差しに手を伸ばす。
「ずっとついていてくれたの? 」
 受け取ったカップを口に運び、ようやくわたしは声を出す。
「ずっとついていて下さったのは殿下です。
 さすがにお疲れのご様子でしたので、先ほどお休みいただきましたけど」
 アゲートがやんわりと笑みを浮かべる。
 
「みんな、は? 」
「え? ああ、村の人たちですか? 
 キューヴのもってきてくれた薬のおかげで皆快方に向かっていますよ。
 もちろん、ラリマーもです。
 一人も死人が出なかったのは快挙です」
 一番気になっていた事を訊けてやっと安堵する。
 ほっとしたらまた眠気がやってくる。
「ありがとう。
 わたしはもう大丈夫だから。
 下がって、休んで。
 アゲートももう何日もろくに休んでいないんでしょ? 」
 枕に頭を預けたまま言う。
「じゃ、そうさせてもらいますね。
 誰かが枕元にいるかと思うとゆっくり休めないでしょうから。
 殿下には珊瑚さまがお目覚めになったこと、ご報告しておきますから」
 アゲートは枕もとにあった燭台を取り上げた。
 
 次に目が覚めると、日はもう完全に上がっていた。
 窓の外からは何時ものように誰かしらの声が聞こえる。
 けれど、この階からは人の気配がしない。
 横になったままぼんやりとしていると、誰かが部屋に近づいてくる足音がする。
「珊瑚さま、お加減いかがですか? 」
 ドアが開くとアゲートが盆を手に顔を出した。
「お薬と、お茶をお持ちしました」
 部屋に入るとアゲートはわたしに手を貸してベッドから起き上がらせた。
「これ飲んでくださいね」
 差し出されたカップの中には昨日と同じ青臭い匂いのする液体が揺れていた。
 喉の腫れがひいていたのは自覚していたけど、喉を通るとは思えないような苦手な匂いだ。
「わがまま言わないで飲んでくださいね」
 顔をしかめているとアゲートが苦笑いを浮かべた。
「うん…… 」
 仕方なくしぶしぶ口をつける。
 口の中に広がる妙に甘くて渋くて青臭い味に朦朧としていたわたしの記憶が蘇る。
「殿下は? 」
 思わず声をあげる。
「殿下でしたら、今朝方早く王都へお戻りになりましたよ」
 いつものように淡々とアゲートは答えた。
「珊瑚さまの様態がはっきりするまではと、再三の王都からの呼び出しをお断りになって、四日意識のなかった珊瑚様に付き添っていらっしゃったのですが。
 昨夜、深夜に珊瑚さまが目覚められたのを確認なさってお出かけになりました」
「そうじゃなくて…… 」
 わたしの指が無意識に口元に向かう。
 伝染っちゃうって思ったのに抵抗できなくて…… 
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