37代目の魔女にされたので、

弥湖 夕來

文字の大きさ
36 / 46

27・所払いをされたので、 -前-

しおりを挟む
 
 それから数日後。
 いつものようにわたしを傍らに置いて殿下は積み上げた書類を睨んでいた。
「ここの、バスハ地方の税収どう思う? 」
 殿下がわたしの前に帳簿の一枚を差し出す。
「う、ん…… 
 今年は小麦の出来が良かったって言う割に、少ないよね」
 別の書類を引っ張り出し見比べながらわたしは呟いた。
「……ったく、陛下は何をしてるんだ」
 唸るように殿下は呟く。
 それと同時にホールのドアがノックされた。
 
「殿下、客人が到着しました」
 サードニクス将軍が見慣れない人を三人ほど伴って現れる。
「キューヴはどこだ? 」
 お客様への挨拶もそこそこに殿下が言った。
「わたし、探してくるね」
 立ち上がると、散らかった書類を慌ててまとめて隅に積み上げ、階段へ向かう。
「ついでにお茶を誰かに持たせろ」
「うん、頼んでくる」
 返事をして、閉めたドアを振り返った。
 
「誰なんだろ? 」
 この砦にわたしの知らない人が出入りしているのはいつものことなんだけど、今日の人たちはなんだかいつもと様子が違った。
 例えば顔つきだったり、服装だったり。
「隣国の大使ですよ。
 今度の姫君御輿入れ前の、事前滞在のことで打ち合わせに来たのでしょう。
 体よく所払いをされましたな」
 続いてホールを出てきた将軍が苦笑いを浮かべた。
 本当なら、魔女としての立場なら今あの場所に殿下と一緒にいなければいけないはず。
 
 わかってる。
 それが殿下の優しさなんだって。
 
 わたしに余計な心配をかけさせまいと気を使ってくれているってこと。
 
 わたしは気持ちを切り替えてキューヴを探しに向かう。
 
「う~ん。
 どこに行っちゃったんだろう? 」
 厩を出るとわたしは軽く唸る。
「城門楼も倉庫も見たし、あとどこだろ? 」
 呟きながらわたしは足を急がせる。
 殿下が呼べって言っているってことはお使いで城外に出ているわけじゃないと思うんだけど…… 
 今日に限って全くキューヴが見つからない。
 あと見ていないところといえばキッチンだけなんだけど…… 
 
 厩から出るとキッチンへは裏口の方が近い。
 何気なく足を向けると、裏口で誰かが薪を割っている薪割り斧の音が響いた。
「全く…… あんたも苦労するね、キューヴ」
 料理人のおばさんの声が耳に入った。
 こんなところにいたんだ。
「若い器量のいい魔女様もよし悪しだよね」
 ため息混じりに言っているおばさんの言葉に、わたしの足が止まる。
「どうしてそう思うんですか? 」
 それに答えるキューヴの声。
 ついで薪を割る斧の音が響いた。
「殿下だよ、殿下。
 相当珊瑚ちゃんに入れ込んでいるようじゃないか。
 このままだと、先王陛下のように伴侶を娶らないなんて言い出しかねないよ。
 あんた、どうするつもりなんだい? 」
 その声はとても困惑していた。
「どうと言われても…… 」
 答えるキューヴの声も困っている。
「今更何を言っても殿下のお耳には入りませんよ。
 なにしろ、珊瑚様は、殿下の理想そのものが形になったようなお方ですからね。
 漆黒の絹の髪も黒曜石の瞳も、華奢な身体の、象牙色の滑らかな肌まで全部。
 まるで殿下の注文で最高の材料を使って誂えられたような…… 」
「そういえば、昔から殿下は黒猫とか黒い瞳の栗鼠とか好きなお子だったね」
 思い出したようにおばさんは言う。
「僕だって最初にひと目見た時には驚きました。
 こんなに殿下の理想どうりの人間がどうしているんだって。
 この国の人間は髪も瞳の色も割と薄いですからね。黒髪って言うだけだって貴重なのに。
 その上、あんなに慕ってもらったら、手放すほうが無理って物じゃないですか? 」
「そりゃ、そうかも知れないけど…… 
 わたしらは本当に心配しているんだよ。
 あんたのおばあさん、先代の魔女様の時だってひと悶着あったんだから。
 結局、みるに見かねた先代の魔女様自身が身を引く形で一時姿を消して、先王陛下が八方手を尽くして探し出したと時には、お腹の中にキューヴあんたの父親を宿していて、それでようやく先王陛下も腹をくくったんだよ」
「知ってますよ。
 それがあったから現国王陛下は魔女を手に入れる前に強引に婚姻を結ばされたってことも」
 話の合間にキューヴは斧を振るっている。
「珊瑚ちゃんは、ここに来た時からわたしらとも気さくに話をしてくれたし。
 ご自分の立場がどういうものかわかってからも、ちっとも態度が変わらなかった。
 おまけに、殿下との関係を持ってからだって、わたしらにおおっぴらにならないようにそれとなく気を使って…… 
 そういうところがいじらしいじゃないか。
 だからね、わたしは珊瑚ちゃんが可愛くて仕方がないんだ。自分の娘のようにね。
 その珊瑚ちゃんに、あんたのばあさんのような思いはさせたくないとは思っている。
 だから、何とかならないのかい? 」
「何とかと、言われても…… 」
 キューヴは口篭もる。
 
 ……なんか、聞いちゃいけない話を聞いてしまった? 
 
「キューヴ! 」
 少し後ろめたさも手伝って、それ以上話を聞かなくていいようにわたしは足を止めたままわざと大きな声でキューヴを呼ぶ。
「珊瑚さま? 
 ここです」
 額にうっすらと浮かんだ汗をぬぐいながらキューヴが今まで薪を割っていた場所からだと陰になっているこちらへ顔を出す。
「どうかしましたか? 」
「うん。
 殿下が、お客様が来たからって、呼んでたの。
 それとお茶を…… 」
「わかりました」
 キューヴはいつもと変わらない笑顔をわたしに向けてくれる。
「おばさん、悪いけど、薪割はここまでですよ。
 後は誰かに頼んでください。
 それとお茶の準備をお願いします」
 裏手に声をかけるとキューヴはあわただしく走ってゆく。
 同時に裏手から、おばさんがキッチンに戻る音がした。
 
 
「で? あんたは殿下の所に行かなくていいのかい? 
 珊瑚ちゃん」
 暫く後、キッチンの片隅に居座るわたしにおばさんが言った。
「うん。
 わたし今日は追い出されちゃったみたい、なんだよね」
 さっきのサードニクス将軍の言葉を思い出して、このまま戻らないほうがいいんじゃないかって判断はできていた。
 殿下もわたしが側にいたんじゃ話しにくいこともあるだろうし。
 第一本当にわたしがあの場にいる必要があるんだったら、とっくにお呼びがきているはず。
 
 部屋に戻ってもすることのないわたしはまたしてもこうしてキッチンに居座る。
 追い出されたことに少しだけ腹を立てているのも手伝って、ボールに入れた卵白を少し乱暴に泡立てる。
「今度はなんだい? 」
 そのわたしの手元をおばさんが興味深そうに覗いてきた。
「シフォンケーキ、に、なる、か、な? って」
 頭を傾げながらわたしはたどたどしく答える。
「なんだい、それは? 」
「バターケーキより軽い食感のお菓子なんだけど…… 」
 正直成功させる自信はなかった。
 何しろパン以上に材料も手順もうろ覚え。
 しかもクッキーのように材料配分いい加減でもなんとか形になるって物でもない。
 だけど、何かしていないと、それもできるだけ頭を使うことを、いられなかった。
 確か、卵白を泡立てて粉類をあわせて油を入れて…… 
 型に流したタネをオーブンに押し込む。
 
 ここのオーブンは一日中火が入っているからそれだけは便利だなって思う。
 ケーキ生地の焼けるのを待ちながら、キッチンにいる皆でお茶のカップを傾ける。
 オーブンからケーキの焼ける香ばしい匂いが漂ってくるころには、わたしのささくれだった気持ちもだいぶ治まってきていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...