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27・所払いをされたので、 -後-
しおりを挟む「そういえば、先代の魔女さまって、キューヴのおばあちゃんだって聞いてたんだけど、どんな人? 」
さっきのキューヴとおばさんの会話と、先日の殿下の会話が思い出されて、居合わせた皆に訊いてみる。
「う~ん、どうといってもねぇ…… 」
おばさんが渋い顔をした。
「今の魔女さまのことならよく知っているんだけど。
ここにおいでになっていた時分、お世話をしたのはわたしたちだから。
だけど、先代の魔女さまがここに居た時にはわたしはまだ子供だったし、わたしらはずっとこの砦勤めだから王城に行った魔女さまとは交流がなかったんだ。
だから、なんとも言いようがないんだよ。
ごめんよ」
お茶のカップを傾けながらおばさんは少し慌てたような顔をした。
「でも、急にどうしたんだい?
そんなこと」
「ん、この間、殿下が言ってたのよね。
先王陛下は、実の孫の自分より、魔女さまの孫のキューヴの方が可愛いんだって。
だから、どんな人だったのかな? って」
「人となりは知らないけどね、肖像画なら確か先王陛下のお部屋にあるはずだよ」
思い出したようにおばさんが教えてくれる。
「一度見せてもらうといい。
若いころの肖像画だけどさ、キューヴ似の綺麗な髪の美人さんだから」
「うん、そうする…… 」
「そろそろ、いいんじゃないかね? 」
わたしが頷く傍らで、オーブンを振り返っておばさんが言った。
キッチンの中に漂うオーブンからの匂いがさっきと少し違っている。
「え? そう? 」
手にしていたカップを置くとオーブンに歩み寄った。
さすがこの道何年のプロとでも言うか、おばさんはタイマーもついていないオーブンの中に入ったものの焼け具合を簡単に鼻で嗅ぎ分ける。
取り出したケーキはふんわりと膨らんで、上部だけが少しキツネ色に焼き色がついている。うろ覚えの材料と手順が合っていたらしい。
「やった、成功」
あら熱を取って型から外すとその手元を皆が覗き込んできた。
いくつかにスライスした一切れをお皿に乗せ、軽く泡立てたクリームをかけてわたしはそれを側にあったバスケットにしまいこんだ。
小さなポットにお茶を入れ、同じバスケットに入れる。
「後は皆で味見して」
言ってキッチンを出る。
籠を抱えてキープに戻り、食堂ホールの奥にあるドアをノックする。
「お前さんかい? 何か用でも? 」
ドアを開けてくれた先王陛下は不思議そうな顔をした。
「えっと、ケーキが上手に焼けたので、おすそ分け、です。
おじいちゃんにも食べてもらいたくって」
わたしは老人に笑いかけて、お茶とケーキの入った籠を差し出した。
「それは、済まないね。
いただこうか。お入り」
やんわりとした穏やかな笑みを返してくれると、老人はわたしを部屋に招きいれてくれた。
「……それで、お前さんは、わしに何を訊きにきたんだい? 」
手にした皿のケーキにフォークを入れながら老人はわたしに訊く。
やっぱり、ただ雑談をしに来たわけじゃないこと、しっかりバレているみたいだ。
「キューヴのおばあちゃんの肖像画がここにあるって聞いて、一度見せていただきたくて…… 」
それでも肝心のことはストレートに訊けなくて、わたしはまだ話をはぐらかす。
「儂には勿体無いほどのいい友だったよ」
老人は顔を壁際におもむろに動かす。
その視線の先には一枚の大きな額が掛けられていた。
窓から差し込む柔らかな光に描かれた絵が浮かび上がっている。
「きれい…… 」
キューヴと同じ濃い蜂蜜色の髪をした画中の女の人は、思わず声が漏れる誰もが一目ぼれしそうな程の美人さん。
「いい友過ぎて、終には妻にはなってくれなんだがな」
老人は寂しそうに口を開いた。
「え? 」
「それを訊きに来たんだろう? 」
老人は優しい視線をわたしに向けた。
わたしは黙って頷く。
「……心底、惚れておったよ」
年齢のせいだろうか、老人は恥ずかしいはずの言葉を臆面もなく口にする。
「国の決まりごとなど曲げてしまってもいいと思うほどにな。
あれを妻にできぬのなら、妻など要らぬとも。
妻にできるのなら王位を退いてもいいとさえ、思うほどにな。
だが、あれは儂よりも国を取った。
なかなか妻を娶らない儂を案じてあるとき姿を消してな、一年ほどどう手を尽くしても見つからなかった。
やっと見つけた時には国境の鍛冶屋の息子と一緒になっていた。
腹にはその男の子まで宿しておって、もうどうすることも出来なかった。
その後も、儂がとある侯爵令嬢を妻に迎えるまで、城に戻ってくることはなかった。
あれはそこまで考えて自分の伴侶を選んだと見えて、どこぞの貴族の妻ならまだそれでも城に呼び出す機会もあったのかも知れぬが、鍛冶屋の妻では身分的にそれすらもできず三年以上顔を見ることもなかった。
結局、儂が我儘を言い続け、あれがそれを拒み続けた。
それだけの話だ」
老人は寂しそうにもう一度視線を肖像画に向ける。
「妻も美しくておとなしい悪い女ではなかったがな。
妻以外のほかの女に懸想し続けた罰でも当たったのか、情けないことに儂の息子はあの通り。
国を治めることが肌に合わなくてな……
お前さんにも迷惑を掛けることになった。
もっとも孫はアレだから最終的にはなんとか帳尻が合った計算だが」
まるで今まで抱えていたものを全て吐き出すように苦しそうに語ったあと、老人は手にしていたカップの中のお茶を喉に流し込む。
「儂は…… 」
そして、また続ける。
「儂自身は、そろそろいいんじゃないかと思っているんだよ。
国王が異世界の女を妻に迎えても。
異世界の女が産んだ子供が王位についても、問題はないと」
「それって、ご自分が叶えられなかったからですか? 」
「いや…… 」
茫然と訊いたわたしの問いに瞼を落として老人はゆっくりと首を横に振る。
「コーラルの相手にあがっている娘のことを知っているか? 」
「隣国の王女様ですよね? 」
「ああ。
そしてあれの母親、現王妃も別の隣国王の娘だ。
それだけではない、儂の母親も異国の人間だ。その先代も……
つまりは、この国を治めている人間はほとんどこの国の国民と同じ血を有してはいない。
おかしな話だとは思わないか? 」
「でも、それは戦を避けるために必要不可欠だって…… 」
「そうかも知れぬが、だったら、その相手が他国の王女ではなく異世界の女で何がいけない?
女は確かに魔力を有しているかも知れぬが、魔女の残した子供たちは誰一人その能力を受け継いだという記録はない。
儂らと同じ普通の人間だ。
だったら、何も怖がる必要などないだろう? 」
老人の乾いた皺だらけの手がそっと伸び、わたしの頭を撫でる。
「あの子を、儂によく似た孫息子を、よろしく頼むよ……
覚えておきなさい。どんなことになっても、儂はお前さんの味方だ。」
そう言ってこれ以上ないほどに優しい微笑を向けてくれた。
結局、わかったのは。
先王の部屋を出たわたしは、いつもの井戸端に出て思いをめぐらせる。
先代の魔女さまがパートナーである国王をどんなに想っていたかってことだけ。
国王が大事すぎて、だから国王の治める国を守りたくて、自ら身を引いた。
そんなに哀しい思いをしてまで国王を守った人って、どんなに強いんだろう……
なんだか哀しくなって、涙が滲んでくる。
「珊瑚様? 」
声を掛けられ顔をあげると、いつもの穏やかなキューヴの顔がある。
「もう夕刻ですよ。
中に入ってください。
殿下が、大使方とお食事を一緒にして欲しいとお待ちです」
「お客様、今日はお泊り? 」
わたしは滲んだ涙を見られないようにこっそりと拭うと立ち上がった。
「はい、明日の朝早く殿下と一緒に王都へお立ちになる予定です」
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