たとえばこんな、御伽噺。

弥湖 夕來

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シンデレラの赤いリボン

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「トリア起きてくださらない? 」
 耳もとで囁くシャーロットの声にトリアは目を覚ます。
「ん、なぁに? 」
 重い瞼をこすりながらヴィクトリアは呟き起き上がる。
「ね、ちょっと手を貸して下さらないかしら? 」
 覚醒していないぼんやりとした視界に、身支度を仕掛けのシャーロットの姿がある。
「ん、ちょっと待って」
 ベッドを下りるとクローゼットの前に立つシャーロットの側に歩み寄る。
 窓の外からは興奮した犬達の吼え声と馬のいななきが聞こえてきた。
「そっか、ハンティングって今日だったんだね」
「そうよ、何寝ぼけているの? 
 お願い、コルセット絞めてくれる? 」
「あ、うん…… 
 というか、食事いいの? 」
 まさか乗馬服のままで食堂には行けないだろうとヴィクトリアは首を捻る。
「今朝は、やめておくわ」
 ため息混じりに言うとシャーロットは思い切り息を吐きウエストの辺りをへこませた。
「ね、さすがに今日は少しゆるくしたほうがいいんじゃない? 」
 絞めながらヴィクトリアは首を傾げる。
 何もしないでただ座って針を動かしたり、本を読んだりしている分には支障はないかも知れないが、さすがに乗馬の運動量だとあまり絞めすぎたら息が切れる。
 ヴィクトリアでさえ実証済みだ。
 それが心配になる。
「ん、そうしたいんだけどね。
 この乗馬ドレス、少し小さいのよ。
 新しいのを作ってもらおうと思ったのに、お父様ったら、どうせ一年に一度しか着ないんだからこれでいいっておっしゃるのよ」
 シャーロットは不服とばかりに頬を軽く膨らませる。
「それよりトリアは? 
 ドレスも馬も何時届いていたの? 」
「届いてないけど」
 ヴィクトリアはさらりと答える。
「最初からハンティングは参加するつもりなかったから」
「じゃ、行かないっていうの? 」
 シャーロットは睫をしばたかせた。
「馬ならここのを借りればいいでしょ。
 何も自分の馬でなくたって…… 
 それとも、乗れないとかなんて言わないわよね? 」
「乗れます。
 乗れるわよ。別に自分の馬じゃなくたって…… 」
 馬に乗るのは嫌いじゃない。
 むしろ大好きだ。小さな頃から父の気の荒い軍馬も乗りこなしたのはヴィクトリアの幼少の頃を知る大人たちの間では有名な話だ。
「ただ…… 」
「ただ、どうかしまして? 」
 シャーロットが首を傾げる。
「キライなの、狐狩り」
 遊びを楽しみにしているシャーロットに面と向かってその訳は言えないけれど…… 
 
 正直言ってしまうと、いくら畑や鳥小屋を荒らす害獣だといっても、小さな生き物を寄ってたかって犬をけしかけ追いまくるのは気が進まない。
 しかも今の時期は子育て期。
 親狐を狩ってしまったら、子狐まで被害が及ぶ。
 
 皆が楽しみにしているのに、まさか中止をお願いするなんてできないけど、せめて自分だけはそこにかかわりたくなかった。
 
「だから、楽しんできて。
 次に遠乗りの催し物でもあった時には参加するから」
 ヴィクトリアは曖昧に微笑むとシャーロットのコルセットの紐を引き絞った。
 
「さてと…… 」
 コルセットの絞めすぎたために肩で息をしているシャーロットを送り出し、ヴィクトリアは息をつく。
 今日は授業も全て休みだ。
 急に休みを貰っても暇を持て余してしまう。
 
 本当は…… 
 
 先日の約束もあるから、孤児院に行きたいところだけど。
 約束の新しい絵本も入手してないし、何より供の充てがないこの状況では外出許可が下りるとは思えない。
 
「にゃぁ」
 視線とともに小さな泣き声がして、答えるように足元をみると先日の真っ白な小猫が見上げている。
「えっと『スノー・ベル』だったっけか。
 お前、また抜け出して来ちゃったの? 」
 言って小猫を抱き上げる。
「お部屋に戻ろう」
 ふわふわの毛皮に頬擦りして逃げられないようにそっと抱きしめたまま、ステアケースを下り、その先のドアを叩いた。
 
 
「どなたかしら? 
 開いていますわ」
 ノックの音に答えて部屋の奥から声がした。
 次いでドアが開かれる。
「あの…… 」
 目に綺麗な透けるような金色の髪が映る。
 柔らかな笑みを浮かべた淡いタンザナイトブルーの瞳。
 同じ色の華やかなドレス。
 そして、これでもかというほどになめらかで抜けるように白い肌の整った顔形。
 まるで作り物のようなその容姿には思わずため息がこぼれそうだった。
 
 てっきり先日のメイドがドアを開けてくれると思っていたトリアは一瞬戸惑った。
 この部屋の主で猫の飼い主のレディ・イリーナだ。
 連れてきていた異国のメイドでもわかるけど、少し遠いトリシュ帝国の皇女だと言う話だ。
「この子、また抜け出してきちゃったみたいなの」
 トリアは腕の中の小猫を差し出した。
「まぁ。ありがとう。
 助かりましたわ」
 同じ年頃くらいの少女は安堵したような表情をした。
「修道院では、お部屋以外の場所も出入り自由だったから、お部屋でじっとしてくれていなくて…… 
 お礼にお茶でもいかがかしら? 」
 気さくに部屋に招き入れてくれる。
「でも、ご迷惑じゃない? 」
「いいえ」
 ヴィクトリアの問いにイリーナは首を横に振る。
「時間を持て余していましたの。
 ですからご一緒して下さると嬉しいわ」
 言って穏やかな笑みをこぼす。
 
「あの、ハンティングは? 」
 出されたカップを傾けながら、ヴィクトリアは首を傾げた。
 自由参加とは言っても、王子達の出席する会を外そうなんて思っている少女はここには居ないはずだ。
 あの乗馬なんて一年に一度しかしないようなシャーロットでさえも喜んで出かけていった。
「わたくし修道院で育ったので馬には乗れませんの」
 残念そうに言ってイリーナは視線を落とす。
「でも乗馬って普通に習いますよね」
 親の都合で子供の頃から寄宿制の修道院に預けられる貴族の娘はこの国でも珍しくはない。
 ただ、乗馬は貴族のたしなみでもあるから必ず教えてもらえるはずだ。
 ただし移動には馬車もあり、後は本人次第、好き嫌いで乗る頻度はかなり違ってくるはずだけど。
 ヴィクトリアは首を捻る。
「普通ならそうかも知れないわね。
 でもわたくしは修道院の敷地の外には出られなかったから…… 」
 少女は少し淋しそうに呟いた。
「ごめんなさい。
 わたし、余計な詮索して…… 」
「お気になさらないで」
 イリーナはやんわりとした笑みを浮かべる。
「レディ・ヴィクトリア。
 あなたは、乗馬はなさらないの? 」
「わたし? 
 わたしは狐狩りが嫌いなだけ。
 皆さんには言えないけど」
 ごまかしても仕方ないと吐露する。
 イリーナの膝の上にいた猫がふいに飛び降りるとヴィクトリアのドレスの裾に額を摺り寄せた。
 
 
「すっごく綺麗な猫ね」
 そっとその猫の真っ白な額に触れながら言う。
「ありがとう。
 叔父様にいただいた猫なのよ。
 わたくしね、産まれてからずっと修道院で育ってお父様の住んでいる宮殿にはわたしの居場所はないの。
 ですから修道院を出てくるときに、この猫を預かってもらうところがなくて連れてきてしまったの。
 迷惑掛けることはわかっていたけれど」
 イリーナは淋しそうに瞳を伏せた。
 
 ヴィクトリアはなんと返していいのかわからずに黙り込む。
 親にあまり構ってもらえなかったのはヴィクトリアも同じだが、少なくとも修道院のような場所に隔離されるようなことはなかった。
 部屋に妙な沈黙が広がった。
「ね、この子。あなた貰ってくださらない? 」
 ふいにその沈黙を破るように、イリーナが言う。
「はい? 」
 思いもかけない申し出にヴィクトリアは睫をしばたかせ、向かいの少女の顔を見る。
「実はわたくし、国に戻ったらまたどこかの修道院なの」
 やんわりと微笑んで言う。
「今まで居た修道院は猫を飼うことを許してくださったけど、同じ修道院に戻れるかどうかわからなくて…… 
 もし違うところだったら、今度は猫を飼うことを許していただけるかどうかわからないから」
「でも、大事な猫なのよね? 」
「だから…… 
 だから、国に連れて帰ってもし飼えないなんてことになったら、どうしていいわからないから。
 ここで大切に飼ってくださる方が居たらお預けしたくて」
 少し辛そうに言う。
「わたしは…… 」
 ヴィクトリアは口篭もる。
 
 正直ヴィクトリアも両親と特に母親とはあまり関わりを持って育ったほうではない。
 けれど少なくとも窮屈であろう修道院に放り込まれることもなく、のびのびと暮らしてこられた。

 だから、そんな風に言われると気の毒で、預かるって言ってあげたくなる。
 だけどあの母が絶対に許可を降ろしてはくれないだろう。
 父もこれ以上母が家を空けることを恐れて母の言葉には言いなりだ。
「ごめんなさい。
 わたしは無理なんだけど、心当たりを聞いておくってことでいいか、な? 」
 ようやくそれだけを口にした。
 
 
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
 
「随分良くなりましたね」
 言葉と共にレティシア夫人は安心したような息を吐いた。
「夫人のご指導のおかげです」
 教えられたとおりに優雅に膝を折りヴィクトリアはもういちど頭を下げた。
「本当に…… 
 最初はどうなることかと思いましたけど…… 」
「もう、どこに出しても恥ずかしくありませんね。
 わたくしも肩の荷が下りました」
 夫人はため息混じりに言った。
「今日はここまでにいたしましょう。
 お疲れ様」
 言って部屋を出てゆく。
 その後ろ姿を見送った後、ヴィクトリアも部屋を出る。
 
「レディ・ヴィクトリア…… 」
 パーラーの前を通りかかったところを中から声を掛けられた。
「みなさんで、今チェスをしているのだけれど、ご一緒にいかが? 」
 お茶も手仕事も飽き飽きしていたから、この誘いなら嬉しかった。
「ありがとう。じゃ、お邪魔します」
 ヴィクトリアは早速その輪に加わる。
  
 チェスは、昔父が今ほど多忙でなかった頃に教えてもらった。
 何でも兵法に通じる部分があるとか言って、かなり熱心に教えてもらった記憶がある。
 父が将軍職を拝領して忙しくなってからは、誰も相手が居らず暫く触っていない。
 そんな状態で通用するだろうかと、半ばどきどきしながら盤に向かう。
 
 結果は…… 
「駄目ですわ、レディ・ヴィクトリアのお相手、誰かできる方おりまして? 」
 ほとんど一人勝ちになってしまったヴィクトリアを前にその場の皆がため息をついた。
 教養として基礎のルールだけは身につけているに過ぎない令嬢がほとんどで、本格的に仕込まれたヴィクトリアの相手にはならない様子だった。暇つぶしにもならないほど簡単に勝負がついてしまう。
 
 そのときパーラーの前を通りかかる人影を見つけた誰かがその人物に声を掛けた。
「レディ・セフィラも一局いかが? 」
「ありがとう、喜んでお受けいたしますわ」
 少し年上の少女は急ぐ様子もなく、言ってその中に加わってくれた。
 
 程なく、今度はセフィラの一人勝ちになる。
 
 かなりの腕の持ち主らしく、手加減はしてくれているのだろうけど他の少女達は全く歯が立たない。
 かく言うヴィクトリアも苦戦の末敗退…… 
 
 そんな勝負事に一喜一憂していると、そこへ男が割って入った。
「チェスかい? 」
 盤上を覗き込む男の姿に居合わせた少女達は皆一斉に立ち上がり、ドレスの裾を上げ、膝を折る。
 第一王子のアーサーだ。
「いかがですか? 」
 これ以上一人勝ちをしても申し訳ないとでも思っていたかのように、セフィラは勝負の付いてしまった席を離れて、アーサーに譲った。
「バハムートが馬場に出ていたよ」
 促されるままに席につきながらアーサーがセフィラに言う。
「では、わたくしは馬を見に行って来ますわね」
 少女はその言葉にせかされるようにパーラーを出て行った。
「バハムートってなんですの? 」
 シャーロットが訊く。
「ああ、レオの、ライオネルの馬だよ。
 レディ・セフィラはあの馬を昔から知っていたみたいで、気になるらしい」
 アーサーは屈託のない笑顔を浮かべる。
「ライオネル様の馬って、あの大きな青毛の? 
 物好きですこと、わたくしはあんな大きな馬怖くて近寄れませんわ」
 誰かが言う。
「確かに、ご婦人向けの馬じゃないな。
 この中で乗れるとしたらレディ・ヴィクトリアくらいかな? 
 将軍から聞いているよ。小さな頃からバハムートにも劣らない将軍の馬を乗りこなしたとか…… 
 先日のハンティングではその姿がみられなくて残念だった」
 穏かな笑顔を向けながら言ってくれる。
「恐れ入ります」
 ヴィクトリアはそっと頭を下げた。
「もし、気になるのなら行って見てくるといい。
 今なら馬場に居るはずだ」
 
 馬にも興味があったけど、勝負の見えているチェスに付き合うのもそろそろ飽きてきたヴィクトリアは言われるままにパーラーを出る。
「確か…… こっちよね」
 呟いて広い庭の片隅に足を向ける。
 
 ここに来てから厩舎にも馬場にも用事がなかったから一度も行ったことがない。
 昔父に一度だけ連れてきてもらった時の記憶を頼りに足を進めてみる。
 
 その足元を、ふいに何かが横切った。
 ヴィクトリアは反射的に足を止め、それを確認しようと目を凝らす。
「こら、ポモナそっちはだめだって! 」
 同時に庭師の男が視線を遮る。
「ハーラン、様? 」
 予期せぬ顔にヴィクトリアは鼓動を高鳴らせながら呟いた。
「トリア! 」
 男もまた驚いたように声をあげる。
「って、待てマイア! 」
 その足元を横切ろうとしたもう一つの陰を慌てて取り押さえる。
「何を? 」
  
 反射的に足元に視線を移すと、小さな狐が足元でじゃれている。
「わぁ! 」
 ヴィクトリアは思わず声をあげた。
「どうしたの? この狐の仔? 」
 もこもこも黄色い太い尻尾を持つ愛らしい生き物に思わず目が見開かれる。
「ああ、この間のハンティングの時に親をやられてね。
 あるお嬢さんが仔だけ保護した」
 その言葉にヴィクトリアの表情が無意識に曇る。
「どうした? 」
「ううん、なんでもない」
 
 だからハンティングは嫌だって、本当は言いたいところだけど、面と向かっては誰にも言えない。
 
「俺は今のシーズンのハンティングは止めろって言ったんだけどな」
 ポツリとハーランは言う。
 
「だから、せめてもの罪滅ぼし。
 独り立ちするまではここで飼うつもりだ」
 言ってハーランが指差す先には、刈り込まれたトピアリーに隠れるように小さな小屋が造られていた。
 
「君は? どうしてこんなところに…… 」
 ハーランが首を傾げる。
「ちょっとね、馬場に行こうとしたら迷ってしまって」
「馬場なら反対」
 呆れたように息を吐きながらハーランは背後を指差した。
「もぅ…… いいわ」
 我ながら自分の方向感覚のなさに呆れながらヴィクトリアはハーランに向き直った。
 別に馬にそれほど興味があるわけでもない。
 ただあの場所を出られる口実を貰ったからそれに乗っただけの話だ。
 
「ハーラン様は? 
 今日は何をしてたの」
 会話の糸口を探してヴィクトリアは口を開く。
 何か話題でもあればもう少しこの人の側に居られる。
 だから…… 
 
「ん、ああ…… 
 花がら摘み。
 終わりになった花を切ってやらないと見苦しいし病気が出るから…… 」
 言いながらハーランは仕事に戻る。
「わたしも手伝っていい? 」
「止めてくれ」
 手を出そうとしたところを抑えられ、苦笑の混じった顔を向けられる。
「手が荒れる。
 ご令嬢の手を荒らしたなんてレティシア夫人に知られたら、何を言われるか」
 言いながら苦い顔をする。
 
 
「ね、訊いていい? 
 どうして庭師の仕事なんてしてるの? 」
 仕方なく、ヴィクトリアは手を引っ込めるとそれを後ろ手で組んでハーランの手元を覗き込みながら、ずっと前から訊いてみたかったことを口にする。
「知識欲からかな? 
 本当は庭弄りが最初の目的じゃなかったんだけど」
 男は少しまじめそうに顔を引き締めた。
「はじめての土地を行軍する時にはその地の特徴を知る必要がある。
 湿地や沼地なんかにうっかり追い込まれたら馬の足を止められる。
 それを避けるにはその場に生えた植物から土地の特徴を推測できたら簡単だろう? 
 湿地を好む植物、乾燥した土地にしか生えない植物、砂地の方がよく育つ植物。それぞれ特徴がある。知っておけばひと目見ただけでそこの土壌がどんなものかわかる。
 それを研究するには実際に触って見ることも大切だし、城内で植物のことを扱っているのはやっぱり庭師だしな。
 それに庭を造るために水を引いたりする灌漑の技術はやっぱり行軍や城攻めになった時に役に立つ。川の流れを変えたり、地下水脈を探ったり、水を止めれば城は簡単に落ちる。
 ついでに軍役のない時の荘園の管理にも不可欠な知識だ。
 ……っと、悪い」
 男は、何時になく饒舌に喋った後、まずいことになったというように顔をしかめる。
「こんな話、されても困るよな…… 
 興味もないだろうし」
 ヴィクトリアの顔を見下ろすと心配そうに瞳を揺らす。
「ううん。
 家では父のそんな話にばかり付き合っているから、ハーラン様の言っていることわかります。
 ただ父は実践経験の話が多いですけど」
 ヴィクトリアは笑みをもらす。
 こんなに長くこの人の言葉を聞いていたのははじめてだった。
 その柔らかな声はなんだかずっと聞いていたい気分にさせる。
「それに、今回の会の間、俺たちは時間がある時にはレディ達の居るあの棟にできるだけ居るようにって義務付けられていたしな。
 それならあの格好をしていれば誰にもわからない。女の相手をするなんて面倒に巻き込まれなくて楽だったんだよ」
「義務? 」
「そう、ほとんど強制的。
 行かなければ侍従の爺さんに引っ張っていかれる」
 男はそれが面倒以外の何者でもないと言った口調で言うと息を吐いた。
「もっとも、君にはバレてしまっていたけどな」
「だって、どんな服装していてもハーラン様はハーラン様だもの? 」
 ヴィクトリアは首を傾げる。
「なんにしても、庭師が俺だって誰にも言わないでいてくれたんだろう? 
 助かった」
「言わないって…… 
 皆さん、知っていると思ってたし。
 知っていてお仕事の邪魔にならないように声を掛けなかったんじゃないの? 」
「あれ、でもか? 」
 ハーランは庭の向こうの建物を指差す。
 大きな建物の前には複数の少女が人待ち顔でたむろしていた。
「兄上が剣の稽古が終わるのを待ってるんだよ」
 その姿を目に言ってハーランは視線を戻す。
 そういえば、時間の空いた時皆でお茶をしている途中で抜け出す少女が何人かいた。
「それより、この間の猫…… 」
「え? 」
 ふいに変えられた話題に、ヴィクトリアは睫をしばたかせた。
 そういえば、あの後報告に行ったけど姿が見えず、それっきり忘れてしまっていた。
「ごめんなさい。
 もっと早くに報告しなくちゃいけなかったのに…… 
 見つかりました。飼い主さん」
 ヴィクトリアは慌てて頭を下げる。
「レディ・イリーナの猫だったんだってな。
 あの後探しに来てた」
「それで、ね。
 あの猫、誰か飼ってくれる人を探しているみたいなんだけど…… 」
 
「なるほど、そういう事情か」
 ヴィクトリアの一通りの話を聞いた後ハーランは頷いた。
「本当は手放さないで済む方法があれば一番いいんだけど…… 」
 視線を俯かせてヴィクトリアは呟く。
「ハーラン殿下! 」
 遠くからかけられた声にヴィクトリアは視線を上げた。
 トピアリーに仕立てられた薔薇の植え込みの間から従者が顔を出す。
「陛下がお呼びになっています」
 恭しく頭を下げるとそう告げてきた。
「わかった、今行く。
 その、猫の話は何か考えておくから…… 」
 従者に返事をした後ヴィクトリアに向き直ってそう言うとハーランは足早にその場を後にした。
 
 
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