Schwarzwald(外)-巫女は虚飾で作られる-

弥湖 夕來

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「知ってる? 
 この神殿を支える『みこ』にはね、二つの種類があるんだ」
 不意に男は話を変える。
「一人は動物や植物を癒す能力をわずかながらに持っている君みたいな人間。
 一般的には『魔女』と呼ばれる人たち」
 男は真っ直ぐにエミリアを見据えた。
「で、もうひとつが生まれながらに神の血を引く強い力を持つ『神子』
 もちろん『神子』の力は『巫女』のそれとは比べ物にならない程強いんだ。
言うまでもなく神殿では『神子』を欲している。
 そのほうがあまねく国中に祈りを届けられるからね。
 どう言うわけかね、『神子』は王族の男と、生まれながらに魔女の力を持つ『巫女』の間にしか生まれないんだ。
 だから『巫女』の仕事の中には子供を生むことも含まれているんだよ」
「そんな! 
 そんなのって聞いてない」
 エミリアは思わず声を荒げる。
 
 本人の了解も無く、こんなところに連れてきて挙句、本人の意思は関係なく知らない男の子供を産めと言われても納得できる訳が無い。
 
「だよね。
 神官長はそれを承知で君に話をしなかったんだと思うよ。
 言ったら巫女を引き受けるどころか、泣き喚くなんて序の口で逃げ出す娘も多いから」
 確かにそのとおりだ。
 そんなこと言われたら儀式の前に逃げ出していた。
 間違ったって巫女なんか引き受けなかった。
 
 知らずに握った手が震える。
 
 ……どうして? 
 どうしてわたしはここに居るの? 
 どうしてわたしなの? 
 湧きあがる疑問。
 
 つい昨日まで普通の村娘だった。
 強いて言えば親の持つ農地がわずかに豊かなだけの。
 そんな自分がどうしてここにいるんだろう。
 
「正直言うと今回巫女候補の女性は国中で五人ほど居たんだ。
 君よりももっとずっと魔女の力の強い人間もね」
 男は、胸の前で握り締めたエミリアの手元に視線を固定したままで話を続ける。
「だけど、子供を産める適齢期の女に絞ったら君しか残らなかった。
 巫女は子供を産むのが前提だからね。
 もっとも、どうしても適齢期の女性が見つからない時にはつなぎで他の年齢の女性がなることもあるけど…… 」
「で、わたしの相手があなただって言うの? 」
 ポツリと呟くようにエミリアは訊いた。
「慣例ならもっと居たんだけどね」
 男は小さく頷く。
「残念ながら、君の場合、子作りの相手の候補者は三人。
 そのうち一人は辞退したから、実質上は二人だよ。
 僕と、あの大神官。
 どっちがいい? 」
「どっちも嫌」
 叫んだ後唇を噛む。
 むちゃくちゃな話だ。
 今朝方顔をあわせたばかりの良く知らない人間相手に…… 
 
「でも、あなたはそれでいいの? 」
「いいも何も…… 
 それが僕の仕事。
 それに、さっきも言っただろう? 
 僕がお役ごめんになったらヒヒ爺が君の相手をしに来るって。
 巫女にはどうしても神子を産んでもらわなければならないからね。
 無条件で若い娘を抱けるとなれば、あの人は遠慮や加減なんかしないよ」
「や! 」
 嫌な光景が頭をよぎる。
 それだけで吐き気が伴った。
 
「と、言うわけだから…… 」
 男はエミリアにつと歩み寄ると逃げる間もなく腕を掴んで引き寄せる。
 そして、いきなり抱き上げた。
「や、下ろして」
 抵抗を試みて躯を捻る。
「ヒヒ爺に抱かれたくなかったらおとなしくするほうが身のためだよ? 」
 言い聞かせるように耳元で囁くと、おもむろにベッドに運び込んだ。
 
「だから、そう言うのは! 」
 ふわりと優しい仕草でシーツの上に下ろされたエミリアは、何が「だから」なのかわからないままに口にして逃げようと後ずさる。
「待てよ、そんなに端に寄ったら落ちるって…… 」
 伸びてくる男の手を避けようと捻った躯ががくんと落ちる。
 咄嗟に腕を掴まれ引き寄せられた。
「あ…… 」
 
「心配しなくていいよ」
 エミリアをベッドの中ほどに引き寄せた後、男はその手を解く。
「君がその気になるまでは何もしないから。
 ただし…… 」
「その言葉が本当なら出てって」
 何か意味を含んだ瞳を向けられて、エミリアはその顔を睨み付ける。
「ただし、って言っただろう? 
 ただし、ここで寝かせてもらうよ。
 さっきも言ったけど、僕がここを出たら代わりが来る。
 それが嫌ならおとなしく同じベッドで寝てくれるかな? 」
 言うと男は毛布にもぐりこんで背を向けた。
 
 仕方なくエミリアはひとつ息を吐くとベッドを降りようとした。
 
 豪華な家具の揃えられた広い室内にはソファもある。
 横になるには充分な大きさだ。
 少なくとも見ず知らずに近い男と同じベッドに横になるよりもいくらかマシだ。
 
「何処へいくんだい? 」
 立ち上がろうとしたところをベッドの上の男にいきなり手首を掴まれ引き寄せられる。
「ベッドは、あなたが使って。
 わたしはソファでいいから」
「そうはいかないんだよ。
 いいから来い」
 乱暴な言葉と一緒に掴まれた手首を強い力で引かれベッドに釘付けられた。
 逃げる間もなく男の体が重なる。
「ご希望通り、触れないで置こうと思ったんだけ、ど…… 」
 ため息混じりに耳元で囁かれた。
「や…… 放して」
 組み敷かれた男の躯の下から逃れようとエミリアは身を捻った。
 恐怖が躯全体を支配している。
「言っただろう? 
 僕がお役ごめんになったらヒヒ爺が来るって。
 それでもよければ放すけど。
 朝、起こしに来た侍女が別々に寝ている僕たちを見たらどう思うかな? 
 言っとくけど、君の行為は逐一あの爺さんに報告されているよ? 」
「そんな…… 」
 呆然としながらも躯からは力が抜ける。
 きっともう何を言ってもどう抵抗しても無駄なのだろう。
 
 今朝方の神官のなめるような視線が脳裏をよぎった。
 それを思い出しただけでも肌が粟立つ。
 
 とにかく一刻でも早くこここら逃げ出したい。
 だけど男の体重が胸の上に掛かるこの体制ではどうあがいても無理だ。
 少しぐらい押しても曳いてもエミリアの力ではびくともしない。
 
 ……だったら。
 
 今のこの状況は諦めて、チャンスが来るのを待つほうが利口かも知れない。
 機会を見て隙があったら逃げ出す。
 
 頭から鵜呑みにするのはどうかとも思うが、男の言葉を信じればとりあえず身の危険は無いとも考えられる。
 
「そう、いい子だ…… 」
 エミリアの躯が緩んだのを感じてか、男は耳元で小さく囁くとその上体を動かす。
「悪いようにはしないから、頼むから抵抗しないでくれ」
 男はエミリアの顔を覗き込むとそっと髪を撫でながら穏やかな笑みを浮かべる。
 次いで毛布を引き上げエミリアの胸元に掛けてくれると、先ほどと同じように同じベッドの上わずかに距離をとり、背を向けて横になり直した。
 
 程なくして男のかすかな寝息が聞こえてくる。
 
 その背中を目にエミリアはそっと息をついた。
 
 とりあえず言葉通り男は何かするつもりはなさそうだけど…… 
 なんだか落ち着かない。
 と、言うより。
 この距離感で安心して眠ることなんてどうしてもできない。
 ……やっぱりベッドを降りてソファにいこう。
 
 ベッドを抜け出そうと躯を起こす。
 上体を起こしきる前にそれを何かに阻まれた。
 視線を動かし確認するとエミリアの赤銅色の巻き毛が男の手に絡み付けられるようにしてしっかりと握られている。
 
 ベッドを降りるところか上体を完全に起こすことさえできないことに、大きなため息をひとつついて、エミリアは仕方なく毛布に包まりなおした。
 
 訳のわからないことが続きすぎて当然眠れるわけ無いはずだったが、エミリアは知らずに闇の中に引き込まれていった。
 
 
 
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