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しおりを挟む枕のすぐ近くで鐘が轟音を響かせる。
その音にエミリアは目を開く。
今までは遠く離れた都の中心からかすかに響いてきた鐘の音だ。
その鐘が鳴らされる鐘楼と同じ敷地内に寝起きしているのだから、仕方がないと言えばそれまでだが、かんべんしてほしいと毎朝思う。
こうして覚醒の準備も何も無いままに強引に起こされると、たった今まで浸っていた幸せな夢がすべて消し飛んでしまう。
やっぱり朝は起こされるのではなく自然に目覚めるのがいい。
そうしたら大概夢も覚えている。
そして、もうひとつ、できることならやめてもらいたいことが……
エミリアは目覚めると同時にベッドの端まで移動して距離をとる。
念のため、ナイトドレスに乱れはないかを確認するのが日課になった。
「いい加減、慣れてくれないかな? 」
頭上で鐘が鳴っているというのに、動じずに寝息をたてていた男が薄っすらと開けた目でエミリアを見ながら声を潜めて言った。
「そんなの、絶対無理! 」
声をあげて叫びたいところだが、どこで誰が聞き耳を立ているかわからないので、仕方なく声を落とす。
「君さ、弟がいたんだろ?
その弟に添い寝してると思ってさ…… 」
「どこの世の中に自分より年上の弟が居るのよ? 」
エミリアは男の言葉に眉間に皺を寄せた。
「少なくとも弟は殿下のようなごついガタイはしてないわよ」
噛みつくように言う。
確かに、小さな弟のお守りは自分の仕事だった。
その上小さな家に家族八人。
子供は一台のベッドを二・三人で共有してたから、弟の添い寝はいつものことだったけど。
小さくてふわふわの弟と、目の前の男では感触が全く違う。
慣れろというほうが無理だ。
いや、むしろ慣れたくない。
本当なら、寄るな触るなと思いっきり騒ぎをたてたいところだ。
一応男も気を遣ってくれているみたいで、眠りにつく時には必ず一定の距離を保っていてはくれる。
しかし、目覚めると毎朝しっかり男の胸に頭をうずめている自分が居る。
まさか、いくら寝ぼけているとは言っても自分から男にすがっているとは思いたくないのだが……
一度真相を聞きだそうとしたら、男は意味ありげな笑みを浮かべただけで答えなかった。
「巫女様、お目覚めですか? 」
ベッドを降りると、まるで時間を計っていたかのように侍女が入ってくる。
「おはよう、いい朝ね」
まだベッドの中でうつろな顔をしている男を残し、部屋を仕切るついたての陰で着替えを手伝ってもらうのにも、もう慣れた。
正直本当は、着替えくらい自分でしたいところなんだけど、どうもこの巫女の正装だというトーガは自分ひとりで着るのには手に余る。
「じゃ、巫女殿。
また今夜…… 」
その間にベッドを降りた男は一人で身支度を手早く済ませ出て行ってしまう。
「殿下もお好きですこと…… 」
その後ろ姿が消えるのを待って、侍女が呆れたようにため息を漏らした。
「躯、お辛くありませんか? 」
次いでエミリアの顔を覗き込むと気の毒そうに訊いてくれる。
……完全に、勘違いされている。
というか、勘違いされるように仕向けているのはこっちには相違ないが。
侍女にまで好き者と思われてしまっている男がなんだか気の毒になってこないでもない。
「あ、あの、ね…… 」
「なんですか?
もし、よろしければお休みをいただけるようにお願いしてみますけど」
うっかり男の弁解をしようとしたエミリアは侍女の言葉に慌てて口を閉じる。
本当なら「同じベッドにただ寝ているだけだ」と言い切ってしまいたいが、それでは男の努力が無駄になってしまう。
おまけに……
ウォティの言うように代わりの人間が来たりなんかしたら、それこそただじゃすまないのは明白だ。
「そうじゃなくて、朝食一緒に食べよう? 」
「私が巫女様と、ですか? 」
使用人は主と同じテーブルに着かないのが慣例になっているみたいで、女はとんでもないと言った様子で首を横に振った。
「いいでしょ?
一人じゃ味気ないんだもん」
「そう言えば、巫女様のご実家は大家族でしたね」
テーブルを挟んでお茶のカップを傾けながら侍女が言った。
「そう、両親と弟が二人、妹が三人。
二男四女の大家族。
二年前まで祖母もいたんだけどね」
エミリアはパンにバターを塗りひろげると、それを口に運ぶ。
エミリアの家系は魔女の出る家系だったらしい。
二年前に亡くなった祖母も、わずかではあるがその力を有していたようだ。
もっとも、祖母はそれをひた隠しにし、孫達の誰も知らなかった。
けど……
穏やかな祖母が、エミリアの力に関する躾だけは怖いほどに煩かった。
きっと、祖母はこうなることを予見していたのかもしれない。
「……ご馳走様」
テーブルの上に半分以上の食事を残し、エミリアは席を立つ。
「もう、よろしいのですか? 」
侍女が怪訝そうに首をかしげた。
「うん…… 」
「巫女様は本当に食が細くていらっしゃって…… 」
「そうじゃないんだけど、ね……
ごめんなさい。
急に環境が変わったせいかな?
なんか食欲が湧かなくて」
心配そうに言ってくれる侍女が気の毒でエミリアは言い繕う。
「祈祷室に行くね」
一言言ってエミリアは部屋を出る。
本当はここでの自分の行動範囲など、寝起きをして食事をする部屋と、あのガラス張りの温室の中だけなのだから、誰に何を言わなくてもひとわかりなのだけど……
一度、外に出たくて長く続く廊下の先から出ようとしたら警護の男たちに慌てて引き止められた。
でも……
祈祷室に飛び込むと、エミリアはそのドアを目いっぱい開け放ち、次いでガラスのドームに作られた窓をすべて開けてゆく。
澄んだ湿り気を含んだ空気が一気に室内に流れ込み、開け放たれたドアに向かって広がってゆく。
それを待っていたかのように数羽の小鳥がエミリアの髪を掠めて飛び込んできた。
「今日もお願いね」
枝葉を広げた薔薇の蔓に迷い無く飛んでゆく小鳥たちに声を掛けると、エミリアは泉近くの木に駆け寄る。
小鳥たちが答えるように蔓薔薇の葉陰に頭を差し込んでは何かを啄ばみ始めたのを目にその木の幹に手を掛けた。
はだしで泉脇の木に登ると、体重が支えられるぎりぎりの太さの枝で爪先立ちになる。
頭上に手を伸ばし天井のガラスにつけられた留め金をはずした。
がくんと軽い衝撃と共に窓が開く。
ここからもまた、爽やかな風が吹き抜けてゆく。
今まで室内に篭っていた空気より少しだけ冷たい空気をエミリアは胸いっぱいに吸い込んだ。
目を閉じるとその風が木の葉を揺らしてゆくささやかな音が耳に届く。
「今日は元気みたいだね」
自分が登りあげている木の幹に手を這わせ、そっと囁く。
「み、み…… 巫女、さま! 」
突然ドーム全体に響き渡った甲高い声にエミリアは目を見開いた。
声の方向に視線を向けると、いつもの侍女がドアの脇に立ち、顔を蒼白にさせていた。
「何か、用? 」
手に掛けていた枝を手放し、エミリアは慌てて木を降りようとした。
途端トーガの裾がどこかに引っかかりエミリアの動きを阻む。
「え? あ、きゃぁ! 」
ぐらりと動く予期せぬ視界に、思わず悲鳴をあげる。
躯が妙な感じに曲がり落ちそうになる。
地面に打ち付けられるのを予感して、反射的に腕を伸ばし、躯をこわばらせる。
「巫女様! 」
侍女の甲高い声があがる。
「……? 」
しかし、躯はそれ以上落ちず、かろうじて枝に引っかかっていた。
どうしたのかと視線を動かすと、無意識に伸ばした手がかろうじて枝を掴み、枝に絡んだトーガの裾が、躯が完全に落下するのを阻んでくれていた。
「ふぅ…… 」
エミリアは安堵の息を吐く。
「大丈夫ですか? 」
侍女が慌てて駆け寄ってくる。
「うん、危なかったけど、平気…… 」
躯を起こして体勢を整えなおそうとしたけれど、何故かいつものように動けない。
「っと…… 」
どうしていいのか戸惑っていると、不意に背中を大きな手が押し上げてくれた。
「え? 」
「全く…… 」
呆れたように呟く声。
その声には訊き覚えがあったが、この体勢では顔を確認することができなくて、エミリアは自分の体を押し上げてくれているその手の力を借りて、もう一度枝にしがみつきなおし体勢を整える。
「ありがとう。助かったわ」
絡んでいたトーガの裾を解いて、できるだけ注意深く木から降りると手を貸してくれた男に頭を下げる。
「怪我は? 」
「全然」
気遣ってくれるウォティにけろりとした顔を向ける。
「なら、良かったけど……
なんだって木なんかに」
男は眉根を寄せた。
「え? ああ。あの天窓、開けるのにね」
エミリアは頭上のドームを指差す。
「あそこ、開けると風の通りが全然違うの! 」
「だからって、よりによって木に登るなど……
お怪我でもされたらどうなさるんですか? 」
侍女が咎めるような口調で言う。
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