されたのは、異世界召喚のはずなのに、なぜか猫になっちゃった!?

弥湖 夕來

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呆れてばかりはいられない

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 頭の上から降ってくるハミングに顔をあげると、日は完全に昇っていた。
 いい匂いがしていると思ったら、暖炉に火が入ってお鍋が掛かっていた。
 この匂いはキャベツとチキンのスープかな? 
 
「あら、起きた? 
 タピーもそうだけど、あんた達って本当によく眠れるわよね」
 
 頭を上げて鼻をひくつかせていると、それに気がついたシャンタルさんが鼻歌をやめて感心したように言う。
 
「スープ、食べる? 
 それともミルクの方がいいかな? 」
 
 冷ましたスープのお皿をわたしの鼻先に置いてくれる。
 
 そして、何かを小さな紙片にメモすると、その紙を丸めて呪文を唱えながら暖炉の中に放り込んだ。
 紙はきれいな青い光を放ちながら燃えたというより、炎の中に消えていった。
 
「さて、連絡は済んだし、行きましょうか? 
 食事済んだ? 」
 
 部屋の中を簡単に片付けて、シャンタルさんはバスケットを持ち上げ家をでた。
 
 街へ出ると、嗅いだ記憶のある匂いが広がる。
 
 猫になって、違う土地へ移動してわかったことなんだけど、街や村ごとにそれぞれ独特の匂いがある。
 
 当たり前かも知れないけど、村は土と緑と家畜の匂い。
 街は、馬車を引く獣の匂いに暖炉にくべる薪や石炭の混ざった匂いに食べ物の匂い。
 どっちもそんなに嫌な匂いじゃなくて、なんか安心する。
 
 数日しか離れていなかったのに何故か懐かしい感じのする匂いに安心してリズミカルに揺れるバスケットの震動に身を預けていると、不意にシャンタルさんの足が止まった。
 
「あっい変わらず、分不相応なところに住んでいるわね」
 
 少し呆れたように呟いている。
 
 多分、ジルさんのお家の前に着いたんだろう。
 
 確かに、政治家のお偉いさんみたいな肩書きがついている人のお家にしたらジルさんの家は小さい。
 中に揃えられた家具はそこそこ豪華だけど、外から見たら並んでいる普通の家と変わらない。
 キッチンとダイニング、寝室に書斎だけって言う本当に小さな間取りのお家。
 使用人だってメイドちゃん一人。
 どう見たって、王族の人の住んでいる場所には思えない。
 
 相変わらずって言うところをみると、シャンタルさんはジルさんのことを以前から知っているってことだよね。
 
「誰が分不相応、ですって? 」
 
 首をかしげていると、聞き覚えのあるハスキーな声がそれを聞きつけたように聞いてくる。
 
「あら、クララック卿、おはようございます。
 珍しく、早いんですね? 」
 
 シャンタルさんは少し引きつった笑顔を浮べたような声をあげた。
 
 多分、早い時間じゃないと思う。
 昨夜遅かったと言うか、今朝早かったから、目が覚めた時には日は完全に上がっていたし、それからゆっくりご飯を食べてから出てきたんだもん。
 どんなに早くても十時くらいにはなっているはず。
 
「ちょっと探し物をしているのよぉ。
 それよりあなたのほうが珍しいんじゃない? 
 “果ての魔女”がわざわざ王都まででてくるなんて。
 それに、あなたのほうが相変わらず、常識知らずなんじゃなくて? 
 他人の家を訪問するのは午後からってのがマナーでしょ? 」
 
「ちょっとね、あなた方の耳に入れておきたい報告があったのよ。
 王政議会のメンバー召集してくれる? 
 今声を掛ければ午後には皆集まるでしょう。
 それと…… 」
 
 シャンタルさんはバスケットの中からわたしを引っ張り出してジルさんにつきつけた。
 
「お姫様を届けに来たのよ。
 常識に従って、午後からにしようかなって思ったんだけど、クララック卿が探しているんじゃないかって、気を利かせたつもりなんだけど」
 
「マリー! 」
 
 ジルさんの目が信じられないというように見開かれた。
 
「どこに行っていたの? 
 一週間も帰ってこないんだもの。
 心配したのよ、もう! 」
 
 ぎゅむーってわたしを力いっぱい抱きしめて頬を摺り寄せる。
 
「わたしの家の近くをうろついていたのを、タピ-、家の使い魔猫が拾ってきたのよ」
 
「あなたの家って、西南の国境沿いじゃないの。
 どうしてマリーがそんな遠くにいたわけ? 」
 
「知らないわよ。
 この子はわたしの使い魔じゃないもの。
 タピ-のように自由に意思疎通できるわけじゃないもの。
 でも、ダメじゃないの? 目を離したら。
 ここで猫を飼おうと思ったら、同居人だって信用しないほうがいいわよ。
 家族も隣家の住人だって、ほとんどが迷惑に思っているんだから」
 
 わたしがどうしてあの場所にいたか、シャンタルさんに詳しい話はしていない。
 なのに、全部の事情がわかっているかのように、シャンタルサンはジルさんに進言してくれる。
 
「やっぱりそう言うことだったの? 」
 
「でなければ、猫の足で、三日で国境まで来るのは難しいと思うわ。
 とにかく気をつけてね」
 
「ん、そうする。
 ありがとね、シャンタル。
 このお礼はどうしたらいいかしら? 」
 
「要らないわよ、そんなもの。
 ……あ、だったら、この子くれない? 
 丁度もう一匹使魔欲しいと思っていたところなの。
 その子頭いいし、見所あるのよ」
 
「それは却下よ」
 
「同居人に嫌がられて暮らすより家に来たほうがよっぽど安穏と暮らせると思うけど? 」
 
 ……なんか頭の上でわたしの意思を無視して勝手に話が進んでいる。
 
 わたしとしても、シャンタルさんの家で働けるんなら願ったり叶ったりなんだけどね。
 
「それは、そうかもしれないけど、とにかくダメ! 
 マリーはね、あたしの癒しなの」
 
 ジルさんのわたしを抱きしめる腕に能力が篭る。
 
「そこまで大事ならとりあえず諦めるけど。
 いい? 次にこの子戸外で保護したら、絶対返さないわよ。
 それから、何らかの事情でどうしてもクララック卿の手元に置いて置けなくなった時にも連絡ちょうだい」
 
「マリー、あなたよっぽど気に入られたみたいよ。
 良かったわね」
 
 う…… 
 半分皮肉が混じっていそう。
 
 ここまで来るとどうしていいのかわかんないよぉ。
 
「とりあえず、お姫様はお返ししたわよ。
 あと、さっきの件お願いね」
  
「その、あたしの耳に入れたいことって、何? 」
 
 話題が変わると、ジルさんが急に真顔になって首を傾げる。
 
「えっと、ここではちょっと、ね」
 
 さすがに往来でできる話じゃないみたいで、シャンタルさんは言いよどむ。
 
「わかったわ、じゃあっちで話しましょう。
 皆が揃ってから一度に説明したいってことでしょう? 
 すぐに手配するわ」
 
「お願いね」
 
 行方不明になっていた猫にかまけていられないほど重要な事柄なんだろう。
 二人の間に見えない緊張感みたいなものが広がる。
 
「一足先に行ってくれる? 
 あたしも準備をしたらすぐに行くわ」
 
 ジルさんは優しく頭を撫でてくれるけど、表情は普段見ない厳しいものになっていた。
 
「そうする。
 じゃあ…… 
 それと、その子の名前。
 マリーじゃなくてマーサって言うみたいよ」
 
 シャンタルさんはくるりと背中を向けると忙しそうに大通りの向こう側に消えていった。
 
「帰ってきてくれて本当に良かったわ、マリー。
 お腹空いていないかしら? 
 それともお風呂…… は必要ないみたいね」
 
 わたしの顔を覗き込みながらジルさんが訊いてくる。
 
 どっちも今は必要ないかな。
 シャンタルさんにお風呂にもいれてもらったし、ミルクもたっぷり貰ったから。
 
 わたしは軽く欠伸を漏らした。
 
「欲しいのは暖炉の前のクッションみたいね」
 
 ジルさんは呟くと家へと向かった。
 
 
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