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呆れてばかりはいられない
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「ただいま!
ロッタ、見つかったわよ、マリー! 」
自宅のエントランスホールへ入ると同時にジルさんは家の奥に届くような大声を張り上げた。
「お帰りなさいませ。旦那様」
またパン種でも捏ねていたのか、メイドちゃんが粉だらけの白い手を拭きながら顔を出す。
「良かったですね、猫戻ってきて」
笑顔を浮べていっているけど、目が笑っていない。
「少しミルクを温めてあげて。
きっとろくなもの食べてないはずだから」
ジルさんはメイドちゃんに言いつけてわたしを抱いたまま書斎へ向かう。
そのジルさんの背中がメイドちゃんに向いた途端。
「ちっ…… 」
明らかに敵意の篭った舌打ちが耳に届いた。
その……
できることなら疑いたくはなかったんだけどさ。
やっぱり、荷馬車の戸が閉まったのって偶然じゃなかった可能性大ってことだよね。
好かれていないのはわかっているけど、充分注意しなくちゃ。
今回はたまたま、シャンタルさんに拾われて、送り届けてもらったから良かったけど、下手したら山の中で野垂れ死にしていたかも知れないんだもの。
「はい、マリー。
あなたが何時戻ってもいいように、クッションは暖めておいたのよ」
わたしを暖炉の前に置かれたクッションにそっと降ろすと、ジルさんは書き物机に向かい、何かを書きつけ始めた。
散々心配させて迷惑かけたんだから、何かお手伝いしたいところなんだけど……
残念ながらムリそうなので、諦めてクッションの上で躯を丸める。
多分今わたしのできる一番のお手伝い。
それは「邪魔しないこと」なんだろうと思ったから。
暫くしてジルさんは複数の封書に封蝋を施して顔をあげた。
部屋の片隅に天井から吊り下げられた紐を引くと、何処か遠くの部屋でベルの鳴るかすかな音が響いた。
すぐにメイドちゃんの軽やかな足音が近付いてくる。
「悪いけど、これを爺やに渡してきて。
それから、あたしはこれから出かけるけど、戻るのは何時になるかわからないから、食事の準備はしなくていいわよ」
早口にメイドちゃんに言いつけるとジルさんは書斎を出て寝室で着替えをはじめたようだ。
「なぅう(あのね、ジルさん)
にゃぁあご(帰ってきて数時間も経たないうちにもうメイドちゃんと二人でお留守番なんて、不安要素しかないんですけど)」
忙しそうに隣の部屋とこの書斎を行き来するジルさんを見上げる。
「そんなに、心配そうな顔しなくても大丈夫よ」
言い聞かせるように言って、ジルさんはどこからかバスケットを持ってきて床に置いた。
「はい、入って。
とりあえず、作っておいて良かったわ」
アーチ状になったラタンの蓋を開けて、ジルさんはわたしを促す。
これ、完全にペットキャリーだ。
少し背の高いかまぼこ型のラタンの籠には見覚えがある。
今まで、シャンタルさんの用意してくれたのは楕円形のボール状になったものの中央に手提げのついたいかにもパンとか果物とか入れて運ぶものを流用したものだったんだけど。
つまりは連れて行ってくれるって事だよね。
もそりと起きだすと、クッションを降りてキャリーに入る。
……まさかね。
自分がペットキャリーに入る日が来るなんて欠片も思っていなかった。
本来なら、爪を立てて絶対拒否したいところだけど、この家にメイドちゃんと二人で置いていかれるよりもマシかな?
せっかく送ってもらったのに、また気がついたら何処か遠くに居たなんてことになったら……
またタイミングよく助けてもらえるなんて思えないし、今度こそ野垂れ死に決定だもんね。
そんなことになったら、シャンタルさんに申し訳ないし。
キャリーの中は思ったより居心地が良かった。
ふわふわのマットに包まれた狭い空間は、なんだか落ち着く。
キャリーのまま運ばれて馬車に乗せられ、降ろされて。
何処かわからない建物の中を延々と移動したみたい。
「さ、着いたわよ、マリー」
ジルさんの声と同時にキャリーの蓋が開く。
ふわぁ……
思わず溜息が漏れた。
ここは、なんと言うか。
無駄に広くて無駄に豪華で、無駄に本がある一室。
ひと言で言えばとにかくそんな感じ。
大きな窓を背にして置かれた書き物机を前に幾つもの椅子がある大きなテーブル。
それらの全てに蔦模様の彫刻が施され、同じ模様の絨毯に壁紙。
なんか、ジルさんのお家と雰囲気はよく似通っているんだけど、広すぎて動転してしまった。
「広くて、びっくりした?
ごめんなさい、落ち着かないわよね。
あたしもそうなんだけどね、あたしの執務室ここだけなのよ。
我慢してね。
このお部屋ならどこで寝ていてもいいわよぉ」
と、言われても。
広すぎて、ほんとに困惑してしまう。
どこで寝ていいっていったって、落ち着かないよぉ。
人目の付かない場所を探して、暫くお部屋の中をうろうろしたけど……
やっぱ、ダメだ。
とにかく無駄に広すぎてどこも落ち着けない。
仕方なく、入ってきたキャリーに戻って丸くなった。
ま、ここならメイドちゃんに放り出されることもなさそうだし、安心して寝てていいよね。
はあぁ、やっぱりここが一番落ち着くわぁ。
のんびりと丸くなっていると眠くなってくる。
「ふわぁあ…… 」
思わず欠伸をした途端、誰かがドアをノックした。
「クララック卿、最果ての魔女様がお見えです」
ドアの向こうから落ち着いた初老の男の声がする。
「どうぞ、入って」
何時の間にか机に寄りかかって、積み上げられた書類に目を通していたジルさんが顔をあげる。
言葉遣いと着ているものはオネェだけど、こうしてみるとなんかカッコイイ。
でも猫じゃね。
どんなイケメンが現れても、転生転移ものお定まりの恋愛話に発展なんて間違ってもありえないわ。
「あら、マーサ。
連れてきてもらってたの? 良かったわね」
聞き覚えのある足音が部屋に入ってきたと思ったら、シャンタルさんがキャリーの中をのぞきこんできた。
「マリーよ。勝手に名前つけないでくれる? 」
「名前あげて、わたしの使い魔として契約しても良かったんだけどね。
不思議なことに、この子最初から自分の名前持っていたのよ。
でも、まさか天下のクララック卿が職場にまでペットを連れてくるなんてねぇ」
「あんたがマリーを家に置いておくなって言ったんでしょう?
ほかに預かってくれる人も思いつかなかったんだもの」
「賢明な判断ね。
で、その話は置いといて。
本題と行きましょうか? 」
「ちょっと待って、
もうそろそろ…… 」
ジルさんが手にした書類を置いて机を離れると同時に、複数の足音が部屋の中になだれ込んで来た。
「来たわね」
あまりの人数に思わずキャリーの奥に顔を引っ込めた。
「それで、筆頭執行官殿。
我々を集めて何を? 」
部屋の中央に置かれたテーブルにそれぞれつくと、時間が惜しいかのように訊いてくる。
あれ、この人いつかジルさんのお家に来てわたしを何とかしろって言った人だ。確か、ジルさんがラザールとか呼んでいた。
他にも、あの神殿でわたしを一番初めに放り出した神官さんと同じようなデザインでもっと豪華な衣裳を着た初老の男性。
それと魔女と思われるシャンタルさんに似た地味な服装の女性。
その他もろもろ。
とにかく貴族とか神官とか、身分も財力もある人の集団なのは着ているものでわかる。
……なんか皆美形だなぁ。
イケメンさんだけじゃなくて、イケオジ、イケジジ(?)まで揃ってる。
もちろん女性が美人さんなのは言うまでもない。
どうしてこの国の偉い人ってわたしの好みにぴったりの容姿なんだろう?
この国の人間って美形率高い?
「先日、キィの村が「鳥の王」に襲われたのは知っているでしょう? 」
「ああ、あまり被害がなくて済んだのが幸いだったけどな。
それがどうした? 」
「それが、幸いでもないらしいのよぉ」
目の保養をしながら、美形率なんて考えていると、ジルさんの言葉を皮切りに皆真顔になった。
「その鳥の王の、出現率が度を越しているんです。
村を襲ったのはまだキィの村だけだけど。
少なくともわたしの居る南西の国境森では群れになっていてね、念のため国境を守る八方に魔女に状況を聞いたら、どこの森や山でも「鳥の王」の目撃回数が増えているわ。
このままでは、何時どこの村や町が襲われてもおかしくない状況なの」
シャンタルさんが困惑気味に眉を寄せた。
ロッタ、見つかったわよ、マリー! 」
自宅のエントランスホールへ入ると同時にジルさんは家の奥に届くような大声を張り上げた。
「お帰りなさいませ。旦那様」
またパン種でも捏ねていたのか、メイドちゃんが粉だらけの白い手を拭きながら顔を出す。
「良かったですね、猫戻ってきて」
笑顔を浮べていっているけど、目が笑っていない。
「少しミルクを温めてあげて。
きっとろくなもの食べてないはずだから」
ジルさんはメイドちゃんに言いつけてわたしを抱いたまま書斎へ向かう。
そのジルさんの背中がメイドちゃんに向いた途端。
「ちっ…… 」
明らかに敵意の篭った舌打ちが耳に届いた。
その……
できることなら疑いたくはなかったんだけどさ。
やっぱり、荷馬車の戸が閉まったのって偶然じゃなかった可能性大ってことだよね。
好かれていないのはわかっているけど、充分注意しなくちゃ。
今回はたまたま、シャンタルさんに拾われて、送り届けてもらったから良かったけど、下手したら山の中で野垂れ死にしていたかも知れないんだもの。
「はい、マリー。
あなたが何時戻ってもいいように、クッションは暖めておいたのよ」
わたしを暖炉の前に置かれたクッションにそっと降ろすと、ジルさんは書き物机に向かい、何かを書きつけ始めた。
散々心配させて迷惑かけたんだから、何かお手伝いしたいところなんだけど……
残念ながらムリそうなので、諦めてクッションの上で躯を丸める。
多分今わたしのできる一番のお手伝い。
それは「邪魔しないこと」なんだろうと思ったから。
暫くしてジルさんは複数の封書に封蝋を施して顔をあげた。
部屋の片隅に天井から吊り下げられた紐を引くと、何処か遠くの部屋でベルの鳴るかすかな音が響いた。
すぐにメイドちゃんの軽やかな足音が近付いてくる。
「悪いけど、これを爺やに渡してきて。
それから、あたしはこれから出かけるけど、戻るのは何時になるかわからないから、食事の準備はしなくていいわよ」
早口にメイドちゃんに言いつけるとジルさんは書斎を出て寝室で着替えをはじめたようだ。
「なぅう(あのね、ジルさん)
にゃぁあご(帰ってきて数時間も経たないうちにもうメイドちゃんと二人でお留守番なんて、不安要素しかないんですけど)」
忙しそうに隣の部屋とこの書斎を行き来するジルさんを見上げる。
「そんなに、心配そうな顔しなくても大丈夫よ」
言い聞かせるように言って、ジルさんはどこからかバスケットを持ってきて床に置いた。
「はい、入って。
とりあえず、作っておいて良かったわ」
アーチ状になったラタンの蓋を開けて、ジルさんはわたしを促す。
これ、完全にペットキャリーだ。
少し背の高いかまぼこ型のラタンの籠には見覚えがある。
今まで、シャンタルさんの用意してくれたのは楕円形のボール状になったものの中央に手提げのついたいかにもパンとか果物とか入れて運ぶものを流用したものだったんだけど。
つまりは連れて行ってくれるって事だよね。
もそりと起きだすと、クッションを降りてキャリーに入る。
……まさかね。
自分がペットキャリーに入る日が来るなんて欠片も思っていなかった。
本来なら、爪を立てて絶対拒否したいところだけど、この家にメイドちゃんと二人で置いていかれるよりもマシかな?
せっかく送ってもらったのに、また気がついたら何処か遠くに居たなんてことになったら……
またタイミングよく助けてもらえるなんて思えないし、今度こそ野垂れ死に決定だもんね。
そんなことになったら、シャンタルさんに申し訳ないし。
キャリーの中は思ったより居心地が良かった。
ふわふわのマットに包まれた狭い空間は、なんだか落ち着く。
キャリーのまま運ばれて馬車に乗せられ、降ろされて。
何処かわからない建物の中を延々と移動したみたい。
「さ、着いたわよ、マリー」
ジルさんの声と同時にキャリーの蓋が開く。
ふわぁ……
思わず溜息が漏れた。
ここは、なんと言うか。
無駄に広くて無駄に豪華で、無駄に本がある一室。
ひと言で言えばとにかくそんな感じ。
大きな窓を背にして置かれた書き物机を前に幾つもの椅子がある大きなテーブル。
それらの全てに蔦模様の彫刻が施され、同じ模様の絨毯に壁紙。
なんか、ジルさんのお家と雰囲気はよく似通っているんだけど、広すぎて動転してしまった。
「広くて、びっくりした?
ごめんなさい、落ち着かないわよね。
あたしもそうなんだけどね、あたしの執務室ここだけなのよ。
我慢してね。
このお部屋ならどこで寝ていてもいいわよぉ」
と、言われても。
広すぎて、ほんとに困惑してしまう。
どこで寝ていいっていったって、落ち着かないよぉ。
人目の付かない場所を探して、暫くお部屋の中をうろうろしたけど……
やっぱ、ダメだ。
とにかく無駄に広すぎてどこも落ち着けない。
仕方なく、入ってきたキャリーに戻って丸くなった。
ま、ここならメイドちゃんに放り出されることもなさそうだし、安心して寝てていいよね。
はあぁ、やっぱりここが一番落ち着くわぁ。
のんびりと丸くなっていると眠くなってくる。
「ふわぁあ…… 」
思わず欠伸をした途端、誰かがドアをノックした。
「クララック卿、最果ての魔女様がお見えです」
ドアの向こうから落ち着いた初老の男の声がする。
「どうぞ、入って」
何時の間にか机に寄りかかって、積み上げられた書類に目を通していたジルさんが顔をあげる。
言葉遣いと着ているものはオネェだけど、こうしてみるとなんかカッコイイ。
でも猫じゃね。
どんなイケメンが現れても、転生転移ものお定まりの恋愛話に発展なんて間違ってもありえないわ。
「あら、マーサ。
連れてきてもらってたの? 良かったわね」
聞き覚えのある足音が部屋に入ってきたと思ったら、シャンタルさんがキャリーの中をのぞきこんできた。
「マリーよ。勝手に名前つけないでくれる? 」
「名前あげて、わたしの使い魔として契約しても良かったんだけどね。
不思議なことに、この子最初から自分の名前持っていたのよ。
でも、まさか天下のクララック卿が職場にまでペットを連れてくるなんてねぇ」
「あんたがマリーを家に置いておくなって言ったんでしょう?
ほかに預かってくれる人も思いつかなかったんだもの」
「賢明な判断ね。
で、その話は置いといて。
本題と行きましょうか? 」
「ちょっと待って、
もうそろそろ…… 」
ジルさんが手にした書類を置いて机を離れると同時に、複数の足音が部屋の中になだれ込んで来た。
「来たわね」
あまりの人数に思わずキャリーの奥に顔を引っ込めた。
「それで、筆頭執行官殿。
我々を集めて何を? 」
部屋の中央に置かれたテーブルにそれぞれつくと、時間が惜しいかのように訊いてくる。
あれ、この人いつかジルさんのお家に来てわたしを何とかしろって言った人だ。確か、ジルさんがラザールとか呼んでいた。
他にも、あの神殿でわたしを一番初めに放り出した神官さんと同じようなデザインでもっと豪華な衣裳を着た初老の男性。
それと魔女と思われるシャンタルさんに似た地味な服装の女性。
その他もろもろ。
とにかく貴族とか神官とか、身分も財力もある人の集団なのは着ているものでわかる。
……なんか皆美形だなぁ。
イケメンさんだけじゃなくて、イケオジ、イケジジ(?)まで揃ってる。
もちろん女性が美人さんなのは言うまでもない。
どうしてこの国の偉い人ってわたしの好みにぴったりの容姿なんだろう?
この国の人間って美形率高い?
「先日、キィの村が「鳥の王」に襲われたのは知っているでしょう? 」
「ああ、あまり被害がなくて済んだのが幸いだったけどな。
それがどうした? 」
「それが、幸いでもないらしいのよぉ」
目の保養をしながら、美形率なんて考えていると、ジルさんの言葉を皮切りに皆真顔になった。
「その鳥の王の、出現率が度を越しているんです。
村を襲ったのはまだキィの村だけだけど。
少なくともわたしの居る南西の国境森では群れになっていてね、念のため国境を守る八方に魔女に状況を聞いたら、どこの森や山でも「鳥の王」の目撃回数が増えているわ。
このままでは、何時どこの村や町が襲われてもおかしくない状況なの」
シャンタルさんが困惑気味に眉を寄せた。
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