されたのは、異世界召喚のはずなのに、なぜか猫になっちゃった!?

弥湖 夕來

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新しい召喚者と国宝級魔術持ち

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「失礼しますっ! ルドー猊下はこちらですか? 」
 
 ジレンマを抱えていると、コゼットさんが飛び込んできた。
 
「いきなり、怪我人治療しろなんて言われてもどうしていいのか判らないわよね、マリーちゃん。
 見てて、こうするの。
 殿下、失礼します」
 
 コゼットさんが王子様に近寄ると、床に膝を付いた。
 怪我を負ったところに掌を広げて近づける、
 そして目を軽く伏せ、口の中で何かの呪文を呟いた。
 
 その言葉がコゼットさんの掌に集約してゆく。
 薄暗い天幕の下でかすかに円形の魔方陣みたいなものが浮かび上がったと思ったら、コゼットさんがそれを傷の上に押し当てた。
 
 ふっと光の輪が消えたと思ったら、同時に怪我が一瞬で消えた。
 血が止ったとか、傷が塞がったなんてレベルじゃない。
 傷跡ひとつ残さず、綺麗に消えてしまっていた。
 
「わかった? 
 頭の中でイメージするのは、さっき教えたとおりよ」 
 
 いやぁ、だから無理だってば、わたし呪文なんか知らない。
 
「呪文なんてどうでもいいのよ。
 あれはね、手の上で構築する魔方陣の呪文をなぞっているだけなんだから。
 上級者になれば無詠唱えも大丈夫なものなの」
 
 畳み掛けるようにコゼットさんは言う。
 
 いや、わたし上級者じゃありません、ってば。
 
「失礼しました、殿下。
 お加減は、いかがでしょう? 」
 
 膝を床につけたまま、コゼットさんは訊く。
 
「ああ、大丈夫だ。
 世話をかけたな」
 
 王子様は痛みのある様子もなくけろりと言う。
 
 本当に、見た目だけじゃなく傷自体を治しちゃうんだ。
 
 魔法、恐るべし。
 
 思わず息を呑んでいると、コゼットさんが立ち上がる。
 
「さ、マリーちゃん次、行くわよ」
 
「あ、ちょっと待て」
 
 ぐずぐずしている暇はないとばかりに、背を向けたコゼットさんは呼び止められた。
 
「悪いね、ついでにコイツの傷も先に治してもらえるかな? 
 僕だけ完治しても、従者のコイツが怪我人では前戦に戻れないから」
 
 そう言って背後に控えていた若い男を振り返る。
 
 蒼白な顔をして抱えていた右腕には包帯が巻かれているけど、赤黒い染みが広がっている。
 王子様よりこっちの人の方がよっぽど重症なんじゃ? 
 ほんと、ここのトリアージってどうなっているんだろう? 
 
「マリーちゃん、やってみて」
 
 コゼットさんがギィさんの腕の中にいるわたしに視線を向けた。
 
 仕方ない…… 
 
 本当はジルさんの所に一番先に行きたいんだけど、この人もそこそこ重症そうだし。
 できるかできないかはともかくやってみよう。
 
 とりあえずギィさんの腕を飛び降りると、その侍従さんの足元に近寄る。
 
「何だい? その猫は? 」
 
 わたしの顔を見るなり、王子様は首を傾げた。
 
「最果ての魔女の使い魔ですよ。
 下手な魔女と違って回復魔法を心得ている子ですから、任せてください」
 
 ギィさんが簡単に説明して、侍従さんをわたしが傷に手が届くように座らせた。
 
 ぺたんって、肉球を傷の上に押し付ける。
 
 呪文の構築は別にして…… 
 
 ええとぉ。
 
 傷が治るイメージだったっけか? 
 
 言われたままに、目を閉じて頭の中で血管が修復して血液が止る様子をイメージする。
 それから、肉が乗る様子、皮が戻る様子なんかを何となく頭の中に思い浮かべる。
 
 ぽうって、掌が暖かくなって、開いた桜の花のような五枚の花弁を持つお花の文様がかすかに肉球から広がった。
 
 とくん。
 
 わたしの心臓が鼓動を打つのを感じる。
 
 おおっ! 
 
 周囲のどよめきに目を開けると、目の前に男の傷が綺麗さっぱり消え去っていた。
 
「痛みは残っていますか? 」
 
 人の言葉が喋れないわたしの代わりにコゼットさんが訊いてくれる。
 
「いや、全然。
 痛みどころか違和感も何も…… 
 むしろ怪我した時より状態がよさそうだよ」
 
 嬉しそうに侍従さんが言う。
 
「良かったわね。
 成功よ、マリーちゃん。
 じゃ、後はお願いします。
 ルドー猊下」
 
 他のテントの中にはまだ怪我人がいるみたいで、コゼットさんは忙しそうに出て行こうとする。
 
「悪かったね。
 君には君の持ち場があるのに、席を外させて」
 
「いえ、マリーちゃんの教育係を仰せつかったのはわたしですから。
 一応、回復魔法が間違えなく使えるようになるまでは指導します」
 
 そういうと、これ以上引き止められたくはないとでも言った様子で、コゼットさんはテントを出る。
 
「さて、僕達も次へ行こうか」
 
 ギィさんが軽くわたしの頭を撫でて呟いた。
 
「では、殿下失礼致します」
 
 ギィさんがテントの奥に向かって軽く頭を下げた。
 
「あ、待てその猫を…… 」
 
「お話をしたいと思っていらっしゃるお気持ちはわかりますが、最果ての魔女の使い魔ゆえ、魔女が側にいなければ会話にもなりませんから」
 
 呼び止められた声を完全にスルーして、ギィさんはわたしを抱いたままテントを出た。
 
「お疲れ様でございます」
 
 早速鎧を纏って長い槍を持った人が進みでてギィさんに頭を下げた。
 
「殿下と、従者はもう大丈夫だよ。
 このまま前戦に戻れる。
 次は? 」
 
「はい、マードル公爵です、が…… 」
 
 その人は言い難そうにわたしを見た。
 
「王族の治療には回復魔術に一番秀でた者が担当する決まりだよね。
 何か問題でも? 」
 
「あ、いえ。
 公爵の天幕に、ご案内いたします」
 
 男は先に立って歩き出す。
 
「こちらです」
 
 さっきのテントからそんなに遠くない別のテントの入り口をあける。
 
「マードル公爵、治療師が参りました」
 
 男は中に軽く声を掛けて、自分は入り口に立ったままわたし達に入るように促した。
 
「遅い! 何をやっておったのだ」
 
 いきなり怒鳴りつけられた。
 
「そんなに遅くはなっていないと思うけど? 」
 
 ギィさんが怒鳴りつけた人に笑いかける。
 
 この人、あれだ。
 ジルさんの所に頻繁に出入りしていて、わたしの顔を見るたびに嫌味を言うイケオジだ。
 
「こ、これは猊下。
 何故に猊下がこのようなところへ? 」
 
思ってもいなかった人の登場にイケオジは意表をつかれたようだ。
 表情も口調も明らかに慌てている。
 
「回復術師達は私の配下だからね。
 私自身は回復の術は持たないけど、多少は力になれる事もあるから…… 
 それより、怪我はどうだい? 」
 
「はぁ、面目ない。
 傷は大したことないのですが、血が止りませんでな。
 部下どもが大事をと言って、前戦に戻してくれんのですわ」
 
 などといいつつ、右のこめかみをこっちに向けた。
 
 右の額の皮膚がぱっくり割れている。
 
「マリーちゃん、頼めるかな? 」
 
 ギィさんが、わたしに向かって声を掛けた。
 
「猊下? 何の真似ですかな? 」
 
 わたしの顔を見て、イケオジが一瞬ぎょっとした。
 
「何って、治療だけど? 」
 
「それは猫ではありませんか。
 きちんとした回復術師はどちらですかな? 」
 
 そりゃ、そうだよね。
 毎回、汚いものでも見るような視線を注いでいる猫なんかに、傷の治療なんかしてもらいたくないってもんだよね。
 
「だから、このマリーちゃん。
 この子は優秀だよ。
 嫌ならいいよ、後で魔女コゼットでも呼んで。とりあえず止血だけはさせるから、暫く待っていて…… 」
 
「ま、待てっ! 」
 
 ギィさんがわたしを抱いたままテントを出ようとすると慌てて呼び止められた。
 
 う~ん、コゼットさんの名前が出ると早々慌てるって事は、コゼットさんの実力この人知っているってことだよね。
 わたしもコゼットさんがどこまでの治療ができるのかは知らないけど、本人曰く簡単な傷だけは治せるって話だったし。
 
 だけど、正直、やりたくないんだよね。
 
 そもそも、この人わたしに対する嫌味いつも酷いし。
 人としてその部分は差っぴいても、この人の傷大したことない。
 さっきの王子様より軽症で、本人の言う止らない血もほぼ止っている。
 このまま放置しておいても十日もすれば直るんじゃないかな。
 
 それにわたしはともかくとしてこのイケオジだって猫に助けられたくはないと思うんだけど。
 
「ほら、マリーちゃん! 」
 
 ぐだぐだしてたらギィさんに促された。
 
 仕方ない…… 
 ここをクリアしないとジルさんのところにたどり着けそうもないし。
 
 仕方がないから、怪我の部分に肉球を押し当てた。
 
 
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