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4・断ってしまいたいけれど、 -1-
しおりを挟む開け放した窓から吹き込む風と一緒に中庭から女達の声が響いてくる。
小間使いや下働きの若い女達の笑い声は華やかだ。
その中には蛍のよく通る声も混じっている。
「あいつ……
また下働きみたいなことしてるのかよ? 」
呟くと同時にドアがノックされた。
「フロー様、国王陛下から親書が届いております」
一通だけ盆の上に載せた封書を掲げもってパライバが現れた。
「傷はもういいのか? 」
あれから三日まだ包帯の巻かれたままになった頭部を目に俺は訊く。
「はい、おかげさまで充分休養させていただきました。
もう痛みもありませんので。
ご心配おかけして申し訳ございません」
少し改まった様子でパライバが頭を下げる。
「なら、いいが…… 」
内心で俺は安堵の息を吐く。
常時側につき従ってくれているパライバの存在なしに正直俺の生活はままならない。
身の回りの世話はともかくとして、事務方の用件の全てが頭に入っているのはパライバ以外にはいない。
差し出されたトレーの上から封書を取り上げると封を切る。
あの忙しい父上がわざわざ親書をよこすなどめったにある事ではない。
「呼び出し状だ。
『至急王都に戻れ』だそうだ」
簡素にそれだけ書かれた便箋をパライバに指し示した。
「何の用事でしょうかね? 」
それを目にパライバが首を傾げる。
「さぁな? でもこれじゃ無視するわけにはいかないだろう」
国王直筆の呼び出し状だ。
無視なんかしたら一般の臣下なら首が飛ぶ。
まぁ、そうでもしないと俺が王都に戻らないと見越してのものだろう。
要点以外何も書かれていない文面がそれを物語っている。
「しかたないから、ちょっと戻ってくる。
留守を頼めるな? 」
嫌な予感しかしないが、仕方がない。
「お供、しなくてよろしいのですか? 」
正直返事に困るところだ。
ついさっきもパライバの不在に不自由を実感したばかりだ。
「蛍の奴、あいつと一緒に置いていけるかよ」
「確かに、それは大変危険ですね」
もっともとばかりにパライバが頷いた。
「だろ? かといってあいつはテコでも動かないだろうし、蛍を王都に連れてゆくわけにもいかない」
「王都には陛下の魔女殿がいらっしゃいますからね」
魔女は複数同じ場所にはいられないと昔から言われている。
何でもお互いの魔力が同調、あるいは反発しどんなことが起きるかわからないとか。
本当は蛍も一緒に王都に連れて行けたらと思う。
賑やかな街並みを見たら、どんな顔をするだろう。
新しい流行のドレスも仕立ててやりたい。
……と、待て!
俺は何を考えているんだ?
頭の中に思い浮かんだことを自覚して思わずうろたえる。
「では共はいつもの者に……
ご出立は明日の朝ですね」
準備があるのだろう。
パライバが忙しそうに出て行った。
翌朝。
少し早く起きた俺は厩へ足を運ぶ。
王都までは馬で駆けても距離がある。
慣れた愛馬とはいえ様子を見ておきたい。
「フロー、朝から乗馬? 」
思いもかけない声に振り返ると、飼葉桶を抱えた蛍の姿があった。
「お前っ、こんなところで何してるんだよ? 」
思わず声が裏返る。
「何って、馬のお世話の手伝い。
いけなかった? 」
蛍がきょとんと首を傾げた。
「いいんだよ、お前がそこまで手伝わなくっても。
っていうか、手が欲しいところなら他にもあるだろう。
台所とか…… 」
暇に任せてあちこちの下働きの手伝いをしていることは知っていたが、よもや厩にまで入っているとは全く知らなかった。
「え~ 」
不満そうに蛍は声をあげる。
「なんだよ? 」
「だって、こっちの方が面白いよ。
馬って初めて触ったけど、すっごくおとなしくて優しい生き物なんだね! 」
嬉しそうに瞳を輝かせる。
「馬、初めてって…… 」
どうりで迎えに行ったあの日、馬に不慣れだと思わせた訳だ。
馬がないとなると移動手段はどうしているのかとか、訊きたいことは山ほどあるがここはやめておこう。
蛍のあの顔を見るのはこっちが辛くなるし、何より今朝は時間がない。
「フロー様、こんなところにいらっしゃったのですか? 」
案の定、慌てた様子のパライバが探しに来る。
「あまりゆっくりしている暇はありませんよ。
早いところ食事を済ませて出立の支度を…… 」
パライバはそう言うと俺を急きたてた。
「フロー、どこか行くの? 」
その言葉を耳にして蛍が訊いてくる。
「ああ、王都に呼び出されたんだ。
数日で戻るから待ってろよな。
何処にも行くんじゃないぜ」
そういえば、蛍に言っておくのをすっかり忘れていた。
よもや子供のように一人で留守番できないとは言わないだろうが、下手をすれば何もせずに厄介になっている事に負い目を感じて出て行ってしまわないとも限らない。
だからとりあえず釘を刺しておく。
「わかった。
じゃ、その代わりお土産ね」
「は? 」
素直に頷いたと思ったら、子供のような言葉が飛び出した。
「一応、留守番していろって事でしょ?
だったら、お土産の一つくらい貰ってもいいよね」
何だろう、そんなこと言われると置いていくのが惜しくなる。
「嘘よ、嘘。
冗談だってば。
そんな真剣な顔しないでくれる? 」
返事に困って黙ってしまった俺を蛍が笑った。
その笑顔に見送られてキープを出る。
馬で駆けるには絶好の日和だ。
自然と気分が浮き立つ。
もっとも行き先が王都でなければの話だが。
久しぶりに目にする王宮は華麗を極めていた。
高くそびえる塔に胸壁、堀に掛かった跳ね橋、鋸壁。
言葉にするとキープと変わらないがそのどれもが形式的につけられた物で実用と言うより装飾品。
黒い石積の無骨な建物とは違った、白亜の優美な建物だ。
大きさもかなりでかい。
何代か前の魔女の持ち込んだ記憶が原型になっていると聞いている。
もちろん中も優美を極め白漆喰の壁に押された金彩の蔦模様。
同じ意匠を凝らした家具。
正直ごてごてしすぎて俺の趣味じゃない。
採光が悪く薄暗いことを除けばキープの方が性に合っている。
「お帰りなさいませ」
城の全てを預かる侍従長がエントランスで待ち構えていて頭を下げた。
「父上は? 」
羽織ってきたマントを預け、奥へ向かいながら俺は訊いた。
こんな場所長居は無用だ。
用事を済ませたら早いところ退散するに限る。
「先ほど謁見が終わったところですので、執務室にいらっしゃいます」
言葉を受けて俺は見知った部屋に急ぐ。
「陛下、フロー殿下がご帰城なさいました」
侍従長はドアをノックして返事を待つ。
「遅かったな」
言葉と共にドアが開かれた。
室内にいたのは父上と側近が二人。
丁度仕事が一段落したところかお茶のカップを傾けていた。
「で、父上ご用件は? 」
挨拶もそこそこに俺は話を切り出す。
「息災のようだな。
まぁ、茶でも付き合え」
捕まえた玩具を早々に手放すつもりはないとでも言うように、父上は視線を侍従に向けた。
言葉に合わせ侍従がその用意に掛かる。
「茶よりも用件を先に…… 」
とりあえず侍従が引いた椅子に座りながら俺は父上の顔を見る。
だが父上はお茶を口に運ぶばかりで話をはじめる様子はない。
「用件が俺の顔を見るだけだって言うんなら、帰らせてもらいますよ。
今キープを開けたくないので」
俺は侍従の差し出したカップを拒むと苛立ち始めながら立ち上がる。
「魔女を、迎えたそうだな」
父上の重い口がようやく開いた。
「それで、契約は済んだのか? 」
「いえ、まだ……
正直、能力を計りかねているんで」
隠しても仕方がないのではっきり言ってしまう。
「それほど慎重にならずとも良かろう。
一昔前までと違って、魔女など所詮添え物だ」
医術や戦術が未発達だった昔と違い、魔女の能力を借りずとも事が済む。
よほど強大な能力の持ち主でなければ、魔女の施術も医者の施術も変わりない。
それでも魔女を国王の傍らに置くのは一種のステータスシンボルみたいなものだ。
「そうですね…… 」
答えながらドアへと向かう。
「隣国の王女が昨日から当王宮に滞在している。
お前には王太子として王女の接待を命じる」
向けた背中に重々しい声が掛かる。
「そう言うことは兄上に頼んでいただけますか?
俺じゃ役不足だ」
足を止め振り返って俺は答えた。
その先に含まれた意味はわかっている。
うまいこと王女の気を引いて妃に娶れというのだろう。
「あれは、もう良い」
突然父上の声が更に重くそして冷たくなる。
「あの形では王女の気など到底引けまい。
それどころか、呪いの掛かった者を婿候補に押し付けたなどといわれては紛争の的だ」
確かに、十七・八の娘に自分より年下に見える子供を恋愛対象として押し付けても無理があるだろう。
ただ、それでは何時になってもあいつの呪いは解けない。
「可能性がない訳ではありませんよ。
呪いが解けさえすれば、兄上の方が俺より跡目を継ぐのに適任だと思いますが? 」
現につい数年前まではそう育ててきたはずだ。
王太子は兄上、俺はあくまでもその補佐となるようにと。
この忌々しい呪いの関係で王太子の座が俺になったからと言って、今更育てられた経緯が変わるわけではない。
「だが、既に王太子はお前だ」
「何処に先に呪いが解けたものが王の跡目を継ぐと明記されているんですか?
要はそのときまでに呪いが解けさえしていれば誰でもいいのでは? 」
俺の突っ込みに答えはない。
子供の頃からずっと言われていた。
父王の跡目を継ぐのは兄上だと。
そして今でも、誰だって思っている筈だ。
見た目以外は兄上の方がその資質が勝っていると。
「それに俺にはルチルが、…… 」
「あの娘の話はするな」
言いかけた言葉を強い声で押さえられる。
「わかっておるだろう?
それでなくとも我が国はあの厄介な呪いのせいで他国より外交的に遅れをとっているんだ。
「呪いの解けた年頃の王太子が一人身でいることなどめったにない。
これは好機だ」
「勝手なこと言うなよな、そもそも…… 」
思わず出そうになった言葉を俺は呑み込む。
相手がパライバや侍従長なら間違えなくこの言葉は俺の口から出ていただろう。
「ご命令とあらば、とりあえず姫君のお相手はしますよ」
ため息混じりに俺は頷く。
正直その気になんかなれないが、さすがに国王相手では反抗しても仕方がない。
最終的には実力行使されるのはわかりきっている。
「早速だが、今夜は王女の歓迎舞踏会を準備している。
頼んだぞ」
返事の代わりにわざと大きなため息をついて見せて俺はその部屋を出た。
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