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5・土産は渡せたけれど、 -1-
しおりを挟む「それで、国王陛下のご用件は何だったのですか? 」
王女の許可を貰ってその翌日、王都から戻ると早速パライバが訊いてきた。
「見合いだよ。
魔女も必要不可欠だが、その前に身を固めろとさ」
思い出すだけでも腹が立つ。
そもそも最初からそんな予感がしなかったわけでもない。
「呼び出す相手を間違っているよな。
嫁なら兄上の相手を探すべきだろう? 」
「ですが、あのお姿ではもう…… 」
パライバが苦い顔をした。
いいたいことは父上と同じだろう。
確かに政略結婚ならともかく、あの見た目では歳相応のご令嬢には恋愛対象には見えないだろう。
かといって見た目同等の女相手にあの実年齢は歳が離れすぎている。
「だからといって可能性がない訳じゃないぜ。
歴代の呪いを受けたものの中には、会った瞬間に呪いが解け、それと同時に瞬く間に実年齢にまで成長して見事王位に納まった奴だっているんだろう? 」
「先王様のことですね。
ですがあくまでもそれはレアケースです」
パライバが苦笑いする。
「決め付けるなよ。
とにかく、どんな女でもご婦人でも会ってみなきゃ話は始まらないだろう?
早々に諦めてどうするんだよ? 」
余計なお世話と言われそうだが、その余波がこっちに廻ってくるのはたまったものじゃない。
しかし父上も兄上自身ももはや諦め勾配だ。
むしろあの実体を晒して恥をかくほうを嫌がっている節まである。
ま、隠したところでこの国の王族に掛けられた呪いは既に国中の民どころか国外にまで知れ渡っている。
「フロー様、こちらは? 」
俺の持ち帰った荷を解いていたパライバが訊いてくる。
「あいつに土産。
約束させられたんだよ」
王都へ出立する俺を見送りに来た蛍の言葉は半分以上冗談だったと思う。
わかってはいたが、丁度通りかかった王都のマーケットで見たこれをあいつが喜びそうだと思った途端買っていた。
言いながらパライバの手から小さな寄木細工の小箱を取り上げた。
「今更、オルゴールですか? 」
パライバの表情はからかうように笑みを浮かべている。
「妥当だろう?
恋人でも婚約者でもないんだからな」
「それを殿下が言いますか?
既にドレスに帽子、身につける物は一通り贈っているではありませんか。
てっきり次は宝飾品か何かだと思っていましたが」
「あれは不可抗力だろう?
あのままの格好で置けたかよ?
要はお前達のお仕着せのようなものだろうが」
女性に身につける物を贈れるのは身内もしくは近い将来身内となるもののみ。
そう言ったルールがあるのを忘れていたわけじゃない。
ただそんな悠長なことを言っていられないほど蛍の服装は酷かった。
からかわれるいわれはない、と思う。
「でしたら、ブレスレットやチョーカーの一つくらいよろしかったのではないですか?
その、将来の国王付きの魔女がアクセサリーの一つも身につけていないのはいささか見栄えが悪いかと」
そういえば蛍が身につけていたのは派手に飾った爪を除けば小さなピアス一つだけだ。
それでは他の使用人と同格になってしまうと言いたいのだろう。
「いいんだよ。
俺の魔女になるって決めたわけじゃないんだから」
「フロー様がそう仰るのでしたら、構いませんが」
パライバが何か言いたそうに、渋い顔をする。
「ちょっと行って来る。
あいつ、今の時間中庭だよな? 」
「はい、小間使いのプルームや下働きの女と随分仲が良いようですから。
今の時間なら洗濯かと。
ですが…… 」
まだ何か言いたそうなパライバを残して、俺は戸外へと向かった。
いつものことだが、闇に覆われた室内から一歩外へ出ると、視界が白く染まる。
そっと瞼を落としその強すぎる光に目が慣れるのを待って歩き始める。
程なく女達のはしゃぎ声が聞こえてきた。
天気のいい日の午前中、井戸端は相変わらず賑やかだ。
程なく人影を探していた俺の目が目的の物を捕えた。
下働き専門に雇った女二人とその仕事に手を貸す小間使いと蛍。
そして……
思いもかけないもう一つの姿に俺の目は釘付けになった。
何だって、あいつが此処にいるんだ?
女達に囲まれて俺の見たことのない笑顔を振り撒く少年の姿に思わず足が止まる。
「あ、フロー!
お帰りなさい」
暫くその場に立ち尽くしていると蛍が振り返り声を掛けてくる。
ただ予想外だったのは、小犬のように駆けよってくるかと思ったらそのままもとの会話に戻ってしまったことだ。
そのそっけない反応に俺は手にしていたオルゴールを握り締めた。
なんだか無性に腹が立って、その場を立ち去ろうと踵を返す。
「あ……
ね、何時帰ったの? 」
その俺の姿を見て蛍がようやく立ち上がり、駆け寄ってくる。
「ついさっきだよ。
それよりなんであいつがいるんだ? 」
少し先の少年の姿を顎で指し示し俺は訊く。
はっきりいって面白くない。
「えっと、ユークレース王子のこと? 」
蛍が不思議そうに首を傾げた。
まるで別段珍しいことではないと言いたそうだ。
「時々、顔を出して話をしていくんだよ。
でもすぐに侯爵に連れていかれちゃうんだけどね」
蛍が視線を送った先で、兄上は取り巻きの一人である侯爵に引き立てられるようにしてこの場を去ってゆく。
「ね、それ何? 」
ただそんな光景も日常茶飯事みたいで蛍は驚いた様子も落胆した様子もない。
代わりに俺の手にしていた小箱に興味を移している。
「土産だ。
やるよ」
「嘘? 出掛けに言ったのあれ冗談だったんだけどな。
本気にしてくれたの? 」
困惑気味に眉根を寄せる。
「これ、オルゴール?
綺麗な細工だねー 」
受け取った小箱を何度かひっくり返して眺めた後、蛍はそっと蓋を開ける。
同時によく耳にするワルツが壊れそうな華奢な音で響きはじめる。
「ありがとっ。
大切にするね」
言葉とは裏腹に向けられたのはあからさまなつくり笑顔だ。
「迷惑だったか? 」
胸の奥が締め付けられる。
「ううん、うれしいよっ。
これ、入るかな? 」
慌てて首を横に振って不意に思い出したよう蛍はポケットからいつかの板切れを取り出した。
先日見た時には自ずから光を放っていたかのような鮮やかな画が今日はない。
ただひたすらに黒いだけだ。
「バッテリー完全に切れちゃったからね。
それこそまるっきり使い物にならないんだけど…… 」
その黒い表面に視線を落とし蛍が淋しそうに呟いた。
表情もさっきとは裏を返したかのように悲しそうだ。
ちょっと待て。
先日の帽子の一件と同じ。
俺は蛍の喜んだ顔が見たくてささやかなプレゼントを持参するのに、その度にこんな淋しそうな顔をされたんじゃ報われない。
ただ、贈り物が気に入らないといった類のものではなく、蛍の望郷の念を掻き立ててしまったこっちにあるとわかっているのだから責められない。
むしろそんなものを選んだ自分を呪いたくなる気分だ。
「持っていても仕方がないな、未練だなぁとは思っていたんだよね」
そんな俺の表情を読み取ったのか、痛々しい笑顔を無理に浮かべる。
まただ、またあの顔。
その顔を見るたびに俺は罪悪感に苛まれる。
「それ、俺にくれないか? 」
「え? 」
俺の言葉に蛍は大きく目を見開いて俺を見る。
「こんなもの、貰ってどうする気?
電波が来ていないから使えないし、ってかそもそもバッテリー切れで完全に何にもできないんだよ? 」
「だったら、いいだろう?
ただの異質な物質でできた板切れ、何時までもお前が持っていても結局役に立たないんだろ」
俺はそれを取り上げようと手を伸ばす。
役に立たないどころか望郷の念を強く湧き起こさせるというマイナスの要因にしかならない。
だけど、見るたびに蛍があんな顔をするんなら、こんなもの蛍の手元に置いては置けない。
「でも、やっぱり駄目っ! 」
蛍は俺の手をかいくぐりそれを大事そうに胸に囲う。
「確かに此処じゃ全く役立たずだけど、帰ったらあたしこれがないと生活できないもん。
先輩のアドレスとかLINEのアカウントとかみんな入っているんだから」
「そんなに重要なものなのかよ? 」
俺の知っているこいつの機能は瞬時にそっくりな肖像画を描くことくらいだ。
それだけなら生活に支障があるとは思えない。
「うん。写真だけじゃないんだよ。
これと同じ物を持った遠くの人と瞬時に会話ができたり、郵便屋さんとか介さないで手紙のやり取りができたり。
あと、調べ物とか、遠出する時の地図とか道案内。
スケジュールの管理に時計代わり。
あ、目覚ましにもなるよ。
音楽や本だって何千何万って持つことができるんだ。
それからゲームとかね」
「この薄っぺらな板切れにか? 」
あまりに途方もなくて想像もつかない。
しかしその一端、写真なるものを実際目にしているから蛍の言っていることがあながち嘘とは思えない。
蛍は取り出した黒い板を、オルゴールの中にそっと納めた。
「わっ、ぴったり!
良かった、丁度スマホ入れておけるもの欲しかったんだよね。
持ち歩いていても仕方がないし」
言いながら立ち上がる。
「じゃ、洗濯物干さなきゃだから、あたしいくね。
ほんとにありがとう、フロー」
少し先の井戸端で仕事を終え、立ち上がる女を目に蛍も立ち上がる。
「待って、手伝うよ! 」
そしてその三人の方に真直ぐ駆けていった。
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