2137人目の勇者として召還されたら…… 

弥湖 夕來

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5.宿を借りたら…… 

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 半日も歩くと、道が太くなった。
 行きかう人や馬車が数を増し、賑やかになって来る。
 森の木々が途絶えると、広大な麦畑とその先に大きな塀に囲まれた街らしきものが姿を現した。
 突然オレの隣をゆっくりと移動していた馬車が止まる。
「なんだ? 」
 オレも足を止め訊く。
「乗って! 」
 荷台から顔を出したルビィが言う。
「オレならまだ歩けるけど? 」
 できる事なら馬車に乗るのは遠慮したかった。
「いいから、お願い」
 ルビィがこう言うには何が訳でもあるのかと、オレは仕方なく荷台に近寄る。
「何だよ? 」
「街にね、入るのがちょっと面倒だから、しばらく我慢して」
 言って手を伸ばすとオレを荷台に引き上げようとする。
 言われるままにオレが荷台に乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出した。
 道が舗装されていないけれど、前よりもずっと整備されているせいか、思った程馬車は揺れなかった。
 などと思っているうちに、馬車が止まる。
「なんだ? 」
 首を傾げていると、御者台のスワロ老人と誰かが話を始めたのが聞こえる。
「こちらはルビィ・コランダム王女の馬車でございますが? 
 証明ですか? ただいま…… 」
 何かを引っ張り出す音。
「何か不備でも? 」
 乗っているのはコランダム王女と、従者の私。それから護衛が一名です」
「念のため中を調べさせていただきます」
 言って誰かが近づいて来る気配がし、ついで幌が捲りあげられた。
 少し大柄で簡素な鎧のようなものを着た男は、荷台の中を一瞥するとすぐに幌を下ろした。
「確かに二名ですな…… どうぞお通り下さい」
 男のその言葉の後、馬車は動き出した。
 
「検問か」
 オレは訊くともなく呟く。
 つまり街に入るには通行手形みたいなものが必要で、オレの分は発行が間に合わなかったといったところだろう。

「どうしますか? もう降りて頂いても構いませんが」
 しばらくすると、御者台からスワロ老人の声がした。
 外から聞こえて来る音の異変にそっと幌の隙間から外の様子を探ると、風景が一変していた。
 今までほとんど自然そのものだったのに、此処はまるっきり人工物に溢れている。
 石や煉瓦を積んだ建物の街並み。
 道端には木の柱に布の屋根をかけた屋台。
 そして行き交う人、馬車の数が半端ない。
「ベリルの町よ」
 ルビィが言った。
「目的の場所までもう少しなんだけど、このまま行く? 」
 正直歩くのに疲れていたオレは、馬車の振動が変わった事も手伝って、横着を決めることにした。
 喧騒で溢れる通りをしばらく進み、その音が遠退き始めた辺りで馬車はもう一度止まる。
「着いたわよ」
 言ってルビィは馬車を飛び降りた。
 オレも釣られて後を追う。
 幌の外に出ると、そこは最初に案内された城によく似た造りの建物だった。 
 石を積み上げた無骨な外から見てもわかる極端に窓の少ない、城というよりも要塞といったほうがいい造り。
 やはり石の敷かれた中庭に馬車は止まっていた。
「いらっしゃいませ、ルビィ王女様…… 」
 これもまた、この城よりはよほど時代の進んだ豪華なドレスを着た若い女が出迎えてくれた。
「せっかくおいでくださったのに申し訳ございません。
 主人は留守にしておりますのよ」
 手にした扇を広げ軽く首をかしげながら女は言う。
 齢はオレと同じくらいだと思う。
 ルビィと一緒で呪いでも掛かっていなければの話だけど。
 とにかくものすごい美人というわけではないんだけど、妙に色気がにじみ出ている。
 
「いいえ、構いませんことよ、ルチル。
 いつものように宿をお借りしに来ただけですもの」
 
 ルビィの顔が急に大人び、言葉遣いが戻っている。

「そちらが今度の勇者様ですの? 」
 ルチルと呼ばれた女はきいて訊いてきた。
「今度こそ成功なさるとよろしいですわね」
 言いながら建物の中に案内してくれる。
 
 暗い室内に無骨な家具。
 中もほとんど一緒だ。
 それでもでてきたティーセットは薄い磁器にピンクの花柄と実に優美。
 
 なんか…… すごいギャップなんですけど。
 そりゃ、実際にはロココの時代、豪華な宮殿が造られた一方、地方貴族の一部なんかは先祖の住んでいた古城にそのまま住み続けていただろうから、ありえない話じゃないのかも知れないけど…… 
 さすがに二軒も続くとそれもどうかなって思えてくる。
 
 やはりなんだかわからないけど、かろうじてオレの口に合う薄桃色のお茶を振舞われ、ようやく人心地ついた時、庭のほうから騒ぎが聞こえてきた。
「奥様、旦那様がお帰りになりました」
 家令だか執事だか知らないが、割と身分の高そうな年寄りの使用人が告げに来る。
「そう? 」
 言ってルチルは立ち上がる。
「ではわたくしもご挨拶を…… 」
 続いてルビィも席を立つ。
 と、なるとオレだけ胡坐をかいているわけにも行かず、仕方なく後を追った。
 
 正直、動きたくなかったんだけどな。
 腹の中で呟きながら。
 
「あなた! ヘリオドール。お帰りなさい」
 中庭に出るとその中央に立つ今馬を下りたばかりの様子の若い男に、ルチルは声をかけた。
「ただいま、ルチル」
 言ってその唇に人目もはばからずにキスをする。
 
 ……なんていうか、生粋の日本人のオレとしては正直目のやり場に困るんですけど。
 
 オレはあわてて目線を逸らせた。
「そちらは? 」
 オレの行動に首をかしげながら男は訊いた。
 その傍らを大事そうに猟銃を持った男が通り過ぎた。
 
 ライフルって…… 
 あるのかよ? 
 この時代に、いや、ロココの時代にはあったような? 
 そうするとやっぱりここって…… 
 
 ……やめよう。
 なんだか頭がこんがらがってきた。
 
「わたくしの、連れでしてよ」
「これは、ルビィ姉さん…… 」
 オレよりやや年下らしい若い男はいかにも気に入らないというように言う。
 身長だけはかなりあって、並んだ様子で推察するのに190センチくらいはある。
 そのせいか、ルビィと並ぶと兄弟どころか親子ほどの身長差。
 その男の口から『姉さん』なんて言葉が何の躊躇もなくでるところから、これまで散々聞かされてきた、ルビィが実は二十歳過ぎだってのが真実味を帯びる。
「ごめんなさいね、急に押しかけてしまって」
「いいえ、姉さんならいつでも大歓迎ですよ」
 言って馬の手綱を従者に渡す。
「で? それが今度の召還者ですか? 」
 男はいかにも嫌味たっぷりといった様子で立ったままのオレを見上げた。
「まさか、7人も召還して一度も失敗しないなんて、姉さんどれだけの運を持っているんですか? 
 そもそも星8つってだけでも異例なのに…… 」
「でも肝心のドラゴンの捕獲権を持った勇者を召還できないんじゃね。
 とんだ宝の持ち腐れって思っているんじゃないの? 」
「僕が? とんでもない」
 口では言うが目が笑っていない。
 その冷たい光にオレは背筋が寒くなるのを感じた。
「今日のシューティングの成果はいかがでした? 」
 凍り付いてしまいそうな冷ややかな空気を察してか、ルチル夫人が明るい声をあげた。
「ああ、まぁまぁかな? 」
 言って背後を振り返ると、そこへ荷車が入ってきた。
 荷車に乗せられて来たのは、多分鹿。それもこの上なくでっかい。
「今夜のお客様に早速お出ししましょうね」
 ルチル夫人は言って周囲に控えていた使用人に指示を出す。
 
 やった! 
 今夜は久しぶりに腐り掛けじゃない新鮮な肉が食べられそうだ。
 しかも、ジビエって、高級じゃないですか。
 
 何気にオレの心が躍る。
 
「では、ルビィ姉さん、後ほど…… 」
 言ってオレ達をおいて城の中に入ってゆく。
「悪かったな、嫌な思いさせちまって」
 オレは先ほどの険悪な空気を思い出してルビィに言った。
「気にしないで、わたしがいなくなれば彼が、ロンディリュウムサイフォース王家を継ぐことになっているの。
 だから無理もないっていうか…… 」
 ルビィは少し困ったように答える。
「オレがいなければここに泊まることもなかったんじゃないのか? 」
「いいのよ。どっちにしろ、厄介になる予定だったんだし」
「そうなのか? 」
「そりゃ、わたしだって馬車の中よりベッドで寝たいもの」
 ルビィは笑った。
 
 その晩、待ちに待った夕飯にオレはがっかりした。
 ジビエって流行だが、これがそうだって言うんなら絶対無理。
 硬い、臭い! 
 こんなもん、喉を通るか。
 オレは食用に飼育された肉のほうが絶対いい。
 ま、こっちの世界の肉とあっちの肉が同じ味かって言うと絶対一緒だとは言いがたいんだが。
 
 ……結局、オレはまたしても空っ腹のままベッドに入ることになった。
 
 食事に対する期待感が大きすぎたせいか、それともベッドが妙に硬いせいか、疲れているはずなのに全く眠れない。
 何度か寝返りをうち、軽くうとうとしただけで目を覚ます、を繰り返す。
 何度目かの眠気にこれで眠れるかと瞼を閉じると、何かに唇をふさがれた感覚がオレを眠りから引き戻す。
「……! 」
 息ができない…… 
 のしかかってくる重さに人の熱。
 口腔内に広がる他人の息。
 オレは急速に眠りから覚醒し、手足をじたばたさせてもがいた。
 
「誰だ? お前…… 」
 ベッドの上、しかもオレの上にのしかかった人間らしきものの影を見据えてオレは唸る。
 
 間近に迫った、闇に浮かび上がる白い顔には見覚えがあった。
 確か、ルチルとか言ったヘリオドールの夫人。
 って、いいのか?
 仮にも人妻。
 何故に、深夜、オレの、ベッドに、入ってくる? 
 しかも、ただ起こすんならともかく、いきなりキスって?????
 
 ……唸りたくもなる。
 
 まあ、向こうから迫ってきたんだし、ここはおいしくいただいてしまいましょう。
 と、言いたいところだが、そんな訳に行くもんか。
 オレは激しく首を横に振った。
 
 下手したらオレの首が飛ぶ。
 さっきのライフルで撃たれるとか、絶対ありうる。
 そうでないにしても、この世界だと示談金とかじゃ絶対に済みそうにないだろうな。
 まぁ、首がつながったにしても、そのせいで帰れなくなったりなんかしたら目も当てられない。
 ここはおとなしく、手を出さないに限るってもので…… 
 
「いい加減にしておけよ。ルチル…… 」
 部屋の端の闇の中からもうひとつの声。
 この女の旦那だ。
 
 げ、しっかりばれてるし。
 よかった、はいどうもって速攻で手を出さなくて。
 オレは安堵の息を吐く。
 
「あら、ヘリオドール居たの? 」
 女は別にあわてる風もなく言うと振り返るとベッドを降りた。
  
 もしかして、二人してオレを嵌めに来た? 
 昼間のルビィの話だと、ルビィとオレはこの男にとって邪魔者みたいだった。
 だから、不義密通の罪でも擦り付けてオレを始末するつもりだったとか? 
 よかったぁ、誘いに乗らなくて。
 オレ、もちっと肉食だったらやばかったかも? 
 
「で? 夫婦で夜中に客の寝室にねじ込むってのはどういうことだよ? 」
 オレは闇の中の人影を睨みつける。
 
「これは失敬…… 
 癖の悪い妻が無礼なことをしたね」
 
 ……なんか、最初のイメージと違う。
 
「オレに危害を加えるつもりだったんじゃないのかよ? 」
「そうしてほしいのか? 」
 意外、とでも言いたそうな男の口調。
「まさか…… 」
 オレの額からは冷や汗が噴出した。
「心配しなくていい。
 僕は何もしないよ。
 この館に泊まった客人が一夜にして消えたなんて事が城下に広がったら、僕の評判が下がるからね。
 君は何もしないでも自滅してくれる。
 そう僕は踏んでいる」
「……な! 」
 男の言葉にオレは息を呑む。
 
 ……やっぱり相手はドラゴンだもんな。
 オレの手には負えないって事だろう。
 
「君、『ハズレ』だろう? 」
 
 前にルビィ達にも言われた言葉。
 
「僕が手を下すまでもなく、君の負けはわかっている」
「よく、そんなことが言えるな? 」
「ああ。初めてじゃないからね。
 王家の子弟が召喚者を連れてくるのは」
「ルビィ以外にも? 」
「もちろん。
 もっとも、勇者を召喚できなかったり、召喚自体に失敗したりで残るのは姉さんだけだ。
 その最後の希望が『ハズレ』なら、この国の王座は僕の手元に来たも同然だ」
「確かに、その通りでしてよ」
 ドアの辺りから凛としたルビィの声がした。
「でもね、覚えておいて。
 ヘリオドール。
 あなたが王座に座った途端、呪いはあなたの血脈に移動してよ。
 あなたはよくてもあなたの子や孫はわたくしたち兄弟と同様の試練を課せられてよ」
 それだけいうと、ルビィは部屋を離れてゆく。
 その後姿を言葉なく見送った後、男は動く。 
「なんにしろ君に分別があって助かったよ。
 僕はお互いの意思にかかわらず押し付けられた伴侶に固執するつもりは端からないけどね。
 さすがに嫡子を設ける前に他人の種を植え付けられるのは都合が悪いのでね」
 言いながらドアを閉めた。
  
 ……なんか、安眠するつもりだったのに、思いっきり寝入り端をくじかれた。
 
 オレは毛布の中にもぐりこんだものの、さっきのような心地いい眠りを貪ることはできなかった。
 
 
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