ガールズ・ハートビート! ~相棒は魔王様!? 引っ張り回され冒険ライフ~

十六夜@肉球

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第二章 お気楽極楽冒険生活

第四話 スールズ・カプリッチョ#5

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「私、ハウス・キーパーとしてこの屋敷を守る義務がございます」
 突然出現し、周囲に強烈なプレッシャーを振りまくライラさん。それはとてもメイドさんが発するようなそれじゃない。そこそこ場馴れしている筈のわたしやレティシアさんも思わず威圧されてしまう。
「招かれざる不逞なお客様には、速やかにお帰り頂きたく存じます」
 すっと細めた瞳が輝きを増している。階段を一歩一歩ゆっくりと下りてくるその姿は、まるで『死』そのものが形を取ったよう。
「……少しマズイかも知れませんね」
 小さく呟いたレティシアさんの額には薄っすらと汗が浮かんでいた。彼女がこれほど緊張するのを見たのは、はじめてかもしれない。
「今すぐ退去して頂けるのであれば、こちらもとしてもこれ以上ことを荒立てはしませんよ」
 普通の口調と台詞だというのに、そこに含まれた威圧感は半端ない。これは強者が弱者に向けている言葉で、もし彼女の意に沿わぬ行動を取れば――あとは考えるまでもない。
(ケイブ・オーガの時でも、ここまで気後れはしなかったのに……)
 さ、流石はエルダーゴーストってところ。震えそうになる身体を抑えこむのも一苦労。
「まずは一つ尋ねるが」
 その緊張を破ったのは、こんな場面でも当然のごとく涼しい顔のまま口を開いたアイカさんだった。
「お主、しれっとハウス・キーパーなどと自称しておるが……そもそもこの家は、ほんの数年前に空き家になったばかりだろうが」
「………!」
 あ。ギクッとしている。
「余らは現所有者の依頼でこの場に来た。不届き者は明らかにお主の方だが、なにを主人面しておるか」
 言われてみれば確かに。この屋敷が売られたのはそこまで古い話じゃないから、ライラさんは間違いなく無関係。エルダーゴーストに進化するには十数年から数十年ぐらいの時間が必要で、空き家になった時期とはどうやっても計算があわない。
 それに元この屋敷の関係者だというなら、クーリッツ氏が予めそのことを教えてくれていたはず。
「………」
 あ。黙り込んだ。
「屋敷の有効利用です。家屋は手入れしないと傷みますから」
 わずかな時間の後、毅然とした表情で口にした答えは、控えめに言っても適当すぎる内容だった。というか、不法占拠だって暗に認めてる!
「契約はもとより家賃も払っておらずに、その言い分が通ると本気で思っておるわけではあるまい?」
 アイカさんのさらなるツッコミ。
「不法占拠者は、実力行使で強制退去させるしかないとの話でな」
 その言葉に、ライラさんが頭を振りながら深くため息をつく。
「魔族ごときが人族の領域で随分と好き勝手言ってくれますが、それだけ苦戦が続いているということですか……魔族に協力する人族がいるとは嘆かわしい」
 んん? なんだか妙なことを言っているような? 今どき表立って魔族にそこまで言う人がいるとは珍しい――人じゃないけど。
「お主も中々言うではないか。よほど自信があるようだが、虚勢でないと良いがな?」
「随分と勝手なことを囀ってくれますが、人族も軽く見られたものです」
 底冷えするような言葉に臆することもなく、ライラさんが返事をする。
「まぁ、良いだろう」
 不敵な笑みを浮かべつつ、アイカさんは指先をライラさんに突きつけた。
「余はお主を退治すると宣言するだけ故にな」
「それでは改めて」
 アイカさんの言葉が終わるのを待って、アカリさんが一歩前に出る。
「足軽頭、アカリ。一番槍行きます!」
 一言宣言しつつ、二本の刀を抜き放つ。うん……一々丁寧に宣言するのは、魔族のしきたりなのかな?
「ここでいいところを見せて、おねえさまにせめて一揉み、ご褒美をいただくために!」
 あぁ、うん。駄目だこの子。正直は美徳というけど、自分の欲望に正直なのは、また別の話だと思う。
「余はそんな約束はしとらんぞー」
 アイカさんの否定を、あれは多分、絶対に聞いていない。
「お覚悟!」
 言葉と同時に、鋭い踏み込みで一気にライラさんとの距離を詰める。
「お客様でないのであれば、こちらとしても丁重にお相手する必要もありませんね」
 アカリさんに合わせてライラさんの両手が動き、次の瞬間、ガキン! という金属音が響く。
「良いでしょう。ハウス・キーパーとしての技……お見せしましょう」
 両手にきらめく一対の銀色に輝くトレー。
「はへ?」
 アカリさんが小首を傾げるのも無理はない。だって、お盆ですよ。お盆。盾ならともかく単なるトレーで刀の一撃を受け止めるなんて、傍から見ててもおかしな光景。
「礼儀について、まったくなってないようですね」
 そう言いつつ、目を点にしているアカリさんを右手のトレーで思い切り張り倒す。
「な! 馬鹿にして!」
 なんとか姿勢を保ったアカリさんがすかさず斬撃を放つが、これもまたトレーで弾かれる。
「態度ならず言葉使いまでなっていないとは……嘆かわしい」
 そんなことを言いながら、ズイっと一歩アカリさんの方に踏み出す。
「これはお仕置きが必要ですね」
 再び唸るトレー。そのトレーをアカリさんが刀で受け流す。
「そんなフザけた見た目でぇ……」
 うん。確かにふざけた光景。メイドのお姉さんがスカートを翻しながらトレーで剣士と渡り合っている。
 正直、メイドとしてそれはどうなのだろう? 主に礼節的な意味で。
「くらえっ!」
 受け止めたトレーを強引に跳ね上げ、ライラさんの手から弾き飛ばす。そのまま身体を一回転させて反対側の刀でライラさんの身体を狙う。
「刀技、円舞斬!」
 振り抜かれた切っ先がライラさんを捉えようとし、もう一つのトレーで受け止められる。
「これで王手!」
 片方のトレーは弾かれ、もう一つのトレーは刀を受け止めた。次に来る一撃を受け止める方法は無い。
「未熟な……」
 だけど、ライラさんは軽く肩をすくめるだけ。とても追い詰められた方がとる行動じゃない。
「………!」
 刹那、何かがすごい速度で飛来する。明らかに頭を狙っていたそれを、アカリさんは振り返ることもなく避けたが、代わりに右腕先を斬り飛ばれてしまった。
「固定概念に囚われず、もっと視野を広く持つことです」
「面妖な、技を……」
 呆然としたようなアカリさんの声。それは、さきほど弾き飛ばされた筈のトレーだった。まるでブーメランのように、ライラさんはトレーを自在に操ることができるらしい。
「若いからと言って、どんな無礼でも許されると思ったら大間違いですよ?」
 これはマズい……油断してたらやられる!
「ホーリー・レイ!」
 レティシアさんが錫杖を掲げ上げ、その杖先から魔力の光線が生み出される。その光は一直線にライラさんに向かい――どこからともなく出現した別のゴーストに命中した。
 その隙にアカリさんもこちらに戻り、腕を再生させて体勢を立て直している。
「この双剣使いは目くらましでしたか。であれば、こちらも相応にお相手しましょう」
 ライラさんが片手を上げると同時にわらわらとゴーストが出現する。殆ど魂だけの存在であるゴーストは、人魂が大きくなったような形をしているのだけど、なぜかその全員がメイド用ヘッドドレスを被っている。
「全員、招かれざる客にお帰り頂きなさい! 私はもう一人をお相手します」
 どうやら自分はアイカさんに対応し、わたし達の相手はこのゴースト軍団に任せるつもりらしい。このメンバーの中で、一番の強敵だと見抜いたのかも。酷くツッコミ入れられてたし。
 宣言したライラさんの声に反応するかのように、ゴースト達が一斉に飛びかかってくる。ここが出番とばかりにわたしは借りたショートソードを抜き放った。魔力結晶は予め装填済みだから、あとは斬るだけ。
 とは言っても、白兵戦はあまり得意じゃないのだけど。まぁ、いくら広いとは言っても、屋内で弓を撃っても効果は期待できないし。
「こっちは……任せます!」
 右から来たゴーストを切り払い、左から来たゴーストをアカリさんの方に押し出す。目の前に押し出されて来たゴーストは、そのままアカリさんに切り倒されて消滅する――なぜかヘッドドレスだけは床に落ちてるけど。
「ちょこまかと!」
 アカリさんが振る剣先をゴーストは器用に避ける。人に比べればゴーストは随分と小さなサイズだから、対人戦重視に見える彼女には、ちょっと苦手な相手かもしれない。
「!」
 おっと、よそ見している場合じゃない。わたしの方にだったゴーストは向かって来ている。
 でも、なんだか数が多くない? 二倍ぐらいは多いように見えるんですけど?
 これはあきらかにわたしの方が弱いと見て、一気に押し切ってしまおうという意図が読み取れる。
 それを感じ取っているらしいアカリさんも懸命にこちらへ向かうゴーストを牽制しているけど、彼女も彼女で相手にするべきゴーストがいるのだからうまくゆかない。
(こいつら……単なるゴーストじゃない)
 このゴースト達は明らかに『意図』を持って行動しているように見える。ゴーストには自然発生したものと誰かの魂が元になっているものの二種類いるけど、ここにいるのは後者のタイプかもしれない。
「これは、ちょっと抑えきれないかも……」
 後ろからレティシアさんが援護の攻撃魔法を飛ばして来てくれているけれど、状況はあまり良くない。
 高性能ショートソードのお陰で辛うじて張り合えているけど……ロベルトさんには感謝しかない。
 ちらりとアイカさんの方を見ると、刀の柄に手を置いた格好で、ライラさんと睨み合っている。手助けがほしい気持ちはあるけれど、強敵である彼女を抑え込んでくれているのだから、贅沢は言えない。
「エリザさん、アカリさん」
 さらに数本の魔法矢でゴーストを消し飛ばしながらレティシアさんが口を開く。
「大技を準備します――少しお任せしても?」
 目前に迫ったゴーストを切り払い、わたしは頷く。このままではいずれわたしが押し切られるのは目に見えている。
「了解です!」
「お任せあれ!」
 魔力を付加されているとはいえショートソードの攻撃力などたかが知れてるし、アカリさんはわたしより強いけど一度に相手できる数には限界がある。
 この状況を打開できる可能性があるのはレティシアさんの魔法であり、前中衛のわたし達がやるべきは、ゴースト達がレティシアさんまでたどり着けないようにすること。
「神聖術は、私の専門ではないのですけどね」
 レティシアさんの錫杖に、魔力が集まる。得意じゃないとか言っているけど、謙遜が過ぎる。
「もう! きりが無い! ……流星斬!」
 アカリさんの剣先が数度きらめいたと思うと同時に、数体のゴーストが消滅する。相変わらず凄い技だ。
 こちらも負けじと目の前に迫るゴースト達を斬りまくる。もっともわたしの実力では一時的に押し返してるだけで、仕留めるまでには至ってないのだけど。とほほ。
「おまたせしました」
 もうそろそろ限界が見え始めた頃、ようやく待望の台詞が耳に届く。
「煌めくは聖なる裁きの光。罪なきものは祈り、罰される者は恐れよ」
 くるりと錫杖を一回転させ、ゴースト達へと切っ先を突きつけた。
「……ホーリークロス!」
 レティシアさんの錫杖を中心に十字型の光が生み出され、瞬く間に周囲を埋め尽くす。
 その眩さに一瞬目を閉じてしまう。
「………」
 次に目を開いた時、周囲の光景は一変していた。
 あれだけいたゴースト達は一匹も残っておらず、周囲には大量のヘッドドレスが散らばらっているだけ。
「まぁ……」
 そんな中でもライラさんは平然と立っている。エルダーゴーストは抵抗力が高いということもあるけど、魔法の有効範囲ぎりぎりのところにいたのだろう。
「これほどの神聖術。中々お目にかかれない強力さですわね」
「どうする? 降参するのであれば、今なら受け入れても良いぞ」
「ゴースト達を排除したと言っても、私がいる限りそちらの目的は果たせませんよ?」
 アイカさんの言葉に、ライラさんは肩をすくめる。
「先程もお見せしたとおり、私を倒すのはそう容易ではないと自負しております――」
「そうでもないようだが?」
 アイカさんが言葉を遮ると同時に、ポトリとライラさんの右腕が落ちる。びっくりしたけど、エルダーゴーストに物理損傷なんて殆ど意味はないか。
 それより一体いつ刀を抜いて、そして戻したのだろう?
「流石はおねえさま。得意ではないと言いつつも、抜刀術も名人級!」
 すかさずアカリさんのヨイショ。なるほど、目にもとまらぬ神速の剣ってやつ。
「……いつの間に」
 斬られた方は、ただ驚きを隠せない。だって、そうでしょ。話している間にいつの間にか自分の腕が落ちているんだから。
 ゴーストに痛覚があるのかどうかは知らないけど、さすがに腕が無くなれば違和感ぐらい感じるはず。
 それを全く感じさせないっていうのだから、これはスゴイ達人の技。
「……決して手を抜いたつもりはないのですが。なるほど、文字通り格が違ったということですね」
「ふん。お主、手は抜いておらずとも、手加減はしておったであろう」
 ライラさんの言葉を、アイカさんが鼻で笑う。
「クーリッツの奴は『撃退』されたと言っておったが……なるほど。殲滅されたとは言っておらんかったな」
「………」
「死人の出ない呑気な状態故に、教会も我侭を通せたということか。いかなワケあり物件にせよ、代金を吹っ掛けて仕事をせぬとは解せぬ話であったからな」
 ……つまりライラさんは、やってきた者達をあくまでも追い返していただけってこと? そして死人がでるような重大な問題になってないから、教会も色々ゴネる余地があったと。
「随分とお優しいことではないか?」
 アイカさんの言葉に、ライラさんが軽くため息をつく。
「魔族との戦い激しい今、膝を屈した愚か者と言えども人族の実力者を減らすのは、私の本意とするところではありません」
 実力者と言ってくれるのは嬉しいのだけど、この人の中でわたし達はあくまでも魔族に屈した裏切り者らしい。
「魔族におくれを取るばかりか、人族の領域を寸土といえど明け渡さねばならぬことは忸怩たる思いですが、敗者らしくこの首を差し出しましょう。いかようにも処分を」
「お主、奉公人にしか見えぬが……なぜにそれほど好戦的なのだ?」
 アイカさんの疑問ももっとも。メイドさんなのにまるで騎士みたいな受け答えだ。
「これは異なことを……メイドたるもの仕える家の一つ守れずして、どうしますか」
 さも当然とばかりの返事は、わたし達の常識と照らし合わせて明らかに変なものだった。
「……それは、奉公人に求められる能力だとは思えんのだが?」
「人と魔が生き死を掛けて争っているこの時代。メイドであるには最低限の戦闘力を持ってこそです」
 胸を張ってそこまで言ってから、不意にしゅんとなるライラさん。
「ですが私は仕える家を選び間違い、人生を失いました。それも己の未熟さ故のことでしょう。まだまだです」
 ストイックというか硬派というか……なんか格好良い人生観をお持ちのようだけど、それは断じてメイドさんの持つ物ではないと思う。
 というかご先祖様達って、皆こうも覚悟決まった人ばかりだったのだろうか? もしそうなら、魔族と戦争しようなんて無謀なことを続けてた理由もわかる気がする。
「ほぉ? それで、その主人とはどんな人物だったのだ」
「生前の主人は、魔族軍の攻撃を一人で受け止めた猛将だという話でしたが!」
 聞いてくださいよ! といわんばかりに食い気味なポーズでライラさんが言葉を続ける。
「どれほどお強いのかと期待しつつ、不意をついての一撃を加えましたら、まさかの一発でノビてしまった有様で……心底失望してますと、主人に対して暴行を加えたのが理由で魔族のスパイではないかと疑われ、そのまま処刑されてしまいました」
 はぁ~、と大きなため息。それは処刑されたことを嘆くよりもそんな主人を選んだ未熟さを悔いているように見えた。
「お、おぉぅ……」
 あ。アイカさんが引いてる。珍しい。
「しかもあんな軟弱者が勇名を誇っているのはなぜかと、幽体になったのを幸いに調べてみたら……あの主人の野郎、部下たちが身を挺して戦線を維持している間に自分だけスタコラサッサして、部下たちが殲滅されたのを良いことにそれを自分の手柄にしてしまったとか!」
 あー、いつの時代にもいるんだなぁ……その手の卑劣漢って。部下の人たちは本当に気の毒。
「これを知ったときは、怒りのあまり呪い殺してしまいましたよ!」
 なんだか物騒なこと言ってるけど、アーアー聞こえない、聞こえない! わたしは何も聞かなかった!
「ただ……かつて主人の部下だった人達の魂が、ゴーストとなってついてきたのは予想外でしたが」
 なるほど……エントランスに居たのが後から集まったゴーストで、新しく出現したゴースト達がその部下だった人達なのか。道理でなんか妙に統制が取れていると思った。
「ふむ、お主のことは大体わかったが」
 ライラさんの言葉に、アイカさんが頭を掻く。
「どうにも余らとお主の間には、重大な認識違いがあるとしか思えぬ」
 うん、それ。ライラさんの言葉は、人族と魔族が戦争していた時代の話みたいに聞こえる。
「元主人を呪い殺した後は、森に廃棄された砦跡に住んでおりましたので……つい先日、それも限界を迎えて崩壊してしまい、こちらに流れついたところです。そのため、世情に疎いのは認めざるを得ませんが」
 アイカさんの言葉にライラさんが答える。
「まさか、既に辺境が魔族の手に落ちているとまでは予測していませんでした。この屋敷も、いずれ人族が反抗するための足がかりとしたかったのですけどね」
「……お主は一体いつの生まれだ?」
 呆れたようなアイカさんの声。
「魔族と人族の戦争など、百年以上も前に終結しておるわ。阿呆め」
「は?」
 アイカさんの言葉に、ライラさんが目をパチクリとしている。おっと、きつそうな人だと思っていたけど、驚いた顔は以外と可愛いな。
「え? 終わった……終わった?」
 がくりと地面に両膝と両手をつくライラさん。戦争が終わっていたという事実に、本気で打ちのめされている。まぁ、気持ちはわからないでもないけど。
「そ、そんな……でも、魔族がこんなところにいるということは、人族は既に……」
 どんどん思考が深みにハマっているのか、両肩まで震えだしている。流石にここは何か声をかけるべきかも。
「あの……」
「あー、どちらかと言うと痛み分け──いや、有耶無耶になったと言うべきか」
 わたしが続けるのを遮るかのようにアイカさんが口を開いた。ただ微妙に本当のことを言いづらかったのか、妙に婉曲表現なのは気になるけど。
「大将同士の一騎打ちで、決着をつけることになってな。ダラダラと続いた戦争だった故に、いい加減に手打ちにしようということになった。お主が心配したようなことにはなっておらぬ」
 調べればすぐにわかることなんだから正直に教えてあげればいいのに。と思わなくはないけれど、そうした場合ライラさんの反応が読めないから、これはこれでよいのだろう。
「まぁ、良い。先の話からして、お主は自分より強い者にしか仕えたくない。そういうワケだな?」
 やや強引に話題を切り替えるアイカさん。
「であれば、余に仕えるがよい。少なくとも──いや、確実に余はお主より上であるからな」
「………?!」
 突然の言葉に、ライラさんの表情が揺らぐ。流石にこの展開は想像していなかったのだと思う。
 だって、わたしだって思ってなかったもの。
「私が、魔族に?」
 あからさまに不審な視線をアイカさんに向けるライラさん。
「先程も言った通り、魔族だ人族だ言う時代はとっくに終わっておる」
 もちろんアイカさんはそんな視線なんて意にも介さない。
「お主は腕も立つようだし、留守を安心して任せられる者は貴重だ」
 確かに……。探索者であるわたし達は家を留守──それも長期間に渡って──にすることが多い。その間、家の面倒を見てくれる人が必要なのは明らかだ。
「仮に戦争が終わっていたとして、それでも私は人族。魔族ごときに──」
「ハウスキーパーの役目は引き続き任せる。その分給金もきっちり出すし、三食昼寝付きだぞ。なんだったら知り合いのゴーストも一緒に雇用してやっても良い」
「……これからよろしくお願いします。ご主人さま」
 あ、寝返った。
「このライラに、なんなりとお申し付けくださいませ」
 それまでの態度を一転させ流暢なお辞儀を返すライラさん。わたしの人生、これほど見事な手のひら返しを見る機会は、そうそう無いだろう。
「いやぁ、流石はおねえさま! 先程まで敵だった相手にもこの情け。アカリ、ますますお慕いパワーがアップしてます!」
 うん。相変わらず意味がわからない。アカリさんはアイカさんのことになるとホントにポンコツになっていると思う。
「お主らも異論はあるまい?」
 アカリさんは納得したと判断したアイカさんが、わたしとレティシアさんに向かってそう尋ねかけてきたけど、二人して無言でうなずくしかない。
 だってこれ。多分『ハイ』って答えるまで無限ループする質問だよ。絶対に。


   ††† ††† †††


「エルダーゴーストを、懐柔したようです」
 執務室でその報告をクーデリカから受け取った瞬間、クーリッツは盛大に紅茶を吹き出した。
「エルダーゴーストを……懐柔?」
 基本的にエルダーゴーストとは話が通じない。相手はこちらを憎んでることが大半だし、こちらも相手を尊重する気はないからだ。
 大抵は力づくという話になり、事実今まで送ったメンバーは全員がコテンパンにやられて帰ってきている。死人が出ないのが不思議なぐらいだ。
 おかげで死亡保障を支払う必要はなくコスト的には安く上がっているものの、逆に教会を動かす根拠には弱いという事態となっており、クーリッツの頭を悩ませていた。
(しかし、まぁ……そう悪い方向には進んでいないか)
 どうにも処分しづらい屋敷を、新しい住処を探している例のパーティーに餌としてちらかせることでゴースト退治と屋敷の売却両方を達成しようという企みは、今の所順調だ。
 後は値段交渉ということになるが、このまま持ち続けることによるコストを考えれば、大幅に譲歩したとしてもお釣りがくる。
 どのみち屋敷には家財が必要であり、それらを商会で販売すれば多少の損など簡単に取り返せるだろう。
 あのアイカという魔族は油断ならぬ交渉相手であるが、同時に一方的な利益を求めず、両者納得のゆくラインを見極める能力に長けている。
 客としては面倒である反面、付き合いやすいのも確かだった。
(ここは投資のしどころか)
 アイカという魔族の剣士はもとより、エリザの方も興味深い。なにしろあの『神眼』ロベルトが肩入れしているぐらいだ。少なくとも損になることはないだろう。
「どう思う?」
 しかし慎重居士のクーリッツは一人で決定はせず、クーデリアに問いかけた。
「私としては、エミリア様からの仕事を彼女らにまわしても良い頃合いだと判断します」
 あえて主語を省略したクーリッツの問いにクーデリアは迷うことなく答える。
「彼女達の実力は本物です。そして、私達に見えているもの以上であることも」
「ふむ」
 手元にある大きな仕事。領主館ではなくミレイア様から直接打診されている仕事。
 適切なメンバーの手配に心当たりがないため今まで保留にしていたが、これは機会かもしれない。
 成功すればツヴァイヘルド商会の株は大きくあがり、自分の名声も上がる。ただし失敗すれば──。
「博打ではあるな」
 クーリッツは呟いた。
「だが、分の悪い掛けではない」
 商売──それも大商会ともなれば、なにもかもが博打みたいなものだ。成功すれば見返りも多いが、失敗しても個人店舗のように夜逃げすることもままならない。
 それにこれは彼女達のパーティーにとっても良い話だ。決してこちらが一方的に利益を得るものではない。
「とりあえず、それは改めて考えるとしてだ」
 クーリッツは決裁待ち書類棚から、例の屋敷に関する書類を取り出す。
「この屋敷は彼女らの言い値で売却する──メンバーに『賢者』殿がいて助かったよ。これであちこちに言い訳が立つ」
 そう言いつつ書類にサインを書き込む。どちらにせよ、これで懸念の一つは解決だ。

『元勇者宅:販売済み』

 その書類には、そう書かれていた。

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あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

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