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第二章 お気楽極楽冒険生活
第四話 小話:賢者ほど美味しい仕事はない りべんじ!
しおりを挟む私、レティシア・レレイ・アティシアには、どうしても解決しない壮絶に大きな不満が一つある。
極重要かつ極重大で人生の全てを賭けてけてもよいほどの不満が。
「私達、パーティーを結成してたいぶ経ちますし、仲も深まって来たと思うんです。信頼関係だって充分成立しているでしょう?」
今回はその不満をギルド内酒場のテーブルで、アイカさんに直接表明することにした。
「そろそろ私だって秘密の花園――もとへ、入浴タイムに誘われても良いと思うんです」
「お主の言いたいことは概ね妥当だし、主張したいこともわかる。だがな……」
なぜかうんざりしたような表情で言葉を続けるアイカさん。
「なんども言うが、お主。少しは自分の行動を顧みよ……余は見られて恥ずかしい身体をしておらぬし、見られることに抵抗もないが……」
おおぅ。流石の自信。確かにアイカさんのスタイルは抜群だけど、中々言えることじゃないでしょ。
「それにしてもだな。その飢えた狼のような血走った眼で見られるのは流石に落ち着かぬわ」
「え~」
「え~、ではないぞ。全く」
ところで頭痛でもするのか、さっきからずっとこめかみを押さえている。これは後で頭痛薬の差し入れでもして好感度アップを狙うチャンス?!
「お主『賢者』などというのだから、頭は良いのであろうに……どうしてこう、この件に関してはポンコツなのだ?」
歯に衣着せぬ言いよう。流石はアイカさんです。
「頭の善し悪しは別として」
コテンと首を傾げて見せながら、答えてみる。
「学問と趣味は別腹、みたいな?」
「みたいな? ではない」
「え~。いいじゃないですかー。私も楽園の仲間に入れてくーだーさーいーよー」
「はぁ……」
駄々をこねてみせる私に、アイカさんがため息をもらす。
「お主も大概底が見えぬというか、イマイチ本気さが伺えないというか……」
「いえいえ、私はいつでも本気ですよ? 神秘の探求こそ『賢者』の本懐。お二人のお姿を堪能──観察することこそ知識欲の極み」
そう掛け値なしの本気。全くもって本気。美人系お姉さんと可愛い系女の子のイチャつき。これが見たくないなんて人がこの世界に存在するのか。否、存在などしない!
「ちょくちょく本音が漏れておるな、お主……祖父殿から聞いた『賢者』とやらと随分違うぞ」
なぜかジト目になるアイカさん。うん、美人はどんな表情をしても様になるというのは、少しばかりズルい気もしなくはない。
「先代は先代。私は私、ですから」
勇者パーティーの一員として魔族と戦いを繰り広げたご先祖様はさぞかし立派な人物であったのだろうけど、同じ振る舞いを求められても困る。
「時代と時勢が変われば、求められる役も立場も無節操に変わるって話です──特に人族の世界では」
「まったく……人より頭が良いというのも、難儀なものだな」
ふっとアイカさんの表情が和らいだ。
「そーなんですよー」
ここぞとばかりに押し込んでみる。感情に訴えるのは、どんな局面でも有効な手段だ。
「だから日常に潤いといいますか、ご褒美があっても良いと思うわけなんです、私としては!」
「……少しでも同情すれば、すかさず己の欲望を突っ込んでくるな、お主」
「少しぐらいいいじゃないですかー。アイカさんのいけずー」
「妙なキャラを作るでない」
しかし流石はアイカさん。やすやすとこちらの企みには乗らない。
「まぁ、お主が本心を明かすならば余も少しは譲歩する余地があるがな」
笑いながらそう言い残し、アイカさんは手を軽くひらひらとさせながら向こうへと去っていった。
「ふーむ」
フランクでイージーに混ざり込もう大作戦は失敗っと。まぁ、最初からこれぐらいで上手くゆくなんて思ってないから別にいいけど。
「となると、結局は強硬手段に訴えるしかないわけだけど」
どうにかして浴場まで忍び込み、楽園をこの眼にしっかりと焼き付ける。ついでに記録用魔法具に記憶させることができればなおよし。
言葉で言うのは簡単だけど、実行するには難易度が高い。
「問題はアイカさん、か……」
間違いなく、アイカさんはお気楽極楽風来坊を装っている。そう、装っている。
ああ見えて間違いなく彼女は知恵者だ──それも権力者寄りの。
どれほど小細工を弄したところで簡単に見破られてしまうだろうし、事実そうなっていた。
(知恵比べは嫌いじゃないけれど、今は趣味より実利を選ぶべき……か)
作戦は単純であればあるほど成功率は高まる。特に知恵者を相手にするときは。知恵者は常に自分の知性に引っ張られる。簡単に言えば、あまりに低レベルな発想には、逆について行けない。
少々優雅さには欠けるけれど、今はそんなことにこだわっている場合じゃなかった。
「さて……それでは、みっともなく足掻きますか」
そう呟き、私は作戦を実行するべくテーブルを後にした。
目的の人物はギルドの裏庭、鍛錬所になっている場所にいた。
その人物は、剣術練習用の人形を相手に二本の刀を振って鍛錬を続けている。
少々ドジっ子な面が目立つ子だけど、努力家であることは間違いない。
「アカリさん。少し相談したいことがあるのですが」
しばらく様子を眺め、一段落ついたらしいタイミングで声を掛ける。
「ん? アカリにですか!」
手ぬぐいで汗を拭いながらアカリさんがこちらを向く。そして私の顔を見るとニッコリと笑った。
「レティ姉の話とあれば、断る理由なんてありませんね!」
う……なんという破壊力。裏のない女の子の笑顔って、ホント滅多矢鱈に破壊力がある!
なお例の屋敷でゴーストを一掃した一件で、アカリさんには妙に懐かれている。しかもいつの間にか愛称までつけられていた。
(まぁ、悪い気はしないからいいけど)
不思議――というか意外なことに、魔族は人族に対してあまり悪い印象を持っていない。
だから人族と魔族の戦争が終わるや否や、ほんの三ヶ月後には商隊がやって来たぐらいだ。
一方人族が魔族領に商隊を送ったのは和平から二年後の話だったから、意識の差は相当なものである。
おっと、話を進めなきゃ。
「入浴の時、アイカさんとエリザさんがいつも一緒なのはご存知ですよね?」
ついで言えば、アカリさんも追い出されているのは確認済み。まぁ、下心を隠しもしないアカリさんと一緒の風呂に入るのは色々と危険そうなのはわかるけど。
「そうですね! おねえさまはエリザさんがよほどお気に入りのようです。おねえさまが、あれほど親しげに他人を側においているの、初めてみました!」
うーん……? アイカさんって人見知りする傾向でもあったのかしら? 気に入れば誰でも仲良くしてそうなイメージしか浮かばないけど。
「それで、私としては是非ともその麗しい光景を、記録と記憶に留めたいと思っているんです」
こんなことを普通の人に言えば間違いなく『お前はなにを言っているんだ?』みたいな目で見られただろう。
だけど私は今までの彼女の言動から、アカリさんなら食いつくと確信していた。
「おねえさまとエリザさんの耽美な一時ですか!」
予想どおり見事にアカリさんは食いつく。
「それはもう、是非とも一度は拝見したいというか、いえ何度でも拝見したいというか!」
(釣れた!)
「実は以前にも姿を消したり囮を使ったりしての侵入を試みたことがあるんですけど、全て失敗に終わってるんですよ」
「おねえさまって自分に向けられる気配には、ホント敏感ですからねー」
私の言葉にアカリさんがウンウンと頷く。
「おねえさまが本気を出したら、魔族領でも見つけられる人居なくて苦労してましたから」
そう、アイカさんの勘の良さは半端ない。どんなに隠しても必ず見つけ出してくる。逆に彼女が本気で隠したりしたら、見つけるには広域探査魔法でも使うしかないんじゃないかと思う。
「それで、アカリにご相談とはなんでしょう?」
「一言で言うなら、囮になって欲しいということです」
言葉を飾っても仕方ないので、そのものズバリを続ける。魔族の気質的にも下手な言い回しをしない方が良い。
「以前囮作戦で失敗しましたが、それは打ち合わせもできていない突発的な出来事で、せっかくの機会を充分に活かすことが出来ませんでした。今回は充分な打ち合わせの上で実行しようかと」
「なるほど……要するにレティ姉の気配を悟られないように、アカリが注意を引けば良いということですね」
予想通り、アカリさんは私の提案をあっさりと受け入れる。
「そうです。浴室に正面から思いっきりアカリさんに突入してもらい、その隙に魔法で姿を隠した私が忍び込むという寸法です」
以前、クロエ嬢が乱入騒ぎを起こした件の焼き直し――つまりは正面突破。なんの捻りもない単純極まる力押しだけど、それだけにアイカさんも対応し辛いだろう。
「ほー。ちょっと意外ですけど、良い考えだと思いますよ」
「意外?」
「レティ姉って、もう少しこう凝ったやり方が好きなんじゃないかと思いまして」
アカリさんがちょっと驚いたような顔で続ける。
「もう少し、こう腹黒型というか陰険系なやり口を好んでると思ってました」
悪意の欠片もない眩いばかりの笑顔でのたまうアカリさん。
「……上手く行ったら、記録魔法具のお裾分けをしようと思ってましたけど」
にっこり。
「どうやら必要無かったようですね?」
「ごめんなさい。レティ姉は清く正しく美しい素晴らしいお人です。是非とも御慈悲を~」
「うむ。よろしい」
なんて偉ぶってみたけど、これも予定調和って奴。アカリさんに悪意が無いのはわかっているし、私自身が周りからどう見られているかなんてわかりきったこと。
下手に隠そうなんてしない分だけアカリさんへの好意度があがっちゃう。
* * *
夜もたけなわ。ギルドの浴場へと向かった二人を確認してから五分程過ぎてから、私達は作戦を決行する。
まずは予定どおりにアカリさんの突撃から。
「おねぇさま~! たまにはアカリも一緒にお風呂させてくーだーさーいー!」
勢いよく衣服を脱ぎ捨てたアカリさんが、遠慮もなく扉を開いて浴室に飛び込む。服の上からでも思っていたけど、あの子。地味に胸が大きい……悔しいわけじゃないですよ? 単に事実を確認しただけですー。
「なんだ、お主! 突然何事だ!」
「エリザさんがお気に入りなのはわかりますけどー、たまにはアカリを可愛がってくれてもいいじゃないですかー!」
「えぇい! どこに手を延ばしておる!」
「アカリもおえねさまのを揉んだり揉まれたりしーたーいーでーす」
なんだか予想以上に凄いことになってる気がするけど、今はおいておこう。取り敢えず今のうちに忍び込まないと……。
「インビジビリティー」
短く呪文を唱え、姿を消す。気配遮断系魔法の中でも上位のもので、術者の姿を完全に不可視状態にする。その効果は身につけている装備品や手に持った道具などにも及び、ついで物音まで消してくれる。
なお流石に足跡や波紋といった物理現象までは消してくれないので、レビテーションの魔法を併用し万全を期しておく。
どうするかと迷ったものの、わざわざ服を脱いで痕跡を残す必要もないから着たままにしておいた。
「こら、やめぬか! お主、いい加減にせぬと――!」
開きっぱなしになっている扉(これも予め打ち合わせしていたとおり)からこっそりと中に入ると、目前には指をワキワキしながらアイカさんに抱きついたアカリさんと、湯船でどうしたものかと途方に暮れたエリザさんの姿が目に入る。
まるで子犬のようにじゃれついて身体から離れようとしないアカリさんの対処に困っているのか、こっそりと忍び込んだ私の姿には気づいた様子も無かった。
(まずは計画通り……)
思わず笑みが漏れる。まさかここまで上手くゆくとは――流石はアカリさん。アイカさんのことはよくわかっている。
「ぬうっ! お主、いい加減にせい!」
ついに頭にきたのか、アイカさんがアカリさんの頭をむんずと掴み無理矢理身身体から引き剥がす。
「どうやら、早死したいようだな、お主……」
「痛い痛い! ギブギブです~! それ以上されたら本当に頭が潰れちゃいます~!!」
うわ……本当に痛そう。いくら超再生力を持つアカリさんとはいえ、これ以上力を入れられたら本当に頭が潰れてしまうんじゃ。
えっと、今からでも計画を変えて止めるべき……?
「であれば、反省するのだな!」
幸いにしてアイカさんはアカリさんの頭を潰しちゃうつもりは無かったみたい。
片手で頭を掴んだまま、ポイッと浴室の外に放り投げる。
「あれ~」
なんとも微妙な悲鳴を上げながらアカリさんは空中を舞い、そして更衣室の洗濯物入れ用籠にお尻からすっぽりと入る。
「あ。ちょ、ちょっと! 抜けない! 身体が抜けない~!」
ジタバタと身体を動かしているものの、身体が見事にくの字に曲がった形ではまり込んていて自力で脱出はできそうにない。
ま、取り敢えずアカリさんの救助は後にして、まずは目的を果たさなければ……。
「まったく、なんじゃったんだ……あいつは」
扉をピシャリと閉めながらアイカさんが言う。
「遠く魔族領を離れて、開放的気分にでもなっておるのか?」
「えーっと、その……どうなんでしょうね?」
アイカさんのボヤキにエリザさんも苦笑を浮かべている。まぁ、彼女にしてみれば他に答えようもないのだろうけど。
おっと、それより記録記録。ここまでお膳立てが上手くいったのだから、あとは思う存分記録するのみ!
「しかし、妙だな。ここまで強引なのは初めてだぞ……なにか企んでおるのか?」
腰に両手を当てた格好で首をかしげるアイカさん。
「だとしても、あっさりとつまみ出されては、なんの成果もあるまいに」
いやしかし、この人。いつみても抜群のスタイルねぇ。個人的にはそのスタイルを維持する方法が是非とも知りたい。賢者の叡智を持っても成し遂げることができない、その方法を!!
「あの、多分……なんですけど」
頭を捻っているアイカさんに、エリザさんが控えめに言う。
「レティシアさんに、何か頼まれたのでは?」
え、ちょっと。まって、どういうこと?
「む? レティシアにか?」
アカリさんが右手を顎に当ててなにか考えるような表情を見せる。
「うむ……まぁ、確かにあの者の差し金という線は否定しきれぬが……だとしても、これは失敗なのではないか?」
「えーっと」
なぜか控えめな視線でこちらの方を見るエリザさん。そう、私の居る方にまっすぐ視線を向けている。
まさか、私の姿が見えている? インビジビリティーの隠蔽を、魔法も使わずに見破るなんてことができるハズが……
「その、レティシアさんが入ってくる囮役だったとか――」
「破魔!」
エリザさんの言葉が終わるよりも早くアイカさんが手をかざし、短く叫ぶ。
(しまっ……た!)
エリザさんの言葉に虚を突かれ、とっさにカウンター魔法を発動させるのが遅れる。アイカさんの強力な魔力を浴びせられ、私の姿隠しは瞬時に打ち破られてしまった。
「なるほど……そういうことか」
なんとも良い笑顔を浮かべつつ、アイカさんがこちらに迫ってくる。
「余としたことが、アカリに気を取られすぎ本命を見逃しておったとはな」
「あ、あはははは」
アイカさんの笑顔が怖い。誰が言ったか覚えてないけど『笑うという行為は、本来攻撃的なものである』なんて聞いたことがあるような……。
「そう怯えるでない」
さらに笑みを深めつつ、こちらへとゆっくり近づいてくるアイカさん。
「お主、余らの入浴タイムに混ざりたかったのであろう? であれば、折角だ。その望み叶えていってはどうだ?」
いや、その。確かにそうなんですけど、なんというかシチュエーションが違うというかタイミングが違うというか。
「せ、せっかくのお誘いですけど、またの機会にということで……」
「くっくっくっ……遠慮する必要はない」
思わず後ずさる私。これほど身の危険を感じたのは、生まれて初めてかもしれない。
「痺れよ」
逃げよう! と思った瞬間、アイカさんが私の肩を掴み、短くつぶやく。
「あっ!」
抵抗する暇もなく私の体を電撃のようなものが突き抜け、身体の自由が奪われる。
『賢者』である私の身体はかなり高い魔法抵抗力を持っているけど、アイカさんの魔力はそれを安々と突破し、私の身体を麻痺状態にしてしまった。辛うじて首から上だけはその効果を免れている。
「さぁて、それではまずその邪魔な服から脱がさねばならぬな」
楽しげに指をワキワキさせながら私の服に手を掛けるアイカさん。いやその、なんか親父臭く見えますよ?
「さてお主」
服を脱がせながら、アイカさんが耳元で囁く。
「本当は知りたかったのだろう? 余の正体を」
「………!」
「自らの正体を隠蔽するための数々の魔法具。入浴時ならそのすべてを身から離しておるから、仮に何某かの力を隠していたとしても、それを感知することができると」
バレていた。私の考えなど、アイカさんにはとっくにお見通しだった。
確かに私はアイカさんの正体を気にしている。『魔族の剣士』などという単語では説明しきれないその強さ。そして強大な魔力。何度試みてもアイカさんの正体をはっきりと掴めないのは、おそらく実力を隠蔽するアイテムを身に着けているからだと。
「最初からそのような魔法具は用いておらぬのだから、無駄な努力であったがな」
低く笑うアイカさん。
それはつまり、能力を隠しているから察知できないのではなく、察知できる範囲を越えていたからわからなかったということを意味する。『賢者』の能力を持ってしても察知しきれない能力の持ち主、それは――。
「まぁ、アイカさんとエリザさんのいちゃつきっぷりを生で見たかったというのも嘘ではありませんよ」
というかむしろそちらが九〇%ぐらい? 正直、調査はそのついでというか。
「趣味と実益を兼ねて、か?」
なにがツボに入ったのか、アイカさんが大きく笑う。
「お主に一つ宿題を出してやろう」
「宿題?」
「薄々感づいておるようだが、余は魔族領では紛れもなく上位の地位にいた」
気がつけば上着は完全に脱がされ、今や下着まで脱がされそうになっている。恥ずかしいし、もう自分で脱ぎますから! と言いたいところだけど、麻痺させられている身体ではそれも無理。
「にも関わらず、余の行動は常に下位の者に制限される──やれ、権威がどうだの格式がどうだの、煩わしいことをコマゴマと突きつけてきおる」
どうやら人族も魔族もその辺の事情はあまり変わらないらしい。『賢者』の私にすら『らしい振る舞い』とやらを強要してくる者は幾らでもいた。
「だが、それに従っていたにも関わらず、先祖は人族と争う結果となった」
「………」
「人族だけではない。魔族の間でも内乱やら下剋上やら、どれほどお高く振る舞ったところで争いの種が尽きたことなどない」
一体誰がどんな基準で定めたのかもわからないそれらで争いを防げたことはない――アイカさんはそう言っている。そして、それは事実だ。
「さて。いざという時に役に立たぬ、これらのゴミ。お主ならどうするべきだと思う?」
「……どうして私にそんなことを?」
「くっくっくっ」
アイカさんの言いたいことはわかるけど、質問の意図がわからない。
「お主も余の同類と思えばこその宿題だ──余の期待、裏切ってくれるなよ?」
なるほど、理解した。
要するに、アイカさんは私をなにかに巻き込みたいと考えている。それもエリザさんには悟られない形で。わざわざ身体の自由を奪い、服を剥いでいる様子を装いながら小声で話しているのがその証拠。
それが何なのかは、『宿題』とやらに正解したときに教えてくれるのだろう。
「まぁ、それはそれとしてだ」
完全に私を上から下までひん剥いてから、アイカさんが指の骨をコキコキと鳴らす。
「お主には、やらかしに対するお仕置きが必要だからな」
「えーっと……見逃して貰うワケには?」
聞くだけ無駄だとは思うけど、一応聞いてみる。もし、万が一、ひょっとしたら奇跡が――。
「お主らの言葉では、こう言うらしいではないか」
私の懇願に、アイカさんはゆっくりと首を振る。
「知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない」
「ひぇぇぇー」
その後、私が味わったお仕置きは、エリザさん曰く『それはもう、もの凄かった』という言葉で理解して欲しい……。少なくとも、私の口からは絶対に言えない。
* * *
「あの~。だれかぁ~」
お尻から桶にはまった状態で情けない声を上げるアカリ。
浴場の方からは三人の笑い声やら悲鳴やらが聞こえているが、アカリに気づく様子はない。
「アカリを助けてくださ~い」
情けない声で救いを求めるアカリであったが、三人がその声に気が付くにはあと一時間ほどの時が必要だった。
「へくち!」
裸で籠に嵌ったまま一時間も放置された結果、当然のごとく風邪をひいたアカリであるが、流石に悪いと思ったアイカに看病され、満更でもなかったという。
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