ガールズ・ハートビート! ~相棒は魔王様!? 引っ張り回され冒険ライフ~

十六夜@肉球

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第三章 過去に蠢くもの

第一話 勇者は辛いよ#3

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「正直、どうにも腑に落ちない話だからな」
 アイカさんの疑問はもっとも。なぜわたし達が指名されたのか。
 確かにギルドの依頼を幾つか片付けたことで、わたし達のパーティーは探索者達の間では一目置かれる立場になっている。
 探索者は実力・成果主義だから結果を出している以上はそれも当然。それに、アイカさんは良い意味でも悪い意味でも目立つ人だし。
 更にパーティメンバーに『賢者』レティシアさんまでいるのだから、嫌でも話題になる。
 わたし自身、良くも悪くもそれなりの有名人だったし。

 ただこれらはあくまでもギルド内、探索者達の間でのこと。

 ギルド仕事のほとんどは、外に知られては困る内容の物が多いから報酬的には恵まれている反面、知名度には繋がらないことがほとんど。だから外から見ればわたし達なんて、一山幾らの有象無象な探索者の一部に過ぎないわけで。
 魔族のアイカさんがいるからビジュアル的には目立つかもしれないけど……同じぐらい目立つはずのレティシアさんもいるけど、こんな辺境では『賢者』の名前と顔を知る人が少ないせいかあまり話題になっていない。
 それはともかく、わざわざ誰かを指名するならクロエさんのような誰でも知っているような有名人にするのが普通。そこを敢えて曲げてるんだから、なにか裏があるんじゃないかと疑うのも仕方ないと思う。
「そうですね。疑問はもっとものことです」
 アイカさんの言葉に、エミリア姫が軽く頷く。
「まず一つは、私が信頼する出入り商人の一人クーリッツの推薦があったことです」
 それは先日、当人の口から聞いている。
 不思議なのはクーリッツ氏がわたし達を推薦した理由と、それを受け入れたエミリア姫の考え。
「ランクやレベルだけで言えばより良い適任者も居たでしょうが、信用という点では色々と難しい面もありますし……そして、これは第一の条件にも関係しているのですが」
 わたしの疑問を見抜いたわけではないだろうけど、エミリア姫が補足するように言葉を続ける。
 それにしてもエミリア姫。一応は正体を隠している体をとっているとはいえ、所詮は平民にすぎないわたし達に対する態度があまりに丁寧すぎる。性格といえばそうなのかも知れないけど、なんというか心なしか怯えているような気配を感じるのだけど……?
「私としましては、できるだけ目立たない形で事を進めたいのです」
「……お言葉ですが」
 レティシアさんが静かに指摘する。
「既にオークの事はそれなりに噂として市井に広まっています。今更伏せて行うようなことでもないのでは?」
 確かに噂が広まる前であれば秘密裏に調査を行うことに意味はあったかも知れないけれど、既に多数の被害が発生している現状では隠していたところで意味はない……はず。
「それについては、後ほどまたお話しましょう」
 レティシアさんの言葉を優雅な微笑みで躱すエミリア姫。流石はお貴族様、話の主導権は手放さない。
「そして二つ目の条件なのですが、期待できるだけの実力があること――クーリッツの言葉を疑ったわけではありませんが、貴女達のことは少々調べさせて頂きました」
「………」
 返事に満足したわけじゃないという表情を浮かべつつも、レティシアさんが口を閉ざす。
 なにかを判断するにしても、話は最後まで聞かないとね。
「探索者としては平均的な立ち位置で、ギルドからの依頼で大きな仕事をこなしている反面、貴族や富豪の仕事はほとんど受けていない為に知名度は高くない」
 うん。まぁ……なにしろアイカさんが凄い闘争思考なので、受ける仕事の大半が大型魔獣退治。この手の仕事はもっぱら領都から離れた集落や村落から持ち込まれるのが大半。稀に素材狙いの魔獣討伐依頼もあるけれど、そういうのは大抵指名依頼だからわたし達とはあまり縁がない。
「つまり私の狙い――今回の依頼を『ギルドからの仕事』に偽装しやすい、うってつけなパーティーだと」
「ギルドからの仕事に偽装、ですか?」
 レティシアさんが眉を顰める。うん。わたしも同じ気持ち。まるで意味がわからない。
 指名依頼は指名者の名と責任で行われ、ギルドは一切責任を持たないし介入もしない。仲介料が発生しないから報酬も高く、それなりのツテもできる(その分、なにがあっても一切ギルドの助けは得られないけれど)。
 わざわざ指名しておきながら仕事自体はギルドを通してというのは、実に珍しい。というか、ぶっちゃけ聞いたこともない。
「仰っしゃりたいことはわかりましたが……仮に私達が依頼に成功したとして、殿下のメリットは薄いと思うのですが、どういう意図がおありで?」
 ギルドを通すということはつまり依頼者の名前を伏せるということであり、わたし達が何らかの成果を上げたとしてもエミリア姫の名声には繋がらない。逆に失敗した時に受ける傷もないということだけど……。
「あぁ、大事な前提をお話していませんでしたね」
 レティシアさんの言葉に、さも忘れていたというような体を取るエミリア姫。
「この一件に関しては、私はその名が表に出ることを好みません。得られる名声は全て貴女方パーティーの物として欲しいのです」
 うん。ますますもって意味不明。だったら最初からギルドに仕事として丸投げしていればいいんじゃないかしら?
「……随分と気前の良い話であるな?」
 黙ってエミリア姫とレティシアさんの話を聞いていたアイカさんが、ゆっくりと口を開く。
「大体において名誉や栄誉は貴族にとって最も重視するべき要素であろうが、それをわざわざ捨てると?」
「その栄誉や名誉が、邪魔になる――そういう時もあるのです」
 聞いた話でしかないけれど、貴族の人って特に建前やプライドと言ったものを大切にしている。
 それが邪魔になるとは、いったいどういう状況なのだろう?
「どうせ捨ててしまうなら、それを他者に譲っても損にはなりません」
 ここでニッコリと微笑みつつエミリア姫がわたしの方に意味ありげな視線を向けてくる。アイカさんやレティシアさんならともかく、どうしてわたしに?
「それにこれは、長いこと『エターナル・カッパー』などと呼ばれていた貴女が、確固たる名声を得るチャンスでもあるでしょう」
「………」
 それは、突如として突きつけられた言葉の刃だった。
 過去の自分を恥じたことは一度もないし哀れんだこともない。だけど、それは決して楽しい記憶ではなく、できれば過去の話として結晶化させたい物だった。
「私は名を知られずに調査結果を得て、貴女達は報酬と名声を得られる。お互い損の無い取引だと思いますが?」
 エミリア姫にとっては純粋な善意だったのだと思う。
 うだつの上がらなかった低レベル探索者に名声を上げるチャンスをプレゼントした――当人にはその程度の認識だったに違いない。
 それを否定するのは――わたしの言葉では無理だ。
「……くっくっく」
 なにも答えられずにいるわたしの横で、アイカさんが小馬鹿にするように笑う。その笑みはどこまでも冷たく、室内の温度が急激に下がったような錯覚すら覚えるほど。
「其方、生まれと育ちは高貴であるようだが、統治者にては些か向いておらぬようだな」
 笑いながら両腕を胸の前で組む。まるでこの場を支配する女王様のように。
「人の有用性を価値で計り、当人の望みを察せぬようでは、いずれ足元をすくわれることとなるぞ」
「……人には価値では計れない何かがある、とでも?」
 アイカさんにやや棘を含む言葉で答えるエミリア姫。
「理想論としては美しいお話ですね。ですが、現実は理想通りにゆかぬということぐらい知っておいてほしいものです」
「何を勘違いしているのかは知らぬが……」
 まるで諭すようなエミリア姫の言葉に、アイカさんが呆れたように言葉を続ける。
「其方が至高だと思うものが、全ての者にとってもそうであるとは限らぬというだけの話だ。なんであれ人の上に立つというのであれば、その程度のことは理解せよ」
 そこまで言ってから、アイカさんはやれやれとでも言いたそうに首を振る。
「ついでに助言しておこう。価値とは固定概念であり、例外を考慮せぬ硬直思考だ。人を価値だけで見分けられると信じるのは、傲慢でしかないぞ?」
「貴様!」
 それまで何度もイライラとした態度を見せていた護衛騎士さんが、ついに激昂しちゃった。
「黙っていれば先程から好き勝手なことを……無礼にも程がある!」
 あー、うん。確かにアイカさんの態度はそう取られても仕方ない。自称元魔王だけあって、アイカさんは非常に尊大な態度と口調を使う。それが他者の苛立ちを買うことは知っているだろうけど、気にするつもりはないみたい。絶大な自信が、彼女のそれを支えている。
「ふん」
 怒りのあまり身体を震わせている護衛騎士さんを、アイカさんが鼻で笑う。
「なんだ? 番犬かと思えば愛玩犬か。どちらにせよ躾のなってないことよ」
 いや、あの、その。もう少し手心というか、手加減を言うか……えーっと、せめて言葉は選んで欲しい。
 あー。選んだ結果がこの言い草なんだろうけど。
「なんだと!」
 当たり前だけど、護衛騎士さんはその言葉に激しく怒る。
「姫の護衛を任せれた誇りある騎士位を、言うに事欠いて犬呼ばわりするとは――!」
「番犬風を吹かせたいなら、主の意ぐらい読んではどうだ?」
 そしてそれぐらいの怒りなんて、アイカさんにとってはどこ吹く風だ。それこそ子犬がキャンキャン吠えているぐらいにしか感じてない。
「愛玩用でないと言うなら、自分の意向を通す為に虎の威を借る見苦しい狐だな」
 おぉぅ。煽る煽る。というかノリノリですね、アイカさん。
「……言わせておけばッ!」
 ついに腰の剣に手を掛けつつ護衛騎士さんが叫んだ。うん、アレで怒らない人ってどんな聖人君子だって話。
「よいのか?」
 一方アイカさんの方は腕を組んだまま言葉を続けている。この光景だけで護衛騎士さんとアイカさん、格の違いというものがはっきりしてしまう。
「武器を持ったまま部屋に入るのが許されているというのは、つまり不埒者が現れても相応に対応できる準備と対策があるということだ」
 そう言いながらアイカさんは、どこから取り出したのか長い釘のような物をポイっとテーブルの上へと無造作に投げる。
「なにを――!」
 護衛騎士さんの言葉は最後まで続けられなかった。
 乾いた金属音と同時に机の上を跳ねたその『釘』は、次の瞬間、部屋の隅から発射された魔力光に撃ち抜かれ蒸発する。
 どういう仕組みなのかはよくわからないけど、部屋の中で武器を抜いたらそれに反応して無力化するシステムが用意されているらしい。なるほど、武器を持ったままでの入室が許されるわけだ。
「ふむ。思っていたよりもエゲツ無い仕組みだな。まぁ、客層のことを考えれば、これでも生温いかも知れぬが」
 喉の奥で低く笑うアイカさん。
「さて、それで自慢の剣は抜かぬのか? 公正の為に一度は止めたが、そなたが勇気を邪魔立てはせぬぞ」
「……くっ」
「少しは頭を使え、愚か者。知恵を働かせず勘と反射で動くのは、獣と変わらぬ」
 あざ笑うようなアイカさんの視線を受け、屈辱に身体を震わせる護衛騎士さん。流石にこの状況で剣を抜くほど無謀ではなかったみたいで、悔しそうな表情を浮かべながらも柄から手を離す。
「……部屋の外で待機していなさい」
 小さくため息を漏らすエミリア姫。
「見た通り、ここでの狼藉はあり得ません。少し外の空気を吸ってきなさい」
「ですが!」
 護衛騎士さんが反論の言葉を口にしようとしたものの、マスクの下からでもわかる冷たい視線と言葉でエミリア姫はそれを封じる。
「もう一度言います。部屋の外で待機していなさい――三度は言いませんよ」
「……はっ」
 ここまで言われれば、流石に反論も反対もできない。いかにも不満そうな態度を隠しもせず、護衛騎士さんは不承不承部屋を後にする。
 いやぁ……彼女には悪いけど、これ以上こじれなくて本当によかった。
 ここで抜刀騒ぎになれば、間違いなく領都にはいられなくなってしまうところだった。ふー。危ない危ない。


 護衛騎士さんが部屋をでた後、エミリア姫は軽くため息を漏らし、こちらに顔を向けた。
「つくづく部下が失礼をしました」
 そしてわたし達に向けて軽く頭を下げる。
「忠誠心と腕前に不足はありませんが、いささか思慮が足りなくお恥ずかしい限りです」
「くくくっ。其方も苦労しておるようだな」
 先程とは違い、今度は楽しげに笑うアイカさん。
「なに。あの手の類には、余も良く煩わされたものだ。使い方によっては便利な者ではあるがな」
「腕前は確かですし、心から信頼はおけるのですけどね。まぁ、それはさておきまして」
 アイカさんの言葉に、エミリア姫が少し疲れたように答える。
「それでは先程の、『賢者』殿の質問についてお答えしましょう」
 気を取り直すかのように軽く頭を振ってから言葉を続けた。
「今私は後継者選定の真っただ中にあります。義務故に従ってはいますが、正直に言って辺境伯の後継などに興味はありません。好きに出来ぬ税金を数えるよりも、自分の物となる売上金を数えている方がよほど楽しいものですから」
 なんか凄いぶっちゃけを聞いてしまった気がする。
「とはいえ、領主に連なる者として困っている領民を放置することはできませんし、商人を目指す者としてもこれ以上領都が混乱するのは好ましくありません」
 自分の好き好みはさておいても、果たすべき義務は果たす。いろんな貴族がいるけど、エミリア姫は『ノブレス・オブリージュ』に忠実に従うタイプらしい。わたし的には好感度爆上げですよ。
「ですので打つべき手は打ちますが、へたに成果を上げてしまい後継者レースで一歩抜きん出るのは避けたいのです」
 なるほど。後継者になりたくないから目立ちたくないと。有名な探索者に依頼すれば、どうしてもその時点で話題になってしまうから目的に合わないという話なのか。
「私としてはこれ以上目立つこと無く、穏当に後継者レースを終わらせたいのです。辺境伯などという面倒は、兄上達で争ってくれれば良いのです」
「……つまらぬことを聞くが」
 エミリア姫の言葉を聞いてから、アイカさんがゆっくりと口を開く。
「余は其方に対して大概失礼な言動をとって見せておるが、一度もそれを咎めようとはせぬな。舐められているとは思わぬのか?」
「公式の場であれば咎める必要もあるでしょうが、ここは非公式の場です。口うるさい重臣達の目もありません」
 アイカさんの問いにエミリア姫が軽く肩をすくめる。
「しかも呼びたてしたのがこちらである以上は、礼儀についてとやかく言うのは野暮というものです」
「想像以上に食えぬ御仁であるな、其方」
 どうやらエミリア姫の返事はアイカさんの琴線に触れたらしい。心底楽しそうな表情を浮かべている。
「産まれは選べぬが、生き方は選べる──まぁ、余は其方の生き方も嫌いではない」
「恐縮です」
「うむ。であれば其方の依頼、受けても良かろうと思うが……お主らはどうだ?」
 確認の為に向けられた言葉に、わたしもレティシアさんも特に反対する理由は無かった。


   ††† ††† †††


(あれは一体何者──いえ、『何』なの?!)
 アイカ達が退出した後、エミリアは大きく息を吐き出した。平静を装っていたものの、身体は冷や汗まみれだし机の下には握りしめて震える拳を隠していた。
 入れ替わりに部屋へと戻ってきたレンに気づかれていないのは不幸中の幸いだ。主人である自分が怯えているところなど絶対に見せられないし、感づかれるわけにもゆかない。
(魔族だから……というだけでは説明できない)
 最初に見た時は、単なる礼儀知らずの魔族だと思った。少ないながらも魔族との付き合いはあったから、その個人的強さはよく知っている。だが、目の前の魔族女性はそんな次元を軽く越えていた。
 視線が交差した瞬間、その一瞬の間にエミリアの脳裏へと浮かんだのは、圧倒的な『死』のイメージだった。
 疑う余地はない。目の前にいるこの女性の不興を買えば、自分など一瞬でこの世から消滅させられる。側に控えているレンぐらいの腕前では、おそらく数秒と保たないだろう。
 いや。自分の命が奪われるぐらいならまだいい。彼女がその気になれば、領都そのものが業火の下に叩き落とされるだろう。領軍を総動員して立ち向かったとしても、こちらが殲滅させられる未来しか思い浮かばない。
 彼女は、それぐらい圧倒的な存在だった。
(今ほど自分の能力を感謝したことはないわ)
 エミリアが一部の腹心以外には秘密としているスキル――危機感知。このスキルは付近に存在するあらゆる悪意や危険を教えてくれる。
 このスキルを有効に活用することでエミリアは自分の身に降りかかる危険を避けてきたし、交渉を有利にすすめてきた。
 だが、今この瞬間に関しては、それは何の助けにもならない。
(あれは、人の形をした化け物……いや厄災だわ)
 完全に扉が閉ざされたことを確認してから、拳をゆっくりと開く。きつく握られた手のひらは真っ白で、汗でびっしょりと濡れていた。
「………」
 領主である父親の前以外でこれほど緊張したのは、何時ぶりの話だろう。
 彼女ぐらいの地位にあれば、身の危険など両手両足の指でも足りない程に経験している。それでもこれほどの危機感を覚えたことは一度もない。
(情報の重要さは熟知していたつもりだったけど、まだまだ甘かった)
 クーリッツから聞いた三人組。注意すべきは『賢者』一人と思っていた。レンジャーはうだつの上がらない小娘だし、魔族の剣士も腕は立つがそれだけの者──だと思っていた。実際に目にするまでは。
 そしてクーリッツの言葉と上辺だけの調査報告だけで満足してしまっていた。これは言い逃れのできない怠慢だ。
(にしたって、物には限度というものがあるでしょ!)
 あれだけ見事なオリジン・コアを入手できる腕前なのだから只者ではないと予想はしていたけど、流石にここまでとは思ってもいなかった。
 クーリッツもなんという者を紹介してくれたのか。最近少しケチっていた意趣返しでもしているのだろうか?
「いくら非公式とはいえ、あの態度は非礼がすぎると思うのです!」
 一方、レンの方はあの魔族の剣士から何も感じることは無かったらしい。幸いエミリアの動揺にも気づいていないようだ。
 随分な鈍感ぶりではあるが、であればこそ逆に敵に威圧されることもないだろう。何事も使いようというか、適材適所というべきか。
「貴女は、もっと危機に対する感覚を鍛えた方が良いわね……」
 その鈍感さは前線で一番槍を務めるには向いているかも知れないが、要人護衛としては些か心もとないのも事実。
「はぁ……」
 レンの方は困惑した表情を浮かべ、要領を得ない返事で答える。
「そのような曖昧な物より剣技を鍛えることこそエミリア様をお守りする最善の方法。いずれにせよ、目前に敵が現れれば斬り倒せば済みます!」
 腕は立つし悪い子でも無いのだけど、育った環境のせいか完全脳筋思考に染まっている。
「……つくづく勤め先を間違えているとしか思えないわね、貴女」
 護衛とは単純に敵を倒すだけの仕事ではない。まず主人に危険が及ばぬように配慮するのが前提だ。その意味でレンは護衛失格とも言えるのだが、エミリア自身が高レベルの危機感知能力を持っているので大きな問題になってはいない。
「私はエミリア様一筋です! 護衛騎士の座は天職ですし、他の誰にも譲る気はありません!」
 エへん! と胸を張り得意顔を浮かべながら言葉を続けるレン。
「この命尽きるその瞬間まで、私の忠誠はエミリア様にのみ捧げられるものですから!」
 軽い口調とは裏腹に、実に重い忠誠心。そこに一片の曇りもない。
 それは他の欠点を補って余りあるものであり、護衛騎士としてはもっとも重要な――単純な剣技よりも――要素である。
「……好きにしなさい」
 結局の所、エミリアもレンの事を気に入っており、あまり強くは言えないのだった。


   ††† ††† †††


 わたしがロベルトさんのお店『火吹き山の古竜』に足を向けたのも、実に久しぶりのことだった。
 あ、いや。正確には何度か訪ねてみたのだけど、希少素材を取りに行くとかで長いこと店を留守にしていたから、会えずにいただけなんだけど。
 ちなみにアイカさんは作って欲しい物があるとかで、『刀匠:イルズキ』へ別行動をしている。
 あ、珍しいとか言わないで。珍しいのはよくわかってるから。
 それよりも途中でガルカさんが捕まってなければ良いのだけど。あの人アイカさんにどれだけ巻き上げられても、「次は絶対に勝つ!」とか言って全然懲りる気配がない。というか典型的な賭博で身を持ち崩すタイプだよねぇ……。まぁ、本人がそれでいいならわたしがなにか言うことじゃないけど。
 それに、アイカさんも鬼じゃないから本当の意味で身ぐるみ剥いだりはしないし。ただ安酒をチビチビ飲んでる姿は本気で涙を誘う光景なので、なんとかして欲しい。
 おっと、そんなことより。
「はぁ、ようやくお返しできますよ……コレ」
 用事は他でもない。屋敷のゴースト退治に借りた『カートリッジ内蔵式ハイ・シルバー製ショートソード』の返却だ。実戦テストいう形で渡された物だから、それが終われば速やかに返却しないと。信用第一!
 まぁ、ほとんどのゴーストはレティシアさんが倒してしまったので、あまり出番は無かったのだけど。
 それでも単なるゴーストならスパスパと斬ることが出来たから、この剣が業物であることは間違いない。
「ははは……失礼しました、エリザ様」
 ロベルトさんが頭を掻きながら笑う。
「なにぶん、新しい仕事にどうしても素材が必要でして。もともと期限を定めずにお貸ししたものですから、そこまでお急ぎになられる必要もありませんよ?」
 自分で素材集めたりするんだ、ロベルトさん。普通は探索者に依頼を出して持ってきてもらうものだし、というか危険じゃないのだろうか?
「いえいえ、こんな名品。いつまでも自分の手元に置いておくのはちょっと怖くて……」
 壊すのはともかく、万が一にでも盗まれたり無くしたりしたら、わたしの心臓ではちょっと保たない気がする。
「正直な方ですね、エリザ様は。まぁ、手慰みに作ってみたものですから、そこまで大事にしなくとも」
 えぇ、えぇ。動機的にはそうなのかも知れませんけど、使われてる素材の価値が段違いですよね? まず間違いなく以前作って頂いた弓よりも高価ですよね?
「そ、それよりもです!」
 取り敢えず話を変えよう。
「素材集めならギルドに依頼を出して貰えれば、わたしが全力で探しますよ。大抵の素材ならなんとかなると思いますし」
 そう。ロベルトさんからの依頼なら、たとえアイカさんが反対しても全力で説得する。説得できなかったとしても夜な夜な枕元に立って説得しつづけちゃう。うんと言うまで!
「それはそれは大変心強いですが、なにしろ品質が重要な素材でしてね。こればかりは自分で手に入れないと駄目だったんですよ」
 なるほど……そういうこともあるのか。必要な品質の物が持ち込まれるまで待つより、自分で取りに行った方が早い場合もあると。
「それより、その剣はお役に立てましたかな?」
 わたしが机の上に置いていたハイ・シルバー製ショートソードを手に取り、鞘から抜いて眺めつつロベルトさんが言う。
「えぇ、それはもちろん!」
「ふむ……刃の摩耗はほぼ均一と。魔力回路の消耗もほぼ無しと」
 ただ剣を眺めているだけに見えるけど、それだけのことで職人さんは色々とわかるんだ。
「剣先の当て方を制御できるとは、実に見事な腕前ですな。それにエリザ様は護剣術の使い手のご様子。この剣との相性は、実に良さそうだ」
 ……えっと、そんなことまでわかるんですか? 確かにわたしは正統派の剣術ではなく守りの護剣術を身に着けているけど、少なくともロベルトさんに言ったことは無いはず。プロの鑑定眼って怖い……。
「道具、特に武器は使われてこそ価値があるもの。どうです、その剣。貴女の物にしてみませんか?」
「へ?」
 とんでもないことを言い出しましたよ、この人。
「あ、そんなこと言われましても……こんな高価そうな物、全財産叩いても買えませんから!」
 確かに今のわたしは『鉄』級探索者としては多額のお金を持ってはいるけれど、それでもこれほど高性能な剣を買えるほどじゃない。借金したって買えませんってば!
「お金など、別にどうでも良いのですが、それではエリザ様が納得頂けないようですね」
 そう、その通り。ちょっと質の良い剣って程度ならご厚意に甘えても良いけど、これは無理!
 わたしのノミの心臓を甘く見てもらっては困ります!
「ふむ……では、こうしましょう」
 暫く何事か思案してから、ロベルトさんは軽く手を叩いた。
「エリザ様とお連れの魔族の方、お二人のサイン色紙と交換。それなら如何です?」
「……はい?」
 ロベルトさんから提示された条件は、なんとも意味不明で摩訶不思議な物でした。
「いえね、彼女。遠目に拝見しただけですが相当な実力者とお見受けします。老人のつまらない趣味もありますが、強者の方のサインを集め飾ることで店に箔も付きますし。特に無名の頃に頂いたサインともなればなおさら」
 な、なるほど? 今まで考えたことも無かったけど、宣伝の一部になるってことか。しかも無名時代の物ともなれば、すんごくレアかも。
 今まで気にしていなかったけど、たしかに壁には幾つかのサインが飾られていた。あ、クロエさんのサインもある。
「それに彼女、お姿も見目麗しいですし。絵姿も一緒に飾っておけば更に効果的かも知れませんな」
 ハッハッハと笑うロベルトさん。
 むー。まぁ、アイカさんは美人な上にナイスバディだし……こういうのは、種族を越えるんだなぁ。わたしのサインなんて明らかにオマケだし……別にいいけど。
「まぁ……そういうことであれば」
 『評判』にはお金で買えない価値があるというのはなんとなくわかるし、ぶっちゃけこの剣が欲しいかと言われれば毎晩抱いて寝たいぐらいに欲しい! つまり、これは両者両得なお話なのでは?!
「すぐに持ってきますね! 書かないと言っても書かせてきますので、一番良いサインを持ってきますから、任せてください!!」

 数日後『火吹き山の古竜』の壁に新たなサインが飾られ、わたしの腰には新しい剣が吊るされることになるのでした。

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かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

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