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第三章 過去に蠢くもの
第一話 勇者は辛いよ#4
しおりを挟むエミリア姫との面会が終わった翌日。わたし達は早速ギルドへと向かった。
色々と例外だらけの案件だけど、とりあえずギルドを通しての仕事であるからには、出向いてキチンと手続きを踏む必要がある。
そのためにギルド窓口に出向くと、そのままトーマスさんに捕まってギルドマスターの元へと連れて行かれた。
「ブラニットとの連絡が途絶えたの」
わたし達が入るなり、クリフさんは開口一番そう告げた。
「『生命の石』は砕けてないから、生きていることだけは確かだけど、どこで何やってるのかさっぱりなのヨ」
ブラニット氏が行方不明? ギルド・ガードの中でも随一の腕利きである、あのブラニット氏が!?
予想外の言葉に、わたしもアイカさんもポカンとする。
あ、ちなみに『生命の石』ってのは青い色の石を磨き上げたような見た目をしたアーティファクトで、血を一滴垂らすことで持ち主を登録できるシロモノ。
その効果は『所有者が死ぬと同時に砕け散る』。つまりこの石が正常なら、登録者もまだ生きているってことを意味している。
もちろん数も少ないし、すんごく高い。
流石がギルド・ガード。貴重なアイテムを使ってるなぁ。
「ならず者オークの件は聞いてるわよネ? 領主館とのしがらみがあって今まで箝口令を敷いていたけど、この件は随分と前から問題にはなってたのヨ」
わたし達の表情で説明の必要性に気付いたのか、クリフさんが言葉を続ける。
「ことがことだったので探索者をアテにするワケにもゆかなくてね。ブラニットに任せていたのだけど……」
あぁ、なるほど。それで最近姿を見かけないと思ったワケだ。なにかと『面倒くさい』が口癖の人だけど、やるべきことはちゃんとやる案外真面目な人だったり。
だけど行方不明ってことは、リネスさんとリザちゃん──奥さんと娘さん、驚くべきことにブラニット氏は既婚者なのだ!──が心配しているんじゃないかな?
「二人にはまだ何も告げてないワ」
わたしの内心を見抜いたかのようにクリフさんが言葉を続ける。
「このことがリネスの耳に入ったら、瞬間的にすっ飛んでゆくからねぇ……あの娘。もとはパン屋の子だってのに、その辺の探索者よりよっぽど猪突猛進型だから」
あー。うん、あの人なら間違いなくそーする。
ブラニット氏が既婚者であることはギルド七不思議の一つだなんて言われているけど、リネスさんが『押しても駄目なら押し倒せ!』の勢いで押しに押しまくり、ついには彼を陥落させたということをわたしは知っているから。
というか古参の探索者なら誰でも知ってるので、たまに酒の肴にされてたりする。もっともそれが本人に露見したら、えらい目にあわされるけど。
相手がオークだろうがなんだろうが、延ばし棒を持って殴り込みをかけるのは間違いない。
「オークとやらがどれだけ強いのか知らぬが」
顔をしかめながらアイカさんがつぶやく。
「アレ程の者が遅れをとるとは、ちと信じられぬな」
「調査なら身軽な方がいい、とか言って一人で行っちゃったからネェ」
アイカさんの呟きが耳に入ったのか、ハァとアンニュイなため息をもらすクリフさん。
「無理にでも誰か付けておくべきだったワ」
「まぁ……個人として幾ら強くとも、数で押されれば不覚もあろうか」
「鉄火場はできるだけ避けるようには言っておいたケド、こっちの都合に向こうが合わせてくれるとは限らないしネ」
どんな世界でも物量は正義。しかもオークは個々の能力で見ても決して弱くはないし、いくらブラニット氏が強くても多数が相手となれば不利なのは明らか。
「どうも、アテクシも状況を甘く見すぎていたみたいだワ」
オーク達の動きが怪しいと言っても、結局は野盗の類が大きな徒党を組んで暴れているようなイメージ――正直言えばわたしもそれぐらいに思ってた。
どうやらこの件は思っていたよりも『ヤバい』案件なのかもしれない。
「ともかくブラニットはまだ生きていて、どこかに潜んでいるんじゃないかと思うワケよ」
おねだりする女の子のようなキラキラ光る瞳とくねくねした動きでクリフさんが迫ってくる。
「姫殿下とは別に報酬を出すから、ついでに探してくれない? 痕跡だけでも掴んでくれれば、あとはこちらでなんとかするから」
「わかった、わかった! 引き受けるからそれ以上迫ってくるでない!」
全力で後ろに下がるアイカさん。うん。わかる。あの動き、慣れない。え? わたし?
とっくに扉の近くまで避難しておいたので大丈夫!
「まぁ、彼奴に貸しを押し付けるのも中々面白い趣向であろう」
「……ブラニットも、厄介なのに気に入られたものネェ」
アイカさんの返事に、怪しい動きをやめたクリフさんがため息をつく。
「随分と高い借りになりそうじゃない?」
「なに、余を楽しませてくれればよいだけのこと。大して難しい話でもあるまい」
クリフさんの言葉に、アイカさんは軽く答えた。
「せっかく魔族領を飛び出して来たのだ。存分に楽しまなくては残してきた者に失礼というものであろう」
* * *
ギルドを出て、引っ越しの荷物もそろそろ片付いてきた屋敷に戻り、わたし達パーティーの面々は庭先に設えられたガーデンテーブルで今後の予定を話し合っていた。
レディースーメイドのカディスさん(幽霊)が横に控え、お茶の用意をしてくれている。
「さて、依頼を請け負うことを決めたワケだが」
渋い表情を浮かべつつ、アイカさんが現状を端的に述べる。
「正直なところ、手数が足りぬ」
「はぁ」
用意されたカップに口を付けつつ、なんとも間抜けな返事を漏らしてしまう。魔王様と賢者なんて二大巨頭が揃っている状態で手数が足りないって、ちょっとした贅沢じゃないかしら?
「森林地帯が多くを占める辺境での調査・遭遇戦はいかに相手の先手を取るかに掛かっておる。つまり鍵となるのはエリザだ」
へ? わたし?
いやいや。どう考えてもオマケですよね、わたし。ゴブリンぐらいならともかく、オークなんて絶対に無理!
「エリザはレンジャーとして優秀だが、その能力は後衛向きだ。自衛技術も持ってはおるが、相手がオークそれも集団となると些か分が悪いであろう」
そんなわたしの戸惑いに構うことなくアイカさんは言葉を続ける。
「レティシアの魔法も充分に強力だが、即応性に欠ける。前衛がもう一人必要だ」
「おっしゃる通りです」
アイカさんの過剰だと思う言葉に、レティシアさんも然り然りとばかりにうなずいている。
「私は近接戦闘もそれなりにこなせますが、やはり自衛の域をでません。エリザさんを庇ってというのは些か自信がありませんね」
いえあの。アイカさんやクロエさんの一撃を受け止める実力で自衛レベルなんて言われると、わたしの腕前なんて問題外って話なんですけど……?
「ふむ。クロエの奴が捕まればよかったのだが……」
トーマスさんの話だと、あれからクロエさんは二人の探索者と臨時パーティーを組み、ダンジョン探索へとあちこち駆け回っているらしい。
なにやらアーティファクトを探しているらしいけど、彼女がそこまでして求めているアイテムって……?
「アカリに声を掛けることも考えたが、彼奴は課せられたギルド奉仕が終わっておらぬ以上、そう遠くまで連れ歩くことは出来ぬ」
以前の騒動の罰として絶賛こき使われ中のアカリさん、実際のところ評判は悪くなかったりする。
ぜひこのまま(なにごともなく)お勤めを果たして欲しい。
「とはいえ、それなりに腕利きで信用のおける者は他におらんしなぁ……」
なんとも言えない現実。
探索者の殆どは、領都や稼ぎ場から遠く離れた場所に行きたがらない。商隊護衛をメインとしている探索者なら事情も変わるけど、それにしたって長期間辺境で過ごすなんて御免こうむると考えるのが大半だ。
ガルカさん辺りなら信用もおけるし腕前もある。誘えば付いてきてくれるだろうけど、あの人。こういう時に限って必ず他の仕事で留守にしてるんだよなぁ……。
偶然なんだろうけど、それも重なればわざとじゃないかと疑いたくもなっちゃう。
トーマスさんに相談したら適当な人物を紹介してくれるかも知れないけど……う~ん。
「私のツテで誰か手配することもできますが、転移魔法には距離的限界や消費魔力の問題もあり、王都から自力で来てもらうことになりますから、どうしても日数が掛かってしまいます」
王都から領都となると、片道一月近い日程となる。いくら期限を切られていないとは言え、そんなに呑気に待っているワケにはゆかない。調査はともかく、ブラニット氏の安否もリネスさんのカチコミも気になるし。
「はー」
世の中色々とままならない。
誰か「こんな事もあろうかと」と全てを解決するアイデアを持ってきてくれないだろうか?
温くなったお茶に一口つけて、カップをテーブルに戻す。それに合わせてカディスさんがすかさず代わりのお茶を差し出してきた。
悪い気分ではないのだけど、正真正銘小市民なわたしとしては、中々慣れるのは難しそう。アイカさんやレティシアさんの慣れっぷりが羨ましい。
「……! ……!!」
不意にわたし達の耳に甲高い声が届く。
どうやら正門の方で誰かが言い争いをしているような。
「なんだ、一体? 押し売りの類か?」
心底面倒くさそうにアイカさんが席を立つ。
「それともまさか、人族原理主義者が抗議にでもきたか」
「まさか」
いやいや。いくらなんでもそれはない。
魔族が不動作を持つことに不満を感じても、この商業理論がなによりも優先される街で、正式な契約に則った売買に因縁を付けてくるなんて、どれだけ常識知らずって話なワケで。
でもわたしはまだまだ甘かった。常識知らずなんて、どこにでも居るってことを理解していなかった。
「──だから、家主に合わせてと言ってるでしょ!」
門の前で行くと、門扉を隔てて二人の少女がいるのがわかった。
そして二人のうちシスター服を身にまとった小柄の少女が、ランドリーメイドのイオナ(幽霊)に指を突きつけてなにやらわめているのが目に入る。
イオナの足元に洗濯カゴが置いてあるところを見ると、たまたま門を通りかかったところで捕まったみたい。
こういう時はハウスキーパーのライラ(エルダー・ゴースト)か、ハウスメイドのシータ(幽霊)が対応するべきなのだけど、生憎二人共ツヴァイヘルド商会へ日用品の値段交渉に出向いており留守にしている。
他にいるのはチェインバーメイドのアルファ(幽霊)とコックのベラナ(幽霊)の二人。雑用メイドのゴーストさん達(ノット人型)は大量にいるけれど、まさか応対に出すわけにもゆかない。
ちなみにアルファさんの方は「担当外」である、と知らん顔している。
本来なら守衛のオズマ(幽霊)がどうにかするべきなのだろうけれど、相手が少女それもシスターとあってどうしたものかとおろおろしていた。
ところで今名前の上がった幽霊さん達はみんな人型をしているんだけど、一番下の階位とはいえ聖職者さんが近くに居て大丈夫なのかな?
「とにかく!」
興奮したように大声を上げている少女達の様子を、こっそりと伺う。
「この屋敷、本当の持ち主に返してもらうからね!」
大声を上げているのはシスター服の方だけで、もう一人の少女はどうやらそれを宥めようとしているみたい。
「ここは勇者様のお屋敷なんだから、人族ならともかく魔族が家主になるなんて、許されることじゃないでしょ!」
え? ここ元『勇者』さんの家だったの?!
なるほど、簡単に売却できなかったワケだ。
ん? ということは、『勇者』さんの家に『元魔王(自称)』さんが住んでいるってことで……これって、どうなんだろう?
「ちょ、ちょっと……カミン!」
もう一人の背が高い方の少女が慌てた表情で少女の肩を引く。あ、あの娘。以前行って大騒ぎになった『金の麦穂』亭にいたウェイトレスの子だ。
「ここまで引っ張ってきてなんの用かと思ったら、失礼じゃない!」
どうやらウェイトレスの子。カミンとか呼ばれた少女に用件もわからないまま引っ張って来られたらしい。
「それでも、モノには限度があるの!」
カミンという名のシスターが興奮気味に言葉を続ける。
「人の定めた商売なんかより、神の教えの方が重要なのは当然でしょ!」
おー、なんとも純粋培養されてた聖職者らしいお言葉。
「クリスだって、魔族が街で好き勝手されるのは――」
ふーん。あのウェイトレスさん、クリスって名前なんだ。レティシアさんの呟きが間違いでなければ、あの子『勇者』なんだよねぇ――え、『勇者』?
わたしがギョッとした瞬間、二人がこちらに気付いた。
「出てきたわね!」
「お前!」
カミンさんがアイカさんを睨みつけると同時にクリスさんが一言発してそのまま後ろに飛び退く。
前回と同じような騒ぎになるかと思ったけれど、流石に今回は自制したらしい。油断なく構えているものの殺気は抑えられている。
「うん?」
クリスさんの様子に気付いたアイカさんが僅かに目を細め、そしてポンと手を打つ。
「おぉ、いつぞやの小娘ではないか。未熟ではあるが、良い太刀筋であったな!」
「……ちょっと貴女!」
一方、カミンさんの方はお構いなしに言葉を続ける。
「ここは『勇者』様のお屋敷よ! 百歩譲って相応しい誰かに買われたのならともかく、魔族がなんかが手にして良いものじゃないんだから!」
「なるほど、なるほど」
元気よく言葉を並べるカミンさんに、アイカさんはにっこりと微笑みを浮かべる。
付き合いの長くなったわたしにはわかる。あれは新しい玩具を手に入れた子供の笑顔だ。
「ここは元『勇者』の屋敷で、そこな娘の家であると」
「そうよ!」
カミンさんの返事に、アイカさんはクリスさんの方へとゆっくり顔を向け、そして口を開いた。
「つまり、お主は『勇者』なワケだな?」
††† ††† †††
ボクの名前はクリスティアナ・フォールティア・ユーストース。
世間一般的に『勇者』と呼ばれる一族の娘。今となっては特に意味の無い肩書を持つ一族の一人。
あれはボクにとって生まれて初めての感覚だった。
いつものようにウェイトレスの仕事をして、店内へと入ってきた女性の姿が視界に入った瞬間、頭の中が真っ白になり、気がつけばボクは『聖剣』を片手にその女性へと斬り掛かっていた。
初めて会った、顔も名前も知らない相手に。
魔族に対して思うところなんかない。争いは百年も前に終わった話だし、両親から敵意を持つような教育も受けなかった。めったに関わることもない風変わりな異邦人――ボクの魔族に対する認識なんてその程度のもの、だったはず。
なのにボクは剣を、それも『聖剣』を抜いてしまったのだ。
すぐに剣を引き、謝罪するべき――ボクの理性はそう告げていたが、『勘』がそれを否定する。
なにしろ、斬り掛かったその後がありえない。
いくら全力を出していたワケではなかったとはいえ、『勇者』であるボクの一撃を、その女性は簡単に受け止めてみせたのだ。
のみならずそのまま反撃に転じ、ボクの行動を封じてみせるという信じがたい真似までやってのけた。
『勇者』としてはまだまだ未熟なボクだけど、両親とその友人達によって鍛えられた実力は飾りじゃない――はず。
幸いにして被害者の方が事を荒立てることもなく、そのまま衛士が来るより前に立ち去ってくれたので大事にならずに済んだ。
常連の自然な口裏合わせと合わせいつもの酔っぱらいの喧嘩が、ちょっと白熱しただけ――そういうことになった。
謝罪するチャンスもないまま別れてしまい、もう顔を合わせることもないだろうと思っていた相手が、今ボクの目の前にいる。
門での騒動の後ボクはそのまま客室へ案内され、カミンもまた別室へと(強制的に)案内されていた。大量のお茶とお菓子でもてなされてるらしいので、暫くは大人しくしてるだろう。
そもそもこの屋敷の件に関して彼女は部外者だ。ボクの為にわざわざ調べてくれて、その上でなんとかしてくれようとした気持ちは嬉しいけれど、説明もなく連れてこられた上によりによって一番話がややこしくなる手段を選ぶ……これ以上こんがらがる前に彼女を除外するのは、正しい選択だ。
「改めて問うぞ。お主は『勇者』なのだな?」
用意されたお茶を見つめるボクに、なんとも愉快そうな表情を浮かべながら彼女はそう訪ねた。
「……まぁ、一応は」
厳密に言えば両親は共に健在であるから本来は『勇者見習い』ぐらいのはずなんだけど、『いや、もう剣振り回して厨二病をきどる歳でもないから』というトンデモ理由で『聖剣』を押し付けられ、どういうワケか『聖剣』もそれを受け入れた――まぁ、あの父親が所有者なのは嫌だったのかも知れない。その気持はよくわかる――為、なし崩し的に『勇者』になっている有り様。
自ら胸を張って『勇者』であることを主張するのは……恥ずかしい。
「であれば、あの時の反応もわかる」
何が楽しいのかよくわからない。
「なしろ余は、元『魔王』であるからな」
まるでおやつのメニューを口にするかのように、彼女は簡単に言った。
「ま、魔王……?」
ボクの中で全てが一本に繋がる。あの時、無意識に聖剣を抜いたのは、彼女が魔王だと本能的に気付いたからだ!
「元だぞ」
「ご先祖様が、長年に渡って戦ってきたという、あの魔王!」
魔王が領都にいる――一体何のために?!
「お主の先祖もそうであったらしいが、『勇者』というのは本当に人の話を聞かぬな……」
なにかブツブツつぶやいているけど、今はそんなことはどうでもいい。
やがてニヤリと唇の端を曲げ上げて、魔王はボクに言った。
「クククッ……陳腐な言い方をすれば、お主と余は宿命の仇敵というヤツよ」
「魔王が何を企んで領都に? まさか……百年前の和平を破るつもり?!」
「だとしたら?」
ボクの言葉に、魔王が低く笑う。
「和平を結んだのは、余の祖父だが……重臣達の意見を汲んだワケではない。故に不満を持つ者もおるしな。余もその一人やも知れぬぞ?」
「くっ……たとえ未熟でも、お前を止める!」
堅実確実がモットー。でも、それは生活できる世界が残っていればこそ。
目前の危機から目を背けるのは『勇者』の矜持に反する。まぁ、意図せず受け継いだ称号だけど、それはそれとしてやるべきことはやらないと。
「剣よ、我が手――」
「はい、そこまで」
横合いから知った声がかかり、ボクと魔王の間に錫杖の先が割って入る。
「こんなところで物語を再現されても困りますよ」
魔王に気を取られたので気づくのが遅れた。その声は『賢者』レティシア!!
かつて魔王と戦った一族の末裔の一人が、よりによって魔王と一緒にいる。
はっ?! ということは、まさか『賢者』が『魔王』に与したということ?? なんてこと、人族の中から裏切り者が出るなんて……。
「アイカさんも、あまりからかわないであげてください」
愕然とするボクの様子に構うことなくレティシアが魔王に言う。それは敵対する相手というよりも手のかかる姉でも相手しているかのような気安さだ。
「新しい玩具に浮かれる気持ちはわからないでもないですけれど、ここで一騒動おこしても話がややこしくなるばかりですよ?」
「玩具?!」
今、ボクのことを玩具って言った!!
「ふむ。少々物足りなくはあるが、たしかにその通りだな」
「ご理解頂けて幸いです……それはそれとして、後でエリザさんも含めて大切なお話がありますので」
「むむむ……お手柔らかに頼むぞ」
レティシアに言われてなんとも微妙な表情を浮かべる魔王。えっと、随分と仲が良さそうで……その。
「お主、からかって済まなかったな。お主の反応が初々しかった故に、つい興が乗ってしまった」
驚きの連続で、混乱しているボクに、魔王は言葉を続ける。
「今の余は単なる剣士の一人に過ぎぬ。余の後継者が何を思うかは知らぬが、少なくとも余は人族の世を煩わせる意図はない」
「……それを信じろと?」
正直負け惜しみ感が強いけど、それでもボクは問わずにいられない。
「そなたが信じぬと吠えるは自由であるが、余の実績と貢献はギルドが――なんなら、領主館が保証してくれるであろうな」
「……っ!」
殆ど無意識にレティシアの方に視線を向ける。彼女は軽く肩をすくめるだけだった。つまり異論の余地はないということ。この魔王、既に随分と信頼を得ているらしい。
「……取り敢えずそういうことに納得しておく」
こうなればボクとしても認めるしかない。少なくともこの魔王はなにかを企んでいるわけではないと。
「理解して貰えたのは誠に重畳」
渋々ながらもボクが一応納得したことを受けて、魔王が話題を変える。
「さて、話を戻すが……お主はこの屋敷の元住人ということで相違ないな?」
「少なくともご先祖様が、国王陛下より下賜された土地屋敷であることは間違いないね。先祖代々商才に恵まれなかったのが原因で、ついに手放す羽目になったけれど」
「そのなんだ……まぁ、強く生きろ?」
魔王の視線が、更に生温くなった気がする。
「だが、であればお主にとっても良い話があるぞ……その口ぶりからして、お主。この屋敷を諦めてはおらぬのであろう?」
「まぁね」
隠しても仕方ないので正直に答えておく。それが実現可能かどうかはさておき。
「この屋敷は余らが真っ当な手段と正当な契約によって購入したもの故、お主に譲り渡してやる事はできぬ。お主もそのような情けは望むまい?」
そんなボクの様子に薄く笑いつつ、魔王は言葉を続けた。
「とはいえ余はまだまだ枯れるには早いし、ここを終の棲家に定めるつもりもない」
そして一言一言を噛みしめるようして、ボクに爆弾を投下した。
「つまり、将来的この屋敷をお主に譲ることもあり得るということだ。もちろん、無償とはゆかぬが」
「……ボクに何をさせたいのさ」
「察しが良い者は嫌いではないぞ」
ボクの返事に魔王がなんとも『悪い』笑みの表情を浮かべる。アレは絶対ろくでもないことを言い出す顔だ。
「ときにお主。プレートは持っておるか?」
「一応、『鉄』級を持っているけど」
勇者の一族としての嗜みとして、ボクは探索者のプレートを持っている。
本職の探索者になる気は毛頭ないけれど、教会の運営費を稼ぐためにちょくちょく探索に出かけるカミンを手伝うこともあったから、便利と言えば便利。
『勇者』として魔物を討伐しても単に良い話にしかならないけれど、探索者として同じことをすれば少なからぬ報酬が貰える。幸い魔族との戦いが終わって以来、『勇者』が求められたことはないので探索者として振る舞っても誰も文句は言わない。
もっとも、いくら報酬が高くとも危険が付きまとい確実性に欠ける探索者業を続けたいとは思わないけど。
やっぱり堅実確実こそ一番。探索者で一山当てようなんてハイリスクで、必ずしもハイリターンとは限らない博打。
なにかと投機的な事業に手を出しては財産を失い、ついには破産目前まで追い込まれた両親の二の舞なんて、ボクは絶対に踏まない!
「これから余らは仕事を片付けねばならぬのだが……これが中々に面倒そうな案件でな。三人では心もとないと思っておったのよ。特に前衛が足りぬという点で」
賢者はそれなりに戦闘技術を持っているけど、攻撃力はともかく防御力は危うい。あくまで後衛が本職。
もう一人のレンジャーに至っては言うまでもない。もし前衛に立たせるようなことがあるなら、それはもうパーティーが半壊している状態だ。
「なるほど」
もう答えは出ている。なにやら荒事が予想される仕事に、ボクを付き合わせたい――そういうことなのだ。
「なんとなく予想はつくけど、単なる食堂のウェイトレスには荷が重いと思わない?」
「抜かせ」
ボクの返事に『魔王』が笑う。
「不意を突いたとはいえ、余と真正面から斬りあえる者など、そうそうおらぬ。謙遜しているのか隠したいのかは知らぬが、ウェイトレスこそお主の仕事ではあるまいよ」
「………」
「ふむ……余らの都合ばかり申すのは不公平であるな。故に飴を与えようではないか」
「飴?」
無言のまま居たボクに、魔王が懐柔するかのように言う。
「うむ。この屋敷の離れには荷物が残されておったが、アレはお主らのモノであろう? 値がつかなかったのか、処分に踏み切れぬ理由があったのかは知らぬがな」
覗き込むように顔を近づけてくる魔王。こうして見ると、随分と整った美人。魔王ってもっといかついおっさんのイメージがあったけど、そこの認識は改めたよう。
「お主が余の頼みを引き受けるならば、報酬としてあの離れをお主に譲ろう。余らの許可を一々取ること無く出入りすることも許す」
「……っ!」
「望むのであれば金子での報酬でも構わぬが……もちろん、断ると言うのであればそれでも構わぬ。余にとってはどちらでもよいこと故な」
痛いところを突かれた。
離れに残した荷物は、ボク達家族が屋敷を手放す際にどうしても処分できない数々の品――そのほとんどが先祖由来のモノであったり思い出の何かであり、買取主となったツヴァイヘルド商会に頼み込んで残した品々だ。
「もちろん、余らとしてもあの離れに手を付けるつもりはない。クーリッツの奴と約束した故にな。だが、手入れされぬ品々は、傷むのも早いのではないかな?」
これは脅迫されているのと同じだ。
選択肢があるように見えて、その実こちらにはなんの決定権もない。屋敷を買い戻せる日なんて何十年先になるのかわかったものじゃないし、その間放置されることになる品々は風化し朽ち果ててしまうだろう。
「どうだ? 余の誘い、受けてみようという気はおきたか?」
その笑顔は、幼い頃から聞かされていた悪役『魔王』が浮かべていたものと、全く同じものだった。
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理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
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