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第三章 過去に蠢くもの
第一話 小話:はじめてのお部屋
しおりを挟むなんのかんので大事だった屋敷の片付けも終わり、ようやく引っ越しも一段落つく。
いやー、大変だった。
とはいえ実際の仕事は殆ど別の人達(ゴースト)がやっていて、わたしのやったことといえば、私物を運んだことぐらいと後はお茶でも飲んでいただけ。見てるだけって働くより辛い……。
掃除すらゴーストさん任せなのだから、自他共に認める小市民なわたしとしては、落ち着かないことこの上なかった。魔王なアイカさんが悠々と過ごせるのはわかるけど、レティシアさんもあまり気にした様子はない。
『賢者』って言うぐらいだし、きっと彼女も良いところのお嬢様なんだろうなぁ。
それなのに二人ともそれを鼻にかけない気さくな性格なので、本当に人の運には恵まれていると思う。
「屋敷のことは概ね終了しました。後は、部屋割りの方をお願いします」
ぼんやりと三人でお茶を飲んでいたところに、ライラさんがやって来て恭しく頭を下げた。
「ただ個室が定まっておらぬため、部屋の掃除は手つかずとなっております。誠に申し訳ございませんが、お部屋を定めしだいご自身でお片付け頂けますよう……手伝いが必要でありましたら、一言お声をおかけください」
わたしの貧乏性を見越して、わざわざ仕事を残してくれている。その上で求められればきちんと仕事をするとも。こういう気配りがサラリと出来るあたり、ライラさんの優秀さがよく分かる。
「うむ。余はエリザと同室なのは当然として、レティシアはどうする?」
「却下です」
アイカさんが即断し、それをライラさんが即却下する。
「何故に?!」
「猛獣の檻の中にみすみす子ヤギを放り込むような所業、たとえアイカ様と言えども見過ごすことはできません」
さも当然のようにライラさんが答える。
「お主、余をなんだと思っておるのだ……」
「まず否定の言葉がでないところで語るに落ちるというものです。ともかくエリザ様と一緒の部屋になることは認められません」
おぉう。ライラさん言うなぁ……確かにアイカさんはスキンシップが激しすぎるきらいがあるし、こんなご近所を気にしないで良い環境ではそれが更に過激化しても不思議はないけど。
「んじゃ、アカリがおねえさまと一緒の部屋でー!」
今度はアカリさんが元気よく手を上げる。
「おねえさまのことなら一番良く知っているアカリこそ、同室者に相応しいとおもいまーす!」
まぁ、魔族領に居た頃からの知り合いらしいので、正論と言えば正論、なのかな?
いやいや。まてよ、わたし。別に部屋数が足りないわけでもないし、一人一部屋が当たり前なのでは?
うむ、わたしもアイカさんの思考に大分染まってきている気がする。
「たわけ。お主は努めが終わるまで野外生活だ」
「えぇ~」
「お主も魔族、それも武士であるなら己の罪と恥ぐらい雪いでみせよ。お主の自由が通るのは、その後と知るがよい!」
結局アカリさんはこの後、実際に庭の端っこにテントと焚き火を置いて寝泊まりさせられている。
流石に風呂や食堂は使わせてあげてるし、洗濯物や掃除もメイド・ゴーストさん達が請け負っているのでそこまでサバイバルな生活じゃないけれど。
余談だけど、アカリさん。実はメイド・ゴーストさん達にもそれなりに好かれているらしく、庭隅のテントはいつの間にか木造りのハットに変わっていたりする。
ちょくちょくゴーストさん達が石レンガや木材を運んでたり、庭師さんが工具を持って歩いてたりするのは見掛けてたけど、まさかハットを建てていたとは予想外。
意外と居心地が良かったのか、結局アカリさんはその後もそのまま居着いてしまったり。
「ちぇっ」
唇を尖らせて遺憾の意を表明するアカリさんだったけど、ふと壁時計に目をやってから勢いよく立ち上がる。
「あ、仕事の時間だ。ちょっと行ってきまーす!」
そう言い残すと、全力で部屋を飛び出し、廊下を駆け抜けて行った。
「……あまりにもナチュラルに話が進められたので、危うく流されてしまうところでしたが」
カップをソーサーに戻し、レティシアさんが小首をかしげる。
「なんだか私の部屋も用意されるような前提でしたが、この屋敷を購入する資金に一リーブラたりとも支払っていません。私は部外者では?」
「お主も自身の胸のように小さなことを気にするのだな」
「とりあえず前の部分は聞こえなかったことにしますが、茶化されたところで私の意思は変わりませんよ?」
レティシアさんの返事はつれない。
「せっかく一緒のパーティーになったのではないか、寂しいことを申すでない」
「………」
「と、情緒に訴えたところでお主の心は微塵も動くまいな。ここは実益で話をしようではないか」
わずかにシュンとしたような表情を浮かべるアイカさん。がレティシアさんの表情が微動だにしないのをみてとってすぐさま戦法を切り替える。
「見ての通りこの屋敷は街の外壁の外にある。魔物や魔獣を退けるためには結界が必要で、それを維持するには相応の力を持った結界石が必要だ」
そうなのだ。この屋敷は領都の外にあるため、外壁で守られてはいない。一般的な意味での壁で囲まれてはいるが、魔物や魔獣が襲ってくればちょっとした時間稼ぎになれば御の字。
だから屋敷の周囲を魔法的な結界で覆わないと、とてもじゃないけど安全は保てない。
「それ自身はその都度クーリッツのやつからでも購入すれば良いが、問題は……」
「その時々に、必要を満たす結界石があるとは限らない。ですね?」
アイカさんの言葉を先回りして、レティシアさんが答える。
「そして、あったとしてもかなりふっかけられることになるだろうと」
あー、なるほど。クーリッツ氏ならたしかにやってきそう。
お屋敷を(飽くまでも相場と比べて)安く売ったり家財一式で値引きした分とかを、消耗品である結界石の値段を調整して取り返そうとしても不思議はない。というか、それぐらいしなくては商売人とは呼べないよね。
もちろんツヴァイヘルド商店以外の店で調達する手もあるけど、その場合は『お得意様』の看板を自分で下ろすことになるから、後々の取り引きに影響がでそう。
わたし達の前では散々損したとか泣いてたけど、しっかり取り返す算段はしてるあたり本当にタフな人だ。
「そういうことだ。お主なら作れるであろう? 結界石」
「……やれやれ」
レティシアさんが苦笑いを浮かべる。
「そこまで求められてイヤとは言えませんね……ですが、こう見えて本やら魔道具やら大荷物持ちですよ?」
「寝室だけとは言わぬ。書斎も使うがよいぞ。なんなら実験室も見繕うが良い」
今まではアカデミーと契約している旅館の一角を借り切って(流石はお金持ち!)いたらしいけど、せっかくだからレティシアさんも一緒に住めば良いと思う。というか住んでください。
誰にも邪魔されずあの魅惑のボディに惑わされ続けるのは……うん。ちょっとした拷問ですよ? 一緒に苦しみましょうよ~。
「それではお言葉に甘えまして、私も一緒にお世話になりますよ」
心の中でガッツを決める。そんなわたしにレティシアさんが言った。
「エリザさん、私はアイカさんと荷物の運び込みについてお話がありますので、先にお部屋を決めてはいかがです?」
「そうだな。先に良い部屋を確保するが良いぞ。どうせ、余の部屋はその隣となる」
「それじゃぁ、失礼して」
軽く会釈した後、廊下に出て屋敷の部屋を見るべく奥へと進む。
正直言って、わたしは心底ワクワクしていた。
今まで自分の部屋と呼べるものをもったことはないし、家に至っては言うまでもない。住んでいる場所はいつだって『借りた』部屋だった。
わたしだって別に畑で採れたワケでもなければ木の股から産まれてきたわけでもないし、両親に育てられた筈だから、一度も家が無かったってことはないと思う。
ただ、両親が死ぬ前の記憶があやふやで、はっきりとした事が言えない。だから、過去に実家があったとしても、それは無かったのと同じ。
だから初めて『自分の部屋』が持てる――その事実に年甲斐もなく浮かれたって仕方ない。
うん、仕方ない。
歩みが軽いステップになってたり鼻歌交じりだったりするのも、決してわたしが幼稚なせいではないのだ。
††† ††† †††
「以前から思っていたのですが」
エリザが部屋から出たのを見届けてから、レティシアがゆっくりと口を開く。
「アイカさん、本当にエリザさんに甘いですよね」
「そうだな。別に否定はせんぞ」
レティシアの言葉に、アイカは軽く首を傾げる。
「なにせエリザは初いやつだし、柔らかいし、可愛いし、抱き心地も良い。気も利くし、柔らかいし」
「……アイカさんがエリザさんをホントに大好きなのはわかりましたので、二度言わないでいいです」
どこかうんざりしたようなレティシアの返事。ある程度は予想していたものの、それを遥かに上回る答え。
まるで口の中に大量の砂糖が出現したような気さえするレティシアだった。
「これぐらい、仲間なら当たり前だと思うがなぁ」
「ものには限度というものがですね……このお屋敷だってそうです。私達の稼ぎがあればこんな持て余し気味な屋敷を購入するよりも、その辺の手頃な家を賃貸するかホテルの上室でも借り切る方が現実的でしょう?」
こみ上げる甘いものをなんとか押し殺し、レティシアが言葉を続ける。
「わざわざ曰く付きの物件に、相場よりは安いとはいえ大金を積むのは――」
「その方が身軽に動けるのは認めるが、余は元魔王だぞ?」
軽く手を振ってレティシアの言葉を遮るアイカ。
「引退したとはいえ、自分の城を持ってこそ、面目も立つというものであろう」
「そのような面目を重視される方なら、今この場所にいるハズがないと思うのですけど」
どこか得意げだったアイカの言い分を、あっさりと正論で切り捨てるレティシア。
「ぐぬぬ……」
「ぐぬぬ、なんてリアルで言う人、初めて見ましたよ」
「なに? こちらの読み物ではよく出てくるフレーズだったのだが」
「……エリザさんの過去は、ある程度調べています」
アイカの言葉をあっさりと聞き流すレティシア。
「その育ちから、彼女が『我が家』というものに憧れを持っていることも。ですが領都内で家を購入するのは物件的に難しいですし、ホテル等では今までと変わらない――今回の件は渡りに船だったのでしょう?」
「ふん……賢者とは『かしこき者』ではなく『さかしき者』の呼び名だったのか?」
両腕を組んで、いかにも面白くなさそうな表情を浮かべるアイカ。
「……どのように判断されましても、私としては一向に構いませんが」
どちらかといえば侮辱的なアイカの言葉に、レティシアはニコニコした表情を浮かべたまま。
「チッ……いつもいつも空とぼけた顔をしておきながら、見るべきものは見ておるのだな、お主は」
「こう見えても、私。仲間に対する情は厚い方なので」
それにしれっと答えるレティシア。
「……まったく。自分で言う言葉ではなかろうが」
「その気遣いを、一割でも良いので私の方に向けてくれれば、更に言うことはないですけど?」
「ふん」
アイカは降参だと言わんばかりに両手を上げた。
「お主がエリザ並に弱いところを持っているなら、いくらでも優しくしてやるぞ」
「あら残念です」
ちっとも残念そうには聞こえない。
「でもまぁ、私もどちらかと言えばエリザさんを愛でている方が楽しいので、アイカさんからの寵愛は諦めますか」
「遠慮する必要はない。余の愛は無限だぞ?」
アイカは両手を降ろし、今度はなんとも意味ありげな視線を向ける。
「余の描く将来に、お主はもはや手放せぬ」
「それは……」
「お主は自分で思っているよりも余に好かれておる故、覚悟しておくが良い」
レティシアは目をパチクリとさせた。正直、ここまで直球な言葉が帰ってくるとは予想していなかったのだ。
「えぇ、えぇ。その時までには覚悟を決めておきましょう」
それでも彼女ははっきりと、そう答えたのだ。
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