ガールズ・ハートビート! ~相棒は魔王様!? 引っ張り回され冒険ライフ~

十六夜@肉球

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第三章 過去に蠢くもの

第三話 迷宮に蠢く者#1

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「……はぁ」
 一通り言いたいことを言い終えたクリスさんが、若干頬を赤らめつつため息を漏らす。
「なんだか上手く乗せられた感がパないけど、まぁ、今はいいや……それでこれからどうするべきだと思うのかな?」
「恐らくは、あなた方の考えていることと大差無いと思いますが」
 クリスさんに言葉を向けられたゼム氏は軽く肩を竦めた。
「まずははぐれたメンバー全員と合流を目指すことでしょう。ここにいるメンバーでも充分な戦力を持っているとは言えますが、これ以上敵が強くなると対応が難しくなるかも知れません。それに――」
「アイカさんやレティシアさんがまとまっているとは限らず、孤立して苦戦を強いられているかも知れない、ということですね?」
「そのとおりです」
 言葉の続きを引き継いだわたしに、ゼム氏が頷く。
「万が一私のように力を抑えられているとしたら、かなり危険な状態かも知れません」
 アイカさんはともかくレティシアさんやブラニット氏にはその可能性があるかもしれない。その場合、魔法に大きく依存するレティシアさんはかなり困ったことになっているかも知れない……。
 そこまで考えてから、わたしはふと気になってゼム氏に尋ねた。
「ここでは魔法が使えないって話でしたけど」
「えぇ」
「先程の……『ザムド』でしたっけ? 魔法のように見えたんですけど、違うんですか?」
 マギア・オークとの戦闘中、ゼム氏は掌から何か力場のようなモノを発射し、その頭を吹き飛ばしていた。
 どう見ても魔法にしか見えなかったけど、まさか風圧で相手の頭をパーンとしちゃったとか言わないだろうし……言わないよね?
「あぁ、アレは」
 ちょっと怖い考えになったわたしに、ゼム氏は照れたような苦笑いを浮かべる。
「魔法と言えば魔法のような物ではあるかも知れませんが……あれは単に魔力そのものを放出してぶつけただけですよ。そんなに上等な物ではありません。セリフにしても呪文ではなく、単なる気合入れみたいなものですし」
 えーっと、要するに、魔法を使ったわけではなく、魔力そのものを単なる力の塊として相手にぶつけたと。そしたら頭が破裂しちゃったと。
 うん。凄い魔力だ。指向性を持たない魔力は殆どなんの力も持たない。わたしが同じことをしたとしても、せいぜいそよ風程度の力しかないだろうなぁ。
「つまり、魔力そのものは扱えているワケですよね」
 魔力を放出できるということは魔力そのものが阻害されているわけじゃない。
 というか、そんなことをされてたらわたし達だって魔法は使えない。
 種族や立場によってマナとか魔力とか神聖力とか呼び方は色々あるけれど、指しているものは同じなんだし。
(まぁ、広範囲に渡って魔力を封じるなんて無茶にも程があるけど)
 それに確かに阻害結界というのは強力な力を持つけど、それだけに際限なく魔力を要求されるシロモノ。
 特にこの辺一体はわたしのスキルでも把握しきれない程の広さがあるから、結界が必要としている魔力なんて想像するのも恐ろしいレベル。レティシアさんクラスの魔力保有者を百人集めても足りるかどうか。
 だからこの手の結界には魔力消費を抑える為に、必ず効果を発揮する『鍵』となる何かがある。
 まぁ、無制限に魔力を消費できる『何か』があったりするのかも知れないけれど、とりあえずその可能性は考えないことにする。もしそんなのが存在したら、わたし達ではもう手の施しようがないってことになるから。考えるだけ無駄ってことに。
(オーク族を狙い撃ちしているというのは間違いなさそうね)
 わたし達の魔法やスキルは阻害されていない……つまり、『人族』の力には干渉していない。アイカさんがいないので魔族に対してどうかはわからないけれど、取り敢えずは一旦横に置いておく。
 取り敢えず今は、ゼム氏の『何か』を鍵として結界が効果を発揮していると考えよう。
「単純に受け取れば……」
 ゼム氏本人を鍵にしている可能性。でも、ちょっとそれはないかな。
 『鍵』として個人を使っちゃったら、それ以外の人相手には効果がないって問題を引き起こしちゃう。
 同様の理由で『オークヒーロー』って肩書も可能性は低い。
 じゃぁ、それともオークという種族を鍵に? いやいや、ちょっと範囲が広すぎる。
 男に女、大人や子供に老人。はては性格や地位まで『オーク』という種族を構成する鍵はあまりにも多い。
 結界に必要な魔力コストを考えれば、もっと単純な何かが鍵になっている筈。
「もしかして……」
 魔法を使う為に必要なもう一つの要素がある。

 それは『呪文』。

 魔力があっても呪文が無ければ魔法は発動しない。短縮呪文や省略呪文と言った手段はあるけど、一言も発しないなんてことはあり得ない――そして『呪文』とは『言葉』。
 逆に言えば一言も発せられない状態では、どうやっても魔法は発動しない。
「もしかして、ひょっとしたらですけど」
 ここでわたしは、ものすごく馬鹿馬鹿しい可能性に思い当たる。
「ゼムさんはオーク語で呪文を唱えていると思うんですが、人族の言葉でも呪文は唱えられますか?」
「えぇ……まぁ、不可能ではありませんが」
 わたしの言葉に、戸惑いながらゼム氏が応える。
「呪文は飽くまでも魔法をイメージする為の媒介に過ぎませんから」
 一部の例外を除いて呪文そのものには何も効果はない。魔法にとって大切なのはイメージで、呪文はそれを補佐するものなのだ。
 極端な話、それで本人がイメージ出来るなら、『明日天気にな~れ』でも呪文としては成立したりする。まぁ、別の意味で難易度が高すぎるので実践する人はいないと思うけど。
「でしたら、申し訳ないのですが、一度試してみて貰えませんか?」
 わたしの提案にゼム氏は一瞬驚いたような表情を浮かべたものの、このままでも状況は変わらないと思ったのか、コホンと咳払いしてから徐に右掌を胸の前に差し出した。
「……『水』の『幼子』よ」
 ゼム氏が流暢な人族語で呪文の言葉を発する。人族の呪文は詩的な構成を持つけど、オーク族の呪文は各々の単語に意味をもたせ、その組み合わせによって魔法を発動させる。同じ『呪文』でも、種族によって特性があるのは面白い。
「『我が手』に『清浄な水』を『もたらせ』!」
 一連の言葉の後、ゼム氏の掌が淡く光り、きれいな水が湧き出した。
「……使えましたな」
 なんと、わたしの予想は的中していた。この結界は、オーク語を鍵として効果を発揮している。
「……使えましたね」
 どこか呆然とした表情で呟くゼム氏に、わたしは同情の頷きを返すしかない。ゼム氏の心中や察するに余りある。心を強くもって欲しい。
 それにしても、ゼム氏のように人族の言葉を使えるオーク族なんて例外中の例外だろうから、これは非常に効率の良いやり方。
 というか、ここら一体はオーク族を弱体化することに特化しているみたいだ。なぜそんなことをしているのかはわからないけど。
「あー、うん」
 なんと言ったら良いのかわからないみたいな表情を浮かべるゼム氏。
「その、一言申し上げても?」
「どうぞ」
 わたしとしては他に答えようがない。一瞬、駄目です。って言ってみたいという誘惑に囚われたけれど、わたしは空気の読める女なのだ。
「なんというか、実に馬鹿にされているような気分なのですが……」
「まぁ、気持ちはわかります。だけど、仕掛けというものは、単純なほど効果的な物ですし」
 この場所を作った人は真面目に効率を考えただけなのかも知れないけれど、実際にそれを味わわせられる方としてはたまったモンじゃない。
「なるほど……なにごとも単純にしておくのが、最も効果的ということですね」
 恐らくは、まぁ、そういうことなんだろうと思う。この結界そのものの本来の目的はわからないけれど、オーク族を弱体化させるという点では抜群の効果だ。
「なんとも拍子抜けなことですが、取り敢えず魔法を使えるなら私もそれなりの戦力になれますよ」
 本調子とは言えなくても、ゼム氏の実力はわたし達より確実に上。頼もしいことこの上なし。
「問題はまだあると思うんだよね」
 ここまで無言だったクリスさんが。チラリとレンさんに視線を向ける。
「キミさ。あと何回戦える?」
「なんとも漠然とした質問だが」
 質問の意味がわからなかったのか、レンさんが右眉を上げながら答えた。
「騎士たる者、この命果てるまで戦い続けることができるに決まっている」
「そういう精神論的な話を聞きたいワケじゃないんだよなぁ……んじゃ、言い換えてみようか」
 物分りの悪い相手を諭すようにクリスさんが言う。
「キミは、あと何回大技を使えるだけの魔力結晶を持っているのかな?」
 あ、レンさん横向いて口笛吹き出した。わかりやすい人だなぁ……。
「そんな態度でごまかしきれると思ってるのかな」
 はぁ……とため息まじりで肩をすくめるクリスさん。
「要するに語るに落ちるって奴なんだろうけど、その調子だともう何度も使えないってことか」
 手持ちの魔力結晶をジャラジャラと取り出しながらクリスさんが続ける。
「ボクの方も似たようなモノだけどね」
 半数ぐらいの魔力結晶がくすんだ色になっていて、中には細かいヒビが入っているものもある。これは……結構使い込んでいるなぁ。
「………」
 クリスさんが手持ちを明らかにしたことで、なんともバツの悪そうな表情を浮かべながらレンさんも手持ちの魔力結晶を取り出す。
 彼女の持つ殆どの結晶が真っ黒に近い色で、派手なヒビが入っているのも多数。ひと目でもう殆ど残りがないことがわかる。
「……戦いにおいて、常に手を抜かず全力を尽くそうというキミの姿勢には敬意を示すけどさ」
 右人差し指でこめかみを抑えながらクリスさんが続ける。
「その調子だと、あと一戦すれば残りは剣を振り回すしかなくなるワケで。ゴブリンぐらいならまだしも、オーガとかそれ以上の敵が出てきた時、それで対応可能なのかい?」
「む……私とて一角の騎士。剣だけでもそうそう遅れは取らないぞ」
「そーゆーこと言ってるワケじゃない……ってことは理解してるよね?」
 なおも言い募るレンさんに、クリスさんがどこか底冷えする笑顔を向ける。
「世の中には、そのご自慢の剣だけじゃなんともならない相手ってのがいくらでも存在するってのは言わなくても知っていると思うけど」
「むぅ……」
 駄目だ。完全に言い負けている。といか、クリスさんが正論すぎてレンさん滅多打ち状態。
 気の毒だとは思うけど、フォローしようがないと言うかなんと言うか。強く生きて、レンさん。
「念の為に聞いておくんだけど、エリザの方は魔力結晶どれぐらい残ってる?」
「えーっと……わたし一人なら充分。多少なら分けても大丈夫ですけど」
「ま、焼け石に水……ってところだろうねぇ」
 ある程度の長丁場を予想してパーティーとして魔力結晶自体はそれなりに用意してきたのだけど、その大半はレティシアさんのポーターボックスの中に収められている。
 別れて行動する時にそれぞれ分配する予定だったけど、なにしろ突然、それも強制的にパーティーがバラバラになってしまったものだから、結局自分達の手持ちしかない状態に。
 わたしのカバンの中には食料やポーションを中心に収めていたから、魔力結晶の残りはそう多くはない。
 考えようによっては食料が不足した方が後々大変なことになるかも知れないから、これはこれで良かったのかも知れないけど。
「ふむ……私はそれほど困りませんが、人族の方にとっては重大な問題ですね」
 ゼム氏が顎に手を当てた格好で口を開く。
「私達は大気中のマナを魔力に変換できますから、魔力結晶など無くても困らないのですが」
 そうなのだ。魔族やオーク族は魔力を得るのに魔力結晶を必要としない。だからこういう時は非常に便利。
 人族は魔力結晶無しでは魔力を得る方法がないのだから不公平だ。
 いや、これはこれで色々と便利なこともあるから、一概に不利ってワケではないのだけど。
「はてさて、どうしたモノだか」
 魔力の不足は大問題。それは間違いない。ここはなんとか魔力結晶を手に入れる必要があるわけで。
「ピッケルでも作って魔力結晶を掘ってみるかい?」
 ナイスアイデア! とは言えない。なにしろ魔力結晶は自然界ではありふれた鉱石の一つだけど、だからといってそこかしこに埋まっているワケじゃない。
 魔力が多い場所、特に洞窟やダンジョンで採掘できるもので、こんな森の中で手に入るものじゃない。
「ふん。どうしたところで結局は手持ちの札で勝負するしかない。そうだろ?」
 どこか開き直ったようなレンさんの言葉。確かにそれは間違いじゃないんだけど……。
「その手持ちの札が貧弱過ぎるって話なんだけどね」
 消耗した魔力結晶にも使いみちがあるのは事実。
 例えば魔力を百消費する魔法があるとして、手持ちに魔力が五十残った結晶が複数あったとする。
 この場合、魔法を発動すると魔力結晶が二つ消費され、三つ目の魔力結晶から二十五の魔力が消費される。
 つまり一つの魔法で複数個の魔力結晶に跨って消費した場合、利息が必要となるワケ。
 余分に消費される量はそこそこ多いし、回数が増えれば増えるほど馬鹿にならない量になっちゃう。
(これを手札として数えるのは、ちょっと心許ないよね)
 レンさんの魔力結晶は殆ど残りが無いし、使えば使っただけ消費も大きくなる。冗談抜きであと一戦すれば残りゼロってのも考えられる状態。
 ちなみに一般的には魔力結晶は使い切るよりも、魔力を残したまま持っておくことが多い。
 もちろんそれには理由があって、魔力を使い切った結晶は砕け散ってなんの役にも立たないゴミになっちゃうけど、わずかに魔力の残った結晶は専門の取扱店で売却できるのだ。
 安値とはいえお金に変わるのだから、わざわざ使い切ってゴミにするメリットはない。
 ちなみにこれら売却された魔力結晶は、特殊な加工をされてリーブラ――つまり通貨として再利用される。精密な装飾加工が施され、残りの魔力でそれが偽造通貨じゃないことを証明する仕組み。
 リサイクルとしては実に上手く出来ている。これを考えだした人って、相当頭良かったんだろうなぁ。

 んと、それはさておき。
 実は、わたしは、現状をどうにかする手段を持っている。

『魔力結晶合成・融合』

 魔力結晶に残った魔力を、わたしは一つにまとめる事ができる。あるいは小さな魔力結晶を集めて一つにすることも大きな魔力結晶に小さな魔力結晶を付け加えることもできる。
 つまりは魔力結晶を無駄にすることなく、最も効率的に使えるようにすることができるの。
 わたしが知る限り同じことができる人はいないから、つまりこれはわたし特有の技術――スキルってこと。
 そして、このスキルが持つ意味は――あまりにも大きい。
 魔力結晶を無駄なく使うことができる。それは探索者のみならずあらゆる職の人にとって大きすぎる能力だし、魔法のあり方を根本から変えてしまうほどのもの。
 極端な話、このスキルを何度か使えば、純度も高く大きな魔力結晶を幾らでも作ることができるのだから。
 権力者にとってこれほど美味しい話はないと思うし、アカデミーみたいな研究機関にとっても無視はできないだろう。
 つまり、このスキルが露見すれば、間違いなくわたしは言い方はともかく幽閉かそれに近い身の上になる。
 だからこのスキルを人前はもちろん、いつどこで見られるかもわからないので、一人っきりの時でも使ったことはない。アイカさんにさえ見せたことはないのだから。
 だけど今はそうも言っていられない。レンさんもクリスさんも魔力結晶の手持ちが少なく、わたしもそれは同じ。
 マキナ・オークみたいな強敵がまた出てこないとも限らないし、それ以上の苦戦を強いられる未知の敵が現れるかもしれない。楽観できる要素は何一つないってこと。
 しかも、それが何度続くのか予想もつかないのだし。
 となれば、まだ魔力が残っている魔力結晶同士をあわせ、十分な残量を持つ魔力結晶にするしかない。
 しかないのだけど……。
「……みんなに一つお願いがあるんですけど」
 意を決して三人の方を見る。
「これからわたしが行うこと、見なかったことにして忘れて貰えますか?」
 隠しておきたい秘密であることは今でも変わらない。だけどそのために命を危険に晒すのは本末転倒。
「ふむ? 随分と畏まった言い方だな」
 わたしの言葉に、レンさんがわずかに不審そうな表情を浮かべる。
「あまり物事を主張するタイプには見えなかったが、気でも変わったか?」
「特にレンさん。これから見るかもしれないことを、誰にも──」
 一番問題の人の目をしっかりと見据えて、わたしは一言一言ゆっくりと言葉を続ける。今回の件、一番問題になるとすれば彼女の存在だ。
「たとえ相手が貴女が仕えている姫様であっても、他言無用でお願いしたいのです」
「騎士である私に、主に対して秘密を持てと?」
 そう言われるのは予想済みだった。騎士、それも護衛騎士が自分の主人に対して隠し事をする。
 それはある意味アイデンティティに関わるほど重要な問題だろうから。
「それが出来ないということであれば、残念ながら話はここまでです」
 だからといって、ここで引くわけにはゆかない。命は大切だけど、この後の人生だって大切なのだ。
 もしレンさんが同意してくれないのならば、どれだけ可能性が低くても、別の手段を取るしかない。
「………」
 わたしとレンさんの視線が絡みあい、なんとも言えない緊張感が漂う。この勝負、先に目をそらした方が負ける! いや、なんの勝負なのかよくわからないけど。
「ふぅ……人には色々な事情があり、それを他者がみだりに言いふらしてよいものではない」
 先に折れたのはレンさんの方だった。
「そもそも私から口にしない限り、ここで何が起きたのかなどエミリア様が知るはずもなく聞きただすこともないだろうからな」
 そしてわたしの予想に反してレンさんは随分と柔軟な考え方もできる人だったみたい。正直な話、お硬い騎士様の典型例だと思ってた。
「イゾロの騎士名に掛けて秘密を守ることを誓う。たとえエミリア様相手であっても他言しないことを約束しよう」
「お願いします。感謝します」
 ホッとしながら頭を下げる。レンさんが、いやそこまでしなくてもみたいなことを呟いていたけど、感謝の気持ちはどれだけ見せても損はしない。
「それで、エリザ。キミは一体なにをしようって言うのかな?」
 やっと長話が終わったかみたいな雰囲気を醸しつつ、クリスさんが話かけてきた。
「それほどの秘密、期待しても良いのかな?」
「簡単に言えば魔力結晶の端数を、再び使えるようにしようかと」
 長々と説明しても仕方ないので、要点だけ述べる。
「そうすれば貴重な魔力結晶を無駄にせずにすみます」
「……? 言っていることがよくわからないんだけど?」
 クリスさんが困惑の表情を浮かべた。うん。わたしも自分のことじゃなければ何を言っているのかさっぱりわからなかったと思うから無理もない。
「わたしは魔力結晶同士を合成して、魔力を集めることができます。細かい端数を合わせて大きな魔力にしましょう」
「……えーっと……」
 あー、うん。ちょっとまって。そんなことを言いたげな表情を浮かべながら額を抑えている。
「え? 本当に? レティシアでもそんな芸当ができるとは思えないんだけど……まぁ、いいか。追求しても仕方ないし、魔力が切実なのは確かだから」
 内部でだいぶ葛藤があったみたいだけど、クリスさんは開き直ることにしたらしい。重要なのは何故それができるかじゃなくて、それによりどう状況が変えられるかってことだから。
「魔力結晶のアテがつくなら、うっかり騎士の火力もアテに出来るようになるから随分と楽になるね」
「うっかり騎士って……私のことか?!」
 クリスさんの言葉にレンさんが耳聡く反応する。
「他に誰がいるのさ……これでもキミの攻撃力だけは頼りにできると思ってるんだけどね?」
「え、あ、うむ……騎士たるもの、頼りにされてこそだからな! アテにしてくれて構わないぞ!」
 クリスさんに褒められたと思ったのか、満更でもなさそうな表情になっている。うん、なんというかチョロイ。
「……乗せやすいのは楽でいいね」
 全く同じことを思ったらしいクリスさんがボソっとつぶやく。
「ん? なにか言ったか?」
「いいえ、別にぃ」
 あの二人、実は仲が良かったりするんじゃないのかしら? 住んでいる世界も、見えている世界も、生き方さえも正反対な二人だけど、案外そういう関係の方が上手くゆくものだし。
 王国中枢と違い騎士団と辺境社会は公の場以外では身分差をあまり気にしない。貴族と一般人もわりとフランクに付き合ってたりする。
「ふむ……」
 そうやって現実から目を反らしていたわたしを、ゼム氏の呟きが強引に引き戻す。
 気が付かないふりを続けたかったなー、とは思うものの、後頭部に突き刺さる一方のゼム氏の視線をこれ以上無かったことにするのは、わたしの蚤の心臓では無理。
「あの……なにか?」
「あぁ、女性をジロジロと見ているのは失礼でしたね。申し訳ない」
 仕方なく、本当に仕方なく声をかけたわたしに、ゼム氏はおざなりな謝罪と一緒に本題を切り出した。
「ただ、ちょっと気になることがありまして」
「気になることですか?」
「えぇ……不躾で申し訳ないのですが、もしかしてエリザさんは『原初の人族』なのではないかと」
「はい?」
 え、えっと? 『原初の人族』? なんだろう、始めて聞く単語だ。
「その、なんでしょうか、それは?」
「あぁ、いえ。ご存知ないのであれば良いのです」
 わたしの反応に、しまった! とでも言いたげな表情を浮かべたゼム氏が慌てて手をふる。
「私の思い違い……というか、考えすぎでしょうから」
 いや、そんなこと言われたらますます気になるのだけど。でもゼム氏の表情を見るに、多分説明はしてくれないだろう。無理に追求しても仕方ない。
「にしても、魔力結晶の合成ですか。なんとも興味深い技術ですね……できれば詳しく教えていただきたいところですが」
 露骨に話題を変えてくるゼム氏。
「えーっと、まぁ……その、いわゆる一つの企業秘密ってことで」
 正確には秘密というよりわたし自身が原理を良くわかってないので説明しようがないってだけのことなんだけど。
「なるほど」
 自分でも無茶な言い訳だと思っていたけど、ゼム氏の方はなぜか納得したように頷いている。
「それほどの技術。確かに簡単に説明できるようなモノではないでしょうね」
 あ、ハイ。そういうことでお願いします。
「取り敢えず、私は周囲を見張っています。その間にエリザさん達は作業をどうぞ」
「えーっと」
「お気になさらず。私は見ていない方が良いでしょうから」
 正直ゼム氏の申し出はありがたい。『合成』している間はわたしは他のことは一切できないし、ここが安全地帯とは限らない以上見張りは必要だし、その、なんだか食い気味なゼム氏に見られながらの作業というのも落ち着かない。
 ゼム氏だって感情を持つ人である以上気になるものは気になるだろうから、それを抑えるためあえて自分から遠ざかろうと申し出てくれる。
 いや、ほんとに気遣いのできる紳士さんだなぁ。
「わかりました。よろしくおねがいします」
 わたしの返事に、ゼム氏は軽く右手を上げてからわたし達とは反対側の方向へと歩いて行く。
 うーん。ゼム氏が魔力結晶を必要としてたら、お礼も出来たのになぁ。なにか別のモノを考えなくちゃ。


   ††† ††† †††


 面白いことになった──とは冗談でも口にはできなかった。
 三人から少し離れた位置で、私は大きくため息をもらす。
(このゼムキャッセルド・ジェンナーナームを驚かせる人族が存在するとは……いやはや)
 ザラニドではオークヒーローなどと持て囃される自分であったが、まさか女の子一人に動揺させられるようとは。
 驚きのあまり『原初の人族』について口を滑らせたのは不味かったが、狼狽をギリギリまで抑え込んだ自分を褒めてやりたい。

 魔力結晶の合成――それは、人族には絶対できない技だ。かつて魔法をより効率的に使うべく産み出された技術であり、そしてすでに失伝した物だ。
 人族であれ魔族であれ、偶然発見することができるような簡単なモノじゃない。
 それが可能なのは――。
「もしやエリザ嬢は、エンゲルス=リンカー……?」
 いや、違う。そんなはずはない。歴史の影に抹殺されたかの種族に生き残りがいたとして、こうも堂々と姿を現すはずがない。

 なぜなら彼の種族は神々に呪われ、絶滅させられたのだから。

 人が蟻を絶滅させられぬように、流石の神々も世界の端から端にわたり存在する全てのエンゲルス=リンカーを虱潰しにすることは出来なかったから、わずかながらも生き残りがいると考えられている。
 だから彼女がエンゲルス=リンカーである可能性はゼロではない。ゼロではないのだが。
(いやあり得ない)
 同じ轍を踏むことを恐れた神々はエンゲルス=リンカーについての情報を全て秘密とし、人族には何一つ教えることはなく完全な秘密として闇に葬った。
 人族も知らないその『秘密』を私が知っているのは、簡単な理由だ。
 我々オーク族はその成り立ちからしてエンゲルス=リンカーの残党を狩り立てるための存在だからだ。
 先にも言った通り、神はエンゲルス=リンカーを完全に絶滅することが出来なかった。だからと言っていつまでも残党を探して回るのは時間的にも労力的にも非効率。

 だから神は一計を案じたのだ。

 人族とは別にエンゲルス=リンカーを追う狩人たちを産み出す。そうして生み出されたのが我らがオーク族だ。
 与えられた任務が故にオーク達は定住地域を一箇所に定められ――それがザラニドだ――全ての種族に対して国を閉ざした。エンゲルス=リンカーの存在は秘密でなければならなかったし、わずかでも秘密が漏れる可能性は避けなくてはならない。
 そうやってひたすらにエンゲルス=リンカーを探し求め、その痕跡を発見したならばどこまでも追い詰めて討ち滅ぼす。それがオーク族の使命であり、オークヒーローたる私に課せられた義務。
 故にもし彼女がエンゲルス=リンカーであるなら、もっと早くその徴候を感じ取れた筈だ。
 魔法やスキルで隠蔽するにしても、他者はともかくオークヒーローたる自分に隠し通すなど不可能。
 であるからには彼女がエンゲルス=リンカーである可能性はないハズなのだが、その技術はそうでないと説明が付かない。なんともややこしい事態だ。
(……やれやれ)
 そこまで考えてから、一度思考を打ち切る。
 彼女の事情はともかく、今は同じ危険を乗り越えようとする仲間なのだ。わざわざ余計な不和の種を持ち込み、危険度を高める意味なんてない。
 今は余計なことは考えず──。
「羨ましい……とはこういう気持ちですか」
 自然と呟きが漏れた。
 クリスという名の人族の勇者の顔が脳裏を過る。あの少女は――自由だ。周りから求められる『役割』は存在するが、生まれ持った『義務』は持たない。
 今はまだ未熟な彼女だが、このまま研鑽を積めばいずれ自らの決意と責任の下でどのようにでも振る舞うことができる。
 それは、エンゲルス=リンカーを斃すことだけを行動原理として定められた私とは根本的に違う。
 なにしろ私は『それ』に逆らおうと思うことすらできない。飽くまでも思考実験の一種として考えることはできるのだが、それを実行する意欲は全く沸かないのだ。
 その意味でオーク族は神という存在に縛られている。
 エンゲルス=リンカーが呪われた種族ならば、私達オーク族もまた、呪われた種族と呼ぶべき。
「どちらにせよ、興味深い話です」
 だからといって何かが変わるわけでもないし、変えられるわけでもない。
 今は興味本位にとどめておいて、まずはこのくそったれな──おっと、面倒な世界から抜け出すことに集中するとしよう。

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まりあんぬさま
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かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

リーマンショックで社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
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 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
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16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

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