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第三章 過去に蠢くもの

第三話 迷宮に蠢く者#0

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 神話は伝える。
 各々の眷属として白き神は『人族』を作り、黄色き神は『魔族』を生み出したと。
 それは真実であり、創生の物語でもある。

 それぞれの眷属は創造神に仕え、様々な社会を構築していった。

 だが、『人族』の前に、白き神が作り上げた眷属が存在する。
 歴史からも神話からも削除された忌まわしき種族が。

 白き神は黄色き神に対して優位を得るべく、もっとも優れた眷属を生み出そうとした。
 神々の間には盟約が結ばれ、お互い不干渉であることが定められていたが、白き神はそれを信じきることができなかった――あるいは最初から遵守する気はなかった。
 いずれ起きるやもしれぬ神々の衝突に備え、最も強き眷族を求めたのだ。

 かくして生み出されたのが、最初の人族である。

 それは、神が望んだ通りの存在だった。
 空気中から魔力を取り出すことができ、呪文に頼らず魔術を扱い、材料に左右されず錬金術を行使する。
 睡眠も食事もわずかでよく、知的課題を与えていれば娯楽さえ必要としない。
 その上、創造主たる白き神には従順で逆らうこともなく、ただただ高みを目指すだけの存在。
 それは人族はおろか魔族と比べても力強い存在であり、あらゆる面で優れた存在であった。
 仮に彼らが魔族との戦争に挑んだのであれば、歴史の流れは大きく変わったであろう。

 だが、そうはならなかった。ならなかったのだ。

 何故なら、白き神自身の手により最初の人族は滅ぼされてしまったからである。

 強力な眷族の誕生を当初は幼子のように無邪気に喜んでいた白き神であったが、彼らの実力を目の当たりにするにつれ、次第に恐れと疑念を抱くようになる。
 あまりに強力な眷族達は、主人の望みに完璧に応える為にあらゆる知識を貪欲に求め、惜しみなく鍛錬を続け、時に神にすら匹敵する力を示したのだ。
 それを見ていた白き神は、日々より力を強める自らの眷族に別の目的があるのではないか? そう疑ってしまったのである。
 今は大人しく自分達に従っているこの眷族が、いずれ自分達に牙を剥き、成り代わろうとするのではないか?
 そんな愚劣な疑念に囚われてしまったのだ。
 なにしろ数の上では白き神の方が大きく劣っている。能力的には優る神とは言え、数で押されれば敗北はなくとも相当の痛手を受けることになる。

 一度芽生えてしまった疑念は時と共に膨れ上がってゆき、やがて神は決断する。
 この疑いが真であれ偽であれ、危険な要素はそれが僅かな可能性であったとしても排除されるべきだと。

 その結果、創造主に仕えることしか知らぬ最初の人族は、抵抗することさえなく滅ぼされたのである。
 神々はその痕跡を丁寧に消し去り、その後に改めて現在の人族を創造したのである。
 前回の反省を踏まえ、新たな人族はその力を大きく制限され、神に逆らうようなことが無いようにされた。



 歴史の影に消えた種族。故に彼の者達はこう呼ばれる。

 『原初の人族──エンゲルス=リンカー』

 と。

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