朝焼け空にも星は見えるか

sakaki

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朝焼け空にも星は見えるか~後編~

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***



「カッコ良いでしょ、若先生」

「ホント、こんな田舎じゃ見ないほどの男前なのよねぇ」

昨日無事に予防接種を終えて帰宅した朝日に、姉と母がそんな風に口を揃えた。

若先生と呼ばれているらしい彼は、揚羽星哉(あげは  ほしや)という。

なんでも元々は有名な大学病院にいたが、“じーちゃん先生”こと彼の父親が病気に伏せていよいよ医院を閉めなければならないというピンチに際して地元へ戻って来たらしい。

有望な将来を蹴ってまで親の後を継いだ孝行息子、しかも眉目秀麗な爽やか青年ということで、田舎町の奥様方には大人気を博しているというわけだ。





「ってわけで、これお裾分けに持ってって」

なにが“ってわけ”なのかは分からないが、朝っぱらからタッパーに詰めた煮物やら何やらを持たされた。

「朝ちゃん、私も行く」

玄関で靴紐を結んでいると、パタパタと二美がやって来た。その手には朝日と同じく紙袋を持っている。

「おばあちゃんがね、シフォンケーキ焼いたからお裾分けに持って行ってって」

「母さんもかよ・・・」

げんなりして言ってから、靴を履き終えて立ち上がる。

二美は手前にあった陽子のサンダルをつっかけた。

「お料理とか持って行ってあげてたのは、じーちゃん先生の頃からなんだよ」

フォローするように言いつつ、それでも“若先生になってから差し入れの量は増えたかも”と苦笑する。

小学五年生の二美は、一つ違いの姉二人に比べると体も小さく幼く見えるのだが、こうして話すと姉弟の中では一番大人びている。

自由奔放な姉二人と気弱な弟に挟まれているからいろいろ鍛えられているのだろうか・・・朝日はそんなことを思った。



「あ、若先生おはよー」

庭に出るなり、二美がお隣の庭めがけて駆け寄って行く。どうやらタイミング良く星哉も庭に出ていたらしい。

守田家の庭は玄関側の表に、揚羽家の庭は医院の入り口とは逆側にあるため、互いの庭は壁一つ隔てただけの真隣りになっているのだ。

「おはよう、ふーちゃん。あ、叔父さんもおはようございます」

星哉はまず二美に笑顔を向け、後ろにいた朝日に気付くと深々と頭を下げた。

律儀に“叔父さん”と言われ、朝日は思わず眉間にシワを寄せる。“二美の叔父さん”という意味なのは重々承知なのだが、それでも自分よりも明らかに年上の星哉に“おじさん”呼ばわりされるのは何だか嫌だ。

「・・・朝日でいいです」

ぼそりと言うと、星哉は目尻を下げて笑った。

「はい、じゃあ朝日君ですね。朝日君おはよう。“おはよう朝日”ってなんだかローカル局の朝の情報番組みたいですねぇ。朝日さんさんテレビとかってありませんでしたっけ?  あれ、ないですか? 記憶違いかなぁ」

歌うような独特な口調で、顔を上げたり下げたり首を傾げたり頷いたり。

(やっぱなんか変な奴・・・)

朝日は一歩引いて見ていたが、二美はもはや慣れっこのようだ。

星哉の台詞をかわすように受け流し、首尾よくお裾分けを持って行くところだったのだと話して聞かせている。やはり二美は大人だ。

「いつもすみませんねぇ。おいしくいただきます」

星哉は紙袋を受け取るとペコペコと何度もお辞儀をする。

「若先生は何してたの?」

ちょいと背伸びをして、二美が星哉の手元をのぞき込む。

つられるように朝日も視線を移すと、整然と並べられた盆栽の数々が見える。

「お手入れですよ~。こうして形を整えてあげてるんです」

チョキチョキとハサミを動かしながら答える。

「おはよ~、今日も緑色が素敵だね~。日が当たりすぎてないかい? もっとこっちの枝が伸びてくると格好いいよ~って話し掛けながらやると良いんですよ。野菜とかも音楽掛けると良く育つって言うでしょう? あぁ、そうだ。野菜と言えばキュウリのぬか漬けがいい頃合いでした。是非持って帰って下さい」

盆栽に話しかけたり朝日達に笑顔を向けたり大忙しで話し続け、今度はパタパタと小走りで家の中へ入って行った。

(あの人、歳幾つなんだろう・・・)

星哉をぽかんとして見送りながら、朝日は疑問を抱く。

見た目は朝日よりも少し年上くらいにしか見えないため20代後半~30代前半くらいなんだろうが・・・

(なんか爺むさいよな)

思わず苦笑いを浮かべる。

朝から盆栽いじりをしていたり、漬物を付けていたり、ごく一般的な若い男からは大凡出てこないであろうワードばかりだ。しかも着ているものも地味な深緑色の作務衣だし。

(じーちゃん先生が見た目だけ若返ったみたいだ)

そう思うと、あのずらし気味にかけている眼鏡が老眼鏡に見えてくる。

「朝ちゃん、なんか楽しそうだね」

「へ?」

ニコニコ顔の二美に言われ、ハッとした。どうやら無意識のうちに笑い声が漏れていたらしい。

「べ、別に何でも無いって」

何と無く照れ臭さを感じ、朝日は慌てて顔を引き締めた。二美はまだ笑っている。

「お待たせしました。ナスとキュウリがいい具合に漬かってましたよ~。おや、二人とも何か面白い事でもあったんですか?」

これまた小走りで戻って来た星哉は不思議そうに二人を見つめる。手に持たれたビニールからは、規格外の大きさのナスとキュウリのぬか漬けが飛び出していた。





***



「ふ、ふ、ぶわっくしょーい」

朝日が古い家屋が揺れるほどの大きなくしゃみをする。

すると決まって五郎と六太がケタケタと笑い、“汚いわねぇ”と毒づく陽子を後目に三治がティッシュを持ってきてくれた。

このやりとりは既に今日何度目になるやら分からない。



「風邪でも引いたんじゃないの? 客間は冷え込むから」

母が心配そうに言う。一応なりとも朝日を客間に追いやったことに対する罪悪感はあるらしい。

「若先生に診てもらえばいいじゃないの」

一方罪悪感のかけらもない様子の陽子は芋けんぴをガリゴリと食べながら顎をしゃくる。

「そうよ、それがいいわ。若先生、大学病院にいたときは小児科じゃなかったって言ってたし、きっと診てくれるわよ」

母が名案だとばかりに手を叩いた。

“何で小児科に・・・”という朝日の文句を察したらしいのは流石と言うべきだろう。

「ほらほら、子ども達に移されたら迷惑なんだからさっさと行ってきなさいよ」

気持ちは分からんでもないが、随分な言い草だ。

陽子は朝日をせき立てるように力強く背中を押し、半ば無理矢理に財布と保険証を握らせた。

「ほら、モタモタすんじゃないわよ」

さらにとどめとばかりに強靭な脚で蹴って朝日を追い出す。

(鬼姉め・・・)

朝日は心の中で悪態をつきながら、垂れてくる鼻水をすすった。



納得はいかないが、他に病院の宛があるわけでもない。

渋々ながら、言われたとおりに揚羽こどもクリニックへ向かった。

医院の中は今日もガランとしていて、受付のおばさんは欠伸をかみ殺しているような表情をしている。

恐る恐る“小児じゃないんですけど”と保険証を出した朝日だったが、別段訝しげな顔をされるわけでもなくすんなり受付をしてもらえた。

「くしゃみと鼻水ですか。そうですか。風邪でしょうかねぇ。熱はあります? あ、測ってない? じゃあとりあえず検温を。あ、アレルギー性鼻炎とかは検査したことあります?」

診察室で待ちかまえていた星哉もまた特にツッコミを入れることもなく朝日の診察を始めた。

この慌ただしい口調は診察の時にも健在らしい。

「あぁ、喉も腫れてますね~。声は枯れてないみたいですけど。喉痛くないですか?」

銀色のアイスの棒のようなもので舌を押さえつけられたままで尋ねられ、朝日はフガフガ言いながら首を振る。

「ふむふむ、ちょっと失礼しますね~」

ようやく口の中を見られるのが終わったかと思うと、今度は両頬を掌で包み込むようにして触れられた。

(おいおい・・・)

優しい手つきに思わずドキリとしてしまう。しかも、思い切り顔を近づけられているのだ。

「う~ん、リンパ腺も腫れてますねぇ。ここ押すと痛くないです?」

「う、うん。ち、ちょっと痛い、かも・・・」

指先を首筋に滑り込ませて丁寧に触れる。単なる触診だとは分かっているが、息がかかるほどに近いこの距離間が妙に落ち着かない。

(やっぱ、コイツの顔すごい好みだ・・・)

眼鏡の奥の切れ長の涼しげな目元に見とれながらそんなことを考える。

顔立ちだけではない。指の長さや手の形も、実はかなりツボに入っていたりするのだ。

「今はまだ微熱程度ですけど、これから結構高熱になる可能性もありますね~。風邪っぽいです。取りあえず抗生物質と鼻水のお薬出しておきましょう。あ、お腹下しやすいとか胃が弱いとかあります? 大丈夫ですか。そうですか」

星哉はペラペラと言いながら、慣れた手つきでカルテに朝日には読めない文字を書き込む。

「あーはい。ども」

朝日は鼻を啜りながらぺこりと頭を下げた。

朝日がコッソリときめいていることなど全く気付いていない様子の星哉に少しいじけたような心地もしつつ、よっこらせと立ち上がる。

「今回の帰省は傷心旅行なんですって?」

「は?」

去り際にポツリと問われ、朝日は固まった。

「手痛い失恋をしたからすごく落ち込んで帰ってきたに決まってるって、陽子さんが仰っていたもので」

ニッコリ笑顔でそんな説明をされ、ますます愕然とする。

(姉ちゃん気付いてたのか・・・ってか、なぜそれをコイツに言う・・・)

驚くやら腹が立つやら、朝日はわなわなと震えるが、星哉は呑気な笑みを浮かべたままで朝日に歩み寄ってきた。

「陽子さんが言ってたのがホントだったら、ちょっとした息抜きにお誘いしようと思ったんですが、明日の午後は空いてます?」

「い、息抜き?」

”お誘い”などという思い掛けない言葉に戸惑う朝日。

「まぁそうはいってもこの辺なんで何にもないですし、素敵なサプライズイベントとかも用意できないんですけどね~。ドライブとかどうかな~って。というか、僕が息抜きしたいから付き合ってもらえないかな~って言うのが本音です。この街に来てからは遊び相手になってくれるのお年寄りくらいですからねぇ」

あっはっは、と笑い飛ばして朝日の肩を叩く。

(ちょっと期待した自分が情けない・・・)

即座に”デートの誘いかも”などと甘い期待をしてしまったことが悔やまれた。

当然といえば当然かもしれないが、星哉の臆面の無い様子からして本当に単なる”息抜き”のようだ。もしくは失恋したという朝日に対する同情の賜物か。

「・・・まぁ、どうせ暇だし」

少し素っ気ない言い方で、OKの意思を伝える。星哉は目尻を下げてやんわりと微笑んだ。

「じゃあ決まりですね~。明日お迎えに上がります。あ、おやつは300円までで。御漬け物はおやつには含まれませんよね。あ、梅こぶ茶とほうじ茶ならどっちが好きです?」

「・・・・・任せます」

遠足前の子供のようなこと・・・いや、やはりどこか年寄りじみたことを言われ、朝日は苦笑いを浮かべた。





***



翌日。朝日は起きてからずっと何だか落ち着かない心地で過ごしていた。

傍目から見てもソワソワしていたらしく、陽子や母から訝しげな目で見られた。

そして日が傾き始めた頃になって星哉が迎えに来ると、二人は“そういうことか”と妙に納得した顔をして、子供達も興味津々な様子で玄関を覗く。

「い、いってきます!」

これ以上好機の目に晒されるのにも耐え切れないと、朝日は少し急ぎ足で出て行った。



ドライブでも、と言っていただけあって、星哉は車だった。いつも揚羽こどもクリニックの駐車場に停められている往診用の古ぼけた軽自動車ではなく、CMでよく見かけるハイブリッド車というやつだ。

星哉も勿論白衣姿ではないし、盆栽いじりをしていた時の作務衣でもない。

グレーのシャツに黒のベスト、パンツは濃紺で、よく見るとチェック柄なのがなかなかお洒落だ。

眼鏡もいつもの銀縁ではなく、茶色のグラデーションのフレームで、カジュアルなデザインだ。お出掛け用なのだろうか。

(やっぱカッコ良い・・・んだよなぁ)

星哉をまじまじと見つめ、朝日は余計に落ち着かなくなった。緊張してきた、と言ってもいいかもしれない。



「なぁ、一体どこ行くんだ?」

思い立ったように、朝日は尋ねた。

ドライブと言っても何ら見所はない田舎町なのだ。気付けば車は山道を登り始めているところだった。

「この先、もう少し登った所にちょっとした崖っていうか、まぁそんな感じのところがあるの知ってます?」

前を向いたまま問われる。

朝日は自らの記憶を辿った。確かにこの先には崖のような場所があったはずだ。

崖と言っても高さがそんなにあるわけではないが、あまりひと気がないことからちょっとした薄気味悪い噂もある。

(確か自殺とか多いんだよなぁ・・・)

行き着いた発想に少しばかり眉を顰める。

折角の気分転換のドライブだというのに、こんな発想では楽しい雰囲気が壊れてしまいそうだ。

そう反省したのだが、星哉はふっと笑った。

「自殺者とか多いんですよね。最近じゃ特に、ネットで呼び掛けて同士を集う集団自殺が多いんだそうですよ。車で来て練炭とかね。僕はそんなゆきずりの相手と一緒じゃ嫌ですけどねぇ。同じ辛さを分かち合える相手ならともかく」

張り付いたような笑顔で淡々と語る。

「な、なんでそんな話すんだよ」

“悪趣味だ”と笑い飛ばそうとする。だが星哉の瞳に見つめられると、なぜか背筋がゾッとした。

「僕ねぇ、朝日君が傷心旅行だって聞いて嬉しかったんですよ?  あぁ、仲間が出来たな~って。失恋は辛いですもんねぇ。それこそ死にたくなるくらい。ねえ、朝日君もそう思いませんか?  思いますよね?  辛いでしょう?  」

唇の端を釣り上げて微笑む、その端正な顔立ちはまるで凍りついているかのように冷たい。

「なに考えてんだよ?  冗談だろ!?」

車が停まり、腕を掴まれる。朝日は上擦った声を上げながら星哉を見つめた。

腕を振り解こうにも、恐怖のあまり体に力が入らない。それどころか、全身がガタガタと震えてすらいる。

泣きそうになりながら思わず目を閉じると、星哉は耐えきれないという風に吹き出した。

「えぇ。もちろん冗談です。そんなに怯えられるとは思いませんでした。朝日君顔真っ青ですよ~。僕そんなに演技力ありました?  いやぁ、意外と騙せるもんですねぇ」

腹を抱えて大笑い。朝日は唖然、呆然だ。

「お、お前なぁ!!   なんだよそれ!  幾ら何でも悪趣味過ぎんだろ!!」

掴みかからんばかりに怒鳴る朝日。

けれど星哉は悪びれる様子もなく、カラカラと笑いながら車の外へ出て行った。

「ち、ちょっと待てよ!!」

笑って誤魔化されてなるものかと、朝日も続いて表に出る。

何せ本気で怖かったのだ。せめて真剣に謝らせたい。

「おい、聞いてんのかよ!?」

乱暴な仕草で星哉の腕を掴む。だが・・・

「あ・・・」

目の前に広がる景色を目の当たりにすれば、必然的に言葉を失った。

緋色、橙色から紫色へと徐々に溶け込んでいくグラデーションの空。早くも所々に出ている星がアクセント代わりになっている。

それは見事な夕焼け空だった。

「綺麗でしょう?  僕はこの町に帰って来たばかりの頃にこれを見て、ちっぽけな心の傷なんてキレイさっぱり癒えたんですよ~」

至近距離でニッコリと微笑みかけられる。

朝日は思わずぼんやりと見惚れて、そして我に返った。星哉の腕を掴んだままでいることにも気付いて、慌てて離れる。

星哉はそんな朝日を見てまたクスクスと笑った。



「なぁ、“心の傷”ってさ・・・その、失恋・・・したってこと?」

恐る恐る問い掛ける。聞いていいものなのが分からなかったが、気になってしまった。

星哉はまたふわりと微笑み、頷いた。

「失恋というか、まぁ婚約破棄されちゃったんですよ。大学病院の次期教授の座を諦めて、実家の小さな小児科の跡を継ぎますと言ったら、それはまぁあっさりとしたものでね」

強がっているのか本当にもう吹っ切れているのか、星哉は肩を竦めながら軽い口調で続けた。

「フラれたこともそうですけど、何よりあからさまに玉の輿狙いでしたと思い知らされたのがなかなかに虚しかったんですよね~。まぁ、そんなのを見抜けない自分自身にも失望しつつ」

あっはっはと笑い飛ばす。

そうかと思えば、朝日に一歩近寄って真面目くさった顔をした。

「朝日君も、傷心ついでにいっそこっちに帰ってきてしまうのはどうです?  守田家に空いてる部屋がないならうちで暮らすという手もありますし。何せ一軒家に一人暮らしですからねぇ。部屋はたくさん余ってます。侘しいもんです。ね、良い考えだと思いません?」

「え・・・」

突然の提案にぽかんとする朝日。

なぜ朝日の部屋が無くなっていることまで知っているのだろうか、陽子がペラペラと話して聞かせたんだろうか。そうか、星哉はあの広い家に一人で暮らしているのか・・・ぼんやりと頭の中に情報が浸透していくが、短時間に色々詰め込まれたせいで全く整理できない。

フリーズしたように動かないままでいると、星哉が目の前でヒラヒラと手を振って見せた。

「ダメですかねぇ、一世一代のプロポーズだったんですが」

「は!?」

肩を落としてポツリと言われ、朝日はようやく再起動した。

「な、なんでいきなりそんなこと言ってんだよ!?  まだ、そんな・・会ったばっかだし、その・・・」

しどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。怒涛の展開に頭が付いていっていない。パンク寸前だ。

「だから・・あの・・・」

どんどん顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。

(あぁ、もう・・・こんなの本気にしてどうすんだよ、俺。サイアクだ・・・)

手の甲で顔を隠しつつ項垂れる。

どうせまた“冗談ですよ~”と呑気な声が返って来るのだろうと覚悟をした。

だが星哉は、あくまで真剣な顔で頷いた。

「確かに言われてみればそうですね・・・」

ふむ、と顎に手を当てて考えるような仕草をして、そうかと思えば今度はポケットから携帯電話を取り出した。

「それなら、ひとまずお友達から始めるってのはどうです?」

悪戯めかした言い方をしつつ、ジェスチャーで番号交換をするようにと示す。

「僕、結構返信早いですよ~。何せ病院が暇なもんで」

「そうかよ・・・」

またも何処と無く笑いづらい冗談を言う星哉に、朝日は根負けしたとばかりに苦笑を漏らした。



(“お友達から”って・・・やっぱ変なヤツ)

アドレス交換をしながら、星哉の形の良い指先を見つめる。

混乱させられっぱなしのせいでまだあまり頭が働いていない気がするが、そのおかげで余計な事も考えずに済んでいた。

手痛い失恋の思い出が限りなく薄く消えかけているほどだ。

(・・・え・・?)

ぼんやりとしていると、不意に星哉の顔がどアップに迫った。

キスをされたのだと気付いたら、また一段と混乱が強まった。

「え・・な・・あ?」

パクパクと口を動かすが言葉にならない。

星哉はにっこりと笑った。

「あぁ、すみません。お友達から始めましょうと言っておきながら、ついついフライングしてしまいました」

言葉でこそ謝ってはいるが、悪びれる様子はやはりない。

「お友達ですよねぇ、お友達。えーっと、お友達って何しますかねぇ?  あ、そうだ。手でも繋ぎますか。お友達らしく」

頭を抱えて考え込んで、ハッと顔を上げて、満面の笑みで手を差し伸べてくる。

(ホント、変なやつ)

朝日は溜息を漏らしつつ、それでも素直に星哉と手を繋いだ。





「知ってます?  ここの丁度反対側にいくと、朝日が綺麗に見えるんですよ」

帰り際、星哉が思い立ったように言う。

「あ、じゃあ次帰って来た時はそこ行きたいな・・・」

朝日がおずおずとリクエストすると、星哉は大きく頷いた。

「勿論いいですとも。是非行きましょう。朝日ですから泊まり込みですね。寝袋を持って。これから寒くなりますからねぇ。温かい梅昆布茶を魔法瓶に入れて行きましょう。あ、でも紅茶もいいですねぇ。紅茶だったらクッキーも焼いて持って来て・・・いや、梅昆布茶に焼き餅もいいですね。朝日くんどっちにします?」

「・・任せます」

またも子供のように無邪気な表情でどこか爺むさい星哉の発言に、朝日は苦笑いを浮かべるのだった。

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