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恋みくじ
しおりを挟む家は神社だ。
当然ながら年末年始は多忙を極めるため、短期アルバイトの巫女を雇っている。
それは毎年のことだし、正直なところ、息子である俺:大崎広武(おおさき ひろむ)には関係のないことだ。
冬休み真っ只中をだらだらと満喫する。・・・少なくとも例年はそうだった。
「は? 有り得ないんだけど」
ポテトチップスを食べて寛いでいたところにやって来た親父の言葉に、俺は耳を疑う。
「頼む、このとーり!」
親父は手を叩いて俺に頭を下げている。何でも緊急事態なんだそうだ。
「いやいやいや、何で俺なんだよ!?」
冗談じゃないと首を振る。
親父の後ろに母親がメイク道具を持ってスタンバってるのが恐ろしい。
「バレるに決まってんじゃん! いいのかよ、聖職者が嘘ついて!?」
両親の迫力に気圧されそうになりながら、じりじりと後ずさる。逃げ出したいが、残念ながら背後に迫るのは壁だ。
「大丈夫だ、バレないさ。ひろくんはママ譲りの美人なんだから」
緊急事態のくせに親父は呑気な顔して親指をピシッと立てる。
「きっと可愛い巫女さんになるから!」
「嬉しくねぇよ!」
朱色の袴を振りかざされ、俺は半ば叫ぶようにツッコミを入れた。
そんなこんなで、抵抗虚しく、着替えさせられ化粧を施され、女装男の一丁上がりだ。巫女さんコスの。
親父の言う緊急事態とは、とどのつまりの人手不足。予定していたバイトの女の子がバックレたらしい。ホンットいい迷惑だよ。
この格好で接客しろって・・・・バレるに決まってんだろ。確かに顔はメイクのおかげでそこそこ何とか誤魔化せんのかもしれないけど、他にも問題あるだろ、声とか!体格とか!
即行でバレて白い目で見られるか、最悪変態扱いされるか。バイト料弾むって言われても、割に合わねぇよ。
おっかなびっくりで、他のバイト巫女に混じる。
やたらとじろじろ見られてるし、やっぱバレたのか?
「アナタ、面接にいたっけ?」
すぐ隣にいたツインテールの女に顔を覗き込まれる。やばい。
「う、うん。えっと・・・終わり際ギリギリに面接してもらったから、他の子とはあんまり顔合わせてないのかも~」
気持ち高めの声を出し、後は笑って誤魔化す。面接の事なんか知らないし、あんまり質問されるとぼろが出る。そうでなくても、あんまり至近距離で見られるとバレるに決まってる。
冷や汗がだらだらと吹き出た。
「ふ~ん、そうなんだ。ま、いいや。よろしくね」
女はニッと笑顔を向ける。あっさり引き下がってくれて良かった。
その後も何度も色んな女共に話しかけられたが、意外にもバレる気配は全くなし。
“髪がきれい”だの“化粧品どこの?”だの、色々言われたけど、誰も疑ってる様子はなかった。
それに何より、客が増えるに連れてそんな暇もなくなった。
辺り一面に人、人、人の山。この街の何処にこんだけの人がいたのかってくらいの参拝客が押し寄せていた。
俺はおみくじ担当だからまだ簡単な方だと思うけど、種類の多くて分かりにくい破魔矢とか絵馬とかの担当は死にそうな顔してる。
そして、働き詰めの俺が、もはや釣銭渡すのかおみくじ渡すのか訳が分からなくなって来た頃だった。
「ちょっ!? ひろちゃん顔色悪いよ!?」
俺の顔を見るなり、一緒に仕事をしていた女が血相を変えて言った。
言われてみれば、なんかちょっと気持ち悪いかもしれない。
「人酔いしたんじゃない?」
「やだ、大変じゃん! ちょっと休んできなよ」
「大丈夫? 無理しないで」
「こっちは任せて、休んできなよ」
「そうしなよ、休んできな」
一人が慌てると、他の女たちも集まってきて口々に同意する。何か今、す~ごく“女社会”にいる気分を味わった気がする。
「え~っと・・・じ、じゃあ、お言葉に甘えてちょっとだけ休憩してくるねっ」
あんまり注目されるのも困るので、素直に従うことにする。
“無理しないでね”という声を背に、そそくさと逃げるように引っ込んだ。
疲れた。ぐったりと倒れ込む。
神社の裏手側はひと気もないため、今日の俺みたいなのの隠れ場所には打ってつけだ。
「人酔いっつーより、我慢の限界だな」
溜め息とともに独り言を吐き出す。素の声を出せるのも数時間ぶりだ。無理な裏声とかホントしんどいっての。
「あ゛~、あ゛~、あ゛~」
思い切り足を開いてジタバタしながら、わざと低い声を出して暫し遊ぶ。疲労困憊しすぎて、ちょっと壊れ気味だ。
疲れの溜まった体の向きをどっこらしょと変えると、立ち尽くしてこっちを見てる男と目が合った。
俺は一瞬にして真っ青になる。
いつからいたんだ? いつから見られてたんだ?
「あ、あ~、あのっ」
慌てて体を起こし、取り繕うように高い声を出す。動揺の所為で変な裏返り方をした。
「大丈夫? 何か具合悪そうだったから追いかけてきたんだけど」
男はそんな優しい言葉をかけながら歩み寄ってくる。
“追いかけて”って、まさかナンパかよ? 冗談じゃない。
身構えて、睨むように男を見つめる。徐々に近付くにつれ、そいつの顔がはっきりと分かった。
相手にもそれは同じようで、俺はますます青ざめる。
「お前・・・大崎じゃね?」
男が恐る恐るという風に尋ねる。さっきまでは嘘くさいほど優しげな笑みを浮かべていたくせに、ひどく怪訝そうな顔だ。
ナンパ男はクラスメイトの加藤高明(かとう たかあき)だった。
加藤はクラスこそ同じだが、話したことは数えるほどしかない。
いつも派手なグループの中心にいるし、俺のような地味側属性とは世界が違う。正直、名前と顔を覚えられてることに驚いたくらいだ。しかも俺こんな格好なのに。
「親の手伝いねぇ・・・ふーん。ここ大崎ん家だったんだ」
俺の事情説明に、加藤は興味薄に頷く。赤茶色に染めた髪をかき上げると片方だけで4つのピアスが見えた。
「巫女さんの人手不足でさ、父親は頭下げるし母親は化粧道具持ってプレッシャーかけてくるしで押し切られちゃって・・・」
引きつった笑みを向け、この格好が本意ではないのだと繰り返し伝える。
女装してたなんてことをコイツに言いふらされでもしたら、新学期早々に変態扱い確定。俺の平和な高校生活が台無しになるっての。
「えーっと、加藤は一人でお参り?」
反応の薄い加藤の真意が読めず、ひとまず話題転換をしてみる。
加藤は軽く眉を顰めた。
「一人で来ねぇよ、こんなトコ」
心外だと言わんばかりに吐き捨てる。自分ちを“こんなトコ”呼ばわりされてる俺の方が心外だ。
「遊んだ帰りがてら初詣行こうって話になったんだよ。ついさっきまで一緒だったけど、なんかすげぇ好みの女がいるなーと思ったから連れと分かれて来てみた訳。したらこのザマ」
げんなりして言われれば、悪くもないのに申し訳ないような気になってくる。つまりその“すげぇ好みの女”というのは俺のことだったってわけで。加藤的にはとんでもない空振りだったってわけで。
ってか、俺ってちゃんと女に見えてんだな・・・。しかも加藤のお眼鏡に適うくらいって結構自信持てるレベルなんじゃ・・・いや、こんなことに自信持てても嬉しくないけど。
っつーか、加藤って彼女いるだろ。名前知らないけど、上級生の結構可愛い子。
何が好みの女だよ・・・。彼女いるくせにナンパなんかすんなっての。
「大崎、具合悪いの治ったのか?」
「へ?」
色んな考えが巡って複雑な心境の中、突然加藤に額を触られて驚いた。
そういえば俺、気持ち悪くなってここに逃げてきたんだっけ。
「あぁ、もう平気」
後ずさりながらヘラヘラと笑って誤魔化す。
ビビった。いきなりこんなに馴れ馴れしくされると思わなかった。
しかもこいつ、近くで見るとすごい整った顔してるし。何かキンチョー・・・
「じゃあ、もういいな」
加藤の唇が歪んだような笑みを浮かべる。
もういいってなにが?そう聞こうとした瞬間に、加藤は着物の合わせを思いっきり引っ張った。一瞬にして俺の上半身が露わになる。
「寒っ!! 何すんだよ!?」
吹きすさぶ真冬の風に鳥肌全開。慌てて元に戻しながら、加藤を睨んだ。
「なんだ、ブラジャーまではしてないのか」
加藤は残念そうに呟いた。当たり前だ。そんなもんしてたら本当に変態じゃねーか。
「って、何撮ってんだよ!?」
構えられていたスマホ、重ねるように何度も鳴ったシャッター音にビビる。
「なかなか良いのが撮れたな」
画面を確認して満足そうに笑う加藤が一瞬悪魔に見えた。しかもばっちり保存してるっぽい。
「そ、そんなの撮ってどうすんだよ!? 」
スマホを取り上げようとして手を伸ばすが、加藤はいとも簡単に俺の腕を掴み上げた。片手で俺の動きを封じたまま、スマホはさっさと内ポケットに仕舞い込む。
「どうするって、どうすると思う?」
「お、おい!?」
掴んだ手を後ろに返され、押し倒されるみたいな恰好になった。
「イチ、知り合いという知り合いに写メばら撒く。ニ、拡大印刷して学校の廊下中に貼り出す。サン、町内のHPに神社の名前付きで投稿する。どれが良い?」
えらく流暢な口調に俺は青ざめる。どれが良いかって、どれも良くないわ!
「イチの場合、多分2~3日で学校中に知れ渡る。二の場合、新学期始まってからってことにはなるけどインパクトはすげぇだろうな。サンの場合、神社側もヤバくなんじゃねーの? 由緒正しい神社が女装息子働かせてましたってな」
ニヤニヤと俺を見下ろす加藤は楽しそうに笑ってる。マジで、さっきまでの優しそうな顔どこ行ったんだよ!? こっちが本性か!?
「ふざけんな」
せめてもの抵抗で加藤を睨みつける。悲しいかな、ジタバタしても加藤の手はビクともしない。
「さっきの写メ消してほしいか?」
加藤が囁くように問いかける。ギラリと輝く鋭い目は、もう完全に悪魔だ。
当たり前だと答えたら、加藤は待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ俺の言う事、何でも聞いてもらうってことでOK?」
加藤の言葉に、俺はまたゾッとした。なんだよ、カツアゲでもされんのか?
「俺、金とかないぞ」
寒さと恐怖で震える声で呟くと、加藤は眉を顰めた。
「なんで真っ先に金なんだよ」
呆れたように言い、俺の頬に触れる。そうかと思えば、どんどん顔が近付いてきた。
「さっき言っただろ? すげぇ好みだって」
驚くほど甘い声色で囁く。そして信じがたいことに、そのまま俺にキスをした。
驚いて暴れる俺の手を掴んだまま、加藤は全く動じずにキスを続ける。唇で食むようにして、それから舌を絡められた。
「・・ぅ・・・ん・・・っ・・」
初めての感触に段々と力が抜けてくる。そうだよ、これファーストキスなのに。なんで加藤とキスなんかしてるんだ・・・?
「・・は・・ぁ・・」
ようやく解放されると、自分のものとは思えないような声が漏れた。なんか視界がぼんやりしてる。
「目、うるうるだな」
加藤が面白がるように言った。そして今度は俺の瞼にキスをする。
いつの間にか掴まれていた手は解放されているのに、俺は全く動けなかった。腰が抜けてしまったみたいだ。
加藤の手が着物の合わせに滑り込む。加藤は何が楽しいのか、柔らかくもない平らな胸元を何度も撫でた。
「乳首立ってる。さっきのキスで感じた?」
「違っ・・」
意地悪く指摘され、俺は慌てて首を振る。
「ただ・・っ・・寒い・・ぁ・・から・・」
寒さの所為だと言い訳するが、それだけではないことを自分がよく分かっていた。
女の子じゃあるまいし、そんなことをされても何も感じないと思っていたのに・・・加藤の指先で弄られると何だかゾクゾクして、変な声が漏れそうになる。
「・・・やっぱ大崎、可愛いな」
ぼそりと加藤が言った。
「・・・へ? 何?」
聞き取れなかった俺はぽかんとして首を傾げる。加藤は“なんでもない”と首を振り、肌蹴ていた着物を直してくれた。
もうこれで終わりなのかと思うと少し拍子抜けする。いや、別にガッカリしてる訳じゃないけど。
「なぁ大崎、俺の恋人のフリしてくれよ」
「・・・はい?」
突然の申し出に、俺は耳を疑った。
「だから、これバラされたくなかったら俺の言う事聞けって言ったろ?」
加藤はしれっとして再び取り出したスマホの画面を示す。加藤が撮った画像は、巫女の女装した俺がさも自分から脱いで半裸を晒しているような、そんな仕上がりになっている。最悪だ。
「俺実は今ストーカー? みたいなの受けててさ。お前も見たことあんだろ? よくうちのクラスまで押しかけて来てる上級生の女」
スマホを仕舞い込んで、加藤が淡々と話す。確かに思い当たる人物はいる。ってか、普通に彼女だと思ってた。可愛い子なのにストーカーだったのか・・・。
「俺はホモだから女の子とは付き合えませんって大嘘ついてみたんだけど引かねぇしさ。これはもう実際に見せてやるしかねぇな、と思ったわけよ」
それで俺に恋人のフリをしろって訳らしい。何となく合点は行ったけど・・・
「それって・・・今、キスとかしたのは意味なくない・・・?」
自分の身を守るように腕でガードしつつ、加藤を睨む。キスされ損、触られ損じゃねぇかと今更ながらに怒りが湧いてきたが、加藤はまたしれっと答えた。
「だってフリとはいえ恋人だしよ。抵抗なくやれっかどうか俺自身を試したんだよ」
「俺じゃなくお前かよ・・・」
聞いて余計ムカつく羽目になった。“まぁ問題なし”とか言われても嬉しくも何ともないって。
「って訳で、ストーカーが諦めてくれるまでの間、お前は俺の恋人役。適当にイチャイチャして周りにアピールする役目だ。分かったな?」
ダメ押しとばかりに画像を見せられ、俺は頷くしかなかった。なんとも無力だ。
「新学期からよろしくな、大崎ちゃん」
「~~~~~っ!?」
上機嫌な加藤にほっぺにキスされ、俺は大きく後ずさる。加藤はそのまま手を振って去って行った。
新年早々、なんて前途多難なんだ。
俺はがっくりと項垂れて、それでも何とかバイトへと戻るのだった。
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