Flora

sakaki

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2:初恋はビターチョコのほろ苦さ

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アルバイトを雇おうかと思っている。そう聞かされたのは情事の後のベッドの中だった。
香坂水瀬(こうさか みなせ)は同意も反対もせずに黙って耳を傾ける。
「教室の方も忙しくなってきたし、お店番してくれる人がほしいんだよね」
色素の薄い髪を撫でると、腕の中の愛しい恋人は瞳を輝かせて語った。
なにせ水瀬の恋人:斎原葉純(さいばら はすみ)は若いながらも花屋を営んでいる列記とした経営者なのだ。
自分の店が軌道に乗ってきたことが嬉しいのだろう。
勿論水瀬にとっても喜ばしいことなのだが・・・。
「バイト・・・どんな奴雇うんだ?」
その一点が気にかかる。
「まだ分かんないけど、面接希望の人たちと明日会う予定だよ」
水瀬の心配ごとなど気付く由もなく、葉純は声を弾ませた。
(いまいち危機感がねぇからなぁ・・・葉純は)
コッソリと溜息を洩らす。
拗ねてしまうだろうから口には出さないが、葉純は元々が箱入りのお坊ちゃまだった所為なのか、どこかのほほんとしたところがある。
特に自分に対する下心に対しては相当に鈍いのだ。
花屋に通い詰める常連客のうちの何人かは葉純目当てだということに水瀬は気付いているが、当の葉純はさっぱり。
(店番バイトってことは、日中はほぼ葉純と一緒にいるってことだからな・・・)
不純な目的で応募してくる輩がいないとも限らないではないか。それが水瀬の心配事だった。


そして、その心配は現実のものとなる。


葉純が雇ったアルバイトは高校生の高波立夢(たかなみ りずむ)とその兄の成夢(なりむ)の二人だった。
兄の方はあまりシフトを組んでいないようだが、立夢の方は頻繁に店番を任されていて、水瀬もよく顔を合わせた。
一目見たときは中学生だろうかと思ってしまったほど童顔で幼く見えるのだが、どうやら立夢は葉純に気があるようだ。
成夢は葉純の同級生で、立夢に関してもその弟ということで二つ返事で雇ったらしいが・・・。
傍目から見ても分かるほどに、葉純に対してデレデレと鼻の下を伸ばしている。葉純が気付かないのが不思議なくらいだ。

「いらっしゃいませー」
FloralPatelisieに来ると、葉純ではなく立夢の声が響き渡る。
同じ建物の上階の塾に勤めている水瀬は、教室に飾る花を買っていくのが出勤前の日課にしているのだ。
「あ、オーナーですよね。呼んできます」
水瀬のことを常連客と認識しているらしい立夢が愛想よく言って葉純を呼びに行った。
今日はフラワーアレンジメント教室があるため、奥の部屋で準備をしている最中だったのだろう。
「どうも、いらっしゃいませ」
水瀬に気付くと、葉純はふんわりと微笑んでくれる。
それは可愛らしくて良いのだが、どこか他人行儀な営業スマイルとも取れるのはいただけない。
(店ではあくまで客扱いってか。モラリストの葉純ちゃんは)
当然のことだとは理解しているのだが、どうしても面白くないと感じてしまうのは仕方ないだろう。
特に牽制すべき相手がすぐ隣にいるからなおのことだ。
葉純に慣れた様子で数種類の花を見繕ってもらいながら、立夢の呑気な顔を一瞥する。
(ガキとはいえ、油断は禁物だからな)
気取られないように、水瀬はふっと笑った。


それから数日後、水瀬は開店前のFloralPatelisieにやって来た。
葉純が忘れて行った―――実際には水瀬が隠し持って忘れるように仕向けたのだが―――携帯電話を届けに来たという名目だ。
表の店側ではなく裏口から入ると、葉純は少し驚いた様な顔をした。
葉純もまだ来たばかりだったのか、店のロゴが入ったエプロンを付けようとしているところだった。
携帯を届けに来たことを伝えると、店先で見せるものとは違った恋人同士の表情で微笑んでくれる。
葉純の油断しきっている様子に内心ほくそ笑みつつ、水瀬は葉純の髪を撫でた。
「水瀬?」
「まだちょっとは時間あるんだろ?」
キョトンとしている葉純に甘い声で囁く。
「ちょっと、だけどね」
葉純は仄かに頬を染めて頷いた。
淡いピンク色の唇に誘われるように口付け、ゆっくりと舌を絡める。
「ん・・・ぅん・・」
水瀬は葉純の腰を抱き寄せて、葉純も水瀬の背に腕をまわした。
そうしながらも、壁に掛けられている時計の時間を気にすることを忘れない。
「水瀬、もうそろそろ・・・」
一向に離す様子のない水瀬に慌てた葉純が困惑の声を上げる。
「まだ平気だろ?」
「んっ・・」
水瀬は葉純を抱く力を強めて再び唇を塞いだ。
(そろそろ来たか)
裏口の方で微かに物音がしたことに気付き、より一層口付けを深いものにする。
鍵を開けたままにしておいたのも勿論わざとだ。
「もう、ダメ。もうすぐ立夢君たち来ちゃうから・・・」
困ったような表情で水瀬から逃れようとする葉純。
(望むところなんだよ)
水瀬が素直に解放してやるはずもなく、身を捩る葉純に尚も執拗に口付ける。
「みな・・・せ、ほんとに・・・もう・・・」
嫌がるような素振りをしながらも、葉純の表情は蕩けきっている。
「やめて欲しくなさそうな顔してるけどな、葉純は」
水瀬は揶揄するように囁いた。
物陰に隠れてこちらを見ている相手に知らしめるように。

「おい、立夢。なにやってんだ?」
「うわぁっ!?」
立夢の思い掛けない大声により、彼らに自分たちのキスシーンを目撃されてしまったということが葉純にも伝わる。
「ご、ごめんね! こんなみっともないところ見せちゃって」
 耳まで真っ赤にして、あからさまに狼狽えている葉純は実に可愛らしい。
 「いいじゃねーか、内輪だし。今じゃなくてもどうせすぐバレてただろーし」
思惑通りに事が運び、水瀬は思わず口許を緩めた。 
意図的にバラしたのだとは口が裂けても言わないつもりだ。
「じゃ、俺もそろそろ行くわ。さっきの続きは帰ってからな」
「んっ!?」
 大満足の結果に気を良くしつつ、トドメとばかりに葉純にキスをする。立夢と成夢にばっちり見えるような角度で。
「もう! 水瀬!!」
「はいはい、お説教も帰ってからな」
 流石に葉純に怒った顔をされてしまったが、水瀬は上機嫌のままヒラヒラと手を振った。
(ここまでやっときゃ諦めるだろ)

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