silvery saga

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五話前編

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***

旅をするに当たり、最も必要不可欠なものがある。資金だ。そんなことは旅慣れた者でなくても知っている。
だからこそ、この少年はこんなにも声を上げて泣いているのだ。
「ご、ご、ごべんだざいぃぃぃ~~」
ごめんなさいのその言葉もままならないほどに涙でぐしゃぐしゃになりながら頭を下げているのは、獣人族の少年リギィである。いつもは元気にピンと立っている猫耳(厳密には虎耳だが)も今日ばかりは所在無さげに垂れている。
「リギィ、そんなに泣かないで。きっとなんとかなりますよ。ねぇ、ブラム」
「あぁ・・・まぁ」
リギィを優しく慰めているのは今日も天使のように愛らしいユアンで、その無垢な笑顔で同意を求められて仕方なしに頷いているのはブラムシヴァーズ。
3人はつい今しがたこのシガニールの街に辿り着いたところだ。ライラックの街から次の目的地であるキヨイの街へ向かう途中、大体中間の辺りに位置する。
そしてこの街にやって来て早々、3人はなんと一文無しになっていた。リギィに預けていた旅の資金全てを何者かに盗まれてしまったのだ。

街に着いてすぐ、道中に捕らえた賞金首の懸賞金を受け取るために役場に向かった。この時にリギィがたまには自分が行ってみたいと言い出したのが始まりだった。
ブラムの方も、役人に自分が元近衛騎士団長だと勘付かれないための変装をするのが億劫だったこともあり、素直にリギィに任せることにした。これが失敗その①だ。そしてリギィを向かわせる際、全財産の入った袋ごと全てリギィに預けてしまったのが失敗その②・・・と言うより、最大で痛恨のミステイク。
リギィが懸賞金を受け取ってブラムとユアンの元へ戻るまでのほんの数分間。その間に、金は呆気なく誰かの手に渡ってしまったらしい。

「もう済んだことだ。ギャーギャー言ったところで仕方ねぇんだから気にすんな」
ブラムは溜息交じりに言い、リギィの頭を粗雑に撫でてやる。本音を言えば“さっさと犯人探して取り返して来い”と蹴りつけるくらいはして当然だろうと思っているのだが、ユアンに上目遣いで宥めるように見つめられれば、ブラムの怒りなど完全にホワイトアウト。ユアンが許すと言うのなら、ブラムだって許すのだ。
「とりあえずは金取り返すなり稼ぐなりしねーとな」
「うぅ、ほんとにごめんなさい・・・」
どうしたものかと頭を掻くと、リギィはまたも小さくなった。
「お前、犯人っぽい奴見てねぇの?」
運良く賞金首でもいればいいが、この街中でそれも難しいだろうとブラムは悩む。
「っぽい奴って言われても・・・あ!」
リギィは暫し考えた後でハッとした。
「そういえば、役場出た後で思いっきりぶつかってきたヤツがいる!」
前方不注意で、ということはよくあるが、それほど人通りも多くない所で相手の方からぶつかって来られてひどく驚いたのだという。ついでにいえば吹っ飛ばされるような形で派手に転んだらしい。そういえば戻ってきた時、リギィが肘を擦りむいていたのを思い出した。
「きっとそれだな。特徴覚えてるか?」
ブラムは目を光らせる。更なる手掛かりを尋ねるとリギィは自信のないであろう記憶力を振り絞って答えた。
「えっと・・・なんか、長い尻尾みたいな髪型だった! 肩とか腕に絵がいっぱい描いてたぞ!」
犯人候補は思いの外分かりやすい外見のようだ。
「あ、多分ブラムとおんなじくらいのデカい奴だったと思う!  オレ、そいつの肘でデコぶつけたもん!」
ブラムの腕と自分の身長を照らし合わせながらリギィが付け加えた。
長身、長髪、肩から腕にかけての広範囲に刺青を入れた男。犯人像としては十分だ。
「ねぇ、ブラム」
早速探しに行こうと意気込でいると、ユアンがブラムの袖を引いた。
「もしかして、あんな感じの人でしょうか?」
指差した先にあるのは、酒場のオープンテラス。まだ昼間だというのに、一人の男が女達をはべらせて酒盛りしている。乾杯と上げた腕にはビッシリと刺青。
「アイツだ!!」
リギィは血相を変えて断言した。
更によくよく見れば、声高らかに女達に臨時収入だと自慢しているのは、ブラム達の金が入っていた袋ではないか。
「間違いねぇな。行くぞ!」
「おう!」
バキバキと拳指を鳴らし、リギィと共に男へ駆け寄った。
「おい!  ドロボ・・むぐぐ」
「いやー、お楽しみ中すんません」
男を目の前にするなりいきり立つリギィを抑え込み、ブラムは敢えてにこやかに声を掛ける。周りの女達がざわついているが、そんなのは知ったことではない。
「それ、うちのペットが落とした金なんで、速やかに返してもらえます?」
袋を指差して睨み上げると、男は慌てる訳でもなくポカンとしてブラムを見つめた。
「・・・お前、まさかブラム?」
「あ?」
泥棒に何故か名を呼ばれ、ブラムは眉を顰める。ブラムの困惑を他所に、男はテンション高く立ち上がった。
「おいおい、ブラムじゃねぇか! ひっさしぶりだなぁ~」
気安くブラムの肩を叩く。
その豪快な笑い方には見覚えがあった。
「・・・リュカか?  」
記憶の中にあるものとは随分と様変わりをしている目の前の男をまじまじと見る。
「おぉ、やっと思い出してくれたか」
「いや、っつーかお前、なんでこんなトコに・・・」
リュカは嬉しそうにしているが、ブラムは思わず身構えて辺りを見回した。こんな辺境の地で会うはずもない相手なのだ。まさか城から遣わされた追っ手なのでは・・・
「いやぁ実はよぉ、騎士団クビになっちまってな」
ブラムの勘繰りをふきとばすかのように、リュカはあっけらかんとして言った。
「クビ!?」
あり得ない発言にブラムは驚愕。リュカはカラカラと笑っている。
「・・・泥棒さんは、ブラムのお知り合いの方だったんですか?」
「なんかわかんねーけどそうみたい」
のんびりと追いついて来たユアンは首を傾げ、一人置いてけぼりを食らっていたリギィも困惑顔を浮かべた。


***

「どーも初めまして。ドロボー改めリュカって言います。ブラム君とは元同僚でーす」
はべらせていた女たちを解散させてから、リュカは開き直った態度で自己紹介をした。
盗んだ金がブラムの物だったと知り、素直に返してくれたのだが・・・
「おい、ざけんな!  何でこんな減ってんだよ!?」
妙に袋が軽いと思えば、中身が半分以下になっている。盗まれてからまだ1時間も経っていないと言うのに。
「悪い悪い、借金返したらほとんどなくなっちまってさ~。あ、ヤベ、ここの支払いもどうしよ。ツケもあんのに・・・」
ブラムに胸倉を掴まれても、リュカは悪びれる様子もなくヘラヘラしている。それどころかこの場の支払いまで押し付けて来そうだ。


「お前マジで何やってんだよ?  クビになったとか、どうせしょうもねぇ嘘だろ?」
酒場を後にしてから、ブラムは呆れ返ってリュカに尋ねた。ちなみに支払いは結局ブラムが持った。店主の訴えかけて来る視線に勝てず、仕方なかった。おかげで所持金は殊更に減った。
「嘘じゃねぇって。じゃなきゃこんな荒んだ生活してねぇし。あ、俺にも煙草ちょーだい」
リュカは呑気に言い、ブラムが吸おうとしていた煙草に手を伸ばす。遠慮が無さ過ぎる。
「なぁなぁ、元どーりょーってことは、リュカも騎士だったのか?」
リギィがさも不審そうに尋ねる。無理もない。以前はもう少し小綺麗な身なりをしていたが、今はどこからどう見ても単なるゴロツキにしか見えないのだ。そんなリュカを見て、よもやまさか城に仕えていた騎士だとは誰も思わないだろう。
「これでもコイツ、俺と同じ騎士団長だったんだぜ?」
「えー、嘘だ!」
ブラムが更に付け加えると、リギィは即座に否定する。
かなり失礼なことを言われているというのに、リュカは腹を抱えて笑った。
「ハッキリ言うなぁ、僕ちゃん。嘘じゃねぇって。ほれ、ここんとこ見てみ」
証拠だとばかりに自分の肩を指で示す。他の刺青に囲まれて分かりづらいが、そこには確かにブラムの鎖骨にある物と同じ薔薇の紋章があった。王家に忠誠を誓った騎士団長の証だ。
「しっかしその刺青もすげぇな・・・」
改めてリュカの肩から腕にかけてを眺め、ブラムは呟いた。確か騎士団にいた頃にはこんなものはなかったはずだ。
「この薔薇が消えない以上は隠すしかねぇじゃん?  木を隠すには森、的な」
リュカは肩を竦めて言った。確かにこれを見て紋章に気付く者はそうはいない。有効な手段だと言えるだろう。決して真似しようとは思わないが。
「本当に騎士団長さんなんですね・・・」
ユアンが感心したように呟く。リギィのようにハッキリとは態度に出さないが、恐らくユアンも訝しんでいたに違いない。
「まぁ、“ブラムと同じ騎士団長”ってのはちょーっと違うんだけどねん。騎士団の格が違い過ぎるっていうかさぁ」
リュカはユアンに向き直り、妙に脂下がった笑みで言う。何やら好色な手付きでユアンに触れようとしたため、ブラムはすぐさまユアンを自分の後ろに隠した。
「騎士団の“かく”?」
リギィが尋ねる。
「リングファットには三大騎士団があるんです」
「そうそう。超一流エリート精鋭部隊のフェンリル騎士団、貴族の出で王子お抱えのペガサス騎士団、そして残りが俺みたいな粗雑な連中の集まりのケルベロス騎士団だ」
ユアンが苦笑混じりで答え、リュカが自分の解釈を多大に用いた説明を加えた。
「ブラムってエリートだったのか!?」
「まーな」
大袈裟なほど仰け反って驚愕するリギィに、ブラムは恐れ入ったかと胸を張る。
そうこうしながらも、リュカは慣れた様子で市場を歩いて品物を物色。それについて歩いていると、これまた何故かブラムが支払いを負う羽目になっていた。


「着いたぞー。ここがマイホーム」
散々奢らされた後でリュカに案内されたのは、街外れも外れに外れたほぼ森の中だ。
「・・・うわ、汚ぇー」
「すげぇボロだな」
ブラムとリギィが思わず顔を顰めた。ユアンもポカンとして目の前の家を眺めている。
まず鬱蒼とした蔦が家全体を覆っているので人が住んでいるようにはとても見えないし、元は白かったと思われる薄茶の壁が若干傾いて見えるのは恐らく錯覚ではない。どこからどう見ても崩壊寸前のおんぼろ屋敷だ。
「まぁ外見はこんなんだけど、中はリフォームしてっから大丈夫だって。結構広いし、部屋だってある」
3人の戸惑いをよそに、リュカは誇らしげに言った。宿代節約のため、今日はリュカの家に泊めてもらう事になったのだ。
リュカが入り口らしき引き戸をがっしり掴み、少し右斜め上に持ち上げながら一気に左、気持ち手前に寄せるように引き開けた。随分とコツが必要らしい。試しに普通に閉めようとしてみたがピクリとも動かなかった。
「つーか、誰かさんが俺達の金使い込まなきゃ泊めてもらう必要なかったんだけどな」
「まぁまぁ、そう言うなって」
ブラムが思わず毒づくと、リュカはヘラヘラ笑った。反省は全くしていないようだ。
「しかし、ユアンちゃんってどっかで会ったことあるような気がすんだよなぁ~」
確かに広さだけはある家の中を案内してくれながら、リュカがおもむろに言った。下から上までユアンを無遠慮に見つめて考え込む。
「気のせいだろ。古い口説き文句ならやめとけよ」
余計な事を思い出されては面倒だと、ブラムは再びユアンを背に隠してリュカを追い払うようにする。
「いや、そう言うんじゃなくてさ~。絶対どっかで見た顔なんだよなぁ・・・」
リュカは負けじと覗き込んでユアンを観察。暫し目を細めて考え込んでから、ハッとした。
「あ!!  そうか!!  ほら、お前が気に入ってた城の、」
「それよか!! お前、クビってどう言うことなんだよ? 」
ブラムはリュカの背中を思い切り叩く。
かなり強引な話題転換だったが、リュカはすんなりと受け入れた。
「いや、まぁ、ほら、のっぴきならない事情があってな・・・」
一人頷きながらしみじみと言う。
「お前のことだ、どうせ女だろ?」
ブラムは深い溜息をついて核心をついた。
「あー・・・実は、第三王女に手出したのがバレてな」
いささかバツの悪そうにしてリュカが認める。
「昔っから節操のなさがハンパねぇと思ってたけど・・・」
予想の斜め上を行くお相手に、ブラムは呆れて頭を抱えた。
「なんか類友だな、ブラム」
リギィが汚いものを見るような目でブラムとリュカを見つめる。何とも不名誉な評価に反論しようとするブラムをよそに、リュカはまた豪快に笑った。
「そうそう、俺達ちょー類友なの。泣かせた女は数知れずーってなぁ、ブラム?」
「一緒にすんなって、俺は泣かせてねぇだろ」
悪ノリするリュカにギョッとする。思わずユアンの反応を伺うが、リュカの言葉は止まらなかった。
「まぁ確かになー、お前要領良く遊んでたもんなぁ。女共も割り切ってて、“騎士団長様との一夜の夢”とかなんとか綺麗な思い出にして全然恨まねぇでやんの。ホント上手くやるよなぁ。ま、そのブラムとの一夜を忘れられないって言う女達を俺が慰めついでに口説くんだけど」
「わー、どっちも最っ低。なぁ、ユアン」
リギィが責め所を見つけたとばかりにニヤニヤしながら同意を求め、ユアンは曖昧な表情を浮かべている。
リュカの暴露は更に続いた。
「お前とレイナ姫との婚約が決まった時なんか特に凄かったぜー?  傷心の女達で俺の方は大豊作。いやぁ、その節はお世話になりました」
爆弾発言を織り交ぜつつ、大袈裟にブラムに頭を下げて見せる。
「ここここ、婚約!?」
世間的には噂にもなっている話だが、疎いリギィには初耳だったようだ。ひどく驚愕している。
「あれー、知らなかった?  コイツ姫と結婚するはずだったんだぜ。なんか土壇場で逃げ出したみてぇだけど」
リュカはカラカラと笑った。
「ブラム、まさかその所為でお尋ね者になったのか!?」
「違ぇわ! っつーかお尋ね者じゃねぇ!」
もはやブラムを貶める事も忘れて本気で驚いているリギィの後ろ頭を思い切り叩く。
「まぁな、逃げたくなる気持ちも分かるぜ。いくら美人でも一人だけに縛られるとかありえねぇよな」
「そんな理由じゃねぇ! お前と一緒にすんな!!」
リュカは尚もしたり顔で語り、ブラムは大いに否定した。そうしながらもユアンの反応を伺ってみるが、何も言わずに視線を逸らしているだけだ。
「じゃあレイナ姫と結婚するつもりだったのかよ?」
「そうなのか、ブラム!?  レイナ姫ってそんなに美人だったのか!?」
「もうお前ら黙ってろ! 阿保共!!」
嬉々としてタッグを組むリュカとリギィに、ブラムは本気の蹴りを入れた。


***

リギィとリュカは意外にも気が合った・・・というより「ブラムの株を下げてやれ!”という意思が一致したらしく、いつまでも2人ではしゃいでいた。そのほとんどがブラムの暴露話だ。
リュカには有りと有らゆる騎士時代の所業をバラされたが、あの聖母画については触れられずに済んだ。ブラムが意図的に話題を逸らしていたからだ。
城の一角に飾られていた聖母画。大司教ロザリア、つまりはユアンをモデルにして描かれたその絵に、嘗てのブラムは心惹かれてやまなかった。
ユアンに出会うずっと前から、既に恋心にも似た淡い感情を抱いていたのだという事実を知られるのは流石に照れくさい。
いや、というより、
(サムい、だな。我ながら)
ブラムは自嘲し、煙草の煙を天井に向かって吐き出した。
聖母画を見る度に心が癒され、祝福を受けているような気持ちになった。独占欲や肉欲などとはかけ離れたプラトニックな感情。もはや崇拝に近い。そう考えると、ユアンに対するそれとはまた別のものなのかもしれない。
ユアンと出会った初めの頃こそ、あの絵から飛び出してきたようだと感じていたが、今は違う。
姿形の秀麗さは言うまでもないが、時折見せる脆さには庇護欲をそそられ、かと思えば、決して揺るがない強さをも内に秘めている。ブラムはユアンを守っているが、ユアンもまたブラムを護ってくれているような、そんな気がする。
表情に滲むあどけなさは堪らなく可愛いし、耳を擽るような甘やかな声は実に心地良い。抱き寄せた時の柔らかな感触も、安らぎを感じる芳しい香りも、実際のユアンに触れたからこそ味わえるものだ。
ユアンは聖母画よりもずっと麗しく、愛らしく、そして・・・・・・・・・・・・・・・意外とヤキモチ焼きだ。

「一応言っとくけど、あんなの全部大昔の話だからな」
夕食を終えて皿洗いをしているユアンを手伝いながらブラムは切に言う。
リュカとリギィが散々盛り上がっている中、一人反応なく無言でいるユアンの事が気になって仕方がなかった。
一体どんな風に思ったのか。その時には表情からは何も読み取れず分からなかったが・・・こうして2人になると、妙に口数が少ないと分かる。何処と無く怒っているような気もする。
「・・・全部事実なんですね」
ユアンがぽつりと呟く。視線は手元の皿に向けたままなので、まるで独り言のようだった。
(やべ、外した・・・)
ブラムは青ざめる。“昔の事だ”ではなく、“真っ赤な嘘だ”と伝えるべきだった。こういう時には嘘も方便だ。
「いや、あのな、違くて、その、あくまでも、若気の至りで、なんだ、ほら、一過性の発情期みたいなモンっつーか・・・」
しどろもどろで言い訳にもならない言い訳をする。
遊びで口説く女性には、涼しい顔でどんな嘘も甘言も湧いて出るように話せるのに、ユアンが相手ではどうにもうまく立ち回れない。
「と、とにかく、マジで、昔の話だから」
再び断言する。今のブラムはユアン一筋。よそ見など絶対にしないと誓える。それをもしも過去の愚行の所為で信じて貰えないなら・・・出来ることなら嘗ての自分を殴りに行きたいくらいだ。

「・・・そんなに気にしてませんよ?」
ユアンが溜息交じりに言った。
「姫との婚約も知ってましたし」
ようやく顔を上げ、視線も合わせて微笑んでくれる。微笑んでくれているのだが・・・
(なんか、目が笑ってねぇ・・・)
ブラムはますます焦った。
「あー・・・その、婚約だってな、周りが勝手に決めただけで」
探り探りに言い、ユアンの反応を見る。
ユアンが婚約の事を知っているのは当然だ。何せわざわざ婚礼のために大聖堂まで建ててしまった大仰ぶり。大司教だったユアンはそれに大きく関わっていたはずなのだから、姫の婚約相手がブラムだったということも耳にしていたとしても不思議はない。
なので、その事で機嫌を損ねるとは考えにくい・・・とは思うのだが、
「別に、お互いに好き合ってたとかそんなんじゃ全然ねぇからな」
少しでもユアンを宥める突破口にできればと、言い訳を塗り重ねていく。
「分かってます。ホントに気にしてませんから」
ブラムの必死な様子にユアンは苦笑。話しながらも手を止めることはなく、最後の1枚に取り掛かったようだ。
(ダメだ・・・どうしたらいいのかさっぱり分かんねぇ)
これまで来るもの拒まず去るもの追わず(相手が去るまでもなくブラムから先に去っていたのだが)でやってきたブラムは、こんな風に焦って相手の機嫌を取る事などした事がない。
(あーもう、お手上げ)
ブラムは深く溜息をついた。もはや言い訳するのは諦めた。
「・・・気にしてないなら、何でそんなに剥れてんだよ?」
いじけたように呟いて、ユアンの頬をつついてみる。
すると途端に、ユアンの顔が赤く染まった。
拭いていた皿を落としそうになったため、慌ててブラムが受け止めた。
「別に剥れてなんかいません!」
ムキになって言う。図星を突かれたためか、先程までの微笑みなど立ち消えている。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
思いもよらなかった反応にブラムは呆気に取られ、ユアンはますます真っ赤になって俯いてしまった。銀色の瞳は潤み、なんだか泣きだしてしまいにも見える。
「ユアン・・・」
「ゴメンなさい」
髪を撫でようと手を伸ばしたが、触れる直前でユアンが顔を上げた。
「呆れてますよね?   こんな、昔の事にまで嫉妬するなんて・・・自分でも・・・」
言いながら、どんどん声はしぼんで視線も床へと落ちていく。
ブラムは改めてユアンの髪を撫でた。
「妬いてくれんの、俺は嬉しいけど?」
囁いて、ユアンの額に口付ける。
ユアンは些かキョトンとした様子でブラムを見つめた。
泣きそうな顔のままで上目遣いで見つめられると、壁を隔てた向こうにリギィ達がいる事も忘れて理性が吹き飛んでしまいそうだ。
「呆れるどころか、寧ろ感動?  神様ありがとう的な?  嬉し過ぎで顔がにやけて仕方ねぇんだけど、どうしようコレ」
軽口を叩きながら自分の緩みきった口元を指差す。
ユアンは今度こそ本当に微笑んで、ブラムの懐に顔を埋めた。
「ユアン・・・」
髪を撫でていた手を首筋に滑らせ、耳元に触れる。
ユアンのことなのでこんな所では嫌がるのだろうとは思ったが、ひとまず欲望のままに唇を求めることにした。
(抵抗しない・・・のか?)
ブラムは反応を伺いながらゆっくりと顔を寄せていく。ユアンは少し身体を強張らせたものの、ギュッと目を閉じて素直に口付けを待っていた。
「んっ・・・」
唇が触れ合えば、また一段と欲が出る。ユアンの唇を舌先で舐めると、ユアンは恐る恐るといった様子で薄く口を開いた。ブラムが強引にするのではなく、ユアンが自分からブラムを受け入れる。まるで、ユアン自身もブラムの深い口付けを求めていたかのように。
(可愛い過ぎだろ、ご主人様)
ユアンなりに、ブラムに対しての独占欲じみたものを感じている。以前からすれば考えられなかった変化だ。
ただ美しいだけの聖母画よりも、内なる熱を秘めたユアンの方がやはり格段に魅力的で愛しい。
隣の部屋に聞こえてしまわないようにと必死に声を堪えるユアンに、ブラムは何度もキスをした。


***

儲け話がある。リュカがそう持ちかけてきたのは翌朝の事だった。
「盗賊団ねぇ・・・」
ブラムは朝食後の一服を嗜みながら眉を顰める。
テーブルにはリュカ手製の地図が広げられている。地図と言うよりは地形図というか、ここから森の奥深くまで行ったところまでの見取り図のようなものだ。大きなバツ印のつけられた目的地は盗賊団の潜伏先なのだという。
「当然賞金首だし、奴らが盗んだお宝を頂けりゃあ一石二鳥って訳よ」
リュカがどうだと胸を張る。一緒に話を聞いているリギィやユアンにも説き伏せるようにさらに続けた。
「分け前も半分こなんてケチなことは言わねぇよ。俺は4分の1でいい。そうすりゃ、俺がお前らに借りた金差し引いたとしても十分な稼ぎになんだろ?」
悪い話じゃないはずだと自信たっぷりに語る。
金を盗んだことをさらりと“借りた”と言い換えているのには呆れるが、ブラムは一先ず詳しい話を聞く事にした。
「んで、 その盗賊団ってのは何者なんだ?  その様子じゃただモンじゃねえんだろ?」
たかが賞金首、たかが盗賊団に、リュカが人の手を借りたがるとは思えない。腐っても近衛騎士団長。真剣にやりあえば、恐らくその実力はブラム同等程度であろう。協力者など募らずとも、盗賊団の一つや二つ簡単に潰してしまえるはずなのだ。
リュカはバツの悪そうな顔をして頷いた。
「全員がSランク賞金首と同等レベルの実力者らしい。盗賊団っつーより戦闘集団だと思っておいた方がいいだろうな」
しかも総数は不明。調査をしたが実態が掴めなかったと語る。そして極め付けはこれだ。
「頭領はバケモンだって噂もあるぜ」
もうなんでもありだろ、と笑って見せる。
「なんだそりゃ・・・」
自信たっぷりに話を持ちかけてきた割にはあまりに不確かな情報で、ブラムは呆れ返った。
「まぁまぁ、相手にとって不足なしだろ?  フェンリルさんよ」
リュカが調査の良い笑みを浮かべる。
「そうだな。天下のケルベロスも単騎じゃ怯むほどの敵だってことは分かったぜ」
ブラムも負けじと言葉を返した。互いを騎士団の名で呼ぶのは、なんだか妙に懐かしさを感じる。
ブラムは煙草を吹かしながら、ユアンとリギィを見やった。
(まぁ・・・背に腹は変えられねぇか)
暫し悩むが、致し方ないと溜息を漏らす。
リュカの誘いに安直に乗っていいものなのか。悩みどころではあるが、金が要るのは避けようのない事実だ。リギィや自分はともかくとして、ユアンに野宿ばかりさせるのは好ましくない。食う金にも困るなどと、そんな甲斐性のない話があってなるものか。
そもそもは金を盗んだリュカが全て悪いのだが、済んだことを嘆いてもしかたがない。どうせ反省するような奴ではないし。
「分かった。その話乗ってやるよ」
ブラムはまた溜息をついて決断を下す。
「よっしゃ、そう来なくちゃな」
リュカは大仰にガッツポーズを取った。
「あ、くれぐれも取り分は誤魔化すなよ?」
念を押すブラム。
「わーってるって」
リュカはヘラヘラと笑う。
(ホントかよ・・・)
ブラムはますます不信さを募らせた。



「なんでオレとユアンは留守番なんだよ?」
出掛ける準備を済ませたブラムに、リギィは不満を漏らした。
盗賊団の討伐にはブラムとリュカの二人で行くと言い出したからだ。
「足手まといになんかなんねーし! オレだって行きたい!」
ハッキリと“役立たず”の烙印を押された気がして、リギィは余りの悔しさに地団駄を踏む。
ブラムは呆れるように溜息を漏らし、リギィの頭を乱暴に撫でた。
「だからダメだって言ってんだろ。こいつの情報だから本当かどうか知らねぇけど、なんか危ない相手らしいんだからな」
「いやいや、ホントにマジな確かな情報だって」
リギィを宥めるついでにリュカを貶すブラムに、それをヘラヘラと笑って受け流すリュカ。息の合う“戦友”という感じがして、それもまた悔しさの要因になった。
(オレだって役に立ちたいのに・・・)
金を盗んで使い飲んだリュカが一番悪いのだが、そうは思いつつも、リギィは責任を感じずにはいられなかった。ユアンもブラムも決して責めはしなかったが、今回の件は明らかにリギィの失態だ。
いつもユアンとブラムに頼ってばかりだから、何か出来ることをしようと張り切った結果が・・・スられた。
そして金を取り戻すことも出来ず、稼ぐことも出来ず、またブラムに頼ることになった。なんて情けないのだろう。
「あのな、俺はユアンを盗賊の巣なんかには絶対連れて行きたくねぇんだよ」
肩を落とすリギィに、ブラムが言った。
突然何を言い出すのかと、リギィは?を浮かべる。
ブラムは構わず続けた。
「かといって、こんな荒れ果てた家にユアン一人置いておくのもすげー嫌なわけ。どこならともなくこういう下衆い野郎が押し入って来ねぇとも限らねぇからな」
ユアンを抱き寄せ、いつもの異常なまでの過保護ぶりを熱弁する。“こういう下衆い野郎”と言った所ではバッチリとリュカを指差していた。
「だから、俺がいない間はお前がユアンのそばにいてくれると安心なんだけどな」
ブラムがそう言って再びリギィの頭を撫でる。ユアンも同調するように柔らかく微笑んでいる。
「・・・・・・分かった。オレ、ちゃんとユアンと一緒に留守番してる」
リギィは大きく頷いた。
もしも本当に何かあれば、きっと助けられるのはユアンではなく自分の方だということは分かっている。ブラムのあまりの過保護ぶりに忘れそうになるが、魔法を使えばユアンだって十分に戦えるのだ。何も出来ず弱いままでいるのはリギィだけ。
けれどブラムが“安心だ”と言ってくれるなら、その気遣いに乗せられたフリをしようと思えた。
(ユアンも、やっぱブラムのこういうトコが好き・・・なのかな・・・)
目の前でまるで見せ付けるように寄り添う二人を見上げてふと思う。
出会ったばかりの頃はハッキリと“恋人ではない”と言っていた。今だって別に何かどうなったと聞いた訳ではないのだが・・・幾ら鈍いリギィでも、ここ最近の二人を見ていれば流石に分かる。察する。
だからこそ、もしかしたら邪魔になっているのではと申し訳なく感じ、せめて少しでも役に立てないかと思い始めたのだ。ことごとく空振りに終わるのだが。
「ブラム、無茶な事はしないで下さいね。もし怪我なんかしたら・・・」
ユアンが不安げにブラムを見上げる。ブラムに抱き寄せられたままなので、今にも口付けそうなほど顔が近い。
「大丈夫だって、楽勝で帰って来るから。だから帰って来たら・・・・・・な?」
ブラムは自信たっぷりに笑い、ユアンの耳元で何か囁いた。リギィには聞こえなかったが、ユアンが一瞬で真っ赤になってしまったあたり、何か如何わしいことを言ったに違いない。
「こいつらいっつもこんな感じか?」
黙って見ていたリュカが呆れ顔でリギィに尋ねる。
「うん、いっつも」
リギィは即座に頷いた。
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完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

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はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

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