silvery saga

sakaki

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二話後編

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*** 7 ***
「うわぁ・・これ重いんですね」
ユアンが感心したように呟く。
枷の付いた足を動かす度に鎖の音が響き、それに繋がる鉄球はビクともしない。
「さっきの緑のお洋服を着た方がパーキンスさんですか?」
リギィは黙って頷いた。
「舌にピアスなんて、痛くないんでしょうか・・・」
ユアンはあくまでも真面目言っている。食事の時に邪魔になるのでは、などと心配しているほどだ。
「ユアン、ごめんな。オレの所為で・・・」
リギィは先ほどの光景を思い出し、思わず瞳を潤ませた。ブラムに『ユアンに何かあったら・・』と言われていたことも思い出すと、益々自分が情けなくなる。
「大丈夫ですよ。きっともうすぐブラムが来てくれますから」
手枷の鎖を弄ぶようにしながら、ユアンが微笑む。いっそ鼻歌すら聞こえてきそうなほど呑気なその表情に、リギィは眉を顰めた。
「そんなの、分かんないじゃんか・・・」
「どうしてです?」
ユアンは不思議そうな顔をする。
横たえたままの体勢で精一杯顔を上げてユアンを見据え、リギィは怒鳴るように言った。
「だって来ないかもしれないじゃん! さっさと見捨てて、先に行っちゃうかも知れないだろ!」
「ブラムは絶対来てくれますよ」
ユアンは微笑んだままで首を横に振る。
リギィはさらに食い下がった。
「なんでそんなに信じられるんだよ? どんなに長く一緒にいたって、例え家族だって、人は簡単に裏切るじゃんか!」
声が割れるほどの大声で怒鳴る。視界が涙で揺らでいた。
「だから、アイツだってどうせ・・・」
「それでも、僕はブラムを信じてます」
ユアンが穏やかに、けれど意志の強さを感じさせる声で言う。顔を見ずとも、ユアンが今あの柔らかい微笑みを浮かべているのが分かる気がした。
「大丈夫ですよ、絶対に」
子供に言い聞かせるように言われ、リギィは思い切り鼻を啜る。ようやく顔を上げると、ユアンはやっぱり笑っていた。
「ブラムはすごい番犬ですから、きっとこの場所だってすぐに分かっちゃいますよ」
悪戯めかした口調でユアンが言った。
その直後だった。微かだがユアンを呼ぶ声が聞こえ、途端に屋敷の中が騒がしくなった。
「今の声、ブラムだ!」
リギィの耳がピクピクと動く。
(ホントに来た・・・)
信じられないような、感動すら覚えるような心地のリギィに、ユアンはまたにっこりと微笑んだ。
「じゃ、僕たちも逃げましょう」
「へ?」
唖然とするリギィだが、言うやいなやユアンの両手が光り始めたのを見て更に面食らった。
初めは淡い光だったものが濃縮され、遂には強い閃光となる。魔力を封じると言っていたはずの枷は、音を立てて粉々になってしまった。
「ほへぇえ!?」
益々目を見開くリギィ。ユアンは続いて鉄格子に手をかざした。そして光の弾を一気に放てば、派手な爆発音と共に鉄格子が吹き飛んだ。
「ちょっと勢い付け過ぎちゃいました」
こちらに向き直り、茶目っ気たっぷりな笑顔を見せる。
「それ、魔力、封じるんじゃ・・・」
唖然としながら、リギィは床に散らばった手錠の残骸を指さす。
「うーん・・・どうなんでしょうね」
ユアンはのほほんとして首をかしげた。

*** 8 ***
「どうしましょう・・・結び目が固くてちっとも解けません」
リギィの傍らにしゃがみ込んだユアンが嘆く。
ブラムが大暴れしてくれているのか、屋敷の中はひどく騒然としていてこちらには見張りも来ない。いつでも逃げられる絶好のチャンスだ。
なのだが、いかんせんリギィをぐるぐるに巻きにしている縄が全く解けない。
「なぁなぁ、魔法で何とかなんないの? 縄燃やすとか」
リギィが眉を八の字にして尋ねる。ユアンはより一層困ったような表情を浮かべた。
「そんなことしたら、リギィが丸焦げさんになっちゃいますよ」
「それはヤダ!」
ユアンの言葉に思わず耳の毛が逆立つ。
「丸焦げにならないように加減すればいいじゃんか!」
「そんなことできません!」
涙目のリギィにユアンはきっぱりと答えた。
「どうすんだよ、逃げられないじゃんか~」
不自由な体をじたばたと動かし、魚のように跳ねる。
「動かないで、余計ほどけませんよ~」
流石のユアンも先ほどからは笑う余裕もないようだ。難しい顔をしながら一生懸命縄と睨めっこを続けている。
「ユアン!!」
途方に暮れている二人の下に、ようやく救世主・・・基、ブラムが現れた。
「ブラム!」
ユアンの表情がパッと明るくなる。
ブラムは一目散にこちらに駆け寄って来たかと思うと、縛られているリギィには目もくれずにユアンに抱きついた。
「ったく、囮なんて無茶なことしやがって」
かみしめる様に囁くブラム。
思いがけないその言葉にリギィは目を見開いた。
「囮ってどういうこと?」
「おぉ、お前芋虫みたいになってんな」
リギィが問いかけると、ブラムはユアンを抱きしめたままでこちらに視線を移す。そしてようやくリギィの状況を把握したらしい。
「追手が来てるって気付いてたからな。ユアンが自分が囮になるって言い出したんだよ」
言いながら、ブラムが持っていた短剣を奮う。
「ひっ!!」
咄嗟に目を閉じると、ぐるぐる巻きになっていた縄だけが一瞬のうちに解かれていた。
「変態人体収集家なら、流浪の民をほっとくわきゃねぇからな」
ブラムがぼやくように言った。
密かに自分たちを取り囲んでいる人影がパーキンスの追手であることを察した二人は、敢えて一度捕まってパーキンスのアジトを突き止めてから一気に叩くという策に出たのだ。ブラムがユアンとリギィの傍を離れたのも敢えてのことだったのだという。
「お前一人じゃ逃げ続けるにも限界があるしな。どうせなら、逃げ回らなきゃなんねぇ理由ごとなくしちまった方がいいだろ?」
ブラムがニヤリと笑い、リギィの頭を無造作に撫でる。乱雑だが優しいその感触に、ユアンの信頼の理由が分かったような気がした。
「ユアンの言うとおりだった」
リギィはユアンと顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべる。
だが当のブラムは、何やら不満げに溜息をついた。
「即行で迎えに来るつもりではいたけどよぉ・・・」
再びユアンを抱き寄せる。
「例え短い時間でも、お前に何かあったらと思うとこっちは気が気じゃねーんだぞ?」
向い合せになって肩に手を置き、ゆっくりと顔を近付けながら囁いた。
「ブラムは過保護ですね」
ユアンが呆れたように笑う。今までとは違い、どこか安心しきったような、甘えを含んだような表情だ。
(・・・き、キス、するのかと思った・・・)
互いの額を合わせて至近距離で見つめ合う二人に、リギィは一人赤面。ドギマギしながら視線を逸らした。

*** 9 ***
自由になった三人は屋敷の中を探索していた。当然ながら何度もパーキンスの手下達に遭遇したが、ブラムがいとも容易く片付けてしまうのでリギィはユアンと共にただ後ろに付いていくだけで良かった。
「ったく、パーキンスって奴は何処にいるんだよ?」
扉を蹴破り、空っぽの部屋の中を見てブラムがぼやく。広い屋敷の中には幾つもの部屋があり、肝心のパーキンスとは未だ出会えていなかった。この騒ぎの中でも出てこないということは、今は屋敷の中にはいないということなのだろうか。
「なんだか不気味な部屋ですね」
ユアンが呟く。
部屋の中には人こそいないが、ガラスケースや瓶状の物が無数に並べられていた。
「眼球、髪の毛、指、こっちのは内臓か? 御大層な悪趣味だな」
飾られているパーキンスのコレクションを手に取り、ブラムも顔を顰める。
「なんか・・・変な臭いがする」
リギィが耳を垂れ、鼻を塞いだ。
ブラムとユアンは部屋中にあるホルマリン漬けの物体や古ぼけた標本の臭いで気付いていないようだ。
だが人一倍鼻の利くリギィには、徐々にこの部屋に近づいている異質な臭いを感じ取る事が出来た。以前一度だけ嗅いだことのある、パーキンスお手製の合成獣の臭いだ。
「無断で私のプライベートルームに入らないでいただきたい」
臭いがさらに近付いてきたと思うと、扉の方から緑色のローブをまとった男が顔を出した。
その両側には牢で散々ユアンにセクハラを働いたあの四人組を従えている。
「あの口裂け男がパーキンスか?」
「あ・・・う、うん。」
ブラムに尋ねられて何とか頷くが、リギィはパーキンスの背後に控える大きな影から目が離せなかった。
パーキンスの側近と思われる痩せた男が鎖を引くその先には、獣とも人間とも分からない気味の悪い化け物が、首輪をかけられて立っている。
「随分暴れていたようですからね、そちらのお兄さんには特別に私のペットと遊ばせてあげましょう」
頬まで裂けている口角をさらに引き上げ、パーキンスが醜悪に笑う。
化け物の虚ろな目は確実にブラムを捉え、首輪が解かれたその瞬間に脇目も振らずに襲いかかってきた。
「縫い目がいっぱいで、なんだかぬいぐるみみたいですね」
傍観しながらユアンが言う。
「だからちょっとは動じろって」
化け物の攻撃を避けながらすかさずツッコミを入れるのはブラムだ。
「ぬいぐるみにしちゃ随分可愛くねー・・なっ!」
軽口を叩きながら化け物の顎を蹴りあげる。人間ならば脳がグラつき腰が立たなくなるはずだが、やはり化け物にはあまり効かないらしい。ブンブンと何度か頭を振ったものの、またすぐに体勢を立て直してブラムへと飛びかかって行った。
パーキンスにそう命令されているのか、化け物の標的はブラムだけのようだ。
「あいつ、パーキンスが作った合成獣なんだ。人間がベースだけど、ライオンとか熊とか色んな生き物が合わさって出来てる」
ユアンと共に部屋の片隅へと避難し、リギィは言う。
「あぁ、だからツギハギだらけなんですね」
ぽんと手を叩きながら納得するユアン。本当に呑気だ。
呆れるリギィだったが、突如腕を掴まれ目を見開いた。
ユアンも同じく両側から腕を引かれている。
「お前らはこっちに来てな」
リギィの手を掴んでいるのは大男、ユアンの方はそばかす顔と狐顔の男だ。
力任せに腕を引っ張り、パーキンスの方へ連れて行こうとするが、
「ユアンに気安く触んじゃねーよ」
一瞬で飛んできたブラムが男たちを蹴り倒した。まさにあっという間に。
「ったく、油断も隙もねぇ」
ユアンをふわりと抱き上げてから自分の後ろへと移動させる。
気付けば、いつの間にかリギィのことも背に庇うようにしてくれていた。
(すげぇ・・・)
リギィはまた一つ感動する。
襲い来る化け物の攻撃も、すぐに起き上った四人の男たちの攻撃もブラムはいとも簡単に躱している。
(けど、このままじゃ・・・)
やはり二人を庇いながらは戦いづらいのか、なかなか決着がつかない。
(・・・・・・・・・あ、そうだ!)
どうしたものかと暫し考え、リギィの耳がピンと立つ。思いついた可能性に賭けるべく、意を決してブラムに言った。
「ブラム! あのでかいヤツがユアンに足枷付けた!」
大男をビシッと指差す。ブラムの目許がピクリと動いたのを確認し、更に続けた。
「そばかすのヤツはずっとユアンのことエロい目で見てた! あの太ったヤツはユアンの髪の毛クンクンしてた!」
リギィが言葉を発する度、ブラムの顔が険しくなっていく。
そして留めだ。リギィは一際大きな声で言い放った。
「あの釣り目のヤツは、ユアンの脚とか腰とかベタベタ触ってたし、キスしようとしてた!!」
語尾が反響するほどの大声に、全員が唖然とする。ただ一人、ブラムを除いて。
「お前ら、随分好き勝手してくれたみてぇだな」
地を這うような重低音でブラムが凄む。その迸る殺気に四人の男達はさっと青ざめた。
(つ、強ぇ)
目にも止まらぬ速さで、男達が地に沈んでいく。予想以上の結果にリギィは少し震えた。
さらに、
(ブラムの目・・・)
振り返ったブラムの瞳が金色に変わっていることにも驚かされた。それはユアンも同じらしく、目を見開いて化け物と戦うブラムを見つめている。

*** 10 ***
「素晴らしい!」
言い放ったのはパーキンスだ。
感嘆してブラムを見やり、手を叩く。
「獣人族と流浪の民に続き、今度は金眼とは驚いた!」
興奮のあまりその身体は震えている。
「金眼とあらばその強さにも納得だ! 文献でしか読んだことのない、遠き日に滅びし民族よ! 是非とも研究の限りを尽くしてその生体を解き明かして見せようじゃないか!! 必ず私のものに――――」
昂揚しきった言葉の途中、突然パーキンスの身体が吹き飛んだ。
「ブラムは貴方にはあげません」
珍しく笑顔を消してユアンが言う。リギィと共に居るこの部屋の片隅から、パーキンスに向けて魔法を放ったようだ。
「ぱ、パーキンス様!!」
傍らにいた痩せた男がハッとしたように慌てて駆け寄る。
パーキンスはゆっくりと起き上がると、その鋭い眼光でユアンを捉えた。
「見かけによらず、随分とじゃじゃ馬のようですねぇ」
言い捨てながら枝のように長い指で手招きするような仕草をする。
すると、それまで一心不乱にブラムを襲っていた合成獣が突然こちらに向き直った。強靭な爪を光らせて、力任せにユアンに振り下ろす。
「危ねぇっ!!」
リギィが叫ぶ。
ユアンの身体はブラムに素早く抱き寄せられ、間一髪で攻撃は逃れた。
・・・が、
「「あ゛――――――――――っ!!!!」」
リギィとブラムが声をそろえて叫ぶ。
攻撃こそ避けたものの、長い髪が鋭い爪の餌食となってしまった。美しく輝く銀髪が、ハラハラと地面に落ちていく。
「か、髪が・・・」
「ユアンの髪が・・・」
目を見開いてわなわなと震えるリギィとブラム。
「なんで二人のほうがショックを受けてるんですか・・」
当のユアンは困ったように笑うだけだ。
「もう絶対許さねぇ・・・」
肩ほどの長さにまで短くなってしまったユアンの髪。それに触れながら、ブラムはポツリと呟いた。
そして瞬時に化け物の目前まで飛びかかったかと思えば、思い切り殴り飛ばした。
吹っ飛んだ化け物は痩せた男に見事命中。下敷きにされた痩せ男はもう伸びてしまった。
「こんな化けモンをいつまでも相手にするより、操ってるお前自身を叩いたほうが効率的だな」
今度はパーキンスに歩み寄り、凶悪な笑みを浮かべる。その殺気は先ほど四人の男たちを倒した時と同等・・・いや、それ以上に凄まじい。鈍く輝く金色の眼光がパーキンスを見据えている。
パーキンスはそのままの体勢で後ずさるが、すぐに壁に当たって追い詰められた。
「ま、待て!お、お前達は私に掛かった懸賞金を目的に来たんじゃないのか?私を殺したら懸賞金は手に入らないぞ!!生け捕りが絶対条件のはずだ!だから・・」
頬まで裂けた唇は震え、命乞いの言葉を紡ぐ。もはや抵抗する気力もないようだ。
それでも、ブラムを覆う殺気は消えることはない。
「いらねぇよ、懸賞金なんか」
無情に言い放ち、すでに血で濡れた剣を振りかざした。

*** 11 ***
パーキンスの屋敷を出る頃には、すでに空が明るんでいた。
「あーあ、さっさと寝てー」
思い切り背伸びをして吐き捨てるように言ったのはブラムだ。瞳の色は元通りの漆黒に戻っている。
「あぁ・・・もう朝なんですね」
紫がかった朝もやを眺め、ユアンは苦笑いを浮かべた。
野宿をしようとしていた最中に今回の騒ぎになったのだから仕方ないのだが、気付けば一睡もしていないまま朝になっている。
野宿しようにもこの時間では、もう少し頑張って次の町を目指した方が得策と言えるだろう。
「あの人、カニさんみたいになってましたね」
後ろを歩いていたリギィを振り返って、ユアンが言う。その時の光景を思い出し、リギィも思わず笑ってしまった。
「泡吹いて気絶するなんて、あんなヤツにビビってたオレが馬鹿みたいだ」
舌を出して苦々しく言う。
すっかりブラムの剣幕に怯えたパーキンスは、剣が振り落とされる前に気を失ってしまったのだ。白目を向いて、泡を吹いて、実に情けない姿でバッタリと倒れてしまった。
ブラムも振り返り、リギィの言葉に続いた。
「そのおかげで懸賞金も手に入ったんだから結果オーライだろ」
パーキンスを引き渡した時に受け取った布袋を示してニヤリと笑う。
「懸賞金なんかいらねーって言ってたじゃんか」
パーキンスと対峙していた時のブラムの台詞を用い、リギィが悪戯っぽく言う。ブラムは片眉を上げ、リギィの額にデコピンを食らわせた。
「あれも本音。けど、貰えるモンは貰っといたほうが良いに決まってんだろ。今後のためにも、な」
「そーだけどさぁ」
額を擦りながらリギィは頷く。今後旅を続けて行くなら当然資金は必要不可欠だ。
「リギィはこれからどうするつもりなんです?」
リギィの今後をユアンが問う。
リギィは少し考えてから、ニッと笑って見せた。
「オレ、兄ちゃんを探そうと思ってるんだ。パーキンスに捕まるまでは二人で旅してたから」
左耳を触りながら兄の姿を思い返す。浮かんでくるのは別れの時ではなく、楽しく笑い合っていた時のことばかりだ。
「お兄さん・・・探す当てはあるんですか?」
心配そうな眼差しで尋ねられ、リギィは首を振った。
「全くない。でも、旅してたらそのうち会えるかもしれないし」
強がり半分の言い分はなんとも不確かなものだ。ユアンは益々心配そうな顔になった。
「どうせ当てのない旅なら、一人でも三人でも変わらねーよな?」
がっしりとリギィにヘッドロックを掛けながら、ブラムが冗談めかした口調で言う。
「へ?」
リギィはぽかんとした。どういう意味なのかを考えていると、飛び切りの笑顔を浮かべたユアンがその手を取った。
「そうですよ、リギィ! 当てがないのは僕たちも同じですし、一緒に旅をしてお兄さんを探しましょう!」
「う、うん・・・」
嬉しそうに話すその表情に思わず見惚れる。
ポーッと赤面しているリギィを見逃さないのはブラムだ。
「ユアンに惚れたら承知しねーぞ。それが一緒に旅する条件だ」
リギィを締め上げながら言う。
「いででででで!ほ、惚れない!絶対!惚れません!!」
ギブアップの姿勢を取りつつ、必死に首を振るリギィ。
その返事にようやく納得したらしいブラムが解放してくれると、ユアンがまた嬉しそうに言った。
「じゃあ、これでリギィも仲間ですね」
「改めてよろしく、だな」
ブラムもニヤリと笑い、リギィの頭をくしゃくしゃに撫でる。
「二人とも、よろしくな」
満面の笑みを浮かべ、リギィは手を差し出す。
右手はユアンが、左手はブラムが取り、三人は握手を交わした。

*** 12 ***
半ば意地になったように歩き続けた三人は、夕方になってようやくグランの町にたどり着いた。
すぐに宿を取り、食事もそこそこにベッドに入り、目が覚めた頃にはもう夜だ。
「お、リギィはまだ寝てんのか」
ベッドに丸くなっている小虎を見て、欠伸をしながらブラムが言う。
獣人族がそういうものなのかリギィだけがそうなのかは知らないが、彼は寝ている間は虎の姿に変わるらしい。
「僕たちよりもずっと張り詰めていた時間が長かったでしょうから、疲れてたんでしょうね」
コーヒーを片手に読書に勤しんでいたユアンが答えた。
「お前はあんまり寝てないんじゃねーの?」
ユアンの隣に腰を下ろしながら、ブラムはもう一度欠伸をする。つい今しがた起きたばかりの自分とは違い、ユアンは早くから起きていたはずだ。
「少し仮眠を取った後で、髪を揃えて貰いに行ってたんです」
言われてみれば、先ほどまで不揃いだった髪が綺麗に整えられているようだ。
改めて短くなった髪に触れ、ブラムはため息を漏らした。
「せっかく綺麗な髪だったのにな」
「髪なんてまたすぐ伸びますよ?」
沈むブラムにユアンは困ったように笑う。
自分の見た目にさほど関心のないユアンには、髪を切られるくらい大したことではないのだろう。
「さっき髪を洗った時にすごく楽でビックリしちゃいました」
「・・・そりゃ良かったな」
呑気に笑うユアンに、ブラムはまたもため息。単に“ロングヘアの方が好み”という嗜好の問題でもあるが、
(俺がもっとちゃんと守ってればな・・・)
何よりも後悔の念が強かった。
結果的には髪を切られただけとはいえ、ユアンを危険な目に合わせたことには変わりないのだ。
(なんか色々セクハラもされてたみたいだし・・)
ふと、リギィの話を思い出す。
手足に枷を付けられ、散々如何わしい目で見られ、匂いを嗅がれ、足を撫でられ、腰を触られ、キスを迫られ・・・・想像すると腹が立ってきた。
腹が立つのと共に、やはり囮役などさせるべきではなかったとさらに後悔する。
「ブラム?」
黙り込んでしまったブラムを、ユアンが不思議そうに覗き込んだ。
「叱られた犬みたいな顔してますけど、どうかしました?」
ブラムの頬をぐにぐにと抓りながら問いかける。その的確な表現に、思わず笑みがこぼれた。
「俺は番犬失格だなーって反省してたんだよ」
自嘲するように言う。
ユアンはキョトンとした顔をした。
抓っていた手を離したかと思うと、今度はブラムの顔を包むように両方の手で触れる。
「どうして?いつも守ってくれる、自慢の番犬なのに」
首を傾げて言いながら、ブラムの髪を優しく撫でた。
まるで愛犬を愛でる時のようなその仕草に、ブラムはまたふっと笑う。
「随分と甘やかしてくれる飼い主様だな」
冗談めかして言い、ふわりとユアンを抱き寄せた。
いつもと変わりない甘い香りが鼻を擽る。
違うことと言えば、いつもは髪で隠れていた白い首筋が露わになっていることくらいだろうか。
(これはこれで色気があってなかなか・・・)
ユアンの肩に顎を乗せ、心密かににそんなことを考える。
「あ、そうだ」
思い立ったようにユアンが体を離す。
今しがたまで読んでいたらしい本をブラムに提示し、嬉々とした表情を浮かべた。
「この本に書かれていたんですが、この辺りは『幻獣の森』と呼ばれていたらしいですよ」
「幻獣の森?」
聞き慣れない言葉に眉を顰める。
ユアンはゆっくりと頷き、さらに続けた。
「なんでもこの森には、運命の女神の使いが現れて、旅人を導いてくれるんですって」
「へぇ・・」
よくある御伽話や言い伝えの類だと、ブラムは興味薄に相づちを打つ。
だが次の言葉により、煙草に火をつけようとしていたその手は止まった。
「女神の使いは、白い獣の姿をしているそうです」
「白い獣?」
目を見開いてユアンを見つめると、予想通りの反応だったのか満足そうな笑みを浮かべていた。
「まさかあの白虎・・・」
森の中で自分たちをリギィのところまで誘った、白く大きな虎を思い出す。
「本当のところはどうなのか分かりませんけど。でも、そうだとしたらとても素敵ですよね」
ユアンはふわりと微笑んだ。
「ふわぁぁぁあ、腹減ったぁー」
リギィが思い切り背伸びをしながら叫ぶ。
その声と共に盛大になった腹の虫に、ユアンとブラムは顔を見合わせて笑った。
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