silvery saga

sakaki

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二話前編

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*** 1 ***
ここはコウガの町。
森林に囲まれた田舎町にしては、比較的栄えていると言える。宿屋もあり、道具屋や武器屋だってある。旅立ちの序盤には実に有り難い中継点だ。

目の前に並んだ武器を品定めしながら、ブラムシヴァーズは首を捻っていた。
「なぁ、オジサン。これよりもっと上等な剣ないか?」
自分の腰に差していた短剣を示して店主に尋ねる。
これまで、遭遇した山賊や盗賊と戦っては武器を拝借していたが・・・どれもこれもとんだ鈍らばかりで困ってしまう。
だがブラムの願い虚しく、店主は申し訳なさそうに首を振った。
「残念だが、この田舎だからね」
「そうか・・」
店主の返答に肩を落とす。
「上等な武器が欲しいなら、やっぱり都会の方に行くしかないんじゃないかい?」
「都会ねぇ・・・」
短剣を元通り仕舞い、ブラムはため息をついた。
確かに次目指す街も決まっていないことだし、武器の入手を目下の目的に据えてもいいのだが・・・。
「しっかし兄ちゃん、見れば見るほど近衛騎士団長様にそっくりだねぇ」
店主が思い立ったように言う。
ブラムは内心の焦りを臆面も出さずに愛想笑いを作った。
「あぁ、たまに似てるって言われるな。光栄なこった」
似ているどころか本人なのだが・・・それを悟られてしまっては敵わない。
「いやいや、ホントに瓜二つだよ。これ見てみな」
店主はゲラゲラと笑いながら売り物の新聞に挟まれていた紙切れを差し出してきた。
一体何が載っているのかと思えば、そこには『WANTED』の文字と共に近衛騎士団長だったころのブラムの写真。
(ついに指名手配かよ!? 罪人じゃねーっつーの!!)
流石に顔を引きつらせた。
「あ、ブラム」
タイミングよく声を掛けられ、何とか引きつり顔が元に戻る。
「ここにいたんですね」
買い物袋を両手に抱え、眩い銀髪を揺らしながらユアンがやって来た。
ほんわか笑顔に癒されつつ、ブラムはユアンの荷物を持ち上げた。
「随分と買い込んだな」
ずしりと感じる重みに苦笑する。
「お店の方が沢山おまけしてくれたんです」
ほとんどタダ同然でもらったのだと、ユアンは嬉しそうに言う。
「商人のオヤジたちは美人に弱いからなぁ」
店主の解説にブラムも納得。そしてそれはこの店主も例外ではないようで、
「わぁ、珍しい本がたくさんありますね」
カウンターに並ぶ書物を手に取って瞳を輝かせるユアンを何とも情けないにやけ顔で見つめている。
「興味があるならどれでも持っていって構わんよ。お代はいいから。」
胸をどんと叩き、そんな気前のいいことを言いだした。
「いいんですか?」
「あぁ。もう好きなだけ持っていっていいよ。」
大盤振る舞いだ。
ブラムはユアンに歩み寄り、そっと耳打ちをした。
「地図も欲しいって言ってみて」
ユアンは素直に従う。
「実は地図も買わなきゃと思っていて・・」
上目遣いで困ったように店主を見つめる。
この表情にはブラムでさえ未だに勝てないのだ。
初見の店主が骨抜きになっているのは言うまでもない。
「地図か。勿論あるぞ!」
意気揚々と腕まくりをして、出すわ出すわ地図の山。色んな種類・素材のありとあらゆる地図を取り出してきた。
(ユアンが俺と会うまでの1か月間、一文無しでもやってこれた理由がわかるな・・・)
ユアンと共に地図を物色しつつ、ブラムは心ひそかにそんなことを思うのだった。

*** 2 ***
コウガの町を出た二人は森の中を歩いていた。
気が付けば森や山道ばかり歩いているような心地がするが、ここは通称『自然繁殖地帯』ことリングファット第二地区・・・仕方のないことと言えるだろう。
「2日もあれば次の町に着くだろうな。ま、一日は野宿決定」
先ほど手に入れたばかりの地図を見ながらブラムが言う。ユアンも興味深そうに地図を覗き込んだ。
「ここから北に行くと・・グランの町。今度はどんな町なんでしょうね」
好奇心を含んだ銀色の瞳がキラキラと輝く。
ずっと閉鎖的な場所にいたユアンにとって、行く場所全てが珍しくて仕方ないらしい。一般的には当たり前のことであっても、ユアンには初めての体験ということも多く、その度に楽しそうな表情を見せてくれる。
「グランの町はまだ今までの町と変わりはねーけどな。けど、この辺・・・サルースの町あたりまで行くと結構面白いと思うぜ。酒場もあればカジノもあるし」
地図を指差し、道順を辿るようにしながら言う。興味深そうに頷いている横顔が可愛くて、思わず誘われるように柔らかい銀髪を撫でた。そうすると、ユアンは今度は少し擽ったそうに微笑む。この表情がまた格別なのだ。
(これで男じゃなかったら、なんとしてでも口説いてるな・・・)
心密かにそんな事を思う。
この外見からつい忘れがちになるが、ユアンは列記とした同性である。非常に残念だ。
「ブラム?」
ついつい凝視したまま考え込んでしまっていたらしく、ユアンに不思議そうな顔をされてしまった。
「どうかしました?」
「いやいや、何でもねーよ」
小首を傾げるユアンの髪を再度撫で、ブラムは誤魔化すように笑う。
澄んだ瞳で真っ直ぐ見つめられると何となくバツの悪いような心地がするのは、やはり自分の疾しさ故か。
―――ガサガサッ。
そんなやり取りをしていると、不意に茂みが揺れた。
殆ど反射的にユアンを背に庇い、ブラムは物音がする方に向き直る。
邪悪な気配は感じない。おそらく魔獣ではないだろう。
二人でじっと茂みを見つめる。
「・・・虎?」
姿を現した思いがけない物音の主に、ブラムは構えていた剣を下ろした。
低い唸り声を上げながら歩み出てきたのは、白い毛並みが美しい虎。
「わぁ、綺麗な白虎ですね」
傍らから覗いていたユアンが瞳を輝かせる。そしてそのまま何の躊躇いもなく目の前の獣に向かって歩き出してしまう。
「ばか、危ねーって」
ブラムは慌てて引き留めようとするが、ユアンは呑気に“大丈夫”と笑った。
虎がユアンに歩み寄ったのを見て、ブラムは再び剣を構えるが・・・
「え・・・」
予想だにしない光景に目を疑った。
虎は襲いかかるどころか、飼い猫のように穏やかな目をしてユアンに擦り寄ったのだ。それどころか、ユアンが撫でやすいように大きな体を丸めるようにして頭を垂れている。
「いい子だね。かわいい」
自分よりも大きな虎をゆっくりと撫でるユアン。宛らおとぎ話の一枚絵のようで、ブラムは思わず見惚れてしまった。
(まさに聖母様ってか)
獣すらも傅く、慈愛に満ちた美しさ。一寸の穢れもない、絶対的な清廉。
城で出会った時の想いが蘇る。足繁く通ったあの聖母画と、今この光景とがリンクしたような気がした。
「あっ、擽ったいですよ・・・やっ・・・だめ・・」
ブラムが思い出に浸っていると、ユアンが困ったような声を上げて身を捩った。
気付けば、ユアンは虎に頬や唇、耳や首筋まで舐め回されていた。まるで愛撫されているかのように。
「何してんだよ!」
すぐさま駆け寄り、虎からユアンを引き剥がした。ユアンを抱きすくめて虎を睨むと、彼方も対抗するように鋭い眼光を向けてくる。
暫しの間ユアンを挟んで虎と火花を散らせてから、我に返った。
(なんで虎相手にムキになってんだ俺は・・・)
途端にバカバカしくなって腕の力を緩める。緩めるだけで放しはしないのだが。
ユアンを舐めることが出来なくなったためか、虎はゆっくりとその身を翻した。1、2歩進んだ後でこちらを振り返って尻尾を振る。
「〝付いて来い″って言ってるみたいですね」
「だな」
虎の意図を汲み取り、二人もようやく立ち上がった。

*** 3 ***
虎に誘われるままに着いたのは、川沿いの少し開けた場所だった。
野宿するのに丁度良さそうだと、ブラムは辺りの様子を伺う。

虎は一番大きな木の下のところでようやく立ち止まった。振り返り、ブラム・ユアンの両名に小さな影を示す。
「子供の虎、か?」
「怪我してるみたいですね」
駆け寄って見ると、二人を案内してくれた虎の頭ほどの大きさほどしかない小虎が横たえていた。辛うじて息はあるようだが、その体は傷だらけで血に塗れている。

「すぐに治してあげますからね」
座り込み、小虎を膝に抱きかかえたユアンが囁く。そしてゆっくりと手のひらから柔らかい光を放った。
その様子を見ていた白虎は愛しそうに目を細め、ユアンの頬を舐めた。
そして背を向けると、現れた時と同じように茂みの中へと姿を消してしまう。
「行っちゃいましたね」
何処となく寂しそうにユアンが呟く。
ブラムも傍らに腰を下ろし、ユアンを後ろから抱きすくめた。ユアンの肩に顎を乗せ、光に包まれる小虎を見つめる。
回復魔法のおかげで徐々に塞がってきてはいるものの、傷の深さは相当だ。後ろ脚には刃物で切り付けられたような傷、背や腹には細かい刺し傷が多数。耳も片方は元の形を成していないように見える。
「ちっこいのに可哀相にな」
手を伸ばし、ユアンの身体越しに血で汚れた毛並みを撫でる。
動物愛護などと語る気はないが、まだ幼い子虎が武器を振るわれたと考えると痛ましい心地だ。
「やっぱり、ブラムは優しいですね」
こちらをじっと見つめてユアンが微笑む。
回復の手は休めることなく、そのまま寄りかかるようにしてブラムに身を寄せてきた。
「そうか・・?」
「そうですよ」
片眉を上げてばつの悪そうな顔をするブラムに、ユアンはまた嬉しそうに笑う。
澄んだ銀色の瞳がこんなにも間近にある。その距離わずか数センチ。ブラムはほとんど本能的に、ゆっくりと顔を近付けていく。
だがその距離がゼロになることはなく、二人は視線を逸らすこととなった。
小虎が突然眩い光を放ったからだ。
「え・・・?」
ユアンの膝にずっしりと重みがかかる。
小さな虎は見る見るうちに少年の姿へと変わっていった。
「この子、獣人族だったんですねぇ」
いつも通り呑気な口調で呟く。
「お前ってホント動じないよな・・・」
ブラムは呆れて項垂れた。
虎が人間になろうと、ブラムが下心を抱こうと、変わらずにのほほん。それがユアンなのだ。
ブラムはまたユアンの肩に顎を乗せ、虎だった少年に視線を移した。
見たところ、歳は15、6くらいだ。思っていたより子供ではなかったらしい。人型になっても耳は獣のままで尻尾もある。獣人族を見るのは初めてではないが、こうして改めて近くで見るとやはり不思議な種族だ。
「お耳さんだけが治りませんね」
尚も回復魔法をかけ続けながら、ユアンが少年の耳を撫でる。
体の怪我はもう完全に治ったものの、左耳は未だ半分が千切れたような形になったままで元に戻る様子はない。
「・・・う・・ん・・」
少年が少しだけ動いた。
だがまだ目は覚まさず、ユアンの膝に頬を摺り寄せただけだった。その顔は実に心地よさげで、幸せそうで、
「ちょっとムカついてきた・・」
ポツリとブラムが言う。
間近にいるユアンにすら聞き取れないほどの小さな声で。
「何か言いました?」
ユアンが首を傾げる。
ブラムはギュッとユアンを抱きしめ、きちんと形を成している方の少年の耳を引っ張り上げた。
「いい加減起きろ、ガキんちょ」
不機嫌着まわりない声で言う。
我ながら大人げないとは思うが、『小虎』ではなく『少年』にユアンの太腿を独占されるのは面白くない。
「ちょっ、ブラム」
困惑の声を上げるユアン。突然何をするのか、と不満げな顔をしている。
呆れられるか叱られるかと身構えたが、どちらでもない間抜けな声が響いた。
「ふわぁ~~~あ、よく寝たぁ・・」
ブラムに片耳を引っ張られたまま、少年が目を覚ましたのだ。大あくびをした後、寝ぼけ眼をごしごしと擦っている。
「そういえばお前ら誰?」
完全に開かれた大きな黒い瞳に二人を写してそんな当然の問いを投げかけるまで、しばらくの時間を要した。

*** 4 *** 
目を覚ました少年は、つい先ほどまで瀕死の状態だったことがウソのように元気だった。
盛大な腹の虫を鳴らし、食糧を与えられるやいなや怒涛の勢いで口の中へと吸い込んでいく。
「すごい食欲ですね」
一心不乱に食べ続ける少年を呆然と見つめてユアンが呟く。
「お前も早く食わねーと、俺らの分までなくなるぞ・・・」
ブラムも少年の食べっぷりに圧倒されつつ、パンを一切れ取ってユアンに差し出した。
「ねぇ、僕はユアンで、こっちはブラムと言います。貴方も、お名前を教えてくれませんか?」
ブラムからパンを受け取り、ユアンが少年に微笑みかける。すると、少年はようやく食べる手を止めた。
「オレ、リギィ。メシ食わせてくれてサンキュな」
耳をぴくぴくさせながら人懐こい笑顔を向ける。嬉しいときの癖なのか、尻尾はパタパタと忙しく動いている。
「なんであんな大怪我してたんだ?」
ブラムが尋ねつつ、足元にあった枝を焚き火に投げ込む。
「えっと、オレ・・・」
リギィは少しばかり表情を曇らせ、ブラムとユアンを交互に見つめた。
暫しの無言が続き、焚き火の中の枝が燃えるパチパチという音だけが響く。
「逃げて、くるときに・・・」
やっとのことで、リギィが口を開いた。声が掠れている。
「・・・パーキンス、の、手下に・・・やられたんだ」
口に出すことで恐怖が蘇ってきたのか、リギィは自分の足や腕を庇うようにギュッと抱きしめた。
パーキンスと言うのは民族研究で名の知れた学者らしい。だがその裏では変質的な人体収集家としての悪名もあり、リギィもまたはパーキンスに買われたコレクションの一つだったのだという。
「首輪されて、檻の中に閉じ込められて、時々実験だとか言って血取られたり、なんか、色々されるんだ・・・」
震える声でリギィは語った。
ピンと立っていた耳も、元気よく振っていた尻尾も今はしゅんと垂れている。
「じゃあ、そのお耳も? 」
ユアンが不安そうに問いかける。
片側に比べると半分程度しかない左耳を優しく撫でると、リギィの耳や尻尾が勢いよく立った。
「この耳は生まれつきこうなんだ。双子で生まれたから、耳がくっついてて仕方なく切ったって母ちゃんが言ってた。」
ユアンに撫でられたことが照れくさいのか、リギィは真っ赤な顔をして答える。またも尻尾がパタパタと動き出す。
「双子の兄ちゃんは右耳がこうなんだよ」
すっかり懐いた子猫のように、ユアンに満面の笑みを向けている。
そんなことよりなによりも、ブラムは別のことが気になっていた。
ユアンの肩を抱き寄せ、ユアンしか視界に入っていなさそうなリギィを見据える。
「先に言っとくけどな、俺はユアンの番犬だから、ユアンに変な気起こしたら承知しねぇからな」
眉を顰めて苦々しく言う。
「へ、変な気って、な、な、なんだよ!?」
ますます真っ赤になるリギィ。その狼狽え様に、ブラムは案の定かとため息をつく。
町の親父たちの次は虎、そして今度はリギィだ。ブラムは改めてユアンを抱きしめる手に力を込めた。
「それで、そのパーキンスという人のところから逃げてきて、ここで気を失っていたんですね?」
大人げないブラムに苦笑しつつ、ユアンが話を戻す。
リギィは大きく頷き、改めて頭を下げた。
「怪我、治してくれてありがと。魔法ってすげーんだな」
また満面の笑みを浮かべる。邪気のなさほうなその顔に、ブラムもようやく牽制を解いた。
「あの虎は知り合いか?」
自分たちをここまで誘った白虎について問う。リギィはキョトンとして首を捻った。
「知らねーぞ。何のことだ? 」
思いがけない返答にブラムとユアンは顔を見合わせる。
「大きくて白い虎さんが僕たちをリギィのところまで連れてきてくれたんです」
「てっきりお前の連れだと思ってたんだが、違うのか?」
リギィはさらに困惑。眉を八の字にして首を横に振った。
「オレ知らない。・・・もうずっと一人だったし」
言いながらしょんぼりと耳を垂れてしまう。
「知らねぇなら仕方ねぇよな。ま、とりあえず食え」
ブラムがリンゴを差し出してニッと笑う。
リギィはそれを受け取ると、たちまち耳をピンと上げ、嬉しそうに頬張った。
「やっぱり、ブラムは優しいです」
ユアンが嬉しそうに目を細める。
「女子供には優しく、が騎士道のモットーだからな」
ブラムは煙草を咥えた。

*** 5 ***
食事の時間が終わると、辺りはすっかり暗くなっていた。
ここで野宿しようというブラムの提案により、リギィも同行させてもらうこととなった。
(なんか・・不思議なヤツらだなぁ)
話している二人を見つめ、リギィは密かにそんなことを思う。
二人旅だと言っていたが、ユアンの方には旅慣れた様子はない。こんな森の中を歩くのはなんだか不似合いな気すらする。
ブラムは自分をユアンの番犬と言っていたが・・・どういう意味なのか、リギィにはよく分からなかった。
(コイビトってことなのかな・・・)
事も無げにユアンの髪を撫でているブラムをじっと観察してみるが、見つめ合う二人を見ていると何だか照れ臭くなってしまい、リギィは下を向いた。
「おい、リギィ」
「ふわい!?」
突然ブラムに呼び掛けられ、素っ頓狂な声が出た。
「なんつー声だよ」
呆れたようにブラムが言う。ユアンにもクスクスと笑われてしまった。
「俺、ちょっと薪でも集めて来るわ」
「二人でお留守番してましょうね」
思わぬ言葉に口が開く。
焚き火の方に目をやると、薪は十分あるような・・・。
「二人っきりだからってユアンに妙なマネすんなよ。あと、ユアンに何もないようにちゃんと見とくこと。もしなんかあったら、」
ブラムが釘を刺し、リギィの額を人差し指で突く。
「な、なんかあったら?」
リギィが言葉の続きを恐る恐る促すと、ブラムはきっぱり言い放った。
「絞める」
(・・目がマジだ・・・)
リギィは必死に頷いて見せた。

ブラムが居なくなってからは、リギィは何となく落ち着かずに焚き火を見ていた。いや、正確には焚き火を見るフリをしてユアンを盗み見ていた。
(やっぱ・・・すっげキレーだ)
焚き火の明かりで白い肌がオレンジ色に染まって見える。眩いばかりに輝く銀色の髪と瞳はまるで宝石のようだと思った。
「リギィには双子のお兄さんがいるんですね」
「え!? あ、う、うん、そう」
不意に銀色の瞳に捉えられ、リギィは大げさなほど狼狽えた。
その不自然な様子を気に留めることもなく、ユアンはふんわりと微笑む。
「僕にも双子の姉がいるんですよ。お揃いですね」
「そうなのか!」
思わぬ共通点に嬉しくなる。リギィの耳がピクピクと動いた。
「ユアンの姉ちゃんも、きっとユアンみたいにキレ―なんだろうなぁ・・・・あっ」
思わず呟いてしまった言葉に自分で真っ赤になる。ユアンは照れる様子も慌てる様子もなく微笑んだままだ。
「リギィのお兄さんはどんな人なんです? やっぱりそっくりですか?」
「ううん、あんまし似てない」
ユアンの問いに、リギィは首を振る。欠けている左耳に触れ、記憶の中の兄を思い浮かべた。
「兄ちゃんは・・・んっ!!」
言葉を紡ごうとしたリギィは、突然後ろから口を塞がれた。ユアンも後ろから羽交い絞めにされている。
「んー!んんー!!」
精一杯暴れてみたが効果は無かった。あっという間に縄を掛けられ、口にも布を噛まされる。
「流浪の民だぜ。こりゃ珍しい」
リギィを縛り上げていた男が、ユアンを眺めて満足そうに言った。
「んー!んー!んー!!」
(ユアンに触るな-!!!!)
リギィは必死に体をバタつかせたが、抗議の甲斐無くユアンには手枷が付けられてしまった。
「魔封じだ。アンタ、魔力の匂いがプンプンするからな」
魔法で抵抗されては敵わないからと男が言う。
「よし、さっさと連れて行け。パーキンス様がお待ちだ」
リーダー格の男が指示する。リギィは血の気が引く心地がした。
(パーキンスの手下だ)
泣きそうになりながらユアンを見る。
ユアンはリギィの視線に気付くと、先ほどまでと何ら変わりなく微笑んで見せた。

*** 6 ***
攫われた二人は、パーキンスの屋敷にある牢屋にいた。暴れ続けたリギィは縄でぐるぐるまきにされている。口を塞いでいた布が解かれたのは唯一の救いだ。
「ごめんな、ユアン」
床に転がされてしまったそのままの体勢でリギィが呟く。
「オレと一緒にいた所為で・・・」
「大丈夫ですよ」
ユアンが柔らかい微笑みでリギィの自責を遮る。そして当たり前のように言った。
「ブラムが助けに来てくれますから」
「え・・・」
楽観的とも言えるユアンに、リギィは目を見張った。
「なーにが助けに来てくれるってー?」
牢が開かれ、男たちがやって来た。
痩せ細った男を先頭に、小太りな男、狐のような釣り目の男、そばかす顔の男、背の高い大男、一番後ろには濃緑のローブを着た髪の長い男がいる。
(パーキンスだ・・・)
見覚えのある姿に身を固くする。全身から汗が滲んだ。
だが、今の彼らの関心事はリギィではなかった。
「ご覧ください。流浪の民でございます」
痩せ細った男が恭しく腰を折ってユアンを交示す。さも自分の手柄だと言うように誇らしげだ。
残りの四人が道を作るように左右に分かれると、パーキンスはユアンに歩み寄った。
コツコツと鳴る靴の音に、自然と恐怖心が煽られる。
「銀色の髪に瞳・・・紛れもなく流浪の民だ。素晴らしい」
品定めするようにユアンを見つめ、パーキンスは感嘆の声を上げた。頬まで裂けた唇の端を上げて舌なめずりをする。舌先に付けられた金色のピアスが覗き、嫌らしさをさらに増幅させている。
「魔封じはしているようだが・・・まだ魔力の匂いがする」
パーキンスがユアンの手枷に触れる。細い指から長い爪が伸びたその手は、まるで枝の様だ。
「念のため、流浪の民には足枷も付けておけ」
「はっ」
パーキンスは牢を出ていく。
痩せ細った男はすぐにそれに続き、残りの四人は深々と頭を下げた。
パーキンスの言いつけ通り、大男がすぐに鉄球の付いた足枷を持ってきた。
「見れば見るほどベッピンだなぁ」
上から下までユアンをまじまじと見ていた男が、そばかすだらけの鼻を上に皺を寄せながら呟く。
「い、いい匂いがするんだな」
銀髪を指先で掬い、自分の鼻先に当てながら言ったのは小太りな男。
「こりゃいい、極上の柔肌だぜ」
足首から太腿までをスルリと撫で上げ、歓喜の声を上げたのは狐顔の男だ。
「ユアンに触るな!!」
リギィが怒鳴る。
「うるさい動物だな」
男は釣り目をギラリと光らせてリギィを踏みつけた。
「やめてください」
ユアンが冷たい声で言う。今まで反応のなかったユアンが口を開いたことで、男たちの興味はまたそちらへと移った。
「か、庇い合うなんて親密なんだな」
小太りな男が揶揄するように言う。
「意外と気が強いのか」
狐顔の男が再びユアンに歩み寄り、今度は腰を抱き寄せた。
「ユアンに触るなってば!!」
もはや涙声になってリギィが叫ぶ。だが男には怯む様子は見られない。
「パーキンス様の前に、俺達で味見してやろうか?可愛いペットの目の前で」
下卑た笑みを浮かべながら、ユアンの顎を引き寄せる。
ユアンは男を真っ直ぐに見据えて言い放った。
「僕が飼ってるのは、もっと獰猛な番犬ですよ」
ガラス玉のように無機質な瞳が輝く。
「終わった」
傍らにいた大男が立ち上がり、ぼそりと一言呟いた。ユアンの足枷を取り付け終えたらしい。
狐顔の男は舌打ちしてユアンから離れ、他の男達を連れて出ていった。
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