恋愛下手な恋愛小説家が恋をしてみました

sakaki

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お隣さんはイケメン美容師

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僕の名前は緑川更紗(みどりかわ さらさ)。職業は小説家だ。
仕事柄と言うべきか、単なる性格の所為か、ほとんど引きこもりに近い生活を送っている。
必要なものは殆ど面倒見の良い編集部の担当さんが買ってきてくれるし、自分ではごみ出しに行ったり、近所のコンビニ行ったり、その程度しか外には出ない。
かくいう今日も、コンビニに行った帰りだった。

マンションの入り口をふさぐように引っ越しトラックが停まっていて、僕は邪魔だなぁと思いながらエントランスに入った。
単身者用のワンルームマンションなので、引越しのローテーションは割と早い方だと思う。結構頻繁に引越し業者が出入りしているし。
まぁ僕には関係ない・・・・そう思っていたら、引越しのオジサン・お兄さんが行き来しているのは僕の隣の部屋だった。

新しいお隣さんは僕と同じくらいの年の若い男の人だった。
背が高くてすらっとしてて、まるでモデルみたいだ。髪型や服装もお洒落で、何だか今どきの若者という感じだ。
僕は自分の部屋に入り、玄関の右手側にある鏡に映った自分を見てげんなりした。お隣さんとはえらく違う。伸びきった黒髪はボサボサだし、背も低いし、眼鏡もさえない。そういえば今日顔洗ったっけ? 
一通り考えてから、靴を脱いで室内に入った。

くだらないことを考えている時間はない。早く食事を済ませて仕事をしなきゃ。
明日には担当さんがやって来るというのに、僕ときたら全く何もできていない。
恋愛経験の少ない僕が、恋愛小説のネタを絞り出すのは毎回至難の業なのだ。
とはいえ本が売れないこのご時世に、描き下ろしの単行本を出してもらえるなんてこんな有り難いことはないのだから、頑張って書かなければ。

コンビニで買ってきたばかりのサラダスパを取り出す。
ドレッシングを掛けながら、小説のネタを考えていた。けど、何も思いつかない。困ったな・・・。
――――ピーンポーン。
割り箸を割ったところで、インターフォンが鳴る。
僕はビクビクしながら扉を開けた。勿論、チェーンロックは掛けたままだ。
「こんにちはー初めまして」
ひょっこりと顔を覗かせたのは先ほど見たばかりのお隣さんだった。
「あいさつに来たんで、これ開けてくれます?」
人懐こい笑みを浮かべながら、チェーンをガンガンと叩く。
僕はますます怯えながら、チェーンロックを外した。

お隣さんは泉田智樹(せんだ ともき)という名前で、美容師をやっているそうだ。
年齢は22歳で(僕の方が2つも年上だった)、この度新しくオープンした美容室に勤めることになりこのマンションに引っ越してきたそうだ。・・・・って、聞いてもないのにどんどん自分のことを話してくれた。
僕は緊張して全然うまく話せなかったから、すごく暗いヤツだと思われただろう。おたくっぽいし。
なのに彼は終始明るい笑顔で楽しそうに話をしてくれた。
流石、美容師さんは社交性が優れているんだなぁ・・・。

挨拶を終えて去って行った彼を見送り、僕はまた鏡に映った自分を見て肩を落とした。
お隣さんはかっこ良くて、明るくて、優しくて、僕とは住む世界が違って見える。
壁を隔てたすぐ隣に住んでいるのに・・・不思議だな。


部屋に戻り、サラダスパの続きを食べる。
そしてふと思いついた。

お隣さんをモデルに小説を書こう。
僕みたいな冴えない地味な子が、お隣さんみたいに素敵なお兄さんに恋をする話。

食事を終えてからパソコンに向かうと、珍しくすらすらと書けた。
翌日担当さんが来るころにはプロットは出来上がっていたし、いざ原稿に取り掛かってからもその速度は落ちなかった。
まだ短い作家人生の中で最高記録の速さで原稿は上がり、担当さんにも初めて褒められた。



2か月が経った。
いつも家にいる僕とは違い、お隣さんは毎日忙しそうに出入りを繰り返していた。
時々顔を合わせると愛想よく話しかけてくれるのが嬉しくて、僕は数少ない外出の度にお隣のドアを気にかけている。
外に出る時にはほんの少しだけ身だしなみに気を使うようになったのは内緒だ。
こんなの、なんかストーカーみたいで気持ち悪いかな・・・

深夜、僕はごみ袋を抱えて外に出た。
本当は朝出さなきゃダメなんだけど、いつも間に合わなくて出しそびれちゃうから。
誰にも会いませんようにって祈りながらドアを開けると、運の悪いことにお隣さんに遭遇した。
今帰ってきたばかりみたいだ。

「あ、こんばんわー」
深夜だというのに、お隣さんが元気よく挨拶をしてくれた。未だに話すのは緊張するので、僕は俯いて頭を下げる。不意に目に入ったお隣さんの持ち物に心底驚いた。
「その本・・・」
自分でも声が震えているのがわかる。先日出版されたばかりの、僕の本だった。お隣さんをモデルにした登場人物の出る、あの小説だ。
「あぁ・・これ、なんか、俺に似てるヤツが出てくるとか言って知り合いが貸してくれたんですよ」
お隣さんがあっけらかんと笑う。僕は心臓が飛び出るかと思った。
だって似ていて当然だ。あなたなんだから。
それに気づいた知り合いって誰だろう? 彼女かな。きっと彼女だ。恋愛小説なんて女の子向けだし。
「あ、知り合いって店の女の子ですよ。彼女とかじゃなくて。今俺フリーだし」
黙りこくっている僕の顔を覗き込み、お隣さんは補足するように言った。

なぜ僕の考えていることが分かったんだろう・・・そんなに顔に出てたんだろうか・・・。
でも、そうか・・・彼女いないのか・・・。
僕はホッとした。ホッとしている自分に気付いて密かに赤面した。

「緑川さんの方は・・よく出入りしてるあの男の人は彼氏? 」
お隣さんの問いかけに、僕はまた心臓が飛び出しそうな思いがした。
「ぼ、僕は男なんですが!」
よもやまさか女だと思われているのかと思って大真面目に言い返すと、お隣さんはくすくすと笑った。
「知ってますけど? 」
あまりにもしれっと言われてしまった。・・て、そりゃそうか。
「出入りしてるのは編集者で、僕の担当さんで・・・」
うっかり本当のことを答えてしまい、ハッとする。案の定、お隣さんは興味深そうに僕を見つめていた。
「編集者って、もしかして緑川さんって作家さんだったりして? 」
手に持っていた本を掲げて問いかける。
その通りです。僕は作家でその本の作者で、あなたをモデルに小説を書きました・・・・なんて言えるわけもないし、バレたくもない。
「い、いや・・あの・・・僕は・・・その・・・」
しどろもどろになる。上手い誤魔化しの言葉も浮かばない。
だけど幸いながら、お隣さんは深く追求はしてこなかった。
その代り、驚くべき言葉を口にする。
「あの人が彼氏じゃないなら、俺、立候補しようかな。」
「は?」
固まる僕。

今なんて言った? どういう意味? なんでそんなこと言うの? 今どきの若者ジョークなの? 
あぁ、分からない・・・。

大混乱している僕を後目に、お隣さんは“おやすみ”と言いながら部屋に戻ってしまった。
僕は呆然としながら、ごみ袋を持ったまま部屋に入る。


その日は眠れず、案の定寝過ごして、僕はまたごみを出しそびれた。
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