恋愛下手な恋愛小説家が恋をしてみました

sakaki

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苺のフランボワーズ

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――― 苺フランボワーズ ~恋愛小説家2~ ―――



新人の頃から世話になっていた先輩が独立することになり、俺:泉田智樹(せんだ ともき)もくっついて行くことにした。
前勤めていた美容室は大型のチェーン店みたいなところで、食いっぱぐれることはないけどあまりやりがいもないところだったから、俺にとってもチャンスだと思った。だから誘って貰えた時は本当にうれしかった。
何のためらいもなく店を辞め、通いやすいようにと引越しも決めた。
そのお陰でというか・・・前の店で付き合っていた同僚の女の子には、あまりにも無謀だと言ってフラれてしまったけど。

新生活は思いがけず順調だった。
美容室の客足も順調だし、今まで店での常連さんに加えて新規の顧客もどんどん増えていた。
俺と先輩二人だけで切り盛りしている所為で結構な多忙を極めたが、それもまた嬉しい疲労だ。

そして何より、俺の楽しみになっているのがお隣さんの存在だったりする。

初めて見た時の印象は、一言でいうとチワワ。
身体が小さくて目が大きくて、なんだかいつも怯えてるみたいにぷるぷる震えてたから。
どうやらかなりの人見知りらしくて、会ったばかりの頃は目も合わせてくれなかった。
けど、最近はようやくまともに話ができるようになったから、俺的にはかなり上々だ。
とはいえ、まだガチガチに緊張してる感じはあるんだけど。そこがまた面白くて、何かと構ってしまう。

お隣さんは、どうやら物書きの仕事をしているらしくて基本いつも家にいる。
小説家なのか漫画家なのかもっと何か他の職業なのかは未だ謎。
ネットで検索したり本屋で探したりしてみるけど、緑川更紗(みどりかわ さらさ)なんて名前は見つからないし、きっと別に作家名を使ってるんだろう。
お隣さんが書いたものを読んでみたいのに、なぜだか教えてもらえない。
聞き出そうとするとすごく困った顔になって、その顔がまた可愛いからわざとしつこく聞いてみたりもするんだけど・・・本気で困らせたいわけじゃないし。

きっと思いもしないだろうな。
俺がこんなに、お隣さんのことをもっと知りたいと思ってるなんて。



―――ピーンポーン。
午後3時。
俺は鼻歌交じりにお隣のインターホンを鳴らす。
“お隣さんはいつでも家にいる”という油断から、未だに連絡先の交換をしてないから、こういう時はいつも突然の訪問になってしまう。
「は、はい・・・」
おそるおそる、と言う風にドアが開かれる。いつもながらチェーンロックがかかったままだ。
「どうも」
俺が片手を上げて顔を見せると、お隣さんは少しホッとしたような顔をする。
「ちょ、ちょっと待っててください」
ぼそりと言ってから、チェーンロックを外してくれる。
こういうちょっとしたことが俺に気を許してくれている証拠に思えて、自然と頬が緩んだ。
「こ、こんにちは・・・」
改めて扉を開けて出てきてくれたお隣さんは、ひどくやつれていた。
元からそんなに見た目に気を回す方ではないと思うけど、髪は無造作に束ねられてるし、目の下のクマも相当だ。
「あ、す、すみません・・・あの・・徹夜明けで、今丁度原稿上がったばっかりで・・・こんな格好・・・」
ぼんやりした口調で、それでもオロオロしながら言う。
襟ぐりの伸びきったTシャツを恥ずかしそうに握りしめている。
どうやら俺は最悪のタイミングで来てしまったらしい。
「ケーキ食べないかなーって思って誘いに来たんですけど・・・その様子じゃ、無理ですよね・・・」
苦笑いしながら訪問の趣旨を伝える。
昨日の夜、お客さんから差し入れで貰ったケーキ。お隣さんをお茶に誘ういい口実だと思って、わざわざ持って帰って来たんだけどな・・・。
「あ、け、ケーキ! 食べたいです、ぜひ! 」
立ち去ろうとする俺を引き留めるようにお隣さんが慌てて言う。
徹夜明けで今まで頑張って仕事をしてたなら、一刻も早く寝たい状況じゃないのか? 
俺が不思議そうな顔をしてると、お隣さんは恐る恐るという風に続けた。
「担当さんが4時に原稿取りに来るから、それまで起きてなきゃいけなくて、でも一人でいると、あの・・・」
一人で家にいると眠気に負けて眠ってしまいそう、ということらしい。
「分かりました。じゃあ俺の家で眠気覚ましがてらお茶にしましょう」
内心ガッツポーズしながら俺がそう言うと、お隣さんはまたホッとしたような顔をした。
それから、大慌てで部屋に引っ込んだかと思うと、着替えをして戻ってきた。
髪がまだ結われたままだと指摘すると、わたわたして髪型を整える。その慌てた姿がまた面白かった。


貰ったケーキはイチゴの乗ったフランボワーズだ。
可愛らしく飾り付けされていて、お隣さんの前に置くと妙に似合って絵になった。
「美味しいです。そういえば僕、昨日から何にも食べてなかった・・・」
もぐもぐと口を動かしながら、感激しきりというふうにお隣さんが言う。
笑った顔は可愛いけど、今日は何処となく弱々しい。
やっぱり疲れ切ってるんだろうなと思うと、誘ってしまったことを少し後悔した。
「あ、そうだ。ハーブティー入れましょうか?」
ふと思い立ち、提案してみる。
店でお客さんに出すことが多いから淹れ方には結構自信があるんだ。
癒やし効果があったり眠気覚ましになるのもあるし、良いかなって。
お隣さんは少し恐縮した様子は見せたものの、俺の提案に喜んでくれた。

「・・・緑川さん?」
ハーブティを淹れ終えてキッチンから戻ると、お隣さんはテーブルに突っ伏していた。やっぱり限界だったんだろう。
ケーキを半分ほど平らげて、フォークを握りしめたままの体勢で、油断しきった顔で眠っている。
元々童顔ってこともあるけど、こうして初めて見る寝顔はいつもよりずっと幼く見えて、とても年上とは思えない。
「クリームつけてるし・・・」
口元に付いている生クリームに気付いて、思わず笑ってしまった。
音をたてないようにゆっくりと近付いて、お隣さんの唇を舐める。
もしここで起きたら、卒倒するくらい驚くんだろうな、なんて思いながら。

起こさないように気を付けながら、なのに心のどこかで起きてしまえばいいのにと期待する。
そうして味わった生クリームは、ひどく甘ったるい味がした。


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