子守唄は夜明けまで続く

sakaki

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子守歌は夜明けまで続く10

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子守歌は夜明けまで続く10



(三倉さんはまだ帰ってきてない・・・か)
合い鍵を使って開けたドアの向こうにはまだ灯りが点っていない。携帯電話で時刻を確認すれば、一臣の帰宅時間には幾分か早いので当然だ。それでも八雲は溜息をつかずにはいられなかった。
一臣と電話が繋がらない。一度は繋がって、ようやく話が出来たと思ったら突然電話を切られてしまった。その後からは何度かけても自動音声が流れるばかりだ。
一臣が電波状況の良くないところにいて、だから突然電話が切れてしまって繋がらなくなった・・・という事情なら良いのだが、何となく違うような気がする。一臣は意図的に電話を切って、電源も切っている・・・そちらが正解のような気がする。
(一体どうしたんだろう・・・)
機嫌を損ねるような事をしてしまったのか、そもそもいつまでも電話が繋がらなかったことで怒っていたのだろうか。いや、けれど直前までは普通に話していたし、電話に出られなかったのはお互い様だと一臣にしては珍しくこちらを気遣うようなことまで言っていた。
(まぁ、帰ってくれば分かるか)
一人でくよくよ悩んでいても仕方がないと、八雲は腕まくりをした。いつも通りの家事に取りかからなくては。まずはシーツの取り替えからだ。

一臣が帰って来たらきちんと話をしようと決めていた。仕事のこと、美恵子のこと、そして花那のこと。一臣に対する気持ちと自分の中にある迷いも。
全てを話す事で、一臣がどう思うのか、どうするのかは分からない。
そもそも、八雲自身の問題なのだから、自分の中で消化するべきだと思う。なのに、自分ではどうしても決められないのだ。
花那を幸せに出来ないまま死なせてしまった自分は、もう誰にも愛されるべきではない。それなのに、一臣の傍にいることを願ってしまう。
花那と暮らしたあのアパートを出て、一臣との生活を始める・・・少しずつだが、そんな望みを抱くようになっていた。
決して花那を忘れていた訳ではない。けれど、もうそろそろ前に進んでも許されるのではないかという、甘い考えが過ぎっていた。
それを相談しようとした矢先に、美恵子の病状を知ったのだが。
(まさに天罰・・・か)
掃除機をかけ終えたところで、八雲は深い溜息を漏らした。
ぼんやりする暇もなく、今度は洗濯機が終了音を鳴らしたのでランドリールームに向かう。
いつも思うが、ここだけで八雲のアパートの部屋と同じくらいの広さなのではないだろうか。置いてある物は全てが上質で、必要かどうかは二の次でとりあえずは一揃えするという悪癖は、無駄な贅沢だとしか言いようがないと思う。
根本的にお坊ちゃま育ちの一臣と八雲とは感覚がまるで違う。共通の趣味があるわけでもないし、話が合うのかと言うとそうでもない。むしろ頻繁に言い争いになるくらいだ。
(なのに好きなんだよな・・・)
それも、どうしようもないほどに。


乾燥まで終えた洗濯物をリビングに運ぶ。一つ一つきっちりと畳んで、アイロンが必要な物は別に分けておく。ちらりと時計を見やり、また一つ溜息をついた。
一臣が帰ってこない。もうとっくに仕事は終わっている時間だ。時期によっては日が変わるほどまで残業をすることもざらにあるらしいが、今がそうなのだろうか。けれどそれなら、いくら一臣でも伝えておいてくれそうなものだが・・・。
(・・・いや、そんなに気の回る人じゃないか)
苦笑混じりに考え直す。仕事のことなら根回し手回し気遣いは完璧だが(真壁夫妻談)、プライベートではそんなことはない。寧ろ他人に対する配慮のかけらもないのが常だ。だから、連絡がなく遅くなっているのも一臣ならあり得る。
だが・・・今日はずっと電話が繋がらなかった所為なのか、突然電話を切られた所為なのか、漠然とした不安を感じる。
(電話・・かけてみようかな・・・)
畳んだ靴下を傍らに置き、携帯電話に手を伸ばす。だが、通話履歴を表示させたところで玄関から音がした。
一臣が帰ってきた。そう思い、急ぎ足で玄関に向かう。
「え・・・?」
どんなに不機嫌そうな顔が待ちかまえていても平気だという自信はあった。けれど八雲は言葉を失うこととなった。
一臣が一人ではなかったからだ。
「あ、ごめんなさい・・・お邪魔します」
八雲が何か言う前にこちらに気付いて頭を下げたのは、昨夜会ったあの青年だ。一臣は青年に寄りかかるようにして辛うじて立っている。
「二人で飲んでたんだけど、一臣飲み過ぎちゃって・・・。ほら、一臣、家着いたよ」
青年が申し訳なさそうに言って、一臣の髪に触れる。一臣は少し身じろいだだけで青年に凭れたままでいる。普段の一臣なら、すぐさま不機嫌全開で払いのけそうなものなのに。
「三倉さん、大丈夫ですか? そんなになるまで飲むなんて・・・」
目の前で寄り添う二人に動揺が隠せない。それでも何とかいつも通りの口調で一臣に声をかけた。八雲は一臣の体を支えようと手を伸ばし、青年も八雲に代わろうと身を引こうとしたが、
「うるせぇな」
一臣が振り払ったのは八雲の手だった。その拍子によろめいて、またも青年に寄りかかる。
「三倉さん・・?」
明らかな拒絶に戸惑う。
「ちょっ、一臣! 何てことするの?」
青年も困惑したのか、一臣を支えながらも窘めている。
「・・・うるせぇんだよ」
一臣は鬱陶しそうに髪をかきあげ、舌打ちをした。一瞬だけ鋭い視線を八雲に向けたかと思うと、すぐに逸らして青年の体を抱き寄せた。
「一臣? なに・・・んっ!?」
突然抱きしめられた事に驚く青年に、一臣はそのまま口付けた。
八雲の目の前で交わされる、深く絡み合うようなキス。
青年は八雲を気にするような素振りを見せるも、一臣が離そうとしない所為でされるがままになっている。
頭が回らず、八雲には何が起こっているのか理解できない。あまりに唐突過ぎて、現実感がまるでなかった。
「いつまでそこにいるつもりだ?」
「え・・・?」
呆然と立ち尽くしたままでいる八雲に、一臣が冷たく言った。
「邪魔だって言ってんだよ。もう家政夫は必要ない。さっさと出て行け」
「三倉・・・さん?」
一臣の言葉・・・その一言一句が不協和音のようになって頭の中に響く。
体が震えた。悲しいからなのか、悔しいからなのか、もはや分からないけれど。
「・・・分かり・・ました」
何とか声を出せた事が奇跡だと思った。
めまいすら覚える中、出来る限り手早く荷物を取って部屋を出る。
立ち止まったら途端に泣き出してしまいそうな気がして、八雲は息が切れるのも構わずに走り続けた。
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