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旅と馴れ初め

旅に出よう

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「グッドモーニン。朝でーす。」
ニヤニヤと笑いながら少女の肩を揺する朧。中身がただの人である彼女にとって、人を襲う衝動に耐えるなんて概念すら存在しなかった。
「んう…」と唸ったのち、少女は勢いよく飛び起きる。
「私は…生きてる…?」
「当たり前じゃん。」
千草色の長髪を跳ねらせて朝一番に困惑を露わにする少女。対して朧は昨日の約束について言及する。
「朝まで襲わなかったよ?名前、」
「っ…」と苦い顔で拒否したい少女。
「教えてくれるんでしょ?」
と更に言及する朧に根負けし少女は遂に口を開く。
「カルナ.カンサイトです…」
「うん、よろしく、カルナ。」
朧はそう言って握手をしようと手を出す。カルナは間をおいてその手をはたき落とす。眼の前の魔物は自分をどうしたいのか、彼女のような魔物なんか存在するのか、自分はこれからどうなるのか。それらすべて全く予想も理解もできないこの現状は小さなカルナにとって処理できる範疇ではない。カルナの目頭は自然と熱を帯び始める。
「なんで助けたんだ!回りくどいことせずに魔王城までさっさと運べばいいじゃないか!お前がわからない…私の絶望した顔を見たい外道なのか、私を助けた異端児なのか!私は私の親を殺した魔物を許したくない!許さないためにも…責めて殺せ!絶対に殺せ!殺せ殺せ殺せ殺せぇ!」
風の吹く朝の草原に、段々と涙ぐむ少女の声が吸い込まれる。カルナの声は次第に荒くなり頬を伝いボタボタと涙が落ちる。
カルナは、自然と朧の肩を掴んでいた。
そんなカルナを冷たく鋭く見つめる。
「殺してほしいのか?そんなに。私の存在意義は人を殺すことなのか?私の価値はそんなくだらない物なのか?私は知ってるよ、自分の存在は仕事をするだけなのだろうか、って思ってしまう気持ちが。だからもう二度とあんな惨めでクソみたいな気持ちを味わいたくないんだ。分かる?私の言いたいこと。」
ねっとりとゆっくり語りかける朧はさながら悪魔のようであった。その迫力に気圧され、椅子に倒れるように座り込むカルナはさっきとは違う涙を流しガタガタ震える。
「でもさ、そんなクソ惨めな気持ちしても怖くて怖くて、人って死ねないんだよ。殺せって言える人って相当強いんだろうね。君は覚悟が本当にあるのか?あるならこっちも文句は無いよ。」
「ひっ…」
「殺してあげる。」
静かに、そう言って手を振り上げる。カルナは後悔に後悔を重ねて自分を悔いた。まだ死にたくないと心から願った。顔を横に振って涙を流し悲鳴を上げ、顔を背ける。
「ありゃ、」
と、やりすぎたと思い朧は考える。
(こんなに怖がるとは…まあ途中までちょっと怒ってたけど別にそんな怖くなかったはずだけどなぁ~。)普通にバカ怖いタイプの怒り方であった。しかも相手は少女である。手を振り上げてから、ドッキリ大成功~!!みたいなムーブをかまそうとしていたらしいが、何を考えているんだ、と言わざるを得ない。
朧は取り敢えず振り上げた手を降ろし、泣きわめくカルナを見下ろす。
(うーわ泣きじゃくってるぅ。え?私のせい?)
内心焦りまくる朧は考えた。カルナの声が響く馬車の中で。そして一つの考えが降りてくる。あんな態度取っておいて後には退けぬので「ただし、旅の終着点だ、殺すのは。」
テンパっている朧は基本的にバカであった。本人は(多少問題はあるがコレで殺すのを先延ばしできるし、私のことを安全だと認めれば殺せなんて言わなくなるかも!)と思っているようだが多少の問題じゃ絶対に済まない。
ホントに殺すことになったらどうするんだよ。
そんなこと考えていられない朧は取り敢えず冷や汗流しながら腕を組みニヤリと笑っていた。なんと馬鹿らしいことか、この期に及んで強がっているのである。
「旅?」
カルナはそんな朧に聞く。
「そうだ、旅をしよう。その向こうで死にたければ殺してやるよ。死にたくなければ殺すことはない。どうせこんな草原のど真ん中にいるわけにも行かないしな。」
カルナは鼻水をすすり、彼女にとって、半ば強制的な申し出に「はい、」と一つ返事をした。

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