天使が魔王の嫁になる話

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堕つる灰

爪が剥がれるほどに

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 魔王は歩み寄った。
眼の前に居る灰色の翼を持った、天使らしき少女。見ると、皮膚が破れ、赤に変色し、あらぬ方向に折れ曲がった両翼が痛々しく魔王の目に飛び込む。天使は、羽を毟り取り、身体中に噛みつき引きちぎり、ボロボロの腕で頭や肌や地面を掻き毟る。自傷している。
 痛ましくうめき声を上げ四つ這いになる彼女をゆっくりと見据え、
魔王は歩み寄った。
 彼女は自分を掻き毟ることに必死で魔王には気づいていない。この世の全てを恨むように強く唇を噛み締めると、ブチブチという音が鳴っていた。
 彼女は魔王城の花畑の真ん中で倒れている。この場所は魔王のお気に入りの場所である。開けた青空と沢山の草花は色とりどりに太陽の光を反射して輝く。自然を愛する魔王はこの場所でいつも本を読むのだ。
今回も読書目当で来た魔王の右脇にはとある小説が抱えられていた。
 とある画家が、美しい自然に触れていくうちに、自然を取り巻く全てを模倣した絵を描くことを決意し、その旅をする。
そんな本だ。長生きの魔王は、これと似たような物を今までで数十冊読んだことがある。有り触れたストーリーであり新しいものでは決してないが、停滞は平和の証であり、平和を最も感じさせるものである、と考える魔王は、ついつい読んでしまう。
 失礼、話を戻そう。
 魔王は天使に近づくと、頭に手を触れた。魔力の流れが乱れに乱れ、渦を巻き、凄まじいエネルギーを肌から直接噴出していることがわかった。痒くていたくてたまらないであろうその天使は、触れられた事に気づき顔を上げる。
「ヂ、かヅ…あ…ぅ…ぐゥッ…あ…なッ!あ…あ…」
「痛いだろ、今整えてやる。」
 この天使はきっと堕天している最中なのだろう。白かったであろう翼が先端から黒が浸食していっているようだ。先端は黒、真ん中は灰色、付け根は白。完全に黒くなったら、天使は堕天しきったことになり、理性をなくし、その見た目を魔獣へと変える。
魔王はそうなる前にと、渦巻く魔力を一息に身体から抜き取る。身体から魔力が急激に失われ、失調症によって天使は倒れた。
「魔獣化するよりマシだ。ベッドの確保をしなくてはな。」
 魔王は天使から抜き取った魔力を握っていた。それを見るとくろいヘドロのような、固まった血液のようなドロドロしたモノのようだった。
「呪いの類か、堕天させるのは神。神が呪いを使うのは如何なものかといつも考えてしまうな。」
 そう言うと血まみれの天使に治癒魔法を掛け、背負う。城内のベッドに寝かせると苦しそうに眠るその天使が酷く哀れに思えた。
 堕天、というのを見たのは5回目だ。それまで全て魔王が若い時に見たものであり、力を持たない魔王はその全てを見守るほかなかった。
 昔、人も魔族も天使も神も巻き込む大戦争があった。その中で神に反旗を翻した天使は堕天させられ獣と化し、それに人や魔族は蹂躙され、天使すらも殺された。
その戦争で誰一人守ることはできず、恐怖に身を任せ逃げることを選択した魔王は悔やんでも悔やみきれないその体験を糧に、鍛錬を積んだ。
 その時、人を化かす人型の小悪魔は、大悪魔となり、魔王となった。
救える命を救うために魔王は自らを魔王と呼ぶ。だから、この天使を救った行動自体は、魔王にとってなんの特別感もないことであった。はずだった。


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