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下女か幽霊か

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 馬車は舗装された市街地を抜け、田舎の砂利道を抜け、更に田舎道を走って行く。 
 どこに向かっているのかさえ教えてもらえなかったが、かれこれ一週間は馬車に揺られていた。 

「まだ着かないのかなぁ」 

 フィオラは飽きてきていた。お尻も痛い。 

「ねぇ、おっちゃん。あとどれくらいで着くの?」 

 フィオラは椅子の上で膝立ちすると、御者台に続く小窓から声を掛ける。 

「うーん……あと、一週間か、十日か……くらいかなぁ」 

「ぅげっ!!まじかよ。て、いうかさ、おっちゃん、一週間前も同じ事を言ってたじゃん」 

「ははは!何しろお嬢ちゃんが出発した場所から正反対の場所に向かってるかんなぁ。この国を横断するようなもんよ」 

 がはは。と、笑う御者は名前をジミーと言った。
 辺境伯とは関係ない者なのか、フィオラにも親切に接してくれていた。 

「目的地に着く前に、暇で死んじゃうよ」 

 小窓に頬杖ついて愚痴るフィオラに、ジミーが豪快に笑う。 

「転移出来れば早いんだけどなぁ……」 

 残念ながら転移魔法は、一度行った場所でないと使えない。 

「おや。まさか、お嬢ちゃんはお貴族様なのかい?」 

 フィオラの呟きに、ジミーが驚いて振り返る。 
 ジミーが「転移」が何なのか理解しているかは知らないが、恐らくは魔法の何かだと思っているのだろう。そして、意味のある魔法が使えるのは、貴族であることがほとんど。
 しかし、ジミーは今までフィオラを何だと思っていたのだろうか。 

「うーん……まあ、一応?」 

「そうかい……こりゃ、たまげた。ボレアス公爵邸まで届けてくれと頼まれたから……てっきり下女を紹介するのかと思って……いや、すまん!何でもない!」 

 何でもないと言う割に、しっかりと失礼な事を言ってくれる。 
 しかし、なるほど。フィオラが誰なのか知らないのであれば、普通に人間として接してくれているのも頷けた。 

『ほら、みなさい。その言葉遣いでは到底ご令嬢には思われないのですよ』

 背後からレイが茶々を入れた。 

「うるさいな!」 

「すまん、すまん!そのドレスもご主人様からのお下がりを餞別で貰ったのかと思ってな」 

 レイに向かって言ったのだが、ジミーにはレイは見えていない。
 自分が怒られたと思ったジミーは慌てて正面を向いた。 今までの態度がどうであれ、貴族と分かったからには機嫌を損ねる訳にはいかない。とでも思っているのだろう。 

「ち、違う、違う!おっちゃんに言ったんじゃなくて……あー……休憩する時は、声掛けてね!」

 誤魔化すように言うと、慌てて小窓をしめた。 
 馬鹿正直に説明すれば、頭がおかしいと思われるだけだ。 

「レイ。急に声掛けないでよ」 

『ははは。これからは気を付けます』 

 フィオラが椅子に座り直すと、その正面にレイが座る。 


 そっか、これからは一人ではなくなるのか。 


 一人でいる事が当たり前で、すっかり頭から抜けていたが、周囲に人がいるという事は、レイとの会話には気を付けなければならなくなるという事だ。
 フィオラに取って、それは、とても面倒くさい事のように思えた。 

「しかし……下女とは」 

 フィオラは己の姿を見下ろす。 
 あの義妹が好きそうなピンク色のドレス。それも、ここ一週間ずっと着ているのであちこちにシワが出来ていた。
 令嬢としてみられなかったのは、何も言葉遣いが悪いだけではないだろう。 
 ひらひらとした袖から伸びている骨張った腕。 
 そのドレスのスカートを摘み上げれば、同じ様に骨張った脚が出て来る。 
 何も腕や脚だけではない。フィオラの体は「人骨って、こうなってるんだぁ」と、いう標本のようであった。 
 施された化粧も、結い上げられた髪も、すっかり残念な事になっている。 

「うん。下女に……申し訳ないな」 

 下女どころか、レイよりもフィオラの方が遥かに幽霊っぽい。
 容姿はどうにもならないが、せめて清潔は保ちたいとは思う。公爵邸に着く前に、お湯をもらえないだろうか。 


 無理だろうな。 


 ジミーは宿賃は貰っていないのか、それとも懐にしまっているのか。常に野宿だった。 
 食事はままならない生活だったが、体くらいは拭いていた。ジミーは一週間もよく平気でいるなとフィオラは思う。

「この際、川で水浴びでも良いんだけど」 

『風邪を引きますよ』 

「だって、臭くて醜いって、最悪じゃん」 

 公爵様に捨てられる以前に、臭いのは自分が嫌だ。 
 フィオラは自嘲気味に笑った。




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