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異名

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「お嬢ちゃ……いや、お嬢様。巷じゃ、赤の魔女なんて呼ばれてる女魔法使いが有名みたいですが、お嬢様は会った事がありますかい?」 

 食事休憩で唐突に、ジミーがフィオラに聞いた。 
 ジミーはあれ以来、フィオラとの会話の中に微妙な敬語を入れてくる。 

「呼び方は何でもいいって言ってるじゃん。フィオラって呼んでくれてもいいし」 

「そんな、滅相もねぇ」 

 フィオラはジミーから手渡されたパンにかじりつく。
 旅立った当初からジミーは一日三回の食事休憩を取り、その度にパンを一個とミルクを一杯フィオラに与えてくれていた。 
 フィオラが貴族だと分かってからは「こんな食事で申し訳ねぇ」と、言っていたが、フィオラにとってはご馳走と言ってもいいものだった。しかも、一日に三回も。 

「んで、えーと……赤の魔女だっけ?……て、誰?」 

「知らねぇんですかい?何でも、すげぇ強ぇ魔法使いらしくて、魔物の群れを瞬殺だって話ですぜ」 

「ほぇ~、そんな強いなら一度くらい会ってみたいなぁ~」

 自分も結構強い方だと思っていたフィオラだったが、やはり世界は広いようだ。 
 もぐもぐとパンを完食し、ミルクを飲み干す。 
 今まで一日一食、食べられるかどうかの生活をしていたフィオラはこれで十分お腹いっぱいだ。 
 休憩を終え、再び馬車が走り出すと車内にレイが姿を現した。
 何故か呆れた顔でフィオラを見下ろしている。 

「どうしたの、そんな顔して。綺麗な顔が台無しだよ?」 

『何が、「一度くらい会ってみたい」ですか。彼の言っていた赤の魔女は、フィオラ、あなたの事でしょう?』 

「ぇえっ?!そうなの??知らないよ、そんな事」 

『いつかの弟子志願者の少年が、あなたの事をそう呼んでいたではないですか』 

「弟子……?ああ!そういえば、そんな男の子がいたなぁ」 

 何年か前に、あのボロ小屋に突然やって来た少年がいた。 その少年が、フィオラの例の変身後の姿を見て、そう言ったのだった。 

「あれ?でもあの子、赤の魔女なんて言ってたっけ?なんか違ってなかった?」 

『言ってましたよ。でも、疾風の魔女とも言っていましたねぇ』 

「あ!そうそう、それ!へぇ……じゃあ、私って有名なんだ?」 

 自分にそんな異名があることなどすっかり忘れていたが、強いと認識されているのは悪い気はしなかった。 

「しかし、弟子になりたいって言われた時は驚いたなぁ……あの頃は、まだ認識阻害魔法と転移魔法を同時にするの下手だったしね……懐かしいなぁ」 

 それぞれの魔法が怖ろしいほどの集中力を要する。 
 今では難なく同時に発動できるが、当時は認識阻害魔法を発動していると、思った所に転移出来なかったりした。 

『普通はどちらかだけでも、習得するのに十年はかかるのですけれどね。フィオラには資質に加えてセンスもあったのでしょう』 

「そんな事、ないよ……」 

 レイに褒められくすぐったくなったフィオラは、態とそっぽを向いた。 
 レイは偶に不意打ちでフィオラを褒めてくれるのだ。それには悪い気はしないが、どう反応していいのか未だに分からない。 

「でも、あ、ありがと……」 

 だからいつも、口の中でもごもごとお礼をいうだけだった。




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