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誘拐疑惑

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 明日には公爵領に入れますよ。と、言っていたジミーの言葉通り、徐々に見える景色が殺風景な草原から整えられた街並みへと変化して行った。 

「嬢ちゃんとも、もうすぐお別れだなぁ……」 

 ジミーがしみじみと呟き、ジョッキを呷った。 
 どうもこの数週間で、フィオラに情が湧いたらしい。 
 一時期フィオラに対して敬語になっていたジミーだったが、すぐに元の話し方に戻っていた。フィオラとしても、そちらの方が気が楽だ。 

 二人がいるのは、町外れの定食屋。 
 なんと、最後だからとジミーがご飯を奢ってくれるというのだ。 
 とはいえ、これまでの食生活で極端に胃が小さくなっているフィオラは大した物は食べられない。 現にフィオラの目の前に置かれた皿の上には、お肉が二切れとマッシュポテトが少々、それと小さな丸いパンが二つ乗っているが、どれもジミーが頼んだ物のお裾分けだ。 
「俺がケチみてぇじゃねぇか」と、ジミーは言うけれど、食べられないのだから仕方ない。
 それにまともな肉などフィオラは初めて食べる。十分にご馳走だ。 
 フィオラが肉を頬張っていると、定食屋の女将がちらちらとこちらを窺っているのに気付いた。 

「見ない顔だけど……お二人は、旅行かい?」 

 フィオラと目が合うと盗み見ていたのが気不味かったのか、女将がフィオラに声を掛けて来た。 

「ち、違うぞ?!俺は人攫いなんかじゃねぇからな!」 

 フィオラが声を掛けられたというのに、ジミーが慌てて女将に弁解する。 


 なるほど。 


 女将は事件性を考えて、こちらの様子を窺っていたらしい。 
 確かに傍目から見たフィオラとジミーの関係性はよく分からない。 
 フィオラは年齢は一応成人しているが、その容姿は幼い。祖父と孫にも見えなくもないが、それにしては服装が違い過ぎる。フィオラが着ているドレスは、よれよれになってはいるが生地は上等だ。少なくとも平民が手に出来る代物ではなかった。 

「……そうかい?どこかのご令嬢を、こんな見窄らしくなるまで連れ回しているのかと思ったんだけど……違うのかい?」 

 またも女将はフィオラに確認した。明らかにジミーを疑っている。 

「女将、勘弁してくれよ、違うってば!」 

 慌てれば慌てるほど、ジミーが嘘をついているように見えるから不思議だ。 
 自警団でも呼ばれたら敵わないとでも思っているのか、ジミーが縋る様な顔で「そうだよな?」と、フィオラを見つめた。 

「うん。違うよ」 

「ほら、なっ?なっ?!俺はこの嬢ちゃんを公爵様の屋敷まで送り届けに来ただけなんだよ」 

「本当かい?」 

 女将は本気で誘拐を疑っている様だ。
 親切にしてくれたジミーが疑われるのは、フィオラとしても忍びない。何度も女将に向かって頷いた。 
 女将は訝しげな視線でジミーを一瞥したが、一応は納得したようだ。 
 しかし、ほっと安堵しているジミーとは裏腹に、フィオラはもやっとしていた。 


 見窄らしい……。 


 自分でも分かってはいるが、他人から改めて言われると何とも言えない気持ちになる。 しかも、ジミーが疑われたのがフィオラの見窄らしさからだとすれば、更に申し訳ない。 

「そうかい、公爵様のお屋敷にね……」 

 すると、女将は先程の訝しげな視線から一転。憐れむ様な視線をフィオラに向けた。 

「冷酷非道なんて噂されてる公爵様に仕えるのかい……」 

「……え?」 

「まあ、公爵様はほとんど王都にいらっしゃるみたいだけどね。とにかく、粗相しないように気を付けるんだよ」 

「………」 

 どうやら女将はフィオラが公爵邸の新しい使用人だと思い込んでいるらしい。心底心配そうな表情で「こんなに小さい子が……」と、呟いている。 
 恐らく、その公爵様の嫁としてやって来たと言っても、信じてもらえないだろうと思う。いや、この調子だと心配させるだけかもしれない。言うつもりもないが。 
 まあ、それは置いておいて、ボレアス公爵がお爺ちゃんなだけでなく性格も非道だったとは。 


 最悪じゃねぇかっ!! 


 フィオラは、公爵から捨てられるにはどうしたらよいか、本気で考え始めていた。




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