奴隷落ちを免れた令嬢は生きるために奮闘する。~いつかまた、アネモネの咲く丘で会いましょう〜

珠音

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運動不足

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 ――――――フィオラ


 懐かしい声がする。 声のする方を振り返ると、長い赤髪を靡かせた女性が、微笑みながらこちらに手を伸ばしていた。 
 その赤い髪は輝きを放っていて、まるで炎を纏っているよう。 フィオラはその腕に抱き上げられると、その胸に、ぎゅっと抱きついた。 


 ――――――お母さんのにおい。 


 嬉しくて見上げると、赤い瞳がフィオラを優しく見つめていた。 

「おかあ――……」 

 フィオラが口を開こうとしたその時。 
 微笑みを湛えていた母、サラサの顔から表情がついと消えた。 

「おかあさん?」 

 いつの間にか、サラサの体はフィオラから離れ、その姿は花が萎れるように、みるみる干乾びていく。 
 突然、目の前で見る影もなくなっていく母親に、どうすることも出来ないフィオラは言葉を失った。 
 輝きを放っていた髪も瞳も輝きを失い、色が消えていく。 

「おかあさん!」 


 炎が――――― 


 色が抜け落ちた髪と肉の削げ落ちた姿は、まるでミイラのようだ。 
 先程までフィオラに微笑み掛けていたサラサの瞳は虚ろで、何も映していない。 
 フィオラをその場に残し、暗闇に吸い込まれるようにその姿は遠退いていく。
 手を伸ばしたが、届かない。 フィオラは、その姿を追い掛けて懸命に走った。 

「おかあさん!!」 


 炎が、消えちゃう―――― 


 懸命に走ろうとも、脚が上手く動かない。 
 そうこうしているうちに、サラサの姿は暗闇に呑まれ消えていた。
 フィオラがどんなに呼び掛けようとも、サラサが姿を現す事はなかった。 

 もう二度と。 



「おかあさ――――っんぎゃっ?!」 

 フィオラは、ベッドから転げ落ちるかたちで目が覚めた。床が冷たい。 

「……夢か」 

 のそのそと起き上がると、すっかり日が昇っていた。 

『大丈夫ですか?うなされていましたけど』 

 レイが心配そうにフィオラの顔を覗き込む。 
 フィオラの頬は濡れていた。 
 見られたくなくて、レイを振り切るようにして洗面所に向かった。 フィオラの顔に残る涙の跡に気付かないはずはないのだが、レイは決してそこには触れない。 
 ニコライが王都に発って一週間。 
 ここのところ、頻繁に見る母親の夢。 

「何で、人は変な名前を付けたがるんだろうな」 

『……?異名の事ですか?』 

 顔を洗ったフィオラは、髪を一房取ると日の光りに透かした。 
 母親の綺麗な赤髪とは違い、錆びたような色が混じる茶髪。 光りの加減で赤っぽく見えることもあるが、見えることがあるだけで、フィオラの髪は、紛うことなき茶髪だった。 

『そりゃ……名前を知らなければ、その特徴で相手を表現するしかないですからねぇ』 

 レイが尤もらしい表情で小首を傾げる。 
 まあ、その通りなので、フィオラもそれ以上は黙っておく。 
 実際、フィオラの認識阻害魔法後の姿は、母親であるサラサそっくりなのだが、それは意図したものではなく完全に無意識だった。 
 美しく、魔法の才もあった母親の存在は、フィオラにとって憧れでもあり、同時に劣等感を抱かせるものでもあった。 
 その相反する感情は複雑で、だからといって母が嫌いかといえば、大好きなのだ。 

 だから、困る。 

 認識阻害魔法は、完全にフィオラの理想をイメージしたもの。 

 だから、気付かなかった。 

 数年前、ニコライに指摘されるまで。 
 炎の魔法を得意としたサラサの姿を模していることを。 
 サラサの象徴である赤色を、自分が纏っていることを。 
 そして、その象徴を指摘される度、自分の中の劣等感を掻き乱されることを。 

「私も……せめて、美人だったら良かったのに……」 

 たとえ、そうであったとしても、この国の基準では奴隷でしかないのだが。 

『フィオラは美人だと思いますよ?もう少し太れば見違えるのではないですかねぇ』 

 沈んだ表情のフィオラをレイが励ます。 
 フィオラは自分の腕の関節を見て、更に鏡を覗き込む。 

「ちょっと骨が目立たなくなった?」 

『……そうですねぇ。もう少し太れば……ですね』 

 つまり、まだまだだ。と、いうこと。 
 ここに来て、平均的な一人前の食事を完食出来るようになってはいたが、そうそう急には肉は付かないらしい。 

「でも、体は少し重くなった気がするんだけど」 

『それは、運動不足というやつでは?』 

「………」 

 確かに。 もう、かれこれ一ヶ月は、食っちゃ寝生活をしている。 
 ヒューゴの恐ろしい授業がなくなり、ならばと思いミーシャの手伝いを買って出たのだが、やんわりと断られた。 
 当たり前といえば当たり前なのだが、そうでなくとも、ミーシャにはミーシャの仕事の仕方があるらしい。 
 要は、フィオラが余計な手を出すと邪魔になる。ということだ。 

 つまり、暇。 

「……よしっ!!」 

 フィオラは勢いよく拳を突き上げた。 

「久しぶりに魔物討伐に行くぞっ!」 

『探しものを探しに行くのですね?!』 

 フィオラとレイの声が重なる。レイの目が半眼になった。 

「……ん?レイ、何か言った?」 

『いえ……それなら、公爵領の森に行ってみてはどうです?』 

 何かを諦めた雰囲気を纏うレイが、思いついたように提案した。 
 ボレアス公爵領にも、管轄する森が存在する。 

 因みに、それぞれ管轄する森は東西南北の四つに分けられていて、この国の最南であるノートス辺境伯領が南で、最北であるボレアス公爵領は北となる。 

「北の森か……」 

 確かに未開の地を探索するのも面白そうだ。フィオラは頷いた。 
 しかし、一つ問題がある。 

「ヒューゴに何て言おう」 

 ニコライにも、外に出る時は伴を付けろと言われている。屋敷の敷地にも、罠とやらが仕掛けてあると言っていた。 

『では、今日は、外を散策したい。とでも言えばいいのではないですか?』 

「でも……」 

 魔物討伐は、ストレス発散でもあった。伴がいては、それは難しいと思われる。 

『一度、外を記憶すれば、いつでも出られるではないですか』 

「あ、そっか!レイ、あったまいいー!」 

 一度行けば転移魔法が使える。 残念だが、今日は散策だけの日にするしかなさそうだ。 






    
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