奴隷落ちを免れた令嬢は生きるために奮闘する。~いつかまた、アネモネの咲く丘で会いましょう〜

珠音

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ボレアス湖

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 広場は変わらずの喧噪の中、フィオラの周りだけ何となく気不味い空気が流れていた。 
 その空気を打ち破ったのは新人の護衛。 

「そ、そうだ!お嬢様、どこか行きたい場所はないですか?せっかくだから行ってみましょうよ!」 

「え、でも……」 

 気を利かせてくれたのだろうが、フィオラが行きたいのは魔物のいる森。 
 屋敷の外へ出るという目的は果たしたが、ならば森の位置を把握していた方が都合がよい。 
 そうは思っても自分の立場も相まって、何も言えずにもじもじしていると、新人が「そうだ!」と、手を叩く。 

「ボレアス湖なんて、どうです?静かだし、綺麗だし……ねぇ、ウォーリー卿?」 

 新人が最年長にうかがうように提案する。この場のリーダーは、やはり最年長のようだ。 
 そしてここにきて、フィオラは彼らの名前を知らない事に気付いた。 
 いや、自己紹介はされた。されたが、他人と交わる事が希薄だったフィオラが四人同時に覚えるなど完全にキャパオーバーだった。結果、一人も覚えられなかっただけ。 

「ボレアス湖か……うーん。確かに綺麗だが……危険でもある」 

 ウォーリーは顎に手を当て唸った。 

「大丈夫ですよ、最近では魔物の出現も減って来てるじゃないですか。それに、出たとしても我々がいます」 

「えっ、魔物?」 

 魔物という言葉に思わず反応したフィオラにウォーリーが頷く。 

「北の森が近いので、たまに水を飲みに来るんですよ」 

「魔物も水を飲むんだ……」 

『そりゃ、飲むでしょうよ』 

「ええ……まぁ、そういうことですね」 

 レイが苦笑している隣で、ウォーリーもまた苦笑している。 
 でも、湖まで行く事が出来れば、森に行くのにだいぶ楽になる。フィオラは瞳を輝かせた。 

「ウォーリー卿」 

「何ですか?お嬢様」 

 フィオラが声を掛けると、ウォーリーは驚いたように微かに目を見開いてから細めた。どことなく嬉しそうに見えるのは気の所為か。 

「私、湖に行ってみたい」 

「……うーん。分かりました。では、我々の側を離れないと約束して頂けますか?」 

「もちろん!」 

 嬉しそうだった表情が一転。渋々といった雰囲気のウォーリーに、フィオラは大きく頷いた。 

 これで、動きが自由になるぞ。 

 フィオラはほくそ笑む。 
 これも、鈍感だと思っていた新人護衛のファインプレーのお陰だ。フィオラは心の中で、彼に称賛を送った。 



 湖までは、馬車で一時間ほどだった。 
 無言だった当初と違い、馬車の中は賑やかだ。喋っているのは、専ら新人騎士。 
 彼らの会話に耳を欹てた結果から、新人騎士はキンバリーという名前である事が判明した。フィオラも自己紹介された記憶があるだけに、流石に直接聞き直すのは憚られた次第だ。 
 そして、キンバリーは新人ではなかった。因みに中堅騎士だと思っていた二人はベスターとウィルという。 やはりウォーリーは勤続二十年のベテランで、ウォーリー以外の三人は、平民出身で同期入団なのだとか。 道理でウォーリーがリーダーになる訳だ。フィオラは納得した。 

 湖に到着すると、静かだと言っていた通り人影はなく、ただ小鳥のさえずりが適度な長閑さを醸し出していた。魚でもいるのか、時たま水面に波紋が広がる。 

「のどかだねぇ~……」 

 広がる波紋に太陽の光りがきらきらと反射し、その眩しさに目を細めながらフィオラが呟く。 

「綺麗でしょう?!初めて来た時、思わず湖を何周も走っちゃいましたよ」 

 確かに青く澄んだ湖は綺麗だ。ただ、走りたいとは思わない。 

「訳分かんないっすよねぇ。周回五キロですよ、この湖」 

 キンバリーをじっと見つめるフィオラに、ベスターがひそっと補足する。フィオラの目は半眼になった。 

「長すぎず短すぎず、丁度いい距離じゃないですか!」 

 聞こえていたらしい。キンバリーがむくれている。 
 五キロが果たして丁度いいのか。それは人によるのだろうが、フィオラにはどうでも良い話だった。 

「ねぇ、ここは北の森じゃないの?」 

 湖の周りは、森といってもいいくらいの木々が生い茂っている。 

「ここから歩いて数分くらいの所に森の入口があります。と、言っても地続きなんですけどね……あっ!でも、大丈夫ですよ。我々は、こう見えても強いですから!」 

 森が近くてフィオラが怖がっているとでも思ったのか、ウォーリーがフィオラを安心させるように胸を張った。 

 ここは逆に怖がった方がいいのだろうか。 

 珍しくフィオラが頭を悩ませていると、燥いだ声でフィオラを誘う者がいる。 

「お嬢様ー!コレは壊れてなさそうです!俺が漕ぎますから、コレ乗りましょうー!!」 

 キンバリーが目敏く古びた手漕ぎボートを見つけ、フィオラに大きく手を振っている。 
 昔は観光地だったという湖の畔には、ボートが幾つも無造作に置かれていた。ずっと放置されていたのだろう、そのどれも壊れているようだった。 
 壊れてなさそうだと言うキンバリーに、不安を覚えたフィオラがウォーリーを振り仰ぐ。 

「まぁ……、先にキンバリーを乗せて、それでもボートが沈まなければ……付き合ってあげて下さい」 

 苦笑するウォーリーに、「まあ、付き合ってあげてもいいか」と、フィオラもボートに近寄る。 
 見た感じでは穴は開いてなさそうだ。 
 キンバリーが、うきうきとした様子でボートを湖に浮かべ、一人乗り込む。ボートを揺らしてみても沈む様子はなかった。 

「さあ、お嬢様。お手をどうぞ」 

 暫し様子をみた後で、キンバリーがフィオラに向かって手を差し出し、にかっと歯を見せて笑った。







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