奴隷落ちを免れた令嬢は生きるために奮闘する。~いつかまた、アネモネの咲く丘で会いましょう〜

珠音

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小さいお家

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 要塞のような屋敷に慣れてしまったからだろうか。ボレアス公爵のタウンハウスは、かなりこじんまりしているように感じた。 

「ここは、俺が寝泊まりするだけに購入した家だから少し狭いが我慢してくれ」 

 ニコライはそう言って先に馬車を下りると、手慣れた様子でフィオラに手を差し伸べた。 

「寧ろ、狭い方が落ち着く」 

「そうか……まあ、気に入ってもらえたら嬉しいのだが」 

 手を取ったフィオラに、ニコライが嬉しそうに微笑んだ。 
 珍しく笑顔を見せたニコライに、不覚にもフィオラの胸は高鳴ってしまい、ふいっと横を向く。 

 こんなに大きかったっけ?? 

 ニコライの腕にぶら下がるような形でエスコートされているフィオラは、こっそりとニコライの横顔を盗み見る。 

 そういえば、こんなに近くで見るのは久しぶりだ。 
 昔は、あんなに子供だったのになぁ…… 

 皆、昔は子供である。 
 ニコライの精悍な顔つきにしみじみとしていたフィオラは、つい見つめてしまっていたらしい。その視線にニコライが気付き、訝しげに目を細めた。 

「何だ?」 

「い、いやっ?!なんか、その……おっさんになったなって……ははっ」 

「お、おっさ……?フィオラと歳の差はそんなになかったように思うが?」 

 何故か顔が熱くなり、フィオラは手の平でぱたぱたと扇ぐ。 
 片やニコライは、おっさんと言われた事が衝撃だったのか「むぅ」と、不満そうに口を結び険悪な空気を醸し出していた。 

「あのな……」 

 ニコライが更に口を開こうとした時、玄関の奥からぱたぱたと賑やかな足音が聞こえてきた。 

「お坊ちゃま!お出迎え、遅れてしまって申し訳ございません!!」 

 恰幅の良い女性が、エプロンで手を拭きながら息を切らして奥から出て来ると、フィオラを見るなり歓喜の声を上げた。 

「まあ、まあ、まあっ!!この方が、仰ってたお坊ちゃまのお嫁さんですか?まあ、まあ、まあっ!!なんてお可愛らしいんでしょうっ!!」 

「リーナ、落ち着け。フィオラが驚いているだろ。それと……坊ちゃまは、やめろ」 

「まあ、まあ、まあっ!フィオラ様ですか。名前までお可愛らしいこと。さあ、さあ、さあっ!お疲れでしょう。何もない家ですが、中へどうぞ!」 

「ぇ、あ……はぃ」 

 険悪な空気がどこかに吹き飛んでいた。 
 苦い顔をしているニコライを無視するように、リーナはフィオラを家の中へと促した。 
 管理人の妻だというリーナの髪は白髪で、相応の年齢だと思われるのだが随分と元気な女性らしい。 はっきり言うと、フィオラはリーナの勢いに押されていた。坊ちゃまと呼ばれたニコライをからかう余裕すらない。 

「何もないとか……一応、俺の家なんだが?」 

「まあ、まあ、まあっ!本当のことではないですか!お坊ちゃまは、寝るだけとか言って……この家には寝具くらいしか置いてないんですよ?!」 

 部屋を案内している間もリーナの勢いは衰えない。ニコライも言われるままに、肩を竦めるだけだった。 
 しかし、リーナの言っていることは本当らしい。 家の中は、装飾品のひとつも置かれてはいなかった。本当にニコライが寝泊まりするだけの家なのだろう。 
 こじんまりしているとはいえ部屋数はあるようで、フィオラが案内された部屋は、ちゃんと一人部屋だった。 しかも白いレースの天蓋ベッドに、フリルのついたピンクのカーテン。 その他の家具や絨毯も、白とピンクで統一されていて、なんというか、可愛らしさを全面に押し出していた。 

「なんか……すごいな」 

「可愛いでしょう!女の子が来るので、張り切って準備させて頂きました!」 

 ドヤッと、リーナが胸を張る。 

『ああ……この方。きっとフィオラの本性を知ったら、さぞがっかりされることでしょうねぇ』 

 今まで何処かに雲隠れしていたレイが、ひょこっと現れたと思ったら、大袈裟に困り顔を作って言った。 腹が立つが、真実なのでフィオラは何も言えない。 

「まあっ!なんて素敵なお部屋でしょう!!お嬢様にぴったりです!!」 

 リーナとは別の元気な声が響く。 荷物を運んで来たミーシャが、部屋の中を見るなり目を輝かせた。 この部屋がフィオラにぴったりに見えるというミーシャの目は節穴なのだろうか。 

「まあ、まあ、まあっ!!可愛らしい娘が増えたわっ!」 

「ぇっ、かわっ……あっ!あの、私はフィオラお嬢様のお世話係のミーシャです。宜しくお願いします」 

 リーナの勢いに戸惑ったのか「可愛らしい」に戸惑ったのか定かではないが、ミーシャは急に頬を赤くしてもじもじしていた。 

「ミーシャちゃんね。私はリーナよ。ぁあ~!可愛い孫娘が一度に二人も出来た気分です!!今日一日で、一気にこの家が華やいだわ!ぁあ~っ!今日は、なんて素敵な日なんでしょうっ!!」 

 リーナは胸の前で手を組み、まるで歌い出しそうな勢いだ。 

『随分と、情熱的な女性のようですねぇ』 

「まぁ……ミーシャと気が合いそうで、良かった……よ?」 

 早速、ミーシャとリーナは荷解きを始めている。 
 持参したフィオラの洋服を楽しそうに吟味しているミーシャとリーナを見て、何故だかフィオラの背中に悪寒が走った。








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