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巷で噂の女
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「これはこれは陛下。いつからこちらに?」
「気付いておったくせに……この狸め」
「ひっ、ひっ」と、いやらしい笑みを浮かべるグレゴールに、国王ヘリオは顔を顰めた。
「……して、どうであった?」
「娘が自ら出向いてくれるとは……攫う手間は省けたようですが、些か戸惑いましたぞ?」
「少し手違いがあったようでな……そんなことより、グレゴール」
急かすようにヘリオがグレゴールを睨む。
ヘリオの問いに、わざと焦らしているのかグレゴールはゆっくりと顎を撫でた。
「ふむ。あの娘……母親の容姿はしっかり受け継いでいる様ですな。あと数年もすれば、男を惑わす妖婦に化けましょうて」
「確かにサラサに似ているが……『は』と、いうことは、本当に魔力はないということか?」
彼女を思い出し何か思うところがあるのか、ヘリオは視線を泳がせ顎髭を撫で付けた。グレゴールが目敏くにやりと笑う。
「ああ、これは失敬いたした。陛下には耳の痛い話でしたな」
サラサは、妖艶という形容がぴったりな女性だった。それ故、かつては彼女を愛人にしたいと群がる貴族は大勢いた。ヘリオもその内の一人だということをグレゴールは知っている。
「何の話だ!馬鹿を申すな。あれは……そういうことではない!」
詳細を語っていないにもかかわらず、ヘリオが声を荒げた。図星をさされた者ほどむきになるものである。
「そんなことより。あれ程の魔力を持った女の娘が本当に、全く魔力を持たないことなどあるのか」
ほくそ笑むグレゴールを忌々しげにヘリオが睨む。
「私も辺境伯が嘘を申し立てているのではと疑っておりましたが……どうやら、事実かもしれない。と、いったところでしょうか。そもそもサラサは平民ですし、彼女自身が突然変異のようなものですからな……」
そう言ってグレゴールが徐ろに床に敷かれた赤い絨毯をめくり上げた。ヘリオに見せ付けるように絨毯を剥がすと、床には何かしらの魔法陣が顔を見せた。
「いやはや……念の為にと隠しておいて正解でしたな。頭は悪そうでしたが、学はあるようでしたから……下手に警戒されてしまっては、やりにくいですからな」
この床に描かれているのは魔力を測る魔法陣。これは地方に設置してある簡易的なものとは異なり、微量な魔力でも測定出来る。
建国当初よりあるものだと伝えられているが、それはかつてこの国を作ったデンドロンが、謁見する者が何の魔力を持っているのか知りたがったということなのだろう。それが単に興味からなのか、相当な用心深さからなのかは伝えられていない。
「何やらはっきりしないな。魔法陣が反応しなかったのであれば、辺境伯の言うことが事実だったということであろう?」
「あの娘が、この魔法陣の中に入っても……何の反応もなかったのですよ?……全く、何も」
「だったら……」
グレゴールが何を言っているのか分からない。ヘリオは一瞬眉を顰め、そしてハッと顔を強張らせた。
人間は必ず魔力を持っている。 それがグレゴール含め、先人達の研究結果であった。
つまり「魔力無し」というのは、簡易的な魔法陣で感知出来ないほど微量な魔力の持ち主ということである。しかし、この事実は世間には公表されてはいなかった。
「微量過ぎて光りが弱かっただけではないのか?」
「そんなはずはないでしょう……微量でも光りを検知したら絨毯が燃えるように細工しておりましたから」
試しに。と、グレゴールが魔法陣の上に絨毯を敷き直し、自らが足を踏み入れた。 すると、魔法陣全体が光りを放つと同時に絨毯が燃え上がる。その炎はグレゴールを包んだが、一瞬で消えた。
「ちと乱暴な細工ではないかの」
「ご安心を。危険がないことは確認済みです」
目を白黒させるヘリオに、グレゴールは自身の服が燃えてないことを強調するように両手を広げてみせた。
「そ、そうか。だが、そうなると……まさか、あの娘が何か細工を施していたと申すか?」
ヘリオが思案するように顎髭を撫でつけ、目を細めてグレゴールを見た。
「どうでしょうな。若しくは、本当に空っぽなのか……どちらにせよ、研究対象として面白いですな」
「それで、あの醜態か」
先程のグレゴールの情けない姿を思い出しているのか、ヘリオは喉の奥でくつくつと笑う。
「本当に空っぽであれば、今までの常識が覆りますからな。研究の為ならばあの程度の醜態、いくらでも晒しましょうぞ。では陛下、あの娘を召喚して頂けますかな?」
「ふぅむ。伝え聞く容姿から、巷で噂の女は辺境伯の娘で間違いないと思っておったが、どうやら違うようだしのぅ……人体実験なり何なり、好きにするがよい」
ヘリオは「ただ……」と、続けた。
「直ぐには無理であるな。お前の言うところの『生意気な若造』が、向こう半年の遠征に、あの娘も帯同させるという申請があった。許可もおりておる」
「ぐっ……なんと腹立たしいタイミングですな。そこを何とかなりませぬか?」
「流石に許可がおりたものを覆すには相応の理由がいるからのぅ……そう急ぐともよいのではないか?」
ヘリオはのんびりと顎髭を撫で付けた。
フィオラには魔力は無いと決め付けている様子だ。 そもそもヘリオは、グレゴールとは違い魔力の無い者には興味はない。
「なに、半年も経てば召喚してやる。それよりも、あれはどうなっている……古文書にあった……」
「『永遠の玉座』でございましょう?ちゃんと調べておりますとも」
腹立たしさから、グレゴールはヘリオの言葉を遮った。
それも含めてあの娘を使いたいというのに!
読む者が変われば解釈も変わるかもしれない。 古代語に詳しい者と古文書を読み合わせをしたいというのは本音であった。
「何年かかっておるのだ。それでも貴様は研究者か!」
「しかし!……はい」
この男はこういう男だ。
ヘリオに怒鳴られ反論しかけたグレゴールは、何を言っても無駄だと言葉を呑み込み頭を垂れた。
二人の姿が見えなくなると柱の陰から人影が現れた。
その人影は静かに部屋の中央に進み出ると、懐かしむように玉座があった場所を見上げる。
『……どうやら、ここで間違いなさそうですね』
誰にも聴こえない言葉を呟くと、現れた時と同じように静かに消えて行った。
「気付いておったくせに……この狸め」
「ひっ、ひっ」と、いやらしい笑みを浮かべるグレゴールに、国王ヘリオは顔を顰めた。
「……して、どうであった?」
「娘が自ら出向いてくれるとは……攫う手間は省けたようですが、些か戸惑いましたぞ?」
「少し手違いがあったようでな……そんなことより、グレゴール」
急かすようにヘリオがグレゴールを睨む。
ヘリオの問いに、わざと焦らしているのかグレゴールはゆっくりと顎を撫でた。
「ふむ。あの娘……母親の容姿はしっかり受け継いでいる様ですな。あと数年もすれば、男を惑わす妖婦に化けましょうて」
「確かにサラサに似ているが……『は』と、いうことは、本当に魔力はないということか?」
彼女を思い出し何か思うところがあるのか、ヘリオは視線を泳がせ顎髭を撫で付けた。グレゴールが目敏くにやりと笑う。
「ああ、これは失敬いたした。陛下には耳の痛い話でしたな」
サラサは、妖艶という形容がぴったりな女性だった。それ故、かつては彼女を愛人にしたいと群がる貴族は大勢いた。ヘリオもその内の一人だということをグレゴールは知っている。
「何の話だ!馬鹿を申すな。あれは……そういうことではない!」
詳細を語っていないにもかかわらず、ヘリオが声を荒げた。図星をさされた者ほどむきになるものである。
「そんなことより。あれ程の魔力を持った女の娘が本当に、全く魔力を持たないことなどあるのか」
ほくそ笑むグレゴールを忌々しげにヘリオが睨む。
「私も辺境伯が嘘を申し立てているのではと疑っておりましたが……どうやら、事実かもしれない。と、いったところでしょうか。そもそもサラサは平民ですし、彼女自身が突然変異のようなものですからな……」
そう言ってグレゴールが徐ろに床に敷かれた赤い絨毯をめくり上げた。ヘリオに見せ付けるように絨毯を剥がすと、床には何かしらの魔法陣が顔を見せた。
「いやはや……念の為にと隠しておいて正解でしたな。頭は悪そうでしたが、学はあるようでしたから……下手に警戒されてしまっては、やりにくいですからな」
この床に描かれているのは魔力を測る魔法陣。これは地方に設置してある簡易的なものとは異なり、微量な魔力でも測定出来る。
建国当初よりあるものだと伝えられているが、それはかつてこの国を作ったデンドロンが、謁見する者が何の魔力を持っているのか知りたがったということなのだろう。それが単に興味からなのか、相当な用心深さからなのかは伝えられていない。
「何やらはっきりしないな。魔法陣が反応しなかったのであれば、辺境伯の言うことが事実だったということであろう?」
「あの娘が、この魔法陣の中に入っても……何の反応もなかったのですよ?……全く、何も」
「だったら……」
グレゴールが何を言っているのか分からない。ヘリオは一瞬眉を顰め、そしてハッと顔を強張らせた。
人間は必ず魔力を持っている。 それがグレゴール含め、先人達の研究結果であった。
つまり「魔力無し」というのは、簡易的な魔法陣で感知出来ないほど微量な魔力の持ち主ということである。しかし、この事実は世間には公表されてはいなかった。
「微量過ぎて光りが弱かっただけではないのか?」
「そんなはずはないでしょう……微量でも光りを検知したら絨毯が燃えるように細工しておりましたから」
試しに。と、グレゴールが魔法陣の上に絨毯を敷き直し、自らが足を踏み入れた。 すると、魔法陣全体が光りを放つと同時に絨毯が燃え上がる。その炎はグレゴールを包んだが、一瞬で消えた。
「ちと乱暴な細工ではないかの」
「ご安心を。危険がないことは確認済みです」
目を白黒させるヘリオに、グレゴールは自身の服が燃えてないことを強調するように両手を広げてみせた。
「そ、そうか。だが、そうなると……まさか、あの娘が何か細工を施していたと申すか?」
ヘリオが思案するように顎髭を撫でつけ、目を細めてグレゴールを見た。
「どうでしょうな。若しくは、本当に空っぽなのか……どちらにせよ、研究対象として面白いですな」
「それで、あの醜態か」
先程のグレゴールの情けない姿を思い出しているのか、ヘリオは喉の奥でくつくつと笑う。
「本当に空っぽであれば、今までの常識が覆りますからな。研究の為ならばあの程度の醜態、いくらでも晒しましょうぞ。では陛下、あの娘を召喚して頂けますかな?」
「ふぅむ。伝え聞く容姿から、巷で噂の女は辺境伯の娘で間違いないと思っておったが、どうやら違うようだしのぅ……人体実験なり何なり、好きにするがよい」
ヘリオは「ただ……」と、続けた。
「直ぐには無理であるな。お前の言うところの『生意気な若造』が、向こう半年の遠征に、あの娘も帯同させるという申請があった。許可もおりておる」
「ぐっ……なんと腹立たしいタイミングですな。そこを何とかなりませぬか?」
「流石に許可がおりたものを覆すには相応の理由がいるからのぅ……そう急ぐともよいのではないか?」
ヘリオはのんびりと顎髭を撫で付けた。
フィオラには魔力は無いと決め付けている様子だ。 そもそもヘリオは、グレゴールとは違い魔力の無い者には興味はない。
「なに、半年も経てば召喚してやる。それよりも、あれはどうなっている……古文書にあった……」
「『永遠の玉座』でございましょう?ちゃんと調べておりますとも」
腹立たしさから、グレゴールはヘリオの言葉を遮った。
それも含めてあの娘を使いたいというのに!
読む者が変われば解釈も変わるかもしれない。 古代語に詳しい者と古文書を読み合わせをしたいというのは本音であった。
「何年かかっておるのだ。それでも貴様は研究者か!」
「しかし!……はい」
この男はこういう男だ。
ヘリオに怒鳴られ反論しかけたグレゴールは、何を言っても無駄だと言葉を呑み込み頭を垂れた。
二人の姿が見えなくなると柱の陰から人影が現れた。
その人影は静かに部屋の中央に進み出ると、懐かしむように玉座があった場所を見上げる。
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