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Ⅴ いざ、帰らん!
61. ミュリエルの足跡を見て
しおりを挟む丘での穏やかな時間を過ごしたあと、私たちは麓の村へと足を運んだ。そこは僻地でありながらも、活気のある村だった。
「小さな村のようですけれど、賑やかですね。ここには何かあるのですか?」
「やっぱり覚えてないか。ここはミュリエルが目をかけて発展させた村――なんだが……」
「目をかけて……」
ほら、と言って見せられたのは店先に並ぶ工芸品。小物やアクセサリーに、まるで本物のような花の飾りが――。
「あれ?」
「気づいたか。これは本物の花だ。何でも特殊な樹液でコーティングすることで、この状態を維持できるんだとか」
近くで見てみると、指先ほどの小さな花が、咲いた形のまま樹液で固められていた。光を通す、透き通った花びらがきれいで、触れたら壊れてしまいそうな繊細さもまた、目を惹きつけて離さない。
まったく同じものではないけれど、それは日本でも見たことのあるものだった。UVレジンとかいうものを使って作るやつだ。私は以前、手芸好きの友人が作ったのを見せてもらったことがあった。
「ミュリエル、こっち。この工房。ここがミュリエルがこの村に目をつけたきっかけになった工芸師の店だって聞いてる。入ってみよう」
ベイル様に手を引かれ、入り口をくぐる。入ってすぐのところは木の棚やテーブルが置かれ、商品が並べられていた。そして店の奥に大きな机や機材が雑多に置かれた作業場がある。
そして、そんな売り場と作業場を仕切るカウンター、そこに、頬杖をついて眠そうにしている少年がいた。
「こんにちは。工房長はいるか?」
「……あ? ねーちゃんは出かけてんぞ。何か用?」
「工房長を彼女に紹介したかったんだが……」
「んー、採集に行っちゃったから、多分、日暮れまで帰ってこないと思う」
「そうか。日暮れまではいられないな……残念だが仕方ない、か」
そんなベイル様と少年のやり取りを遠くに聞く一方、私の目は棚に並べられた商品に釘づけだった。
これはぜひレイラ様たちにも見てほしい。たぶん一度、花びらを全部抜いて作ったのだろう。それも一種類だけじゃなく、十種類近くの小花を集めて。
いろんな花びらを重ねあわせて作られたこの花の飾りは、まるで楽園に咲く幻の花のようだった。合わせた花びらの彩りも、形も、重なり方も、全部がきれいに調和していて、何も知らずにこれが楽園の花だと言われて見せられたら、きっと信じてしまうだろうというくらい美しかった。
すごいのはそれだけではなかった。花を引き立たせるために作られたであろう金の飾りも手が込んでいて、レースのような緻密さの繊細な飾りだった。もしこれを自分でやれと言われたらたぶん発狂するだろう。
この村で見た他の工房のアクセサリーも素晴らしかったが、ここはその比ではなかった。
「すごいすごいすごいすごい! ベイル様、これすごいです!」
興奮しきりの私に、ベイル様が優しい眼差しを向ける。
「気に入ったのあった?」
「はい! ありまく――っと、ど、どれも素敵で! これとか、あれとか……あ、あの棚の上のも――」
「わかった。ならそれら全部買おう」
「え!?」
「気に入ったんだろう? 買ってあげるつもりで入ったんだ。遠慮せず他も選ぶといい」
え!それは、申し訳ないし……こういうのなら自分で買えるはず――。
私に付き従っているはずのシンディーの姿を探せば、すぐに見つかる。私のお小遣いはシンディーが持ってくれているはずなので買い物には困らない。だから、大丈夫と断ろうとして――思い直す。ここで自分で買えると言ってしまうのは、かなり可愛げのない言葉じゃなかろうか。茉莉であれば通常運転だけど、ミュリエルだったら……たぶん違う。
「ええと、では……買ってくれます、か?」
「ああ、もちろん」
私としては精一杯の甘え口調で尋ねれば、ベイル様は躊躇いなく頷いた。
「あ、でも、今言った全部はいりませんからね?」
「そうか……」
今度はがっかりとした声が返ってきた。顔だけ見ているとわかりにくいが、声や纏う雰囲気から、本気でがっかりしていることがわかる。私はそれには気づかないふりをして、真剣に選び始めた。
カラフルなもの、淡い色のもの、同系色でまとめられたもの……どれもきれいで目移りする。何より日本の既製品と違って、まったく同じというものは存在しない。同じデザインであっても色合いや大きさなどが微妙に違っているから、ある程度絞ってからもさらに迷う。
「どれで迷ってる?」
「この白いピアスか、こっちの薄水色のか……」
ベイル様は私が示したピアスを手に取るを、そっと私の耳にあてがう。
「……両方買おう」
「え、それは駄目」
「何故?」
そんな贅沢できないというのもあるが、なんとなく二つ買うと価値が半分になってしまいそうな気がする。できれば一つだけのものを今日の思い出として大事にしたい。
「ええと、それは……。あ、あの! き、決めてもらってもいい、ですか?」
「私が決めてしまっていいのか?」
「ぜひ」
それからベイル様は真剣な表情で見比べて、白いほうを手に取った。
「では、これにしよう」
会計を済ませると、それをベイル様自らつけてくれる。
遠慮がちに、優しく耳に触れるベイル様の指。私の全神経が耳に集まってしまったかのようで、指が動くたびにゾクゾクとする。私はただただ息を詰めて、ベイル様がつけ終わるのを待った。
「うん、よく似合ってる」
「あ、ありがとうございます」
耳から離れていく熱。それを寂しく感じながらも、向けられる視線に気分は高揚する。束の間見つめ合い、はっと我に返って、視線を反らせた。
「あ、え、ええと、こ、このあとは――」
「あ、ああ。遅くなったが食事にしよう。すぐそばに山の幸を売りにした評判の店があるんだ」
気恥ずかしいけれど不快ではない。私はもう一度ベイル様と視線を合わせ、照れながら少しだけ笑った。
それから遅めの昼食をとって、また別のお店を冷かして――まだ日は高かったが移動に時間がかかるため、早々に馬車に乗って帰路に着く。
馬車の外へと視線を向ければ、すでにかなり遠くになってしまった丘に、点々と広がる白が見えた。
――うん。ベイル様に、返事をしよう。
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