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Ⅵ 決断は遅きに失し

66. あるべき形?

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 冬期休暇明けの学院。その廊下で私はそわそわとしていた。
 その視線はただ一人の人物を探しているのだけれど、いつもであれば私より先に教室の前にあるその姿が今日はいまだ見えない。しかも学院の空気もどこかいつもと違っていて落ち着かないことこの上なかった。

「ベイル様、まだかな……」

 私は廊下の窓から、ベイル様のような柔らかい印象の、水色の空を見上げた。




 冬期休暇の終わりが近づき王都に戻った私は、王都についてすぐ、思い切ってベイル様に「会いたい」と手紙を送ってみた。告白の返事をしなきゃというのもあったけど、ただ純粋にベイル様に会いたかった。
 この時点で冬期休暇は残すところ四日のみ。ベイル様も同じタイミングで戻ってきているはずなので、早ければその日のうちに、遅くとも翌日には返信が届く――はずだった。

 そう、手紙はすぐには返ってこなかったのだ。じりじりしながら待って返ってきたのは冬期休暇最終日の朝。しかもようやく返ってきたと思った手紙には、「忙しいので会えない」という一言きり。がっかりしたなんてもんじゃなかった。
 でも、ベイル様が忙しいことは会ったときにも聞いていたし、仕方ないかと思ってこの時はあきらめた。明日には冬期休暇も明けて、また毎日顔を合わせられるようになるってわかっていたから。

 だから私は今日が楽しみだったし、いつもに増して念入りに身だしなみを整えてきた。ベイル様と会ったときに、かわいいと言ってもらえるように。



 それなのに。
 これまでいつも私より先に来て教室の前で待ってくれていたベイル様の姿が、まだない。最初は、私がベイル様に会いたい一心で早く来すぎてしまったのかとも思ったのだけれど――。

 ちらりとのぞいた教室の席はもう八割がた埋まっている。この時刻になっても来ていないのはどう考えてもおかしかった。

 楽しみだった気持ちが、急速に不安へと変化する。
 どうしてベイル様はいらっしゃらないのだろうか。何かあったのだろうか。それとも、私がなにか――手紙で失礼をしてしまって避けられているのだろうか。


 予鈴が鳴った。私はもう一度廊下の先を確認し、肩を落としながら教室に入った。

 ベイル様に会えなかった。たったそれだけのことのはずなのに、胸はずきずきと痛み、私は恐怖と不安で押しつぶされそうだった。
 そして、こういうときはだいたい悪いことが重なるのだ。

 教室に入って自席に向かっていると、同じく席にい向かっていたレイラ様とすれ違う。

「レイラ様、おはよ――」

 私は足を止めて、いつものようにレイラ様に挨拶をしようとした。けれどレイラ様は、まるで私に気づかなかったかのようにすぐ横を通り過ぎていく。
 なにか考え事でもしていたのだろうか。気づかれないのは寂しいのでもう一度振り返って声をかける。

「あ、あのレイラさ――」
「あら、メリッサさん。おはようございます。よい休暇を過ごせまして?」

 けれど。レイラ様はそれさえも遮るかのように、着席していたメリッサさんに声をかけた。

 ぞわっと鳥肌がたった。嫌な予感がひしひしとする。
 私の被害妄想だというならそれでいい。けれど、もし本当にレイラ様が意図的に私を無視したのだとしたら――。

「お、おはようございます、レイラ様。ええ、領地でゆっくりと過ごさせていただきましたわ」

 メリッサさんはちらちらと気まずげに私を窺いながら答えた。そしてそのメリッサさんの反応こそ、これが私の被害妄想でもなんでもないのだと示していた。

 ――そんな。まさか、レイラ様に限って……。

「レイラ様、おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます、マーガレットさん。マリエルさんも」

 少し離れた所から、クラスメイトたちが次々と挨拶する声が聞こえる。冬期休暇前にはまったく見られなかった光景だ。けれど、違和感はない。むしろ以前のそれが異常で、今の光景こそが正しいのだと周囲が、世界がそう受け入れているように感じた。


「なん、で……?」

 私にはわけがわからなかった。


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