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Ⅴ いざ、帰らん!
63. お礼を形に
しおりを挟む馬車を下りた私たちを出迎えてくれたのはボルトだった。その後ろにはメイドや男性使用人たちも控えている。
「お帰りなさいませ、ミュリエルお嬢様」
「ただいま戻りましたわ」
「エイドリアン伯爵も、お送りくださいましてありがとうございます」
「ああ」
ベイル様の返事はそっけなかった。私はくすりと笑う。
私やセーファス様といるときはそれなりに話をするのに。口数の少ないベイル様はなんだか可愛らしい。
そんなことを考えていると不意にベイル様がこちらを向いた。私は慌てて笑みを隠す。
「ではミュリエル、また。次は王都で会おう。向こうに着いたらすぐに連絡する」
「はい、お待ちしております。今日は本当にありがとうございました」
名残惜しいが、いつまでも立ち話をしているわけにはいかない。春めいてきたといっても、日が沈めば一気に冷え込む。あまり長く引き止めるわけにはいかなかった。
別れがたかったのはベイル様も同じか。馬車の前に立つベイル様と視線が重なり、目が離せなくなる――。
「ミュリエルお嬢様」
突然呼ばれてドキッとした。気づけば私のすぐ横にボルトが移動してきている。私は平然を装いながら、ボルトに続きを促す。
「先日、承りました品のご用意ができております。今、お渡ししてもよろしいでしょうか」
「あ……」
私はすっかりと忘れていた。ベイル様にお礼をしたいと言ったのは私なのに。ボルトが教えてくれなければ渡しそびれていたかもしれない。さすがは未来の執事様だ。
「ええ、お願い」
「かしこまりました」
そしてボルトが一抱えもある箱を差し出す。
思っていたより少し大きいけれど……ベイル様も従者を連れているからたぶん大丈夫だろう。
「ベイル様。こちら、私からのお礼の気持ちです。ベルネーゼ領の特産品ですの。このようなものしか用意できなくて恐縮ですが、よろしければ受け取っていただけますか?」
「わざわざすまない。ありがたくいただくよ」
せっかくなのだから、もっとデートらしい贈りものを用意すればよかった、と少しだけ後悔しつつ、ボルトからベイル様の従者の手に渡されていく箱を見送る。
「あまり長く引き止めてもいけませんね。休暇はあとわずかですが、どうぞゆっくりとお過ごしください」
「ああ。ミュリエルも体に気をつけて。では」
今度こそ、ベイル様は踵を返した。馬車へと消えていくその背を見送る。ベイル様はドアが閉じられる前に一度私を見て、笑みを一つ浮かべた。
それだけで私の心は浮き立つ。胸の中にじんわりとした温かさが広がり、私を幸せな気持ちにした。
「行っちゃったわね」
馬車が見えなくなるまで見送って、小さくため息をつく。楽しい時間はあっという間だ。でもって、別れたばかりだというのに、もうベイル様の顔が見たくて仕方ない。
今夜、お父様に時間を取ってもらおう。そう心の中で決意した。
「ボルト?」
私の呟きにも反応せず、屋敷に入るよう促しもしないボルトに疑問を覚え、顔を向ければ、ボルトはいつになく険しい表情をしていた。私が留守の間になにか問題でもあったのだろうかと急に不安になる。
「ボルト、どうしたの? 何か――」
「あ、も、申し訳ございません。少しぼうっとしておりました。……父には内緒にしてくださいね」
ボルトは一本だけ立てた指を唇に当てながら、茶目っ気たっぷりに言った。そんないつも通りの様子を見て、私はほっと息をつく。
「ええ。ボルトにはいつもお世話になってるもの。余計なことは言わないわ」
「ありがとうございます。ではお部屋に戻りましょう。外にいて体が冷えてしまっていませんか? 温かい紅茶をご用意しましょう」
「そうね、お願いするわ」
私はボルトに促されるまま玄関をくぐり、部屋へと足を向ける。
部屋にたどり着く前にお兄様に飛びつかれたけれど、それもまあ……ご愛嬌ということで。ちなみにお茶はお兄様とご一緒しました。
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