まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

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Ⅴ いざ、帰らん!

64. 優しさに気づかされて

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「お父様、お話が――」

 しんと静まり返った領地の夜。王都の屋敷とは違った静けさの中、私はお父様の書斎を訪れた。

 まっさらな机と、深々と椅子に腰かけるお父様。それはまるでどこかで見た光景――そう、休暇の初めに呼び出されたとき同じような光景だった。お父様は視線でソファーに座るよう促し、私が座ったのを確認すると口を開く。

「聞こう」
「お父様、私……ベイル様との婚約のお話をお受けしたいと思っています」

 緊張で心臓がバクバクと鳴っていた。できるだけ平静を装っているけれど、もしお父様に反対されたらと思うと不安で胸が押しつぶされそうだ。

 私には今、非公式にではあるがベイル様の家――アディーラ公爵家と王家から打診を受けている状況にあった。
 普通に考えれば、王族であり王太子でもあるセーファス様との婚姻の方が侯爵家としてはいいに決まってる。私がセーファス様を選べば、ベルネーゼ侯爵家は安泰だろう。
 そうわかっていながらも、私はベイル様を選んでしまった。心はもう、セーファス様には向けられない。ベイル様ものちに公爵位を継ぐことが決まっているので、もちろんこちらも悪い話ではなかった。ただ、セーファス様のほうがよりよかったというだけだ。
 私自身、貴族の間に根強く残っている、より位の高い相手と縁を結ぶべき、という考えを否定できないこともあり、お父様に認めてもらえる自信はなかった。

「そうか。いいだろう、賛成しよう」
「え……? いいんですか……?」

 あまりにもあっさりと希望が通ったことに、私は驚く。お父様はそんな私を見て苦笑した。

「お前が彼を選ぶことなどとうにわかっていた。だから心配はいらない。今は王家を頼らねばならぬような案件もないしな。それより、このことはベイル殿にお伝えしたのか?」
「あ……いえ、まだです」
「ならば、まずベイル殿に返事をしなさい。格下のこちらから話をもちかけるわけにはいかぬからな。といっても正式なやりとりは、殿下とのことをはっきりさせてからになるだろうが」

 ベイル様は公爵家から話を持ちかけることによる強制力を持たせないために、非公式な申し出に留めてくれていた。私が自分の気持ちを返してはじめて、正式に公爵家から申し入れがされることになる。でもって、それにお父様が返事して、ようやく婚約が調うことになるのだ。
 しかも、私の場合はセーファス様の婚約者候補としても名前があがっているので、形になるのはかなり先になるだろう。

「わかりました。その……ありがとうございます」
「ああ。幸せにおなり、ミュリエル」

 その柔らかなお父様の表情を見て、私は自分の心配が杞憂だったことに気づく。そもそもミュリエルに対して激甘なお父様が、ミュリエルに望まぬ結婚をさせるはずがなかった。


 書斎を出て、自分の部屋へと戻る。移動の間、自分でも不思議なくらい足元がふわふわとして現実味がなかった。
 部屋に入ると、メイドのシンディーが待っており、すぐにネグリジェに着替えさせてくれる。

「はい、よろしいですよ。どうぞ楽になさってください。……ところでミュリエル様、なにかいいことでもございましたか?」
「え?」
「とても幸せそうなお顔をしてらっしゃいますよ」

 慌てて両頬を手で押さえる。指摘されたせいか少し熱い。

「そう、ね。ええ、とてもいいことがあったわ……」

 ――そっか。私、今、幸せなんだ。

 ふわふわの正体がわかり、すとんと胸に落ちた。
 それから私はベッドに倒れ込む。久しぶりの遠出で疲れていたようで、あっという間に意識が遠のいていく。

「おやすみなさい、ベイル様……」

 まぶたの裏には微笑むベイル様の顔があった。
 今夜はきっといい夢が見られるだろう――。





 ――と、このとき私はそう信じて疑っていなかった。


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