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Ⅴ いざ、帰らん!
65. また
しおりを挟むガシャン!!!!
大きな音がして、私は飛び起きた。
「な、なに……?」
音による驚きと、寝ぼけて働かない頭のせいで、私はなにが起こったのかわからなかった。混乱しつつもなんとか状況を掴もうと、暗闇の中、頼りにならない目の代わりに耳を澄ませる。
けれどわかったのは、屋敷の中が静まり返ったままだということだけ。屋敷はまるで何事もなかったかのような静寂を保っていた。
――どうしよう。
廊下が静かで、この部屋に誰も様子を見に来ないのだから、このまま寝直してしまえばいいのだろうと思う。
けど、そう思う反面、もしかしたら先程の音は侵入者がたてた音で、もうすでに自分以外は全員、命を落としてしまっているのではないかという恐ろしい想像が頭を離れなかった。
静まり返った室内に自分の少し乱れた呼吸音だけが響く。先程までまったく見えなかった周囲は、今は完全な闇ではなく、暗さに慣れた目が室内の様子をぼんやりと映し出す。
視線がドアに留まった。
途端にそこから目が離せなくなる。背中を冷たい汗が流れた。
まばたきも忘れて見続けるが、私が案じていたドアノブが勝手に回るようなことは起こらない。さらにしばらく見続けて、考えすぎだったか――と思ったそのとき、視界の隅に、不自然なほどの濃い黒色が見えた。
ドアの下の隙間だ。そこから真っ黒な闇が染みだし始めていた。それはじわじわと広がり、部屋を、私を侵食しようとしている。
ここが最後の部屋――不意にそんな単語が思い浮かぶ。屋敷の他の部屋はもうすべて闇にのまれた後で、ここが最後で、意識を保っているのはもう私一人だけで――。
そこで、はっと我に返る。
嫌な想像だ。現実ではない。冷静になれば馬鹿な考えだとわかるけれど、この不気味な静けさと暗さが、私を冷静なままでいさせてくれなかった。
深呼吸をして窓へと視線を向ける。カーテン越しに外の暗さがわかった。私の期待に反し、まだ夜明けまで時間があるのだろう。
「なにビビってんの、たかだか大きな音がしたくらいで――……あ。ちょっと待って。そうだよね、大きな音がしたんだから……」
屋敷で大きな音がしたのなら、すぐに使用人たちが動く。原因が何か、被害が出ていないか、すぐに確認に回るのだ。けれど音を聞いてからここまで、まったくそういった気配は感じられなかった。その事実は別の可能性があることを示唆していた。
「……夢?」
そう考えると腑に落ちた。けれど、それは同時に嫌な現実を思い出させる。
――この音、はじめてじゃない。
ガシャンという不快な金属音。夢の中で、何度も繰り返し耳にした音。
それに加え、今日は複数のブーツが固い地面――石の床かどこかを蹴る音も聞いた気がする。
以前から見続けている不吉で不穏な印象の夢。怖いとは思っていたけれど、これまでは夢だし音だけだからと、意識して気にしないようにしていた。
けれど、これは本当にただの夢なのだろうか。夢にしてはあまりにもリアルで意味深だった。
そもそもこれは、この金属音は一体何の音なのだろうか。
私は大きくため息をつき、額を押さえる。
「最近はあんまり見てなかったのに……」
ずっと自分の精神の不安定さが見せている夢だと思っていた。茉莉でありミュリエルでもあることの不安や、学院の授業についていけないという悩み、クラスメイトや教師による嫌味が陰口――。
冬期休暇に入ってそれは落ち着いたはずだった。ベイル様はミュリエルとして私を受け入れてくれたし、勉強はお兄様が見てくれた。嫌味や陰口を聞かされることも今はない。
それなのに何故またこの夢を見てしまったのだろうか。
「たまたま……うん、きっと、たまたま、だよ」
私は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
今夜はもう、眠れそうになかった。
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