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Ⅵ 決断は遅きに失し
69. 助けて
しおりを挟むあの日――もう三日も前のことになるが――ベイル様に会えず、レイラ様に挨拶を返してもらえなかった日。
当然のことながら、あとの授業は散々だった。教師の声は耳に入らず、当てられても答えられず、気づけばノートが真っ白のまま授業が終わっている。
休暇を潰してまで勉強に付き合ってくれたお兄様に申し訳なかった。
けど、やっぱり頭の中はレイラ様のことでいっぱいで、無視されたように感じたのは気のせいだったんじゃないかとか、なにか事情があったんじゃないかとか、考えずにはいられなかった。
確認したい。けど確認するのが恐い。そんな葛藤を抱え続けていた。
授業が終われば休み時間になる。
私は椅子に座ったまま息を詰めていた。もしかしたら、いつものようにレイラ様が来てくれるんじゃないか、つい、そんな期待をして周囲の気配を探ってしまう。
けど、レイラ様は来なかった。
教室の後ろから、レイラ様の楽しげな声が聞こえる。私はもう席から一歩も動けなかった。
どうして? レイラ様は、レイラ様だけは私の味方でいてくれるんじゃないの……?
何を言っているの、ずうずうしい。レイラ様はずっと無理して付き合ってくれていたのに。
二人の自分が頭の中で言い合いを始める。
もし最初からレイラ様に避けられていたのなら、何とも思わなかっただろう。けど、今はもう、私にとって唯一にして絶対の存在になっていた。そんなレイラ様が離れるのは駄目だ。耐えられない。
そんな状況で迎えた昼休み。私は脱兎のごとく教室から逃げ出した。
教室を離れても、まだクラスメイトたちの嘲笑が聞こえるような気がした。
――ベイル様、ベイル様、ベイル様!
私の心はベイル様に助けを求めるけれど、向かう先は定まらない。ただひたすらに急ぎ足で廊下を進んだ。
ベイル様はまだ教室だろうか。男子生徒が少数で女子棟の廊下に来ることは認められているが、女子生徒が男子棟に向かうことは固く禁じられている。
食堂で待ち伏せしていれば会えるかもしれない。けれど、会えるまでに一体どれほどの生徒と顔を合わせ、どれほどの時間を耐えねばならないか予想つかなかった。
それに、そもそもベイル様が私と話してくれるかも怪しい。待ち伏せした結果、無視される可能性もなくはないのだ。
私はもう何も信じられなくなっていた。
足は無意識のうちに図書館へと向いていた。その静まり返った空間に入って、ようやく息をつく。
セーファス様、そして、ベイル様にもらったメイズヤーンにそっと触れ、すがる。
「どうしよう。どうすればいいんだろう……。助けて……ねぇ――っ」
もう少し私が対人関係に強かったら。社交スキルを身に着けていたなら。もしそうだったなら、レイラ様と仲直りすることもできたかもしれない。逃げ出さずに現状を確認できたかもしれない。
けれど私は臆病で、勝手に怖がって、ちゃんとした確認もできないまま逃げ出してしまった。
「っ、ベイル様っ」
嗚咽を堪え、両手で顔を覆い隠した。それからふらふらと壁に近づき、足から崩れ落ちる。
ベイル様が助けてくれる保証はない。というか、困惑される未来しか見えない。それでも私はベイル様に会いたかった。
けれど。無情にもベイル様に会えないまま、三日が過ぎた――。
というのが今日の昼間までのことだった。
学院から戻ってきた私の前には、ドレスの試着のためにお母様やお針子たちが待っており、私は不安を押し隠し、試着に臨んだのだった。
「――ミュリエル様、大丈夫ですよ」
「シンディー」
私の思考を読んだかのようなシンディーの言葉に、一瞬息が止まりそうになる。シンディーは着付けを終え、鏡越しににっこりと笑みを向けた。
「大丈夫です。兄君様とたくさん勉強なさったんですから。すぐにまた尊敬と羨望の眼差しが向けられるようになりますよ」
その言葉がさらに私を落ち込ませる。
あんなにもお兄様に迷惑をかけたというのに、結局これだ。私は申し訳なさすぎて泣きたくなった。
「……そ、れは言い過ぎではないかしら。でも、ありがとう。元気出たわ」
返した笑みは、どこか歪にゆがんでいた。
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