まさかのヒロイン!? 本当に私でいいんですか?

つつ

文字の大きさ
112 / 188
Ⅷ 優しさ、たくさん

105. 新しくも懐かしい日々

しおりを挟む
 

 目を開けると、見知らぬ天井が見えた。一瞬、ここはどこかと困惑し――国を出たんだったと思い出す。
 もうリングドル王国を出て一年がたつというのに、いまだに寝起きは混乱していた。忘れてしまった夢の中で、過去の日々でも見ていたのだろうか。

「なんてね」

 そんなわけはなかった。たとえ夢であっても、もう、あの人の姿を見ることは叶わない。
 この体に戻って以来、ミュリエル様の体に入っていた時に見たものの記憶は、どれもあやふやになっていて、人の姿形はその最たるものだった。マリの体に戻ってから顔を合わせたレイラ様やクリフォード様はともかく、それ以外の人々は、もうぼんやりとしか覚えていない。
 記憶というものは、魂よりも体の影響を大きく受けているのかもしれなかった。

 でも、いいのだ。忘れられるなら、忘れてしまったほうがきっといい。
 だって、今、私は不幸じゃないから。もう――笑うことだってできるのだから。



 私は今、小さな村の外れにある小屋を譲り受けて、ささやかな生活を送っていた。
 リングドル王国の王都からは馬車でひと月ほどの距離。隣国の名もなき村。そこで私はいつになく平穏な日々を過ごしている。

「よし、今日も頑張ろう!」

 私はぐっと体を伸ばし、藁の布団からはい出る。
 前世の記憶を思い出した時と同じような襤褸を着て、自給自足の生活。お風呂もなく、水浴びはしているが、きっと臭うだろうと思いはするけれど、もはや気にならなかった。
 確かに暮らしは貧しく、ひもじく、辛い。けれど、精神的な苦痛から解放されたためか、思いのほか、私の心は晴れやかだった。

 外に出て、けもの道をかき分けながら村へと向かう。村はずれといっても村自体が大きくないので、中心部まではほんの二十分程の距離だ。
 私の暮らしている小屋は木々に隠され、村からは見えない。村人たちは知っているから、誰かが聞き出されてしまえば隠し通せないが、ここに来るまでに追われている気配を感じたことはなかったため、そこまで心配していなかった。

「バッソさんおはよう。今日も早いのね」
「おうよ。リアちゃんは相変わらずお寝坊さんだな!」
「ギリギリセーフよ! お寝坊さんって言われるほどじゃないでしょ。まだ夜が明けたばっかだし」
「はいはい。ま、気をつけて行って来いよ」
「んもう。じゃ、行ってくるね」

 私はこの村ではリアと呼ばれていた。マリと答えかけて、慌てて偽名に言い変えた記憶は懐かしい。この体に戻った私の名前を聞いた人なんて、クリフォード様くらいしかいなかったから、無用の心配だったかもしれないけれど。

 ちなみに、何人もの仲介役を挟んでたどり着いた私の居場所は、レイラ様も知らない。貧乏人にも可能な、伝えるための手段がないというのもあるが、知らせてはいけないと気づいたからだ。
 レイラ様が助けに来てくれたとき、私は言われるがままに頼ってしまったけれど、この村に来て、生活が落ち着いてすぐに気づいた。

 レイラ様は、実はものすごく危険な橋を渡ったのではないかと。

 お礼も言いたいし、謝罪もしたい。けれど、連絡を取ることはそれ以上に迷惑をかけることだとわかっていた。
 知らなければ追及されようがないのだ。きっと、それがせめてもの恩返しになるだろう。

 ただ、願わくば、何事もなく、これまで通りのレイラ様の生活が送れていることを。
 ただそれだけを、私は願っていた。

 
 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...