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Ⅶ 待ち受けていたのは
86. 行くしかない
しおりを挟む「そんなっ!」
廊下に出てすぐ、悲鳴にも似たお母様の声が聞こえた。シンディーと顔を見合わせ、すぐさま駆け出す。直後はっとしたようにシンディーが制止の声を上げたが、私はそれを無視してそのまま声のしたほうへと向かった。
「っ、お願いいたします。どうか、せめて主人が戻るまでお待ちください」
「申し訳ございません。すぐに連れてくるようにとのご命令ですので。呼んでいただけますね?」
全部をきちんと聞き取れたわけではないが、聞こえてくる会話は明らかに異常事態を示していた。懇願するような母の言葉を、温度感のない男性の声がばっさりと切り捨てる。それが何度か繰り返され――。
廊下の角を曲がって玄関ホールに出る。そこで目に飛び込んできたのは、小柄なお母様と、お母様を囲うように立つ、三人の背の高い男性の姿だった。
「お母様っ!」
私はお母様に駆け寄るべく、広い玄関ホールへと飛び出す。けれどお母様の元にたどり着く前に、お母様本人から制止がかかった。
「止まりなさい! 駄目よ。駄目……こちらに来てはいけません。部屋に戻って」
「奥様! いけません、それは見逃せません。逃がすような振る舞いするのであれば、奥様を捕縛させていただきます」
進むか戻るか迷っていた足が、捕縛という不穏な単語でピタリと止まる。思わず男たちに視線を向け、そこで初めて三人が揃いの、一目で兵士とわかる制服を着ていることに気づいた。
「城の、兵士……?」
「ええ、そうです。ミュリエル嬢ですね? 母君を大事にお思いならそのままお聞きください」
私のつぶやきを拾った兵士が私の言葉を肯定すると共に、牽制をしてきた。兵士は今もお母様の側にいるので私とは距離がある。会話するには少しばかり遠いけれど――この状態はお母様を人質に取られたも同然だった。
頭が混乱した。今の状況がまったく理解できない。ただ、お母様を捕縛されては困るというのは確かだった。だから私は兵士の言葉に従った。
「あなたに王宮から召喚状が出されております」
「召喚状……? 王宮からの呼び出し、ということですか?」
聞きなれない言葉だったので聞き返せば、兵士は大きく頷いた。
けれど、私には王宮に呼び出されるような心当たりはない。セーファス様からの用事であれば普通に手紙が送られてくるだろうし――いや、一つだけある。移民の暴動によって中止となってしまったアレが。
「もしかして、婚約者選抜試験ですか?」
「ハッ」
言った途端、兵士の一人に鼻で笑われた。私と会話していた兵士も蔑むような視線を向けてくる。私はそんなに的外れなことを言っただろうか。
「ええと……」
「裁判です。あなたを被告人とした裁判がございます」
「――え!?」
意味を理解するのに数秒を要す。そして理解すると同時に声を上げた。
「な、ど、どうして……。わ、私がなにかしたというのですか?」
「さあ。私はただ連行するよう命じられただけですので内容は伺っておりません。ですが直ちに、とのご命令です。もちろん同行していただけますね?」
裁判? どうして? 悪いことなんてしていないのに。
納得は行かないけれど、お母様が必死だった理由を理解した。いきなり裁判だなどと言われて引き渡せるわけがない。
「ミュリエルは侯爵家の娘です。理由も明かさずに連行するなど、そんな横暴がまかり通――」
「おや。侯爵家の娘さんは王族より偉いのでしたでしょうか?」
「っ」
なおもミュリエルを守ろうとしたお母様の言葉は、兵士によって封じられた。
王族――この命令は王族から出ているということらしい。私は知識がなくて気づけなかったが、兵士もおそらく近衛なのだろう。
王族の命令に逆らうことは謀反に等しい。家を潰したくなければ従うしかなかった。
私は無意識のうちにギュッと手を握り締める。行かなくてはならないとわかっていても足は動かなかった。
泣きそうな顔をしたお母様と目が合う。すると、その隣にいた兵士がさりげなくお母様の肩にぽんと手を置いた。葛藤する私に引導を渡すかのようなその行為で、私の目が覚める。
怯えている場合ではなかった。お母様のためにも、家のためにも私は行かなくてはならない。
それに、よく考えれば救いはある。行き先は王宮なのだ。もし、この出来事がセーファス様の耳に届いたなら、きっとうまくことを納めてくれるだろう。
「わ、かりました。行きます」
「ミュリエル!」
我が身を顧みず守ろうとしてくれるお母様の気持ちが嬉しかった。つい先日、裏切り者、と八つ当たりしてしまったことを後悔する。
だからせめて、少しでもお母様の不安が減るようにと、私は無理やり笑みを浮かべた。
「大丈夫、きっと何かの間違いです。誤解をといて戻ってまいりますから、心配しないでください」
一歩踏み出した足はがくがくと震え覚束なかったけれど、すぐに側にやってきた兵士に腕を取られ、それもわからなくなる。
いつの間にか大勢の使用人たちが集まっていることに気づき、私は彼らにも小さく頷いて見せた。
大丈夫。きっと、大丈夫だから、と。
「ああ、それからそちらのメイド殿には、部屋を案内していただきましょう。彼女の部屋を改めねばなりません」
「え、それは」
名指しされたシンディーが戸惑いの視線を私に向ける。
私がそれも命令なのだろうかと確認の眼差しを向けると、兵士は無言でお母様を示した。
普通に、口で言えばいいのに。
いちいち脅すような態度を見せる兵士たちに、私は束の間恐怖も忘れて苛立った。
「……シンディー、この人の言うとおりに」
「かしこまりました」
そして、私は二人の兵士に挟まれるようにして屋敷をあとにした。
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