90 / 188
Ⅶ 待ち受けていたのは
88. 彼と彼の関係
しおりを挟むつづきの間からまず姿を見せたのはボルト。領地の屋敷にいるはずのボルトだった。そして驚く暇もなく、同年代の少女が続き、さらにはここ最近ずっとお会いできていなかったベイル様までもが姿を現した。
久しぶりのベイル様のお姿。当然のごとく視線を奪われるが、ベイル様はこちらを見てくれない。それがもどかしくて仕方なかった。こっちを見て、と願いながらつい凝視してしまう。
「どこ見てるんです? 相変わらずおめでたい頭をしているんですね」
私ははっと我に返って声の主、ボルトへと慌てて視線を移す。
「ご、ごめんなさい……。でもどうして? ボルトも、どうしてここにいるの?」
「それは」
「ここにいるのはみな、君の被害者だ。ボルトも――彼もまた被害者であり、功労者だね。そう、彼が教えてくれたんだよ。君がミュリエルではないと」
セーファス様の口からポンポンと飛び出す真実。私の理解はまったく追いつかない。被害者だとか、功労者だとか言われても、何の話かさっぱりだ。それに、セーファス様は最後に何かおかしなことを言わなかっただろうか。私がミュリエルじゃないとかなんとか。
「今なんと?」
私の問いに、セーファス様は蔑みの眼差しを返す。
「……とうとう言葉も理解できなくなったか。可哀想に」
「そうではなく――」
私は答えてくれないセーファス様からボルトへと視線を移す。聞きたいことはそれだけじゃない。
私がミュリエルではないとボルトが言ったとして、それを教えたとはどういうことだろうか。ボルトとセーファス様とでは、そもそもの接点がわからない。ボルトは領地の使用人で、セーファス様は王太子だ。普通に生活していたなら、すれ違うことすらあり得ないというのに。
「殿下と知り合いだったの?」
「まさか。だからお土産に手紙をしのばせたんですよ」
「……お土産?」
反射的に聞き返すと、ボルトが口の端をわずかに上げた。
心臓がバクバクと音をたてはじめる。私はなにか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。
「私がご用意したお土産は、一つしかなかったかと思いますが?」
私の記憶にも一つしかない。そう、冬期休暇の時、デートの帰りにベイル様に渡したお土産ただ一つしか。
確かに、ベイル様を通せばセーファス様と連絡を取り合うことだって可能だろう。ベイル様とセーファス様は知る人ぞ知るご学友なのだから。
納得はできる。でも、私の心はそれを受け入れられなかった。それを受け入れるということはつまり、ベイル様もまた私をミュリエルでないと信じ、セーファス様に取り次いだということになるのだから。
恐る恐るベイル様に視線を向ける。ベイル様はただ静かに視線を外した。
遠回しな肯定。それは私の心に大きなダメージを与えた。
「そんな……」
ただ、これで色々と腑に落ちたのも事実だ。ベイル様から手紙がなかなか帰ってこなかったのも、学院で避けられるようになったもすべて、私がミュリエルではないとボルトから聞かされていたからだと考えれば理解できた。ベイル様は私に騙されたと思って、憤慨していたのだろう。
なぜボルトがミュリエルではないと思ったのかはわからない。けど、攻略対象だと警戒して接していたセーファス様やベイル様とは違い、ボルトと話すとき、かなり気を抜いてしまっていた。それがいけなかったのかもしれない。
「ご納得いただけましたね? では、ミュリエルお嬢様に謝罪を」
「ミュリエル、お嬢様、に……?」
「ええ」
ボルトが視線を後ろへと向ける。そこにいたのは、先ほどボルトたちと一緒に部屋に入ってきた少女。見た目こそガリガリだが、その立ち姿はレイラ様を彷彿とさせる清廉さで。
「光の女神と言えばおわかりになりますか? 彼女が本物のミュリエル様です」
私は目を見開いた。私がミュリエルでないというなら、本物のミュリエルがいるということで――どうしてすぐにそれに思い当たらなかったのだろうと自分にあきれた。
私と似ているか似てないかで言えば似てない。どうして間違えることになったのか理解不能だ。けれど、セーファス様も誰も、ボルトのその発言を否定しなかった。
「じゃあ、どうして私をミュリエルって……」
「しらじらしい! あんたが口車に乗せたからだろ! 旦那様も、奥様も騙して!」
突然ボルトが激昂した。そのあまりの迫力に私は涙目になる。
「あんたのせいで――」
「まあまあボルト、落ち着いて」
とりなすのはセーファス様。けれどセーファス様の目も笑っていない。睨むような鋭い眼差しを私から離さずにいた。
「どうしてか、だったね? 見た目だけなら、確かに君はミュリエルだよ。だから騙された。けれど、彼女の中にはきちんと私たちと過ごした時間が、思い出があったんだ。君とは違ってね」
わかるだろう? と口にするセーファス様の声には有無を言わせないような凄味があった。
聞きたいのはそんなことじゃない。私をミュリエルと呼び始めたのは周りの人たちだ。私が自分からミュリエルだと名乗ったわけではない。私はこの世界で過ごした記憶がないから、周囲からミュリエルだと言われれば信じるしかなかったというのに。
理不尽さに怒りがわく。どうして私が責められなくちゃいけないのか。どうして私が謝罪しなきゃいけないのか。
「気に入らなそうだね? 彼女が嘘をついているとでも言いたいのかな? でも考えてみてほしい。移民の暴動という前代未聞の危機の中、体を張って国を救ってくれた光の女神と、家に籠って何もしなかった君と、どちらを信じるか」
「それはっ」
まさかここでその話題を持ち出されるとは思っていなかった。私が何もできなかったのは――事実だ。
「彼女はとても清い女性だよ。正義感が強くて、一生懸命で、私のよく知る――愛しいミュリエルだ」
「殿下、そんな、恥ずかしいですわ。――でも、ありがとうございます」
彼女が口を開いた途端、その存在感が増した。日の光が差し込んだかのような、花が一斉に開いたかのような。
セーファス様やボルトはもとより、ベイル様やクリフォード様、そして私自身も、彼女に釘づけになった。
当の光の女神はというと、うっすらと頬を染めてセーファス様を見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる