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Ⅶ 待ち受けていたのは
88. 彼と彼の関係
しおりを挟むつづきの間からまず姿を見せたのはボルト。領地の屋敷にいるはずのボルトだった。そして驚く暇もなく、同年代の少女が続き、さらにはここ最近ずっとお会いできていなかったベイル様までもが姿を現した。
久しぶりのベイル様のお姿。当然のごとく視線を奪われるが、ベイル様はこちらを見てくれない。それがもどかしくて仕方なかった。こっちを見て、と願いながらつい凝視してしまう。
「どこ見てるんです? 相変わらずおめでたい頭をしているんですね」
私ははっと我に返って声の主、ボルトへと慌てて視線を移す。
「ご、ごめんなさい……。でもどうして? ボルトも、どうしてここにいるの?」
「それは」
「ここにいるのはみな、君の被害者だ。ボルトも――彼もまた被害者であり、功労者だね。そう、彼が教えてくれたんだよ。君がミュリエルではないと」
セーファス様の口からポンポンと飛び出す真実。私の理解はまったく追いつかない。被害者だとか、功労者だとか言われても、何の話かさっぱりだ。それに、セーファス様は最後に何かおかしなことを言わなかっただろうか。私がミュリエルじゃないとかなんとか。
「今なんと?」
私の問いに、セーファス様は蔑みの眼差しを返す。
「……とうとう言葉も理解できなくなったか。可哀想に」
「そうではなく――」
私は答えてくれないセーファス様からボルトへと視線を移す。聞きたいことはそれだけじゃない。
私がミュリエルではないとボルトが言ったとして、それを教えたとはどういうことだろうか。ボルトとセーファス様とでは、そもそもの接点がわからない。ボルトは領地の使用人で、セーファス様は王太子だ。普通に生活していたなら、すれ違うことすらあり得ないというのに。
「殿下と知り合いだったの?」
「まさか。だからお土産に手紙をしのばせたんですよ」
「……お土産?」
反射的に聞き返すと、ボルトが口の端をわずかに上げた。
心臓がバクバクと音をたてはじめる。私はなにか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。
「私がご用意したお土産は、一つしかなかったかと思いますが?」
私の記憶にも一つしかない。そう、冬期休暇の時、デートの帰りにベイル様に渡したお土産ただ一つしか。
確かに、ベイル様を通せばセーファス様と連絡を取り合うことだって可能だろう。ベイル様とセーファス様は知る人ぞ知るご学友なのだから。
納得はできる。でも、私の心はそれを受け入れられなかった。それを受け入れるということはつまり、ベイル様もまた私をミュリエルでないと信じ、セーファス様に取り次いだということになるのだから。
恐る恐るベイル様に視線を向ける。ベイル様はただ静かに視線を外した。
遠回しな肯定。それは私の心に大きなダメージを与えた。
「そんな……」
ただ、これで色々と腑に落ちたのも事実だ。ベイル様から手紙がなかなか帰ってこなかったのも、学院で避けられるようになったもすべて、私がミュリエルではないとボルトから聞かされていたからだと考えれば理解できた。ベイル様は私に騙されたと思って、憤慨していたのだろう。
なぜボルトがミュリエルではないと思ったのかはわからない。けど、攻略対象だと警戒して接していたセーファス様やベイル様とは違い、ボルトと話すとき、かなり気を抜いてしまっていた。それがいけなかったのかもしれない。
「ご納得いただけましたね? では、ミュリエルお嬢様に謝罪を」
「ミュリエル、お嬢様、に……?」
「ええ」
ボルトが視線を後ろへと向ける。そこにいたのは、先ほどボルトたちと一緒に部屋に入ってきた少女。見た目こそガリガリだが、その立ち姿はレイラ様を彷彿とさせる清廉さで。
「光の女神と言えばおわかりになりますか? 彼女が本物のミュリエル様です」
私は目を見開いた。私がミュリエルでないというなら、本物のミュリエルがいるということで――どうしてすぐにそれに思い当たらなかったのだろうと自分にあきれた。
私と似ているか似てないかで言えば似てない。どうして間違えることになったのか理解不能だ。けれど、セーファス様も誰も、ボルトのその発言を否定しなかった。
「じゃあ、どうして私をミュリエルって……」
「しらじらしい! あんたが口車に乗せたからだろ! 旦那様も、奥様も騙して!」
突然ボルトが激昂した。そのあまりの迫力に私は涙目になる。
「あんたのせいで――」
「まあまあボルト、落ち着いて」
とりなすのはセーファス様。けれどセーファス様の目も笑っていない。睨むような鋭い眼差しを私から離さずにいた。
「どうしてか、だったね? 見た目だけなら、確かに君はミュリエルだよ。だから騙された。けれど、彼女の中にはきちんと私たちと過ごした時間が、思い出があったんだ。君とは違ってね」
わかるだろう? と口にするセーファス様の声には有無を言わせないような凄味があった。
聞きたいのはそんなことじゃない。私をミュリエルと呼び始めたのは周りの人たちだ。私が自分からミュリエルだと名乗ったわけではない。私はこの世界で過ごした記憶がないから、周囲からミュリエルだと言われれば信じるしかなかったというのに。
理不尽さに怒りがわく。どうして私が責められなくちゃいけないのか。どうして私が謝罪しなきゃいけないのか。
「気に入らなそうだね? 彼女が嘘をついているとでも言いたいのかな? でも考えてみてほしい。移民の暴動という前代未聞の危機の中、体を張って国を救ってくれた光の女神と、家に籠って何もしなかった君と、どちらを信じるか」
「それはっ」
まさかここでその話題を持ち出されるとは思っていなかった。私が何もできなかったのは――事実だ。
「彼女はとても清い女性だよ。正義感が強くて、一生懸命で、私のよく知る――愛しいミュリエルだ」
「殿下、そんな、恥ずかしいですわ。――でも、ありがとうございます」
彼女が口を開いた途端、その存在感が増した。日の光が差し込んだかのような、花が一斉に開いたかのような。
セーファス様やボルトはもとより、ベイル様やクリフォード様、そして私自身も、彼女に釘づけになった。
当の光の女神はというと、うっすらと頬を染めてセーファス様を見つめていた。
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